YAMAPユーザーが耕作放棄地で梅園の再生へ|熊野リボーンプロジェクト2022前編

平安時代より歩き継がれ、世界屈指の巡礼路としても知られる熊野古道。その貴重な“祈りの文化”は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産にも登録されました。しかし古道を支えてきた地域の営みは高齢化や人口減少によって衰退の一途を辿っています。熊野古道の玄関口に位置する田辺市は、その状況に一石を投じようと2020年からYAMAPと共にユーザー参加型の関係人口創出事業「熊野REBORN PROJECT」を始動。この記事では3期目となる2022年の活動をご紹介します。

2023.03.01

YAMAP MAGAZINE 編集部

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熊野リボーンプロジェクト3期のテーマとは?

熊野古道「中辺路」。その玄関口として古くから栄えてきたのが、和歌山県田辺市です。黒潮に育まれたカツオ、ウツボ、シラス、イサキなどの「海の幸」はもちろん、熊野三千六百峰とも称される豊かな山々に育まれた梅やみかん、備長炭などの「山の幸」も豊富です。

なかでも紀州梅は、田辺市の名産品。自然の循環を利用し受け継がれてきた「みなべ・田辺の梅システム」は、2015年に世界農業遺産にも認定されました。先に紹介した世界文化遺産の「熊野古道」と並び、田辺市は2つの世界的に希少な価値をもつ都市であります。

熊野古道、梅、柑橘、海の幸と、自然の恵みや奥深い文化をふんだんに堪能できるのが田辺市。

しかし、日本が抱える少子高齢化、大都市への人口流出、第一次産業の担い手不足などの問題は、この地にも押し寄せ、人口は、18年間で8万5623人から、6万9995人へと減少(田辺市統計情報より)。この地に根付いた豊かな自然共生型の文化は今、衰退の危機に直面しています。

そこで立ち上がったのが、田辺市長を中心に、ふるさとの未来を案じ、「愛する故郷の魅力を伝えよう!」という地元の元気なプレイヤーたち。熊野リボーンプロジェクトは、そうした地元プレイヤーと、「山好き」という共通点をもつ各地のYAMAPユーザーたちが出会い、田辺市の地域創生に取り組む試みです。

熊野の暮らしを実際に体験し、地域の人と会話をし、自然、産業、文化、人の魅力を未来につないでいこう!

2020年にスタートし、2022年で3回目となる熊野リボーンプロジェクト。今回のメンバーたちに課されたテーマは大きく2つ。1つは、田辺の伝統産業である「梅の文化」を知ること。もう1つは、「耕作放棄地の活用アイデア創出」です。

そして、参加者に求められる何より大切なスタンスは「自分ごととして考える」ということ。3回のオンライン講座と3日間に渡るフィールドワークでは、単なる机上の空論ではなく、「自分が関わって田辺をこう変えていきたい」と主体性を持ったアイデアを出し、実際に行動することを目指します。

田辺市長や田辺市の人たちと一緒に熊野古道を歩けるのも、「熊野リボーンプロジェクト」の醍醐味のひとつ。

田辺市の「かっこいい大人」たち

「熊野」を守る地元プレイヤーについて、もう少し紹介しましょう。

今回、熊野リボーンプロジェクトに関わる「地元プレイヤー」は、田辺市長自らが塾長を務め、地域課題を解決する人材を育成しているビジネススクール「たなべ未来創造塾」の卒業生3人。

「梅の文化」のテーマを担当するのは、(株)濱田の濱田朝康さん。田辺市上芳養(かみはや)の石神という地域で、1次産業である梅農家、2次産業である梅の加工業、3次産業である商品販売までを一手に引き受ける3代目です。江戸時代から続く梅の郷で、有機肥料を使った土作りから行い、農薬を半分に抑えた「香壌栽培」を実践。梅干し、梅酒だけでなく、規格外の梅や和歌山産の柑橘などを使った「和歌山クラフトリキュール」などの商品開発にも挑んでいます。

