日頃、何気なく歩く登山道。危険な場所には階段や鎖が、分岐には道標が当たり前のように設置され、安全登山を支えてくれています。でも冷静に考えるとこれらの登山道は、誰かが整備してくれているからこそ安全に保たれているのです。いつもお世話になっていながら、なかなか気にする機会がない登山道の整備。少し前の話になりますが、その実態を体感すべくYAMAPスタッフが「トレイルワーク」に挑戦してきました。今回は、その様子をレポートします。
2020.04.10
YAMAP MAGAZINE 編集部
本編に入る前にそもそも「トレイルワークってなに?」という方も多いと思うので、まずはその説明を。
Trail(トレイル)とは、日本語で「航跡」や「踏み慣らされてできた道」の意味。転じて、森林や原野、山に設置された、歩くための道を「トレイルコース」と呼びます。
「トレイルワーク」とは、これらの道の調査や整備、掃除を行うこと。通行の邪魔になる雑木の伐採や倒木の除去、道標の設置、場合によっては新ルートの開拓などもその範疇に含みます。
森の中に美しく伸びる登山道は、日頃の整備の賜物
国立公園や国定公園の場合は、自然公園法によって国や市町村などが整備に携わりますが、その他の一般的な登山道については、地元市町村や山小屋の運営者、山岳会やその他ボランティアが整備に関わっていることが多いようです。
YAMAPではスタッフの登山知識を深めるために、定期的に社内登山を実施しています。「樹氷見学」や「岩に挑戦」「新しい機能の検証」など毎回様々なテーマで登山が計画されるのですが、今回は「トレイルワーク」をテーマに行うことに。行き先は大分県日田市と福岡県八女市の県境にそびえ立つ、御前岳(1,209m)。登山者も多く、古くから信仰の対象にもなっていたこの山で、ヤマップスタッフ6名がトレイルワークに参加してきました。
御前岳に眠る山岳修験の物語を訪ねる「山と街に眠る信仰を巡る登山|祈りの山 大分日田編」はこちらから
釈迦岳から望む御前岳山頂
ちなみに、今回の取り組みは、日田市で観光による地域活性化を手掛ける一般社団法人「奥日田ローカルツーリズム」の主催。YAMAPでは、お仕事でお付き合いがあり、今回のトレイルワークにお声がけいただきました。
当日は日田市街の南、御前岳湧水そばにある御前岳の登山口に朝8時の集合です。
登山口付近に集まった地域の方々。いかにも山慣れした雰囲気をまとった人も多く、頼もしい限りです
集まった面々は、主宰の「奥日田ローカルツーリズム」メンバーを始め、地元日田市の自治体職員や地域おこし協力隊、近隣の田代集落に暮らす方々、スノーピーク奥日田のスタッフなど実に多様。我々YAMAPのメンバーを含め、総勢28名での作業開始となりました。
今回の主な作業は「道標整備」。登山道の分岐に立てられているぶっといアレです。見るからに重そうなアレを背負って山を登り、各所に設置していく作業となります。
山中でよく見かけるアレ
山中でよく見かけるアレ、よくよく考えれば当然ながら誰かがあそこまで運んで設置しているわけですが…、いざ自分が背負うとなると「コレ背負って山登るのか!?」と動揺を隠せません。
各パーツをバラして運び、しかるべき場所で組み立てるのですが、このパーツが重い…。さらに、穴を掘る道具や杭を打つ大きな木槌なども抱えて、一同獣のように激しい息遣いで山道を登っていきます。
どんなものを運んだかというと…
【地面に立てる杭:1本あたり約12kg】
長さ150cm程度。見た目よりは軽いのですが、その大きさから取り回しが大変。また、角張っているので、色々と痛いんです。
【看板本体:1本あたり約2kg×9本セット=18kg】
大型のバックパックに入れて持ち運ぶため、バランスは取りやすいのですが、とにかく重い。麓から近いエリアの看板であれば、早々に軽くなりますが、うっかり頂上近くの看板を担当してしまうと、かなりの長距離を背負って歩かなければなりません。
【木槌や穴掘り機】
こちらもかさばるので、取り回しになかなか苦労します。木槌を持って山中を歩いていると、さながら山賊のようです。
そして、しかるべき場所に着いたら、穴を掘り、杭を立て、標識を固定していきます。
キツイ。そりゃ確かにキツイ。だって、重いんですもの。でも、キツイけど、ちょっと、いやだいぶ楽しいんです。不思議と心が躍ります。
これは参加しないと理解してもらえないかもしれませんが、山を愛する人々が集まって、山のために汗を流す。そこには、不思議な連帯感が生まれるように感じます。遠方から参加した我々も「地域のお仲間」に片足だけでも入れたような気がしました。
通常の登山ではちょっと味わえない200%の充実感と疲労(笑)です。
一仕事終えた後の歓談は、何にも増して楽しい時間。地域の方との距離も縮まる気がします
今回私たちは、道標整備をお手伝いしました。道標の材料を人力で運び上げ、穴を掘り、杭を立て、そして設置する。これだけでもかなりの重労働です。ですが、登山道を安全に保つためには、この他にも倒木の除去や雑木の伐採、さらには階段や鎖の設置など、更なる作業が必要です。
何気なく足を乗せる階段ですが、その一段を作るのにも、きっと大変な苦労があったはず
階段の一段一段を、汗と泥にまみれながらしっかりと組み上げてくれた人。雑木に手足を傷つけながら、懸命に道を切り開いてくれた人。後に続く登山者のために道標を担ぎ上げ、進むべき方向を記してくれた人。
私たちが何気なく歩いている登山道は、幾人もの人々の汗と努力によって作り上げられているのだということを、今回のトレイルワークに参加して改めて感じました。
御前岳山中にひっそりと佇む石標。きっとこれも、ずっと昔の誰かが後に登る人々のために設置したのだと思います
山に行くこともままならない昨今ですが、この状況が収まった後には、草木が生い茂り、整備が必要な登山道もきっと出てくるはずです。その時には、山の安全を守るためにトレイルワークに挑戦してみるのもいいかもしれません。 きっと、普通の登山では出会えない充実感を感じることができるはずです。
トレイルワークを終えて下山中のメンバー。その面持ちには充実感が
一般登山者がトレイルワークに参加したいと思っても、どうすればいいのか初動に困るところ。そういった時には、SNSなどでトレイルワークのボランティアを募集している場合があるので、検索してみてください。また、今回紹介したような、規模の大きな取り組みに限らず、日頃の登山の際にもできることは多くあります。「登山中に見つけたゴミを拾う」「小さな折れ枝などが登山道を塞いでいたら、できる範囲で除去する」などの小さな行動も、登山者全員が意識すれば大きな力になるのです。
※奥日田エリアのトレイルワークについては、サイト「奥日田の山と川」で参加者を募集する場合もあるとのことです。 興味がある方は是非ご確認を!
※山行の際には、公的機関からの情報発信に則した外出の自粛や見直し・交通機関の選択を心がけましょう。