群馬県北部には谷川岳と上州武尊山のふたつの百名山があります。それぞれ印象深い山登りが楽しめる名山ですが、山麓の温泉や地酒の美味しさも魅力です。
2020.09.21
YAMAP MAGAZINE 編集部
みなかみ町や川場村などがある県北部は、ラフティングやスキーなどのアウトドアスポーツが盛んなエリア。そんななかで一番人気はやっぱり、谷川岳と上州武尊山に代表される登山でしょう。どちらも日本百名山の一座で、ロープウェイを利用すれば初級者でもお花畑が広がる山頂に立てる谷川岳、ヤマトタケル(日本武尊)を山名にいただく武尊山、いずれも日本各地から登山者がやってくる名山です。
そして山麓では温泉。東京からの日帰り圏ですが、水上温泉郷や宝川温泉、川場温泉などの名湯に宿泊し、登山の疲れを癒やせるのもこのエリアならでは。おいしい地ビールや日本酒も楽しみです。
個性的な山々が顔を揃える山岳県・群馬にあって、2,000m級の山岳が連なった北部エリアを象徴する山といえば谷川岳でしょう。日本百名山としても特に人気の高い山の一つです。クライミングでの遭難の多さから、かつては“魔の山”などとも呼ばれましたが、夏の一般コースに“魔”は付きません。上越国境ならではの天気の急変に気をつけさえすれば、初級者でもそう苦労することなくお花畑の広がる山頂に立つことができるはず。
一方、利根川を挟んで対峙する上州武尊山は、谷川岳に比べるとちょっと影が薄い。でも、ここはヤマトタケル(日本武尊)の名が付けられた歴史深い山。登るのは少したいへんかもしれませんが、一度登れば、その多様な魅力に感激してしまうはず。大展望はもちろん、沖武尊~剣ヶ峰山間のピンクのシャクナゲロードはここならでは。山体も大きく立派で、百名山に選ばれるだけのことはあると気づくでしょう。
どちらの山も、山麓には水上温泉や湯檜曽温泉、宝川温泉といった名湯が控えています。日帰り温泉施設も多く、温泉県・群馬の湯を手軽に味わえるのは嬉しいですね。
DATA
グレード:初級
日程:日帰り
歩行時間:4時間55分
歩行距離:6.5km
累積標高差:登り640m・下り810m
登山適期:6月下旬~10月下旬
アクセス/JR上越新幹線上毛高原駅またはJR上越線水上駅から関越交通バスで谷川岳ロープウェイ駅へ(上毛高原駅から45分、水上駅から20分)。※バスとロープウェイのセット券も発売されている。マイカーは関越道水上I.C.から国道291号経由で谷川岳ロープウェイ駅へ(約14㎞)。駅前の谷川岳ベースプラザの有料駐車場を利用する。谷川土合口駅~谷川岳天神平間の谷川岳ロープウェイ(15分)は、4~11月は8時(土曜・休日は7時)~17時の運行(冬期は短縮)。谷川岳天神平~天神峠間にはリフトが運行(7分)
*豪雨の影響で、2020年9月現在、谷川岳ロープウェイは運休中です。営業再開についてはHP等でご確認ください。
トマの耳(1,963m)とオキの耳(1,977m)というアルペン的な風貌を持つ双耳峰の頂へは、上越国境の縦走路を除けば、天神尾根、西黒尾根、中ゴー尾根など6つのコースが通じています。このうち最も登りやすく歩行時間も短いのが、往復ともロープウェイが使える天神尾根。簡単なクサリ場はあるものの、山頂近くには食事・寝具付きで宿泊できる山小屋もあって、万が一の際にも比較的安心です。とはいえ、森林限界が標高1,500m前後にあることからわかるように気象条件は厳しく、午後は天気が崩れがち。登山は早めの時間に。
谷川岳ロープウェイ・天神平駅からリフトに乗り換えて天神峠へ。標高は一気に1,500mを超え、真夏でも涼しい風が吹く。北西方向に顔をのぞかせている谷川岳をめざし、スタートしましょう。
天神平駅からの道との合流点までは下り傾向の道が続きます。足元の岩は滑りやすいので注意しましょう。合流点の先で現れるクサリ場を難なく通過して美しいブナ林を歩けば、熊穴沢避難小屋の四角い建物が見えてきます。
小屋から灌木帯のクサリ場をいくつか越えると好展望の尾根道。その開放感から足取りも軽くなるはず。やがて天狗の腰掛け岩と呼ばれる展望スポットで、このあたりから高山植物が姿を見せるようになってきます。お花好きは俄然、楽しくなることでしょう。
