山の写真は一眼レフカメラでないときれいに撮影できない──。この思い込みを払拭してくれるのが、「山岳スマホフォトグラファー」のMadoka.さんです。スマートフォンで上手に撮影できるという次元を超え、フォトコンテストで大賞に輝いたこともあるMadoka.さん。スマホ撮影のテクニックや構図、画像編集のコツなどを解説してもらいました。
2023.10.01
Madoka.
山岳スマホフォトグラファー
皆さま、こんにちは。Madoka.(Instagram@mdk.w)です。山を歩く時間がこの上なく幸せで、その中で出逢う「心が動いた瞬間」を、iPhone 13 pro(2023年2月現在)で切り取っています。ソロが多く、一般登山道を歩くことが基本。自分らしい景色の捉え方や、自然が生み出す奇跡的な一瞬を逃さないスタイルを目指しています。
山で写真を撮り始めたころ、Instagramを見ていると、山の世界には本格的なカメラで写真を楽しんでいる人が本当に多くて驚きました。
しかし、私の場合、写真の楽しみ方はほとんどがスマホ画面でのSNS。スマホのカメラ機能も、デジタル一眼に見劣りしないスペックになっていたこともあり、「手元にあるスマホでできることを最大限にやってみよう」と思うようになりました。
いつしか、制約があるスマホで工夫しながら撮影することに魅力を感じ、山でのスマホ撮影が「自分のアイデンティティ」になっていました。
今では誰もがスマホを持っている時代。標準的に備わっている機能を使いこなせれば、スマホでも見たままの感動を十分に伝えられることを知ってほしいと思っていたところ、紹介の機会をいただきました。
スマホ撮影のいいところは、山登りを邪魔しない「軽さ」と「素早さ」。
登山GPSアプリもあるので、スマホは今では登山の必需品であり、装備の軽量化の邪魔をしません。画面上で完成イメージも分かりやすく、自動補正の機能もあり、SNSでほかの人とすぐに感動を共有できるメリットがあります。
いくら高機能になってきたとはいえ、スマホのカメラ機能に弱点はまだまだあります。本格的なデジタル一眼カメラに比べれば、画質や機能面で劣ってしまうのも事実です。
たとえば、ズーム機能の柔軟性。一部の決まった倍率以外はピントが決まりづらいのも難点です。最近は、高品質な写真編集をするための記録形式「RAWモード」も選べるようになっていますが、自動的に補正されてしまったりと、思うようにいかない場合もあります。
氷点下の寒さや、35度以上の暑さといった環境では、動作やバッテリーが本来のパフォーマンスを発揮できないほか、細かな機能で本格的なカメラに比べると物足りないところは多々あります。
スマホはよく触るものなので、レンズがどうしても汚れやすくなります。汚れをチェックするだけで、見返したときにクリアな写真が撮れ、ピンぼけの防止につながります。
レンズの汚れをふく際に、マイクロファイバー製のクリーニングクロスなど、ふき跡が残らない素材を使用することも大切です。
ズームの場合、撮りたい画に対して、ただ倍率を上げればいいわけではありません。何倍までがピンぼけすることなく、画質が荒れずにきれいに撮れるのかを探ってみることも大切です。そうすることで、編集で細かな修正がしやすいのはもちろん、後述する「トリミング(切り抜き)」も効果的に楽しめます。
人や山、花など、普段から撮りたいものがある程度定まっている場合には、距離感とズームの関係性を理解しておくと、撮影も一段とスムーズに。試しにいろんなものを撮っているうちに、自分の撮り方の改善点も学べます。
「これを撮りたい!」と思ってレンズを向けるとき、自分が何に心惹かれているかを意識するのも、ポイント。
肉眼とスマホ画面のものを見比べたとき、自分の写したい世界観がそこに収まっているかを確認して撮っていきます。
