「物語のような冒険をしてみたい」「こんな景色を見てみたい」…。映画のワンシーンをきっかけに新しいことに挑戦したくなった経験、みなさんにもありませんか? 今回、各地を旅しながら上映を行う移動映画館の館長「キノ・イグルー」の有坂塁さんに、「歩く旅に出たくなる映画」を選んでもらいました。さて、どんな映画が出てくるのでしょうか?
2023.02.07
米村 奈穂
フリーライター
中学校の同級生・渡辺順也とともに、2003年に移動映画館「キノ・イグルー」を設立。東京を拠点に全国のカフェ、パン屋、酒蔵、美術館、 無人島などで、世界各国の映画を上映する。2016年からは映画カウンセリング「あなたのために映画をえらびます」や、インスタグラムを使ったプロジェクト「ねおきシネマ」など、自由な発想で映画の楽しさを伝えている。 HP http://kinoiglu.com Instagram @kinoiglu
─有坂さんは、カフェや美術館、酒蔵、時には氷の中など、全国各地の様々な場所で上映会を開催されています。映画館のスクリーンで観る映画との大きな違いはどんなところにあるのでしょう?
キノ・イグルーの上映会は、場所ありきの企画です。どの映画を観るかはもちろん大切なことですが、作品を120%の環境で楽しめるのが一般的な映画館だとしたら、「その場所でしか体験できない映画の“時間”」をつくっているのがキノ・イグルーです。
例えば野外なら、夏の夜風や鳥のさえずりなど、季節やその場所に流れている空気のようなものに合わせて作品を選んで、特別な時間や場の雰囲気をつくっていきます。「この時間が体験できてよかった」という、言葉にならないような感動を提供したいという思いをいつも持っていますね。
─その場所を活かすことが重要なんですね。場所を見てから上映する映画を選んでいるんですか?
実際その場所に行って上映する作品も決めますし、映画を観ている時だけじゃなくて、その前後の時間も含めての「映画体験」だと思っています。だから、例えば会場で流す音楽のプレイリストも毎回僕がつくっています。
映画館だと、時間になると自動的に上映が始まりますが、僕らのイベントでは、上映の前後に簡単なお話もするんです。作品を自分の感覚で観るだけではなくて、簡単な解説もついてくる。上映後には、映画の余韻を邪魔しないような内容で、今それを聞けてよかったと思ってもらえるようなことを話したりもしています。
昔のテレビ映画のロードショーでは、淀川長治さんや水野晴郎さんなど、解説者がいたじゃないですか。あのイメージです。
─今回、「歩く旅」をテーマに映画を選んで欲しいとお願いさせていただきましたが、いかがでしたか?
ひと口に「歩く」といっても、山を歩く人もいれば、パリの街中を歩く人もいます。シチュエーションはいろいろありますよね。
今回は『YAMAP MAGAZINE』というアウトドアや自然が好きな読者が多いメディアなので、自然の中を歩く人たちの物語を中心に選んだんですけど、「そんな視点もあったのか!」という変化球も織り交ぜて紹介したいと思います。
─5本紹介いただけるということで、では1本目から順にご紹介お願いします。
監督・脚本:ショーン・ペン
出演:エミール・ハーシュ
製作年:2007年
製作国:アメリカ
上映時間:148分
<ストーリー>
アラスカを放浪の末に死体で発見された青年の事件を元にした、実話が原作のロードムービー。裕福な環境で育った青年が、真実を求めて身一つで大自然の中を旅する。様々な人との出会いを経て、行き着いたのは1台の廃車となったバス。そこで彼を待っていたものとは。
─山好きの人であれば、ジョン・クラカワーの原作『荒野へ』を読んだ方もいるかもしれません。旅というには過酷な物語ですよね?