ほどなく多くの人が休憩する天狗の溜まり場で、さらに笹の道を登ればクルマユリが咲く天神ザンゲ岩。ここからひと登りで谷川岳肩の小屋に到着です。山頂はもう目の前で、トマの耳までは小屋から10分ほど。最高峰のオキの耳まではトマの耳からさらに15分ほどで到着です。両耳をつなぐ岩稜は険しくはないですが、よそ見しての転倒には気をつけましょう。
山頂周辺はハクサンイチゲやハクサンチドリ、ヨツバシオガマなどの高山植物が咲き競い、時期が合えば至仏山と谷川岳の固有種、ホソバヒナウスユキソウに出会えるかもしれません。展望もさえぎるもののない360度。飽きることはないでしょう。
下山は往路の天神尾根をそのまま下りましょう。よほど山慣れしている人以外は西黒尾根を下ってはいけません。
谷川岳の一般コースで初級レベルでもそう不安なく歩けるのは天神尾根だけ。天神尾根とともに谷川岳を代表する一般コースの西黒尾根は中級〜上級レベルの長大な尾根。日本三大急登の一つともいわれ、上部は険しいクサリ場が続きます。下りにとるには危険度が高く、どうしても歩きたかったら登りだけにしておきましょう。
天神尾根から派生する、いわお新道、谷川岳西側の国境稜線から派生する中ゴー尾根はいずれも谷川温泉に下るコースで、谷川温泉には人気の入浴施設、湯テルメ谷川があります。谷川温泉からJR水上駅までは約3km。なお、谷川温泉に下るまでの林道は昔からヤマビルの多い場所で、5~10月の雨模様の日は特に注意しましょう。
DATA
グレード:中級
日程:前夜泊日帰り
歩行時間:6時間30分
歩行距離:11.5km
累積標高差:登り1215m・下り1215m
登山適期:6月中旬~10月下旬
アクセス/JR上越新幹線上毛高原駅またはJR上越線水上駅からタクシーで武尊神社へ。マイカーは関越道水上I.C.から国道291号、県道63号を経由して武尊山登山口(武尊神社)へ(約24㎞)。無料駐車場を利用する。さらに林道を進むと5台ほどの駐車スペースがあるが、道が荒れ気味で最低地上高の高い車以外は避けたい。
武尊山は、北アルプスの穂高岳に読みが似ているので区別するために上州武尊山と呼ばれることも。一見、なだらかな山容をもつが、山上部は鋭い峰が並ぶうえに深い谷が数多く切れ込み、登山道によっては岩場が連続しています。みなかみ町、川場村、片品村から何本ものコースが延びていますが、北西麓の武尊神社を起点とする最短コースが一番人気です。ここでは武尊神社から山頂(沖武尊)に立ち、剣ヶ峰山を経由して神社に戻る周回コースを紹介しましょう。
駐車場先の武尊神社から林道を歩くと、やがて剣ヶ峰山分岐に出ます。正面は下山で利用する剣ヶ峰山への道で、ここは左の道に入り、手小屋沢避難小屋方面を目指しましょう。ブナ林内の道は次第に急になり、岩場を経て急登をこなすと稜線上の手小屋沢避難小屋分岐に到着。
手小屋沢避難小屋分岐を過ぎるとやがて本コース最大の難所となる岩場帯が始まり、クサリやロープを使って急傾斜の岩場をよじ登ります。行者ころげをはじめとする途中5カ所ある岩場の通過では想像以上に時間がかかることもあるので、岩場、クサリ場の苦手な人は逆コースをとって往復登山をするのがオススメです。
岩場を過ぎて大きく展望の開けた稜線を行けば、しばらくで山頂(沖武尊)。間近の日光白根山や皇海山、至仏山、赤城山などの眺めを楽しめます。なお、山頂までの最短コースといっても神社から4時間前後はかかることを計算して山行計画を立てましょう。
山頂からは南西に聳える鋭峰を目指します。まるで北アルプス・槍ヶ岳のような剣ヶ峰山ですが、剣ヶ峰山への道はシャクナゲロードと呼ばれ、6月はピンクの海が広がる道。これだけのシャクナゲはなかなか見ることはできません。6月上旬~中旬頃が例年の見頃ですが、この時期、谷筋などには残雪も見られるので注意しましょう。
剣ヶ峰山からの大展望を楽しんだら急傾斜の道を下り、いくつもの沢を渡っていけば武尊神社に戻ることができます。最後に神社で無事に下山できたことを報告しましょう。
みなかみ町からは紹介したコースのほかに名倉沢からのコース、川場村からは高手新道コース、旭小屋コース、川場野営場コース、片品村からはオグナほたかスキー場と武尊牧場を起点としたコースなどがありますが、いずれも山頂まで4時間30分~6時間はかかる長丁場。事前にYAMAPの最新の活動日記や自治体などから情報収集して出かけましょう。
