「穂高の秘境の池」で自分だけの瞬間を探して。|フォトコン2023優秀賞・土手 光貴さん

YAMAPフォトコンテスト2023で優秀賞を受賞した、東京在住の土手光貴(どてこうき、Instagram@dk_rem1)さん。受賞作は、コバイケイソウと岩峰のコントラストが際立つ一枚。奥又白池のガスが抜けるのを待ち、前穂高岳が姿を現した瞬間を捉えた執念の作品です。

被写体の見つけ方や構図、念願の個展を開催してみて感じたことなど、写真へのこだわりをお聞きしました。

2024.03.28

米村 奈穂

フリーライター

INDEX

誰も撮っていない被写体を探して

優秀賞を受賞した作品。夕立が上がった瞬間を狙って、奥又白池に群生するコバイケイソウ越しに前穂高岳(3,090m)を捉えた

──受賞作はとても幻想的な写真です。撮影地の奥又白池は一般登山者に知られた場所ではありません。前穂高岳の南東にあって、井上靖の長編小説『氷壁』に出てくる場所だそうですね。

土手光貴さん(以下、土手):いつも、誰も撮ってないような被写体や場所、タイミングを撮りたいと思っています。極力、存在感の薄いルートや場所をいろいろ攻めていて、面白そうな場所を探していて、たまたま見つけたのが、この奥又白池でした。

──そういった場所はどうやって見つけるのでしょうか。

土手:バリエーションルートを登っている人のブログとか山行記録を見て、普段人が入らないような場所から見た山の角度でかっこいいものがあったら、そこにいくためのルートを調べています。

奥又白池は、穂高の周辺にいくつかあるマイナーな池の一つで、それらの池は「穂高の秘境の池」と呼ばれているんです。その存在を知ってネットで調べていたら、池の周りにコバイケイソウがたくさん咲いている奥又白池の写真が数枚出てきたので、行ってみようと思いました。

池までのルートも、踏み跡も一応ちゃんとあるんですけど、きつい急登と、登山道脇のクマザサをかき分けながら進むルートでした。あまり人が入っていないというのは分かりました。

モルゲンロート(山々や雲が赤く染まる朝焼け)を狙うつもりでしたが、このガスに巻かれた夕方に撮った写真がよく撮れました。

──朝でも夕方でもないような、不思議な雰囲気が漂っています。雨が上がった瞬間の空気感が伝わってくる写真です。到着したときは前穂高岳は見えなかったのでしょうか。

土手:到着時にチラっと見えてはいたのですが、すぐに隠れてしまいまいした。土砂降りの夕立をやり過ごして、止んだ瞬間はまだ、周囲はガスに包まれていました。

池に着いたときにロケハンをして、近くにいい場所を探していたので、とりあえずそこに行ってみて、ガスが明けるのを待っていました。

しばらくすると抜けてきて、前穂高岳のいかついシルエットが見え始めたんです。ただただ自然の迫力に圧倒されながら、夢中でシャッターを切りました。

別山(2,880m)の辺りから撮った剱岳(2,999m)

──写真歴はどのくらいになるのでしょうか。

土手:登山と同じで8年くらいです。最初は山にこだわって撮っていたわけではなく、いろんな被写体を撮っていました。

カメラを持って登ってはいましたけど、今みたいに山頂から朝焼けを撮りたいとか、そこまでガチなことはやっていなくて、普通に昼間の登山中に歩きながら撮る感じでした。

次第にだんだんのめり込むようになって、朝とか夕方を狙うようになっていきました。そうなってくると、山で1泊する必要があり、徐々に写真を撮るために登るようになりました。

──参考までに、山で使っているカメラとレンズを教えてください。

土手:ボディはNikon Z7Ⅱで、レンズはNIKKOR Z 14-24 F2.8 Sです。前はSONYのαを使っていましたが、ニコン製品の耐久性の高さとレンズの性能のよさに惹かれて乗り換えました。

山などの過酷な環境では耐久性があるほど安心して使えます。耐水性も高いので、雨が降る森の中だけでなく、波を浴びるような荒れた海の撮影でも安心して使えるのもいいですね。

レンズの写りも申し分なく、明るいので、これ一本で星まで撮れます。

普通、超広角レンズだと大口径だったり、レンズの前面が飛び出ている出目金だったりして、大型のフィルターしか付かないことが多いのですが、これは超広角レンズでありながら比較的コンパクトで、フィルターも比較的小さめなものが付けられるので、荷物の軽量化にもなります。

