近年、大きく変化するクライミングの世界。2020年9月11日(金)公開映画『Stone Locals』(Patagonia Films)は、クライミングのあるべき姿を模索し、クライマーたちをつなぎ止める人たちのストーリー。注目作のレビューをいち早くお届けします。
2020.09.11
佐川 史佳
クライマー
近年、クライミングを取り巻く環境は大きく変化した。街にはクライミングジムが増え、大会は大きく派手になり、ついにオリンピック競技にまでなったのだ。
岩は登らずジムだけで登る人が出現して今では大半を占めるようになったし、大会が一般的になりプロの競技者ともなれば大手スポンサーがつくことも当たり前になってきた。テレビのニュースで大会の様子や結果が放送されることも多々あり、画面に映し出されるカラフルな壁やダイナミックな動きは、クライミングに興味を持たない人にまでその存在を認知させるほどに。こうした影響はすさまじく、クライミングやボルダリングは人工壁を登ることだと勘違いする人まで生んでいる。
「クライミングは常に単なるスポーツ以上のものでした。クライミングというスポーツが、その人気の高まりと立ち向かうなかで、その核心となるコミュニティをしっかりと固定するアンカーとなる人たちの責任は、これまで以上に重要です」
冒頭のメッセージにある“アンカーとなる人たち”が、この映画の登場人物。有名人はほとんどいない。
ドイツのヘルデッケでアバロニアと呼ばれるボルダリングエリアを創るアーティスト、ダニエル。ユタ州ソルトレイクシティに住むクライミングファミリー、キース家。ケンタッキー州のレッドリバーゴージにあるミゲルズ・ピザの2代目店主ダリオ。テネシー州チャタヌーガで登り、「for the love of climbing」というポッドキャストを配信するクリエーター、キャシー。そして、日本人のプロクライマー、横山勝丘だ。
急激な人気の高まりがクライミングの世界に大きな変化をもたらすことや、それに起因して問題が起きることを危惧し、クライミングを守り、伝える存在が必要だと作品は訴えてくる。とはいえ、やり方を誤ればうるさがられるのがオチで、「楽しければいいじゃないか」という言葉の前には成す術もないように思えるのだが、ここに登場するクライマーたちはそれぞれのやり方でコミュニティを形作ったり、“クライミングとは何か”を伝えたり、岩場を整備したりと行動している人ばかりだ。
作中、横山が「(リスクを)減らす努力はするけど、絶対にゼロにはならない」と言う通り、クライミングが“単なるスポーツ”ではないとすれば、それは重大なケガを負う可能性をはらんでいるという点かもしれない。
クライミングと他のスポーツとを隔てるものは、最悪の場合、死ぬかもしれないという事実である。クライマーであれば、多かれ少なかれ意識せざるを得ないはずだが、それをよく理解せずに登るビギナーもいる。
ソルトレイクシティに住むキースリー一家の長女、ゾーイは医療関係の仕事に従事。クライミングで事故に遭った初心者を目にしているうちに、岩場で安全に登るための説明会をクライミングジムで開くことにした。
「新しいクライマーの教育は、私たちの責任でもある」と語る彼女は19歳。岩場から飛び出して、初心者をロッククライミングの世界に招き入れるべく動き出したのだ。
「年上のクライマーが“ああ初心者か”とあしらう」とゾーイが語る通り、ベテランは新しい人を受け入れなかったり避けたりすることがあるが、だれもが始めはビギナーなのだから歩み寄らなければならない。自分たちがコミュニティを通じて教わったことを、次の世代へとつないでいく責任があり、努力が必要なのだろう。
「クライミングやクライマーやそのコミュニティに、どうやってお返しするつもりですか?」
クライマーとして成長させ、人生の様々な困難から救ってくれたクライミングとその環境に恩を返しなさいと、ゾーイの母は語る。
日本国内では十数年前から始まったインドアボルダリングのブームが終わり、現在はだいぶ落ち着いてきたように思える。それでもブーム前に比べると圧倒的に人が多く、ジムのみで登っていた人たちも岩場に出てくるようになった。事故が多発したり、駐車スペースが溢れたりと様々な問題が発生し、岩場が登攀禁止になったり自粛になったりということが増えている(もちろん、これは最近始めた人ばかりの問題ではない)。
この状況に対し、日本フリークライミング協会や各地のローカルたちは岩場を整備したり、地権者と交渉したりして、なんとか利用を続けられるように奮闘してくれているが、残念ながらこの手のニュースは後を絶たない。
この映画は世界の岩場の景色が様々な手法で収められ、クライマーはもちろん、そうでない人も楽しめる映像となっている。特に横山が富士山をバックに登る瑞牆山コヤスリ岩のシーンは息をのむ美しさで、日本にもこれだけの岩が存在することを改めて実感させてくれるが、ここも何度かクライミングが問題になったことを忘れてはならない。
ブームが始まる前からロッククライミングは存在し、それに魅了された人々はただひたすらに岩を登り続けてきた。もちろん、自然のなかでの岩登りは危険を伴う行為であり、インドアに比べてリスクは大きい。かつて、クライマーたちは “はみ出し者”や“変わり者”と呼ばれる存在が多く、コミュニティは一般社会からしたらカルト集団のように見えるかもしれないが、彼らが持つ経験や知識、理念がこれからの人が安全にクライマーとして育っていくには必要だ。
一方、古くからのクライマーはビギナーに歩み寄り、これからのクライミングを正しい方向へ導く責任がある。“正しい方向”という言葉は危うい雰囲気があるが、作品が「伝えることを恐れてはならない」と訴えかけてくるように感じるのは気のせいではないだろう。
ヨセミテ黄金期に活躍したイヴォン・シュイナードが創業したパタゴニアは、クライミングブランドであることは言うまでもない。その理念が大きく反映されたこの作品には、共感する人もいれば、違和感を持つ人もいるだろう。
しかし大事なのは、考え行動することだと登場人物たちが教えてくれる。やり方も答えもひとつではないのだ。
作品名:Stone Locals (ストーン・ローカルズ)
監督:マイキー・シェイファー、シェイン・レンプ
出演:ダニエル・ポール、キースリー一家、ダリオ・ベンチュラ、キャシー・カールレ、横山勝丘、他
上映時間:70分
9月11日(金)よりYouTubeにて公開