妙高戸隠連山国立公園(妙高山・火打山)における入域料導入に向けた取り組みについて

2019.08.16

YAMAP MAGAZINE 編集部

妙高山、火打山、焼山の魅力

妙高山、火打山、焼山の三山は新潟県の南端、上越地方に位置しています。上越地方は古くは頸城地方と呼ばれ、それゆえ三つの峰を通称して頸城三山とも言われます。遠望する頸城三山は2400㍍を超える峰が三つ連なっているため、雲海の上に頭を出し、印象深く登山者の心に留まります。特に初夏、北アルプス北部の山々から北東方向に見はる頸城三山は、まだまだ豊富な残雪を纏い、登高意欲をかきたてる独特の存在感を持っています。

一方、麓から眺める頸城の山々は、まずはどっしりと裾野を広げた妙高山が眼前に広がります。火打山、焼山は妙高山の後ろに控え、北アルプスから眺めたようには見ることができません。頸城の山々は、その懐に入っていくことによってその魅力を明らかにしてくれます。

高層湿原の畔に建つ高谷池ヒュッテはもうすぐ改築が終わり生まれ変わります

新潟・妙高といえば、世界的にも有数の豪雪地域。冬には日本海で成長した雪雲が頸城山塊にぶつかって大量の降雪をもたらします。深い積雪と日本海からの北西季節風を直接受け止める頸城山塊は、その環境の厳しさによって、実際の標高以上に高山の様相を表しています。多様な高山植物や、高山の鳥ライチョウを育む環境は、とても繊細な自然のバランスによって成り立っています。

山懐に入るための登山口は、妙高山へ登る燕温泉口、新赤倉温泉口と、火打山に登る笹ヶ峰口、焼山に登る笹倉温泉口の主に4つ。ここ数年、焼山が噴火による入山規制で登れなかったため、火打山から焼山への縦走路と、笹ヶ峰奥の杉野沢橋からの登山道、金山からの縦走路は今年度通行できません。それでも3つの山は、隣り合いながら、それぞれに異なる個性を持ち、山好きの興味をそそります。

頸城三山三様

妙高山(2454㍍)は5回の大きな噴火によってできた火山。もともとは3000㍍を超えるような山体だったと考えられています。前山、神奈山、大倉山、三田原山、赤倉山などの外輪山に囲まれ、心岳とも呼ばれる本峰は、急峻な坂道を一気に登りつめる山らしい山です。途中に営業している山小屋は無いため、燕温泉登山口、新赤倉登山口から往復しようとすると、標高差1000㍍以上を登下降することになります。なので近年は、笹ヶ峰登山口から登り、山上の山小屋で一泊して西側から妙高山に登頂する行程を選ぶ人も増えています。笹ヶ峰口から往復してもいいですし、笹ヶ峰から登り、燕温泉、新赤倉温泉に下山するのも縦走として一興です。妙高観光局では、笹ヶ峰から燕温泉、新赤倉温泉へのマイカー回送サービスも行っているので便利です。

麓から見上げる峨々とした姿に違うことのない足ごたえのある山が妙高山です。

火打山(2462㍍)は、火山である妙高山、焼山の間にあり、隆起でできた頸城三山の最高峰です。『日本百名山』で深田久彌氏が、一点の黒もなく白くなる山として挙げたとおり、冬には真っ白の三角錐を見上げることができます。笹ヶ峰から登っていくと、森林限界線に佇む高谷池ヒュッテの前に湿原が広がり、開放的な視野の先に火打山の山頂が臨めます。健脚の人であれば日帰りも可能ですが、この山の魅力はやはり山上での一泊。山々に囲まれた湿原の畔で、静かな時の流れを感じながら、夕陽を眺め、星を見上げるひとときは忘れられない体験になるでしょう。

穏やかな時間が流れる山上の夜

穏やかな山容は豊かな植生も育んでおり、たくさんの高山植物の花々にも出会えます。季節が合えば天狗ノ庭ではハクサンコザクラが桃色の絨毯のように広がり、イワイチョウの白い花も顔を出し、ハクサンチドリのピンクが映えて、華やかな登山道を演出してくれます。午後早く高谷池ヒュッテに到着したら、天狗ノ庭までゆっくりと足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。二日目は朝一番で山頂を往復し、風に揺れるワタスゲが印象深い黒沢池湿原をまわって下山すると充実します。

 焼山(2400㍍)は2016年に小規模な水蒸気爆発が確認され、登山禁止になっていましたが、噴火活動が落ち着き、今年から登れるようになりました。ただし、火打山からの登山道は再整備が行われておらず通行禁止になっています。山頂へ至るには、北側の笹倉温泉から長い林道を辿り、往復します。標準的なコースタイムでも12時間近くになりますので、山頂近くの避難小屋「泊岩」で一夜を過ごすことになるかもしれません。

