信濃川の源流域に暮らすアウトドアライターの森山伸也さん。山で暮らし、山で遊ぶからこそ高い機能性だけでなく、自然へのリスペクトを持ったアウトドアウェアを選びたい、と語ります。そんな森山さんにパタゴニアのレインウェア「グラナイト・クレスト」を着る理由を語ってもらいました。
2023.06.06
森山 伸也
アウトドアライター
日本一の大河、信濃川の源流域に移住して10年になる。足元の清流にはイワナが群れ、夏になれば川辺ではしゃぐ子供たちの声が渓谷に響く。我が家の愛犬、11歳のボーダーコリーは、朝晩清流に腹をひたし、そのまま水をガブガブ飲む。
山を旅して、山に暮らしているうちに、否が応でも生活排水のことを気にするようになった。水はめぐる。山から川へ、海へ、空へ。そしてまた山へ。そのあいだ、あらゆる生命の中を流れる。目に見えない粒子となって海へ流れるプラスチック製品はなるべく買わず、洗剤は自然由来のものを使う。それは、さんざん遊ばせてもらっている自然への感謝とリスペクトでもある。
いつも着ているウェアにも水質汚染の問題が潜んでいることを知った。あらゆるウェアの撥水コーティングに用いられているPFC=フッ素化合物だ。
PFCは自然界で分解されにくく、何千年も残留するといわれる化学物質。生地にコーティングされたPFC=フッ素化合物が川や海へと流れ出し、食物連鎖の過程で生き物の体内に蓄積し、健康に悪影響を及ぼす可能性があると指摘されている。
このPFC問題の解決にいち早く乗り出し、2024年までに全製品ラインを100%PFCフリーにすることを目標に掲げたパタゴニア。その新商品「グラナイト・クレスト・ジャケット/パンツ」を昨秋から試す機会に恵まれた。半世紀にわたって培われてきたレインウェアの機能美をベースに、漁網をリサイクルした生地とPFCフリーのダブル環境テクノロジーで仕上げたパタゴニアらしい1着である。
「グラナイト・クレスト・ジャケット/パンツ」にはじめて袖を通したのは、2022年10月の北アルプスだった。山小屋の営業も終わり、天候次第では山が雪に覆われる晩秋、黒部源流へ2泊3日の旅にでた。標高2,500mを越える高所の縦走路は、朝晩氷点下を下回り、風が吹くと体の末端が凍えた。そんな厳しい環境下で、しなやかで動きやすく、突っ張らないシェルを朝から晩まで身につけた。まさに今回のような縦走登山を想定したテクニカルなハイエンドモデルだった。
黒部源流の旅の様子はパタゴニアの公式HPで読むことができます。
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4mもの雪が溶けた5月上旬、冷たい雨の中、パートナーでフォトグラファーの大森千歳と「グラナイト・クレスト・ジャケット/パンツ」を着て、お気に入りの森へとデイハイクに出かけた。体力無尽蔵のボーダーコリーをくたくたに疲れさせるわが家の日課でもある。
朝から冷たい雨が降っていた。気温は11℃と肌寒い。日が当たらない北側の谷にはまだ残雪が見え、谷から上がってくる冷気に身震いする。だが、天気予報によればこれから晴れる予報だ。
防水透湿素材には、アルパインシェルにも用いられる独自の「H2Noパフォーマンス・スタンダード・テクノロジー」を採用している。撥水加工はもちろんフッ素化合物を使わないPFCフリーDWR。ご覧の通り、撥水性の初期性能はPFCウェアと比べても遜色ないレベルだ。
3層構造の裏生地はなめらかで滑りがよく、若干のストレッチ性も備わっているので一日中着続けてもストレスがなかった。そして、薄すぎず厚すぎないバランスのとれた生地は雨風を寄せ付けない安心感があった。冬の間、山スキーでも何度かジャケットを着用したが、オールシーズン身につけられるというたしかな手応えを得た。
朝からの雨もようやく収まり、徐々に陽光が差し込んできた。ブナの新緑が眩しい尾根を登る。両脇のベンチレーション、ツーウェイ・ピットジッパーから新鮮な空気を取り込み、体温調整をしながら快適な森林浴を楽しむ。裾のドローコードは、右のハンドポケットの内側から開閉調整ができるシステムだ。
登山道を外れて、お気に入りのブナ林へ。雪が積もればここをスキーで滑り、雪が溶ければここを歩く。狂喜と山菜を得るために。一年中ぼくたちを惹きつける美林である。魚網をリサイクルした30デニールの100%リサイクルナイロンは、摩耗や引き裂きなどの耐久性に長け、藪漕ぎもなんのその。海で役目を終えたものが、いま森で活用されているのだから、人生なにが起きるかわからない。