この映画は、実話をもとにした原作がベースになっていますね。主人公は、ハーバード大学のロースクールに入学できるぐらい頭脳明晰なクリスという青年です。恵まれた環境にいながらも、いわゆる勝ち組のレールに乗るのではなく、もっと究極の自由を求めて生きたいと願い旅に出るロードムービーです。
厳しい大自然に身を置くことで初めて感じることだったり、自分が求めている幸せとは何なのかを考えたりする意味でも、彼にとってはきっとここまで極端な環境が必要だった。そこを変なドラマとして描くのではなく、ドキュメンタリータッチで、観ている側が苦しくなるような映像と展開で描いたことが、この映画の素晴らしいところだと思っています。
─140分の作品です。観る側にも体力が必要ですね。
映画を観た人の感想を読むと、「長かった、中だるみした」という人が多いんです。でもそこが大事で、それこそが旅の時間だと思うんです。映画としてはもっとテンポよく見せた方が感情移入しやすいとか、楽しいとか、鑑賞後の感じ方もいいとかあるのかもしれない。けれど、主人公が体験した旅の時間を観客にも擬似体験してもらいたいという、監督のショーン・ペンの思いがこの映画のベースになっているんじゃないかと思います。
いろんな映画がある中でも、厳しい大自然の中を身一つで歩くということを、ここまで体験できる映画はほかにないんじゃないかなというくらい、特別な1本だと個人的には思っています。
─「中だるみが大事」という言葉を聞けてよかったです。中だるみは本来は後ろ向きな言葉ですけど、前向きな中だるみもあるんですね。
中だるみといっても、狙ってやっている映画と、シンプルに技術が追いついていない映画のふたつがあると思います。この映画の場合は、エンターテインメントを目指しているわけではなくて、彼の生き方を届けたいというつくり手の思いがベースにあるんですね。だからこそ、場面展開だったり音楽だったり、すべてがその軸からブレていないから、深く印象に残る映画になっていると思います。
監督・脚本:コリーヌ・セロー
出演:ミュリエル・ロバン
製作年:2005年
製作国:フランス
上映時間:112分
<ストーリー>
遺産相続の条件として、フランスからスペインの聖地・サンティアゴへの1,500キロの巡礼路を旅することになった仲の悪い3兄弟。同行することになる、人種も性別も違う旅仲間との交流を通して、自分を見つめ直していくロードムービー。
─「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」って世界的にも有名なキリスト教の巡礼路ですよね?
同じロードムービーでも、1本目で紹介した『イントゥ・ザ・ワイルド』とは対照的です。主人公の3兄弟が、弁護士から母親の遺産をもらう条件を出されます。それがサンティアゴまでの巡礼路を歩くというものなんです。
─しかし長旅ですね。確か1,500kmです。
3人だけでなく、同じように巡礼路を歩く人たち総勢9人と一緒に旅をするんです。そこで、歩く理由を聞かれたり、その集団の中でいざこざが起きたりします。
最初は不純な動機で参加したものの、大自然の中に身を置いて、辛い経験を共にしていくことで、山登りや自然の中で生きていくことの本質的な良さに気づいていくんですね。ひいては、それが自分自身にも跳ね返ってくる。自分の本質的な部分にもだんだん気づき、心の成長につながっていくというロードムービーです。
一緒に旅をする仲間には、生まれやバックグラウンドの違いもあり、いろんなタイプの人がいるからこそ、人種も性別も宗教も越えていける。旅をすることで普段の生活では得られないことを経験していく、見応えと厚みのある物語になっています。
─YAMAP MAGAZINEで、「最先端は、歩く旅。」というテーマをかかげた時、どこかでサンティアゴの巡礼路を取り上げたいと思っていたんですが、まさかここで拾っていただけるとは!
そうでしたか(笑)。この映画では、みんなすごく喋るんです。その中で笑いも起こるし、ちょっと泣けたりもするし、感情の起伏がストーリーを展開していって、テンポがいいんです。さっき紹介した『イントゥ・ザ・ワイルド』とは対極の映画です。
どうやって面白いものを見せるかという、エンターテインメント精神旺盛なフレームの中で映画をつくっているんですね。観やすさでいうと、もちろんこちらに軍配が上がりますが、同じ大自然を描いた映画でもこれだけ印象が違うということを比べながら、両方観てもらうとより理解できると思い選びました。
監督:ロブ・ライナー
脚本:レイノルド・ギデオン、ブルース・A・エヴァンス
出演:ウィル・ウィートン、リヴァー・フェニックス、コリー・フェルドマンン、ジェリー・オコンネル
製作年:1986年
製作国:アメリカ
上映時間:89分
<ストーリー>
オレゴン州の小さな街に住む仲良し4人組の少年たち。ある日、野晒しの死体があるという噂を聞きつけ、線路沿いを歩いて死体探しの旅に出る。それぞれ家庭に問題を抱えた12歳の少年たちの、ひと夏の冒険物語。
─『スタンド・バイ・ミー』は王道ですよね! 「歩く旅に出たくなる映画」ってなんだろうと考えたとき、真っ先に頭に浮かびました。
はい、これは絶対に外せません! 「歩く旅=スタンド・バイ・ミー」というイメージに直結していることが、まず素晴らしいと思います。それだけ多くの人が観ているということでもあるし、観ていない人でも思いつく1本だと思うんです。そのくらい、歩く旅のイメージを結晶化させた映画だと思います。