富士山で思い出した、自然への想い

涸沢岳(3,110m)から写した北アルプス。左に槍ヶ岳(3,180m)、右は奥穂高岳(3,190m)方面

──山に登るようになったきっかけは学生時代に登った富士山だったそうですね。

土手:元々自然が好きだったんですけど、高校、大学時代はインドア派でした。その頃にふとしたきっかけで、友達とふたりで「富士山に行こうぜ」みたいなノリになって、登ってみたんです。

それ以来、自然が好きだったことを思い出したかのように、山にはまり出しました。

──自然が好きだったっていうのは、子どものときでしょうか。

土手:親がキャンプに連れて行ってくれてたりしたので、それが大きかったと思います。

小学4年の時にも、家族で富士山に登りました。でも高山病にかかってしまって、気持ち悪かったことしか覚えてないんです。中学の時も家族で登って、その時も少し気持ち悪くなりました。

大学の時に富士山に登ったのがきっかけで、父も富士山に登りたいと言い始め、一緒に丹沢など、低めの山を登り始めました。

──親が登っていて、その影響で自分も登り始めたという話はよく聞きますが、逆は珍しいですね。今も一緒に登られたりするのでしょうか。

土手:最近は一緒には登ってないですが、父も続けています。「今の時季だったらどこの山がいいか」とか相談されることはあります。父の場合は、近場の日帰りで登れるところばかりですね。

花が生きている環境も一緒に撮る

利尻山(1,721m)山頂から、ミヤマアズマギクの奥にローソク岩が浮かび上がる

──撮ってみたい写真は、「冬の利尻」ということですが、それはどうしてでしょうか。

土手:冬の利尻って、全然晴れなくて山が見えないらしいんですよ。

YAMAPのフォトコンテストで何度か受賞されているスズキゴウさんが、数年前に冬の利尻を撮られているのですが、3週間くらい滞在して、2日間くらいしか山の姿を見られなかったみたいなんです。そんなに貴重な瞬間なら撮ってみたいなと思いました。

──この上の利尻の写真は、お花の後ろに何かボワっと見えますが、これはどのへんなのでしょうか。

土手:これは2023年7月に行ったときの利尻山の山頂です。夏には登ったことがあるんです。山頂にローソク岩という大きな岩が立っていて、手前のお花はミヤマアズマギクです。

前景に色のあるものを置くと、きれいな写真になるし、人間の目線は、一番手前から奥に進んでいきます。手前に興味深いものを置くことによって視線を奥まで誘導する、基本的な写真の構図のひとつです。

──このローソク岩は、ずっとこんな感じでぼんやりと浮かんでいたのでしょうか。怪しさが増すというか。岩なのか何なのか、滝のようにも見えますし。この時も晴れてはくれなかったんですね。

土手:僕がいた時は、ずっとガスが薄くかかっていました。パッと見ではこれが何なのか分からないのが面白いかなと思って撮りました。4日間くらいの滞在で、そのうち、一番天気がマシだったのがこの時でした(笑)。

重太郎新道の、紀美子平のちょっと下くらいのところから奥穂高岳を望む

──土手さんはお花を際立たせるために、背後に岩峰があるように見えます。山野草が好きな人は、マクロレンズで寄って撮る方が多い気がしますが、土手さんは景色と合わせて撮られていますよね。

土手:周りの景色を入れることによって、その花たちがどういう環境で生きているのか分かるのがいいのかなと思っています。

──土手さんの写真は、山を歩いているときに出会った空気感が伝わってきます。印象に残っている花との出会いはありますか。

土手白馬岳(2,932m)稜線のお花畑を初めてみた時ですね。ウルップソウとかハクサンイチゲとかシナノキンバイとか、とにかく稜線がカラフルできれいでした。

──お花の名前がスラスラと出てきてすごいですね。特に好きな花はありますか?

土手:菊系の花が好きで、利尻山のミヤマアズマギクとか、ウサギギクっていう、ミヤマアズマギクの黄色い版みたい花があるんですが、いかにも「お花」みたいな感じが可愛くて好きです。

自分が一度、被写体として写した花の名前は全て覚えています。

白馬岳頂上宿舎近くの丸山から撮った旭岳。手前は白馬周辺と八ヶ岳(2,899m)にしか咲いていないというウルップソウ

雪は、光を写す白いキャンバス

北海道の雌阿寒岳(1,499m)から。阿寒富士(1,476m)方面から日が昇る

──冬にも登られていますね。雪山もお好きなのですね。

土手:冬にしか見られない自然現象がたくさんあるので、面白いですね。雪の要素って面白くて、夏山と比べると全然違って見えます。

山が真っ白だと、キャンバスのような状態になって、太陽の光の色がより出やすいんです。モルゲンロートの色も、よりきれいに出ますね。山の陰影もよりはっきり出ます。草や木が一切ない状態になるので、山の険しさがゴリっと出る感じです。

──雪山は、山に登り始めてどのくらいで行くようになりましたか?