ミヤマハンノキや高茎植物が目立つ火打山山頂

一方、山の懐が深いということは、それだけ登山道の延長が長く、整備や維持管理にコストがかかるということになります。適切な登山道の整備と維持管理は、登山者が登りやすくなるのみならず、高山植物などの植生の保全のためにも不可欠です。ですが、登山道の整備や維持管理は、資材の運搬一つとっても一苦労で、現に、妙高市が改築中の高谷池ヒュッテの資材はヘリで運搬しています。更に、高山植物などの保全への配慮も求められます。

環境省や妙高市では、毎年必要な予算を確保し、周辺山小屋の協力も得て、登山道の整備や維持管理を行っていますが、予算や人員に限りがあることから、老朽化した標識や木道の更新が滞っている箇所も一部に見られます。また、整備や維持管理の不足による登山道の荒廃も一部で確認されています。特に、火打山については、登山道が丁寧に整備されていることから、維持管理に多くのコストが必要な状況です。

北限のライチョウ

頸城の山々にはいまひとつ、大きな特徴があります。それは日本でのライチョウの分布北限地であること。ライチョウといえば、北アルプスを訪れた人には、高山の鳥の代名詞のように、そのむくむくした姿が忘れられないことでしょう。世界的には寒冷地を分布域とする鳥ですが、日本では不思議なことに本州のアルプス周辺にのみ生息しています。東北や北海道の山々に生息していないのに、2400㍍ほどの頸城山塊に生息しているのはとても不思議なことです。北の鳥なのに、火打山が日本での北限、というのも興味をそそられます。

頚城山塊が日本での分布の北限であるライチョウ

今年、そのライチョウについてイギリスの科学誌に衝撃的な論文が発表されました。地球温暖化がこのままのペースで進むと、今世紀末には日本のライチョウは絶滅してしまう、というものです。3000㍍級の山々が連なる南北アルプスに比べると、標高の低い火打山には、ライチョウの生息に適した高山環境が圧倒的に狭く、温暖化の影響をもっとも受けやすい可能性があります。もっとも、その絶滅が危ぶまれている生息域として、火打山では以前より研究者と環境省、妙高市が連携して生息数や生息環境の調査が行われてきました。科学的な調査は、その原因を突き止めるうえで欠かせないものです。感覚的な印象ではなく、継続的に調べられた科学的データは、これから私たちが考え、行動していかなくてはならないことを示してくれます。

シャクナゲの低木の下で抱卵するライチョウのメス

ライチョウ調査の過程で明らかになってきたのは、火打山山頂部の植生が以前と大きく変わってきたこと。ライチョウ調査にも参加している新潟県生態研究会の松井浩会長によると、ガンコウランやコケモモなどの高山性矮小低木群落が減り、ハイマツの背丈が大きくなって、高茎草原が広がるようになりました。イワノガリヤス、ヒゲノガリヤスなどイネ科の植物も増えており、明らかに北アルプスでライチョウを見かける環境とは異なってきています。

ただし、この植生の変化とライチョウの数の増減についての因果関係はまだはっきりとわかっていません。長年火打山でライチョウの調査を行っている新潟ライチョウ研究会の長野康之代表によると、火打山のライチョウはハイマツ周辺よりも、高茎草原で縄張りを作る傾向が強く、北アルプスのライチョウとは好む環境が異なっているとのこと。また、イネ科の植物の実を食べている可能性が高く、フンを採取してその実態を明らかにしようとしています。

フンはライチョウの生態を調べるうえで重要なサインです。冬には標高1000㍍以下でも確認されています

一方、ライチョウの保全のためには、「予防原則」と「順応的管理」の考え方も重要です。火打山のライチョウの生息数は減少傾向が続いており、地域絶滅も心配されます。植生の変化がライチョウの餌となるコケモモ等を減らしていることがその要因という専門家の指摘を踏まえて、環境省及び妙高市では、試験的なイネ科植物の除去作業を実施しています。今後、これらの作業がライチョウの生息にどういう影響を与えるか慎重に見極めたうえで、必要な対策が検討されていく予定です。更に、地球温暖化等によりキツネやテンなどのライチョウの捕食者が高山帯に進出してきているのでは、という懸念もあり、捕食者に関しても情報の把握と必要な対策の実施が求められます。

ウズラよりやや大きめの卵を5〜10個ほど産みます

この先、いつまでもライチョウに出会える火打山であるために私たちは何をしたらいいのか。その答えにたどり着くにはまだまだわからないことだらけなのですが、森羅万象、多種多様な生き物との結びつきが生態系の強みであるとすれば、危機に瀕した愛すべき山の鳥、ライチョウと共存していけるように私たちができることから取り組む必要があると思うのです。そのために、継続的な科学的なデータの収集と、データを踏まえた保全対策の実施を続けていかなくてはなりません。