爽やかな青春映画のように捉える人もいますけど、そもそも男の子4人の旅の動機が「死体探し」じゃないですか。これもさきほどの『サン・ジャックへの道』と一緒で、少年らしい動機を軸に、細かいところまで突き詰められているんです。
焚き火を囲んで本当の自分の気持ちを吐露する純粋さとか、すべてに少年らしさという軸があってそれがブレない。だからこそ何年たっても忘れられない、印象に残る映画になっていると思います。
1本道のように続く線路を見るだけで、誰もが『スタンド・バイ・ミー』みたいだと思うじゃないですか。そんな映画はほかにないですよね。日常の中で、そうやって『スタンド・バイ・ミー』を思い出したら、ちょっとワクワクしたり、嬉しい気持ちになったりします。誰かの日常にそういうかたちで影響を与えるイメージをつくれただけでも、優れた作品だとわかります。
また、人生で一度しかない「ある夏」を描く。大人になるための通過儀礼として、誰もがそういう時間を経験していたことを思い出させてくれる、いい作品だと思います。
─あえて旅に出なくても、自分の中にもあったはずの夏を思い起こさせてくれるだけでもいいですよね。
描いているのは旅のことなのに、観ている自分の過去と接続するような映画だと思うんです。だからこれだけ多くの人に愛されてるんですよね。
自然の撮り方もうまいので、旅心もくすぐられます。
─線路を見ただけで旅情感がアップするのは、『スタンド・バイ・ミー』のおかげかもしれませんね。
物語も切ないんです。楽しいだけではなくて、痛みだったり悲しみだったりを経て、人はだんだん大人になっていくんだなという、人間の描き方も素晴らしいですよね。
原作が、あの大ホラー作家のスティーヴン・キングというところも意外です。『恐怖の四季』という中編集の中の、「死体」という短編が原作なんですけど、その中編集に一緒に掲載されている一編は、のちに『ショーシャンクの空に』という有名な映画になっているんです。
─ふたつの名作は同じ本に載っていた物語なんですね。原作も読んでみたくなります。
あえて原作と変えることで、監督の意図が見えてくることもあるので、原作も読んで違いを見比べてみるのも面白いと思います。
監督:カビール・カーン
脚本:V.ヴィジャエーンドラ・プラサード、カビール・カーン、パルヴィーズ・シャイク
出演:サルマン・カーン
製作年: 2015年
製作国:インド
上映時間:159分
<ストーリー>
底抜けにお人好しのインド人青年が、声をなくしたパキスタン人の迷子の少女を家に送り届けるロードムービー。歴史、宗教など、様々な問題で対立するインドとパキスタン。国境を越える波乱万丈の2人旅が世界を笑顔に変えていく。
─きました、インド映画! 迷子の話なんですね。
底抜けに正直者のインド人の青年と、声をなくしたパキスタンの少女2人のロードムービーです。インドとパキスタンは隣国ですが、宗教的な問題などでぶつかり合っていて、なかなか平和が築けない。そういう背景がある中で物語は展開していきますが、主人公のバジュランギおじさんは、正直すぎてバカを見るような突き抜けたタイプの人なんです。
インドに迷い込んでしまったパキスタン人の少女を国に返してあげようとするんですが、あの手この手を尽くしてもなかなか国境を越えられない。ついに、裏ルートを使ってパキスタンに入国して送り届けるんです。その道中でいろんなことが起こるわけです。
命を狙われることもあるし、大自然の中をふたりぼっちで歩き続けるとか、途中で電車に飛び乗るとか、次第に大冒険に変わっていくんです。ただ送り届けるというシンプルな設定の中に、複雑な事情を抱えた国の物語があったり、映画的に楽しくなるような追いかけっこのシーンが出てきたり、もちろんインド映画なのでそんな展開の中でも歌って踊るんです(笑)。
─ちゃんとお約束は入れてくれてるんですね。
盛りだくさんすぎてお腹いっぱいなくらいです(笑)。700キロくらいの旅の道中も、最初は大都会から始まって、砂漠の中や雪山、渓谷というふうに、映像がどんどん移り変わっていきます。旅好きの人が観たら、今すぐにでも旅に出たくなること間違いなしです。
壮大な映像が観られるところもロードムービーとして素晴らしいですし、ラブロマンスとかドキュメンタリーの要素とか、コメディ、アクションとなんでもごった煮です。
それだけいろんなものを見せておいて、最後に、世界はこうあって欲しいという理想的な光景を見せてくれるんですね。なかなか希望が見えない世界情勢の中で、今一番必要なのは、こうあって欲しいというイメージを見せてくれることだと思っています。この映画はそこを着地点に持ってきてくれてるという意味で、ただ「楽しかった」だけではない充実感も得られる作品です。
─今こそ観たい映画ですね。では最後に、お楽しみの変化球、5本目をお願いします。
監督:松江哲明
出演:前野健太
製作年:2009年
製作国:日本
上映時間:74分
<ストーリー>
2009年元旦の吉祥寺を舞台に、ミュージシャン前野健太がギターを抱え、弾き語りながら街を歩く音楽ドキュメンタリー。武蔵野八幡宮を出発し、井の頭公園のステージでバンドメンバーと合流し演奏するまでの様子を74分のワンカットに収めた。
─ライブということは音楽映画ですか?