感覚的に「なんか良い!」となることもあるので、自分が惹かれた部分がハッキリとわからなければ、画角や向きを変えたり、ズームを調整したりして、いくつかの構図で何枚か撮ってみるのがおすすめ。
ちなみに、私は山の迫力や高度感が「好き」の一つで、表現したいときには、縦構図を選ぶことが多いです。
少し余談になりますが、昔、「この髪型にしたい!」と思い、ある写真を用意して美容師さんにお願いしようとしたところ、「この髪型にしたいのか、それともこのモデルさんを含めた雰囲気にしたいのかどっち?」と聞かれたことがありました。
そのとき、「好き」の中にも「モノの捉え方って大きく分けて2つあるんだ」とハッとさせられたことがありました。
山の撮影も、山単体を捉えたいときと、空などを入れた景色を広角で捉えたいときがあります。自分がその瞬間、何に対して「好き」と思って撮ろうとしたのか。「単体なのか」「全体の雰囲気なのか」という2つのモノサシを強く意識しています。
自分の好みだと思う人の写真をたくさん見て、その写真のどういうところが好きなのかを考えてみたり、どうやったらそんな風に撮れるのかに興味を持ってみましょう。
実際に山で色んな方法を試してみて、帰ってから自分が好きな雰囲気に撮れているか確認します。撮影時にはいいと思っていても、家で見返すとそうでもないことも多々あります……。
ただ、そのときに『この景色いい!』または『好き!』と感じたこと自体は事実なので、もっとよい捉え方(切り取り方)を考えるきっかけにもなります。
夏の日中や、逆光、モルゲンロート(朝焼け)、アーベントロート(夕焼け)の撮影では、露出を調整することで白飛びなどを防ぎ(*1)、編集時にはホワイトバランスで明るさや色味を調整できます。
*1 画面上でピントを合わせたいところをタップするとピントが合うのと同時に、ホワイトバランスが整う。それでも明るすぎる場合にのみ、タップすることで黄色い四角が出てくるので、その横を上下して明度の上げ下げができる。
星空の撮影はスマホではなかなか難しいと言われていますが、iPhoneの最新機種(2019年発売のiPhone 11以降)には高精度の夜景モードが備わっています。山の中で宿泊する際は、満天の星を撮影するのもおすすめです。
小屋やヘッドライトの灯りなど、周りに光源がないことを確認してカメラを起動させれば、自動的に夜景モードに切り替わります。そのまま撮ってもある程度はきれいに写りますが、シャッタースピードを最大値にすることで、より繊細な部分まで撮影できます。
iPhone 11以降の場合、三脚などで完全に固定できたことを検出すると、最大30秒までシャッタースピードをのばせるシークレットモードがあります。これまでスマートフォンでは難しかった星空でも、下の写真のように天の川までくっきりと撮影できるようになりました。
見た瞬間のワクワク感が蘇る、もしくは倍増するような編集が理想。その場の空気を感じられたり、手に取れそうな質感を目指しています。とにかくキュンキュン、ニヤニヤ、ドキドキがポイント。
ちなみに、私は基本的にInstagram内の編集機能のみを使っています。AdobeのPhotoshopなど、専門的なアプリは使いこなせる自信がないので…(笑)。
まずはInstagram内の14の編集項目+フィルター補正を全部触ってみることから始めてみましょう。
実際にやってみると、いじりすぎると不自然になることがわかると思います。基本的な心構えとしては、常に引き算の意識で編集します。客観的にみて、自分の感覚より少し控えめくらいがちょうどよい気がします。
「この項目はこのくらい」といったルールは特になく、その場所に対してのイメージだったり、その景色を見た自分の気持ちを反映させたいので、結構、感覚的に補正しています。