入域料の試みとこれからの登山への考察

これまで、妙高山・火打山の登⼭道の整備・維持管理やライチョウの保全は、環境省や妙高市などの⾏政、山小屋関係者、専門家などの取り組みによって成り⽴ってきました。こうした取り組みは本来は行政が担うべきものですが、近年、これらに加えて外来種の対策やニホンジカによる食害被害の防止など、国立公園や野生生物に関して取り組むべきことは益々増えており、全てを税金で賄うことが難しくなってきています。

そこで新たな試みとして、環境省と妙高市が協力して、2018年10月の約3週間、妙⾼山・⽕打山に登⼭される方に任意で協力金500円の支払いをお願いしました。その結果、8割近い登山者の皆様にご協力をいただくことができ、アンケート調査においても、「趣旨に賛同した」「登山者として当然だと思った」などの声を多くいただきました。また、支払っても良いと思う金額も500円との回答が最も多い状況でした。

これらの結果を踏まえて、環境省と妙高市では、2019年は7~10月の登山シーズンを通じて、協力金500円の支払いを登山者の皆様にお願いしています。協力金は、登山道の維持管理とライチョウの生態調査、保全活動に使われる予定ですが、その使い道についても、アンケート調査で登山者の皆様からいただいたご意見を基に決定されています。

笹ヶ峰にある火打山登山口。入域料はここで納めることができる

今回の取材を通じて、⼭は誰のものでもなく⾃由な場所であり誰かがお⾦を徴収するのは納得がいかない、あるいは、主旨は理解できるからもっと⾦銭的に協⼒してもいい、という意⾒も耳にしました。山に登るということは、多かれ少なかれ、その山の自然にダメージを与える行為です。我々登山者が、登山によって得られる素晴らしい体験へのささやかなお礼として協力金を支払うことで、将来にわたってその山の自然環境の保全や快適な登山道の維持に貢献できるのはとても良いことだと感じますが、いかがでしょうか。ぜひ多くの登山者の皆様に妙高山・火打山の協力金の取り組みについてご賛同いただけることを願っています。

登山が文化として社会の中に存続し、人の暮らしにとって欠かせない生物の多様性を維持し、共存の意識涵養の場を維持していけることになんらかの貢献ができないか。山を愛する私たちは、山や自然との新しい共存の形をいま、考え、行動していかなくてはならない時を向かえているのだと思います。

また、2019年からの新しい取り組みとして、協力金を支払っていただいた皆様が妙高市内のお店で割引サービスを受けられるキャンペーンが実施されています。旅館、温泉、飲食店など多様なお店での割引サービスが用意されているため、この機会に、高原リゾートとして名高い妙高市にも追加滞在し、登山の疲れをゆっくりと癒すのもおすすめです。

妙高山、火打山の自然環境保全のための協力金について

妙高山、火打山の美しい自然を保全し、次の世代に継承していくため、昨年度に引き続き、妙高山・火打山に登られるかたから自然環境保全にかかる500円の協力金を任意でお願いしています。皆さんのご理解とご協力をお願いします。

●実施期間:令和元年7月1日(月曜日)~10月31日(木曜日)

●実施場所・時間:次の3箇所の登山口・笹ヶ峰(5時~17時)・燕温泉(5時~17時)・新赤倉(8時~16時)

●受付方法:笹ヶ峰登山口には5時~10時まで係員がいます。下山されたかたに、自然環境や登山道に関するアンケート調査をお願いする場合があります。

協力金の使途

▼ライチョウの生態調査、保全活動  環境省と妙高市は、専門家と協力してライチョウの生息状況調査を継続してきました。しかし、生息数は減少傾向が続いており地域絶滅のおそれが生じています。また、ここ40年でライチョウに不利と考えられる植生変化が起きており、協力金を活用して植生回復をはじめとした生息環境保全活動を実施していきます。

▼登山道の維持管理  妙高山・火打山では、行政機関・民間団体の相互協力により登山道の維持管理を行っています。しかし、登山道の総延長が長く、十分な管理を行うことができていない状況です。今後も利用者の皆さまに登山道を安全かつ快適に利用していただくため、整備や維持管理に協力金を活用していきます。

※協力金の一部は、事務費として使用します。

協力いただいたかたへ

・妙高山・火打山自然環境保全協力金「オリジナル木製ストラップ」を進呈します。また、1000円以上のご協力でもれなく「ライチョウピンバッチ」を進呈します。  

・ご協力いただいたかたから抽選で5人に「妙高高原温泉郷ペア宿泊券」を後日進呈します。

割引サービスキャンペーンについて

・また、ご協力いただいたかたが、地元の観光施設等で協力に応じたサービスを受けられるキャンペーンを試行的に実施しています。ぜひご利用ください。詳細は協力店リスト及びマップをご覧ください。

割引サービス期間:2019年7月1日(月)〜10月31日(木)

【妙高山・火打山保全協力金 チラシ】https://www.city.myoko.niigata.jp/kankyoueisei/image/47550download.pdf
【妙高市HP】https://www.city.myoko.niigata.jp/kankyoueisei/4276.html
【環境省HP】https://www.env.go.jp/press/106940-print.html

YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。