[森林が大好きな大学院生・宮本知明さんによる記事をお届けします]
山頂からの眺望は美しい。
その景色を求めて足を運ぶ人も多いだろう。山頂とは言わずもがな、その地域一帯で最も高い場所である。「パノラマ」という表現も良く似合う。雄大な自然を一望でき「ここまできてよかった」と登頂の喜びを噛みしめる醍醐味がある。
では、山を登るまでの過程はどうだろうか? 山登りにおいて必ず通る道のり、それが「森」である。山を登ることは同時に森を歩くということでもある。森には多くの生物が生息しており、彼らは相互に影響しあいながら、一つの森を形づくっている。ひとつひとつが個性を持った森なのだ。
山登りの「プロセスを楽しむことにもピントが合ったっていい」という話で(私の場合は森であり「木」に惹かれたのだが)これは私の山の楽しみ方だ。それはひとりひとり違っていてそれでいいし、それがいい。個人的な楽しみ方のひとつとして読んでいってもらいたい。
2024.11.01
宮本 知明
鹿児島大学大学院生
まずは木の情報を集めてみることについて考えを巡らせてみる。ひとえに木の情報といっても様々である。葉っぱの形、大きさや色、樹皮や枝の生え方などなど。
他にも木の実や近くに生えているきのこも情報の一つだ。その一つを掘り下げていくだけでもきっと人知を超えた世界が広がっているだろう。
しかし、挙げていくとキリがない。なので、とりあえず分かりやすい葉っぱの違いを見てみることにする。
ひとことで葉っぱといっても様々な形がある。まず思い浮かべるのは、楕円形や卵形のような形だろう。しかしそれ以外にも円形であったり、ハート形のものなどもある。
葉のへりにも注目されたい。実は、葉のへりにも特徴がある。なめらかな曲線を描くようなものをイメージする人が多いと思うが、へりが波打っていたり、ギザギザしていたりする。ちなみにギザギザは鋸(のこぎり)の歯で「鋸歯(きょし)」という名前がついている。たしかに言われてみればのこぎりっぽい。
葉のつき方にも種類がある。枝に対して葉はどのようについているだろうか。互い違いについているもの(互生:ごせい)、二つの葉が対になってついているもの(対生:たいせい)、はたまた一か所から何枚もの葉がついており、わっかを描いているようなものまである(輪生:りんせい)。
葉の形とへりの特徴、つき方が掴めると、葉っぱの違いというのが分かってくる。
例えばシラカシ(カシの木として知られ、庭木などにもみられる)の葉っぱは、細長目な楕円形で葉先に向かうにしたがって細くなるような形をしている。へりはよーく観察すると鋸歯になっており、緩い勾配についている階段のような感じ。葉は互い違いについていて、互生である。
ちなみに、似ている種類にウラジロガシという木があり、シラカシの葉っぱの裏よりもウラジロガシの葉裏の方が白っぽくなっているのが、特徴である。森の中でぜひ違いを見つけてみてほしい。
ミズナラ(家具や薪、樽の材料なんかにも使われている!)なんかはシラカシと同じくブナ科であるが、葉っぱの様子はまた全然違う。
形としては、なんとなく下のほうが丸っこくて、上の方が直線的でシュッとしている。そしてなんといっても特徴的なのがへりだ。クスノキよりもわかりやすくギザギザしており、大ぶりな鋸歯といった感じ。総じて派手な印象を受けるかもしれない。葉のつき方は一応、互生(ごせい)。ただ枝先はかなり輪生(りんせい)っぽい。
トチノキなんかはどうだろう。国語の教科書で「モチモチの木」を読んだことがある方はいるだろうか。そのモチモチの木は実はトチノキのことなのだが、材木としてもきれいな杢目(もくめ)がでる。
そんなトチノキは掌(てのひら)のような葉をしているのが特徴的だ。全部でひとつの葉っぱとなる。このような葉が分かれ出ている葉を複葉(ふくよう)と呼び、特にトチノキは掌状複葉(しょうじょうふくよう)と呼ばれる種類に属する。てのひらみたいな葉っぱ。ネーミングは結構、直球。
ひとつひとつは割と楕円に近い感じで、葉のヘリはちょっとなみなみしている。葉の葉脈がちょっと深めなところも、特徴として挙げられる。
こんな風に葉っぱの形の特徴を抽出し、その違いがわかるだけでも、森の情報はたくさん得られる。今まで同じ葉っぱと思っていたものも全然違う葉っぱに見えてくる。