石神地域の梅栽培についてレクチャーする濱田さん。

「耕作放棄地の活用アイデア創出」のテーマの担当は、(株)日向屋の岡本和宜さん。8年に渡るサービス業の経験を経て、田辺市上芳養(かみはや)で実家の農業を継ぐことを決心。しかし同時に、地域の農業の課題にも直面。高齢化した農家の作業受託、耕作放棄地の再生のほか、2015年頃から急増した鳥獣害対策で狩猟にも挑むことに。狩猟チームを結成し、「狩る→解体する→食す」という循環をつくって、地域活性にもつなげています。

(株)日向屋の岡本和宜さん。「誰にでもできる農業」をモットーに、異業種から転身する農業従事者を増やし続けています。

さらに「梅の文化理解」と「耕作放棄地の活用アイデア創出」に関する考察をより深く考えるため、1期、2期でも熊野の森について教えてくれた(株)中川の中川雅也さんにも協力を依頼。熊野の森の再生活動を手がける中川さんは「木を伐らない林業」をコンセプトに、次世代に熊野の昔ながらの広葉樹の森林を残そうと、ウバメガシの育林事業に取り組んでいます。

(株)中川の中川雅也さん。育林事業のほか、木育教育、コンサルティングなどを通して「山林の健全化」を図っています。いち早くドローンを導入し、木の運搬に活用。

この3人に加え、熊野古道の観光活性化についての取り組みをオンライン講座でレクチャーしてくれたのが、「田辺市熊野ツーリズムビューロー」の多田稔子さん。

熊野ツーリズムビューローの多田稔子会長。1期から熊野リボーンプロジェクトに関わってくれています。

平安・鎌倉時代から始まった巡礼の道「熊野古道」は、2019年までは主に海外からの観光客で賑わっていました。ところが2020年からのコロナ禍で、観光の売上は90%減。そこで多田さんは、「もっと日本人に歩いてもらいたい!」とマーケットチェンジを狙っています。

そして、熊野リボーンプロジェクトのメンターを務めるのが、低山トラベラーの大内征さん。本プロジェクトの中心的役割を担い、田辺市の人々と参加者をつなげるキーマンです。

「熊野古道は、集落を歩くセクションもあるけど、登山セクションも多い。ルートもさまざまで、何度来ても発見がある。地元の方が育てた野菜や果実の無人販売を見つけると、今日はなにが出ているのか気になったり、もちろん買ったりもする。空き家を改築したゲストハウスができていたり、移住者が営むコーヒーショップを見つけたり、暮らしの気配を感じられるのが楽しい。ただ、厳しい山道もあるから、日本人を呼び込むとしたら、山好きな人に歩いてもらうのがいいと思う」(大内さん)

歴史や風土、神話、地域文化にも造詣の深い大内さんが、今回もメンバーのやりたいことをサポートします。

低山トラベラーの大内征さん。毎年、プライベートでも熊野古道を歩いている。

さらに、3日間のフィールドワークでは、田辺市役所の方々がともに行動しながら田辺市の歴史や現状をレクチャー。行く先々で魅力的なローカルイノベーターとつながることができるのも嬉しいポイント。田辺の“かっこいい大人たち”と、参加者との化学反応も楽しみです。

さまざまなバックボーンから、熊野に興味をもった参加者たち

3期の募集要項には、これまでにない条件がありました。それは「テント泊ができる人」。つまり、寝袋とテント装備を持参できる「山に慣れた人たち」であること。今回の参加者9名は「山好き」という共通項はあるものの、熊野に魅せられたバックボーンは実に多彩。簡単に紹介しましょう。

 

元新聞記者の山口透さん。和歌山に2回赴任したことがあり、熊野には自然と文化の厚みを感じている、とのこと。「友人が梅農家なので、梅について勉強し、自分にできることでコミットしたい」と抱負を語ります。

ヨガインストラクターの山本千絵さんは金沢からの参加。熊野古道が精神性の道とされていることに興味を持ち、「ヨガ+αの企画を熊野でできないか」という観点で可能性を探ります。

小山浩一さんは情報セキュリティ関係の専門家。昨年スタートアップ講座に参加したものの、事業計画演習ではコロナ禍で公式には現地でヒアリングができず、物足りなさを感じたそう。熊野リボーンプロジェクトでは、現地の人との関わりが豊富なところに期待を寄せます。