土手:地道にレベルを上げてきたタイプなんで、最初の2〜3年は本当に低山しか登ってなくて、4〜5年目くらいから登り始めたと思います。

初めての本格的な雪山は八ヶ岳の北横岳(2,480m)でした。雪の白と相まって、空の青がとても濃く、木の枝がエビの尻尾みたいに凍りついているのも初めて見て、感動したのを覚えています。

山頂から見えた、白くなった八ヶ岳主峰の赤岳(2,899m)がとてもかっこよくて、いつかはあそこに登ってみたいと思いました。

──冬はどこの山が好きですか?

土手西吾妻山(2,035m)は毎年行っていて、実は明後日からも行こうかと思っています。福島県と山形県の間の、蔵王より少し南側にある山です。

西吾妻山のスノーモンスター。月明かりと陽の光が同居する瞬間

この写真(上)は、西吾妻山のスノーモンスターです。これは日の出の1時間くらい前なので、月と星の明かりが少しだけ残っていました。地平線上には太陽の光が少しだけ出ている絶妙な時間帯の写真です。

──一緒に登る撮影仲間はいるんですか?

土手:SNSで知り合った、同じような写真を撮っている人たちで一緒に登るようになりました。でも、あまり人数が多いと構図の取り合いとかになってよくないんで(笑)、ふたりくらいで行くことが多いです。

一緒に撮ることも楽しいんですけど、お互いにライバルみたいな感じで刺激し合って、もっといい写真を撮りたいってなりますね。

展示会も何度かしています。2023年6月くらいに「富士フォトギャラリー銀座」で初めて個展をしました。ちょうど今回の受賞作が個展の顔だっただけに、優秀賞は素直にうれしかったです。

──個展をしてみて気づいたことや、その後の撮影に影響したことなどはありますか?

土手:たくさんの方から嬉しいお言葉をもらえて、とても励みになりました。SNSを見て来てくれた方が多くて、日頃からSNSで私の活動を見守ってくれている人がこんなにたくさんいるのかと気付かされました。北海道からわざわざ来てくれた方もいました。

もちろんSNSでの私を知らない方も来てくれて、昔はよくアルプスに登ったというおじいちゃんと山の話で盛り上がったり、「これは一体何なの?」と言われ、氷の写真を解説したりするのもとても楽しかったです。

今まで画面でしか見ていなかった自分の作品を、紙にプリントする楽しさや難しさも学びました。そのままプリントすると、画面で見た時とは色や明るさが変わってしまいます。そこを自分のイメージに近づけるために、いろいろ再調整したりします。

紙は平面ですが、プリントしてしっかりライティングすると、少し浮かび上がって立体的に見えてくるんです。紙の種類にもよるかもしれませんが、これも不思議で奥が深いです。

今はまた夏の展示に向けて、作品を撮りためています。2024年7月に、SNSで集まったフォトグラファーによるグループ展を開催予定です。

今年は新しいことにも挑戦してみようと思っています。実際にフィールドを訪れて、フィルターを使った撮影方法をレクチャーするワークショップも始めました。

2022年 2月。北海道で撮影

──山の写真は、撮る人と見る人で共感できる部分が多いので、個展をしてみたいと思っている人も多いはずです。

土手:初めての展示でいきなり個展を開くのは、資金面や作品数、概要を考えたりと少しハードルが高いのが事実です。まずは気の合う仲間とグループ展をやってみるのがいいのかなと思います。私も、初めての展示はグループ展でした。その半年後に個展を開きました。

──山に登るようになって、自分の中で変わったところなどはありますか。

土手:んー、何でしょう……。今は、写真を撮ることを目的として登ってるので、もう少し昔みたいに、山自体を楽しめるように登りたいなというのはありますね。

──帰ってから写真を見る楽しみもありますよね。これからも素敵な写真を撮り続けてください。今年も楽しみにしています!

土手さんのアカウント
Instagram:Koki Dote @dk_rem1

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。