葉の色からもいろいろな情報が得られる。特に紅葉の時期は、その違いが分かりやすい。緑一色だった森の色彩にバリエーションが出て、色鮮やかな印象を受ける。
代表的な種類としてはイロハモミジなどが挙げられる。紅葉といって真っ先に思いつくのがこの色ではないだろうか。
イチョウも紅葉の代表的な色として知られ、秋になると黄色く色づくのがわかるだろう。これを黄葉(こうよう)と呼んだりすることもある。
他にも、コナラなどの種類では葉が褐色(褐葉:かつよう)に変わる。グラデーションは木によって様々だが、基本的にはこの三つの色の変化が、広く「紅葉」と称される。
しかし、紅葉しない種類もある。スギやマツなどの常緑樹と呼ばれ、一年中葉をつけている種類の木は紅葉はせず、ずっと緑色を維持している。また常緑樹でなくても、ミヤマハンノキなどの樹木は葉っぱが緑色であったりする。だからこそ紅や黄色、褐色に緑色と色彩豊かな森を楽しむことができる。
森を歩きながら、紅葉のお気に入りの色や樹種を見つけてほしいと思う。ビビットな色の葉っぱが好きな人もいるだろう。少しくすんだ色の赤や黄色も渋みがあっていいかもしれない。逆にみんなが紅葉する中、ずっと緑色でいるような、ちょっと頑固な木もそれはそれでかわいいものだ。近くに生えている木と比べてみると違いはより分かりやすいかもしれない。
僕の場合は「あれ、さっきと同じ種類の木っぽいけど、こっちの色の方が好きだな」みたいなことが結構ある。葉っぱの形が一つ一つ異なるように、色味にも若干の差や違いがあったりするからだ。「この葉っぱの形、特徴的で面白いな」とか「この葉っぱの色、ちょっとくすんでておしゃれだな」とか、観察するだけで楽しい。そして葉っぱの観察に慣れていくと、木の違いも分かってくる。
葉っぱは、その木の特徴を象徴していることが多い。
しかし、木の特徴は葉っぱだけではなく、葉っぱだけで特徴づけができない木もたくさんある。例えば木の肌・「樹皮」を見てみよう。
花見の文化などから日本で広く愛されている桜の樹皮を気にしたことはあるだろうか。
多くの方が一度はサクラの花を見たことがあると思う。
では、花が咲いていないときは、どうやって桜をみつけよう。鍵になるのが樹皮観察だ。桜の樹皮にはモールス信号みたいな横向きの線が入っている。
意識していなくても見覚えのある方もいるかもしれない。山登りのついでに知られざるお花見スポットを探すことができる。
つぎに、ハリギリを見てほしい。漢字で針桐と書く。木の年齢が若いときに、バラのような針状のトゲが付き、キリのような材質であったことからその名がついたとか。
そんなハリギリだが、年を重ねるごとにハリは消えていく。そうして、網目状に凹凸のついた樹皮へと成長していく。桜とは全く違うのがお分かりいただけるだろうか。ソース顔というかなんというか、ホリがとても深い顔をしている(僕は阿部寛さんを思い浮かべた。)
葉っぱを観察したら、木の肌も見てほしい。樹皮にも木の種類ごとに違いがある。葉っぱが遠くにあって見えないときでも樹皮の特徴からその木が誰かを判別することもできる。触感も木によってばらばらだ。硬いものもあれば、コルクっぽいもの、はたまたちょっとひんやりしていたりするものもある。
他にも、いろんな楽しみ方がある。
花は咲いているだろうか。赤いだろうか。はたまた白いだろうか。
実はなっているだろうか。どんぐり?クルミ?それともバナナみたい?
枝先に芽が出ていることもある。それは豚の蹄のようなかたちをしているかもしれない。
近くにあるキノコだって、その木と共生関係にあるかもしれない。
そういった木のひとつひとつ、森の一つ一つに目を向けてみると、不思議と山の景色も少しづつ鮮明になっていく。解像度が上がっていく。山にちょっとだけ近づけたような、その山のことを少しだけ知ることができたような気がしてくる。
山登りをするとき、僕はなかなか山頂に辿り着かないけれど、ゆっくり歩くことで広がる世界もある。過程も楽しんで見た景色は、山登りの体験をより濃く、色づいたものにしてくれることだろう。ぜひ見て、触れて、感じる山の楽しさも知っていただけたら嬉しいです。
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