具体的には、各項目を開いてバーを+(プラス)とー(マイナス)の両方で試してみて、「こっちの方が好きだな」という加減を選んで微調整していく感じです。あくまで感覚で、文字通り「適当」なところを探っていきます。
感覚といっても、いつからか自分の好きな質感に近づけやすい編集順は確立していました。
私の場合は、以下の順で編集していきます。
「ストラクチャ」
↓
「コントラスト」
↓
「明るさ」
↓
「あたたかさ」
↓
「彩度」
↓
「フェード」
↓
「ハイライト」
↓
「シャドウ」
↓
「Lux(ルクス)」(*2)
↓
「シャープ」
↓
「フィルター」
*2 照度の調整機能。値を下げると柔らかく、上げると陰影をはっきりさせ、色鮮やかになる。
私が使わない項目もいくつかあります。人それぞれ質感の好みがあるので、いろいろ試してみてください。
色味を鮮やかにしたい場合、ダイレクトに「彩度」を上げるのも良いですが、「ハイライト」を下げることで色味を浮き上がらせることができます。
ハイライトを下げた際に暗さが気になった場合には、「シャドウ」や「明るさ」を上げることで暗さを修正します。
例えば被写体の輪郭部などに違和感がある場合や色味を柔らかくしたい場合には、「コントラスト」を下げることで不自然な色味を飛ばし、柔らかい印象に仕上げられます。
この『柔らかさ』に関しては、ときには「フェード」によってあえて少し霞んだ感じで表現することもあります。
だいたい全ての項目を調整した後、より良い表現、自分の理想(キュンとする感覚)に近づけるために、全項目を見直します。
撮影の直前は濃いガスに覆われ、その姿がどこにあるのかもわからないほど。傾き始めた太陽と風によってまとっていたガスが流され、一瞬だけ何とも妖艶な姿を見せてくれた北アルプスの女王、燕岳。その美しさとはかなさに、ゾクゾクと大興奮したことを鮮明に覚えています。
この写真は、YAMAPフォトコンテスト2020でYAMAP賞(大賞)をいただいたもの。実は撮った直後にはその良さに気づかず、数ヶ月後にたまたま発掘しました。
当時は山も本格的に始めたばかりで、写真へのこだわりも特になかったはず。ですが、目にした景色そのものの美しさをよりダイレクトに伝えるため、「真正面に捉える」という形で表した一枚。
広角的に切り取ることで全体の「雰囲気」を楽しむ作品です。周囲の薄暗さとは対照的に、山容を偶然に照らしたその光を、しっかり浮かび上がらせるような形で表現しました。
ガスでモヤッとした絵にならないように「光と影」で全体を締めるイメージになっています。暗いんだけど明るい、不気味なんだけど美しい、力強いけどはかない、そんな北アルプスの女王の姿を表現しています。
台風一過のタイミングで訪れた槍ヶ岳で、西鎌尾根を丸っと飲み込む滝雲が現れ、時間を忘れて何時間もそこに居座り続けたときに撮影した一枚。今でもこの写真を見るとあのときの感動が蘇り、キュンキュンできます。
台風一過によって南から暖かい空気が入り込んだ一日で、10月の北アルプスの稜線だというのに、真夏のような暑さ。狙って行ったわけではありませんでしたが、不安定な大気というのを山で初体験し、今でも忘れられない一日です。
目には見えない大気の流れが雲を通して現れ、この日の西鎌尾根は西へ、東へ滝雲が流れ落ちる圧巻の光景が眼前に広がっていました。雲の切れ間から顔を出した山肌や繊細な雲の動き、湿った大気に反射して現れる斜光の美しさに、強烈にときめいた瞬間を収めました。
自分の「好き」な部分をより効果的に表現するための構図を常に探しながら、何枚も撮ることを心がけています。
ほんの少し視線を上げる下げる、引く、寄る──。手持ちでサッと構図を変えられるのも、軽くて、速くて、コンパクトなスマホの特権だと思うので、いろいろ試し甲斐があります。
山をやる人なら、富士山の次に探してしまう槍ヶ岳。その穂先を「こんな風にズームしてみたら面白いんじゃないかなぁ」と撮ってみた一枚です。