小野芳章さんは、ものづくりに関する経営コンサルタント。ご先祖様が約500年前に熊野本宮の地にいたことを知り、過去に2度、熊野を来訪。以来「自分にとっての聖域」と思うほどに。

週に一度は金剛山に登らないと落ち着かないという新井仁子さんは、大阪の小学校教諭。かつて心が疲れてしまったとき、山の風景や空気に救われたそう。「田辺での体験を、自らの言葉で子どもたちに伝えたい」と話します。

西野順子さんは、熊野を愛するキャリアコンサルタント。初めて人を連れて熊野に行った際に、YAMAPから熊野リボーンプロジェクト募集の通知が届き、「呼ばれている!」と応募を決めたそう。

生き方や旅情報を発信するサイト「Livhub」で、編集兼ライターを務める石塚和人さん。熊野リボーンプロジェクトの内容は「自分のマインドや考えにマッチした」と応募を決意。独自に取材する気持ちで挑みます。

船舶関連事業の仕事をしている内野将秀さん。豆腐屋だった祖父が後継者不在で廃業したことにより、事業者の跡継ぎ問題に関心を持っています。そして「自分の経験を活かせれば」と意気込みます。白浜のアドベンチャーレースにも参加経験があり「和歌山はいいところ」と実感。

メーカーで商品開発を手がける柳原浩貴さん。大峰山や高野山の雰囲気が好きで、「熊野も歩いてみたい」と思っていたそう。また、身近でも耕作放棄地に悩む声を聞き、「今回のテーマで学び、地域に貢献したい」と話します。

以上の9名が3期のメンバー。さまざまなバックボーンと思いをもった9名が、どんな関わり方を見出していくのか、乞うご期待!

オンライン講座|田辺市の農業が抱える課題と芽生えつつある希望

参加者たちは10〜11月に渡る3回のオンライン講座で、熊野と田辺市の現状を学びます。2回目の講座では、梅と柑橘の農業を営みながら「耕作放棄地」の課題に取り組む、(株)日向屋の活動をご紹介いただきました。

(株)日向屋の本拠地である田辺市上芳養(かみはや)地区は、現在人口約1542人。2040年には1129人まで減少することが予測されています。高齢化率は約40%。基幹産業は、梅や柑橘を中心とした農業。つまり、「地域の課題=農業の課題」と言えます。

自然に囲まれた上芳養地域。一面の濃い緑色に生命力の強さを感じます。

「農業を継がない人が増え、農家の高齢化が進めば、耕作放棄地が増加してしまいます。問題は、梅や柑橘はほうっておいても実がなってしまうこと。手入れをしない耕作放棄地は獣の餌場となり、鳥獣害被害が増加してしまうんです」

そこで日向屋は2016年、「畑を自分たちで守る」と狩猟チームを結成。若手農家5名で狩猟免許を取得し、活動1年目で約120頭のシカ、イノシシ、サルの捕獲に成功。ところが次第に、罠にかかった獣を殺して土に埋め続けることに苦悩を抱えるようになっていきます。

「自分のやりたい農業は、獣を殺して梅やみかんを育てる農業か? こんな形の農業を子どもたちはしたいと思うのか?」と悩み、「自分がやりたいのは、多くの人に『畑に来たい』と思ってもらえる農業だったはず」と代表の岡本さん(前出)が問題提起し、チームで密に話し合ったと言います。

左は、イノシシによる柑橘類への食害。柑橘の実を食べられて園地も掘り起こされてしまった。右は、シカによる梅の木への食害。梅の木の皮を剥ぎとって枯らしてしまう。

思い悩んだ末、岡本さんは「農業と鳥獣害でイノベーションを創出したい。ジビエと農業で地域に人を呼ぶコンテンツを作るしかない」という結論に行き着き、解体処理施設「ひなたの杜」を誘致。ジビエを安定供給するための捕獲数量の確保や、販路開拓などさまざまな課題を乗り越えながら、現在も奮闘しています。

地域課題の解決とビジネスがうまくつながれば、上芳養地域に人が集まり、好循環が生まれる!