ブナの巨木に腰を下ろしトレイルフードを食べる。八ヶ岳の麓に住む友人が旬の野菜をたっぷり使ってつくる無添加のディハイドレートフード「ザ・スモール・ツイスト」。狙ったわけではないが、気がついたら“衣”と“食”に関して、健康と環境に配慮された日常を過ごしている。なぜそうなるのか?を考えてみたら、それはただただ気持ちがいいからだ、という答えに行き着いた。
若葉という若葉が陽光を反射して明るい尾根歩き。優れた透湿性が備わっているので、ハイテンポで歩いても内側がムレることなく終始着続けることができた。あと忘れてはいけないのが、肘と膝周りの立体裁断。これもグラナイト・クレストを1日中着続けられる立役者であろう。
体が小さい犬や子供を抱えるとき、PFCのことを考える。目に見えない事象、不確実なことだけに、それが取り越し苦労になろうとも、今やるべきことをやる。温室効果ガス削減の動きもそんな予防原則のひとつで、気づけばわれわれの周りには予防原則が溢れている。次世代のために謙虚にそれと向き合うほかない。
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ここからは、今回フィールドレビューしたパタゴニアの「グラナイト・クレスト・ジャケット/パンツ」について細かく見ていこう。
独自の防水透湿性素材「H2Noパフォーマンス・スタンダード」を採用した3層構造のマウンテニアリングシェル。魚網をリサイクルしたナイロン100%素材、PFCフリーDWR加工(フッ素化合物不使用の耐久性撥水コーティング)を採用し、環境と健康に配慮した一枚となる。また、適正な労働環境のうえで行われるフェアトレード・サーティファイドの縫製を採用。3シーズンを通して北アルプスの長期縦走から、残雪期の中低山まで幅広く活躍するテクニカルハードシェル。
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パタゴニアのオリジナル防水透湿性素材「
PFC フリーウェアの初期撥水性能は、フッ素を用いた従来モデルと遜色ないレベルまで近づいている。しかしながら、その持続性=耐久性は劣る。それを解決するのが、適切かつ定期的なメンテナンスだ。
PFC フリーウェアは、皮脂や油汚れを弾く撥油性が低いため、こまめに洗濯してウェアに付着した汚れをしっかり落とすことが重要となる。さらに乾燥機やアイロンなどで熱を加えることで、撥水成分が元の安定した状態に戻り、撥水性を復活、維持する。
パタゴニアがおすすめする洗剤は、アウトドアウェア専用の「STORM」。イギリスで開発されたPFCフリーの洗剤で、洗剤と撥水剤を一度に入れて洗濯できるワンウォッシュサイクルにより、時間と水を節約しながら撥水性と透湿性を蘇らせる。容器にはリサイクル率が高いアルミニウムを採用。
雪の重みで水平に伸びる雪国の木々たち。「ちょっと休んでいきなよ」と声をかけられるから、なかなか家に辿り着けない。
われわれは、ハイスペックなウェアに慣れすぎてしまったのかもしれない。あるいは、スパッと雨を弾き飛ばすウェアでなければ山には登れないという凝り固まった考えが市場を席巻しすぎたのか。自然に親しむための機能を追求しすぎたばかりに、自然環境を犯してしまっては本末転倒。健康のために始めた山登りで健康を害したら、それもまた然り。
PFCフリーウェアは、いまだ成長段階にある。PFCに依存しないウェア開発を応援する意味でも、PFCフリーウェアを着る大義はある。なににお金を払うかは、その人の生き方を写す鏡であるから気をつけねばと常々思う。
いやいや待て待て、ややもすれば命を失うかもしれない登山だぞ。環境よりも人命、機能優先だ。という人はもちろんいる。いろいろな人がいていい。多様性こそパタゴニアのフィロソフィーだ。
ただ、自然へのリスペクトだけは忘れてはいけない。それを失ったら人間終わりだ。なぜなら人間も自然界の一部だからだ。見えているものが世界のすべてではない。想像力を膨らませ、すべての命に思いやりを。地球はイワナ、鳥、クジラ、みんなのものだ。人間だけが傍若無人に振る舞い、自然を汚していいわけがない。
山菜のこごみをジャケットのポケットに採集しながら下山した。さっとゆで、胡麻和えにして晩酌のアテにするのだ。口に入れるものを安心して持ち歩けるPFCフリーって、いいね。それでは、Have a nice Hiking!
今回ご紹介した以外にも、ハイク・コレクションでは、トップス、ボトムス、小物からバックパックまで、登山やハイキングに使えるさまざまなアイテムをラインナップ。次の山に何を着て行こうかと考えているのなら、ハイク・コレクションのチェックはマスト。すべてのハイカーの、それぞれのシーンで「使える」1枚が、きっとここにあるはずです。
文:森山伸也
写真:大森千歳
協力:パタゴニア