僕が住んでいる吉祥寺を舞台にした、音楽ドキュメンタリーです。大自然の中の映画ではないのに、どうしてこれを「歩く」映画として挙げたかというと、主人公の前野健太さんというミュージシャンが、2009年の元旦の吉祥寺を弾き語りで「練り歩く」から。しかも、70分ワンカットで撮っています。
─前野健太さん、大好きなんです! でもこんな映画があったとは、ノーマークでした…。彼の存在感だけでもう映画ですよね。ワンカットということは、70分間のライブ映像なんですね。
前野健太さんって、サングラスをかけてボブ・ディランみたいな風貌なんですね。そういうリアリティのない人が街中を練り歩いているっていう映像自体がまず面白いんですけど、70分間も撮り続けているからこそ、観てる側もだんだん映画の世界に入り込んでいける。撮っている人もずっと歩き続けていている。そんな映画ってほかにないんですよ。
「歩く」と「映画」を突き詰めると、ここに辿り着くなと思いました。
─カメラを止めることなく移動しているということですね。これは意外すぎました。どんな感じで歩き始めるんですか?
最初は、武蔵野八幡宮の初詣の列のところにカメラがいて、その並んでる人の横で前野さんが演奏をしながら歩き始めるんです。途中のハモニカ横丁では止まって演奏したりもしますが、基本は吉祥寺の街中を歩くだけ。
だから、初詣で賑わう2009年の吉祥寺の街の記録にもなっている。カットを割ると作り手の意図が入ります。でもワンカットだと、その街の空気感をカメラがすべて収めていくんです。次第に、映り込んでる一般の人が愛おしく感じてくるんですよね。この時代に生きている人の雰囲気を感じることができます。
また、後半のすごくいい曲のときに、子どもとおばあちゃんが夕陽をバックに走っている映像が奇跡的に撮れていたりとかして。そういう意味でもワンカットならではの面白さもありますし、歩いてカットを割らずにつくるという作り手の覚悟みたいなものも含めて堪能できる作品です。
─お話を聞いていると、まさに「ワンカット=歩く」のように感じてきました。車や公共交通機関を利用した旅だと、乗り降りで途切れますが、歩く旅は切れ間なく永遠と続きますよね。まさか「歩く」と「ワンカット」が繋がるとは思わなかったです。
歩き続けることで、目に見える風景もちょっと違った意味を持ち始めたり、日常とは違う思考になってきたり、感覚が開いてくる感じがしませんか。
ワンカットの映画は時間がひと続きなので、いつもと違う感覚で映画と向き合っていることに気づいたり、観終わった後、余韻がすごく長く残ったりします。実は僕、その映画を観た後に同じコースをたどりたくなって、歩いたんですよね。
─その余韻の楽しみ方はいいですね。
歩くという時間の中で感じられることとか、歩くことを映像化するとこうなるんだとか、それが体験できる1本としてぜひ紹介したいと思いました。これは2000年代の日本映画の中でも、僕にとって屈指の1本で大好きなので入れちゃいました。
─想像を軽々と越えられてしまった映画5本のセレクトでした。お話を聞いているだけで世界が広がったような気がします。すぐにでも観てみたくなりましたし、ぜひ読者の皆さんにも観ていただきたいと思いました。本日はありがとうございました。
*
有坂さんは、「ねおきシネマ」と題して、毎朝、目覚めた時に思いついた映画をインスタグラムで紹介しています。そちらもぜひ見てみてください。素敵な映画が満載です。
映画を観る喜びって、こうやって人と映画について語り合うことだったなと、久しぶりに思い出したインタビューでした。ぜひ、誰かと一緒に観て、感想を語り合い、そして歩く旅に出かけてみてください。
きっとその道中には、映画のようなワンシーンが待っているはずです。さよなら、さよなら、さよなら。