また、上芳養出身で長野でフレンチのシェフをしていた更井亮介さんが、岡本さんの考えに共感し、地元に戻り「Restaurant Caravansarai」をオープン。ミシュランのビブグルマンとグリーンスターを取得し、予約のとれない人気店に。更井さんも「チームひなた」の一員となり、地元を盛り上げています。

実家の蔵を改築して造ったという「Restaurant Caravansarai」と、オーナーシェフの更井亮介さん。

1つの理念のもとに人が集まり、地域を共創する。ビジネスとして共走する。これが「日向屋×ひなたの杜×Caravansarai」のコンセプト。地域の施設として多くの人が関わる仕組みを創り、一方で、地域の新しい観光資源としても発信し続ける。岡本さんはこう言います。

「地域の資源や文化は、地域の人たちの宝です。その地域で生きる人々が中心となって未来図を描き、移住者たちがスパイスを入れ、それを伝えていくことが日向屋の大きな使命です。移住者じゃなくてもいい、関係人口でも子どもたちでも、地域に関わる人を増やすために『伝えること』と『未来を語ること』を大切にしたい」(岡本さん)

梅の収穫は6月がピーク。午前のうちに収穫し、選別してすぐ出荷します。収穫期は猫の手も借りたいほどの忙しさ。関係人口となった仲間たちが各地から手伝いに来るのを、岡本さんは受け入れています。

ミッション「耕作放棄地を救え!」

熊野リボーンプロジェクト3期では、(株)日向屋さんがもつ耕作放棄地を再生して切り拓いた土地でキャンプを敢行。実際にそこで過ごしてみることで、新たな耕作放棄地活用のアイデアを話し合います。日向屋さんの説明を受けて、メンバーの新井さんは、かつて訪れた、整備されていない自然のままのキャンプ場にヒントを得ました。

「“何もない”ことの贅沢を味わえるキャンプ場がいいかも。炊事棟なし、水場もなし、電波は圏外、その方が“人とのつながり”が生まれそう」と、自身の経験から一案を投じます。

熊野古道を歩いたことのある西野さんは、熊野古道以外を体験せずに帰ってしまうことが多かった経験から、「どうしたら熊野古道歩きの行き帰りに、立ち寄りたくなるか」を思案。

「たとえば、福岡県の宗像大社のお祭りでは『宗像三女神の椅子』というアート作品の椅子が置かれていました。これ、つい座って写真を撮りたくなってしまうんです。そんなふうに“写真を撮りに行きたくなる”仕掛けができないか? 紀南アートウィークで、観光客参加型の作品を作るのもいいかも」とも。

2022年に行われた宗像大社の「宗像みあれ芸術祭」では、芸術家たちが作品を展示。写真は、中西秀明さんの作品「三女神の休息所」。みあれ祭でお迎えする三女神に休憩していただくための椅子だそう。

それを聞いたメンターの大内さんは、「熊野古道と、今回の耕作放棄地だった場所は、距離的には離れている。逆転の発想で、熊野古道と耕作放棄地の両方にあり、2つ行ってコンプリートできるものがあれば、どちらも行きたくなるのでは?」と発想を広げます。

柳原さんも、「何か惹きつけるものが必要ですよね」と、また別のアイデアを提案。

「大峯奥駈道で見た光景ですが、山上ヶ岳に訪れたことを、木札や布などで残している小屋があるんです。たとえば、梅の木札に焼印をもらうとか、墨で自分の名前を書くとか。2枚組になっていて、1つは持ち帰り、1つは置いてきて、田辺と自分とをつなぐものになればいいのでは?」(柳原さん)

山上ヶ岳の小屋に貼られた手ぬぐいや木札。ここへ来た証を残しています。

その後に続くメンバーも、今後訪れる予定の耕作放棄地だった場所の写真1枚からイメージを膨らませ、数々のアイデアを出し合いました。

次は、いよいよフィールドワークで現地を訪れ、テント泊をして一夜を過ごします。そこでリボーンメンバーたちは何を感じ、どんなひらめきを得るのか? 後編では、大充実のフィールドワークと最終発表の様子をお届けします。

草が生い茂る耕作放棄地。手つかずの自然を目の前にして、リボーンメンバーは何を考えたのでしょうか。

原稿:鈴木久子
協力:和歌山県田辺市

YAMAP MAGAZINE 編集部

YAMAP MAGAZINE 編集部

登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。