日本で5番目に高い場所に架かるはしごたち。それらを愛でる作品にしようと、後からトリミングをしています。穂先の岩の雰囲気や表情なども含め、普段あまり注目しない部分も楽しめ、作品の楽しさが倍増しました。
スマホのズームに限界があることは先に記した通りですが、ピントが合うギリギリで撮っておき、後からトリミングをかけることで、被写体をアップにしてもきれいに楽しめます。
トリミングは、思いもよらない素敵な構図に出会えるコツのひとつ。もうひとさじのアクセントが欲しいときには試してみてください。
豪雪の谷川岳。夏からは想像もできないほどの滑らかな山肌と、うねりを伴った曲線美を画面いっぱいに表現。念願の西黒尾根を歩きながら、あまりに美しい白と青の世界に思わず立ち尽くし、幸せを噛み締めていました。
一歩踏み外せば崩れ落ちてしまうかもしれない雪庇の危うさと美しさ。雪の陰影、質感、そして真っ白な山肌をより際立たせる空の深い青が、とても印象的でした。
登りながらの撮影の場合、一歩ズレたり高さが違ったりするだけで、前景となる部分の印象が全く変わってしまうので、その一瞬の「イイ!」という感性を大切にすることが、何より重要だと思っています。
この写真の場合は、その地形や雪の積もり方による「うねり」がポイント。奥行きとともに、稜線上の人の大きさや位置も相まって、高さも表現される効果が生まれています。
繰り返しになりますが、「何を表現したいか」を意識し、それが見たことのない構図であれば、面白い一枚が残せるチャンスです。
この日は新穂高を朝8時に出発し、行けるところまで行こうと、夢中で雲ノ平を目指しました。
双六の稜線は雲が沸いていたので、巻き道を使ってのショートカット。肩に食い込む2泊分のテント泊装備に、思わず三俣でストップしてしまおうかと心が揺らぎましたが、自分に喝を入れ直し、歩を止めることなく黒部源流を登り返してたどり着いた楽園。そこで出会えた最高の夕焼けでした。
シンボリックな山荘のシルエットと最高の夕焼けにほれぼれしていると、これまた雲ノ平の風物詩「池塘(ちとう)」に映り込む空に出合い、あまりに贅沢な光景に独り酔いしれながらしばし撮影。
あっという間の夕焼けショーでしたが、これを逃す手はないと、場所と構図を変えながら夢中で撮り続けたことも良い思い出です。
あまりの「爆焼け」に遭遇すると、どうしても空ばかりに目がいきがちですが、雲ノ平らしい木道と、運良く気づくことができた池塘のリフレクション(反射)をうまく構図に入れられた、お気に入りの一枚です。
山では、撮影に不向きな不安定な場面も多くあります。不安要素があるときには、決して無理をして撮ることはしません。写真のために危険を冒してしまうことはあってはならないので、細心の注意を払うようにしています。
スマホはコンパクトであるがゆえ、落としたり、ぶつけたり、なくしたりしてしまうこともあります。特に冬はグローブ越しの操作となるため、扱いづらさが増すのも難点…。滑り止めやタッチスクリーン対応のグローブなど、自分に合った道具との出会いも大切です!
綺麗な景色を前に、心が湧き上がった瞬間を切り取り、残せるのが写真のいいところです。自然の中で過ごすすべての時間が、巻き戻しの効かない「今この瞬間」の積み重ね。心が動いた瞬間は、可能な限り撮るようにしています。
「景色と同様、感動も生モノ」。あの感動を生きた思い出として残し、ときに誰かとシェアできたら、その感動はさらに大きなものになるかもしれません。
「自分らしさ」を見つけるために自分の「好き」を逃さない。
心が動いた景色の中に自分の武器になり得る「らしさ」が必ずあるはずなので、これからも常にそのワクワク感を楽しんでいきたいです。
トップ画像:YAMAPフォトコンテスト2020 YAMAP賞受賞作『陰影~夕刻の女王~』