武尊山はツキノワグマの生息密度が高い山と言われています。単独登山や、早朝・薄暮時の登山はできるだけ避けるとともに、熊よけ対策も万全に。
北部エリアは温泉県・群馬にあっていで湯のメッカといってもいい温泉スポット。山々と森と清流に包まれ、それぞれに個性的な湯が沸いています。温泉を生み出す豊かな自然はうまいものや地酒を創り出し、この好循環が北部エリアの文化や伝統を醸成しています。
■谷川温泉(湯テルメ谷川)
谷川岳南麓に湧く谷川温泉は、水上温泉郷の中でも特に静かな温泉地。谷川岳を目前に眺めつつ、周囲の豊かな森や谷川の清流のせせらぎに癒されます。町営温泉館の「湯テルメ谷川」では、川沿いの露天風呂(男女別)と3つの源泉(不動の湯=アルカリ性単純温泉、河鹿の湯=カルシウム・ナトリウム硫酸塩・塩化物温泉、蛍の湯=単純温泉)に入浴可能。湯上がりには広い休憩室でのんびりと。売店ではビール、ソフトドリンク、アイスクリームなどを販売しています。
■水上温泉
利根川上流の渓谷沿いに大小のホテルや旅館、みやげ店が並ぶ水上温泉は、水上温泉郷の中心。群馬を代表する温泉の一つです。永禄年間(1558~1570年)開湯とされ、昔は利根川の川底から温泉が湧き出していたことから「湯原の湯」と呼ばれていたとか。渓谷と山々が見晴らせる自然美と温泉街の情緒が調和した温泉地で、古くから多くの文化人にも愛されてきました。明治時代創業の宿、趣の異なる15の浴槽がある宿、ペットと泊まれる宿など個性的な宿が揃っています。
■GARBAのバームクーヘン
国産小麦と地元の卵を使用し、1本1本丁寧に焼き上げ熟成させた専門店のバームクーヘンはしっとりもちもち。生地にチョコレートを練り込んだショコラクーヘン、芯に手づくりガナッシュを詰めたフォンダンバームなど、さまざまな種類が楽しめます。併設するカフェにはバームクーヘンスイーツのほか、塩麹豚ランチプレートやオムハヤシなどの食事メニューも。
■月夜野クラフトビール
谷川岳が育んだ奥利根のおいしい清水と群馬県産麦芽を使用したクラフトビール。旧月夜野町の姉妹都市であるチェコ東部の町、ウェルスキーブロットからピルスナー職人を招き、本場の手法で醸造。原麦汁濃度が高くホップの苦みが効いた「夕日の月夜野ピルスナー」、香ばしさと深い苦みの「水と緑のエール」、上品でフルーティな香味の「ロマンの里のヴァイツェン」など5種。「月夜野びーどろパーク」内にある醸造所直結のレストランでは、できたてのビールと地元食材を使った料理が味わえます。
■川場村の日本酒
のどかな田園風景が広がる川場村には、良質の水を活かした日本酒の蔵元があります。明治19年創業の永井酒造の「水芭蕉」は、尾瀬の大地でゆっくり濾過された地下水を仕込み水に使用した酒で、口に含むとふわっと膨らみ、喉を通した後にほのかな甘みが口中に広がります。ライチやパッションフルーツを思わせる華やかな香りとエレガントな味わいの純米大吟醸プレミアム、きめ細かい泡が特徴の純米吟醸辛口スパークリングなど、種類も豊富。
明治40年創業の土田酒造は「誉国光」で知られる蔵元。江戸時代に一般的だった生酛(きもと)造りという自然の乳酸菌を活用した酒造りを展開。すっきりとした旨口の純米酒、ちょっと贅沢なすっきり辛口の特別純米酒など。仕込み水には武尊山の伏流水を使用し、この水は蔵見学の際に味見や持ち帰りも可能。酒蔵に併設したギャラリーでは大吟醸ソフトクリームも販売。
■名胡桃城址
名胡桃(なぐるみ)城は室町時代に沼田氏の一族といわれる名胡桃氏が館を築いたのが始まり。その後の天正6(1578)年、真田昌幸が名胡桃館を攻略し、沼田城を手中にする前線基地として名胡桃城を築きました。三方が絶壁となっている天然の要塞に作られた山城で、豊臣秀吉の天下統一の発端となる小田原北条征伐のきっかけになった城としても有名です。現在でも本郭、二の郭などが原型をとどめています。群馬県指定史跡。隣接する案内所には歴史ガイドが常駐。その案内所では御城印も購入できます(300円)。
■たくみの里
標高500~600m、須川・笠原・谷地・東峰の4集落からなる須川平にある「たくみの里」。昭和50年代までは養蚕を中心とした純農村で、現在も水田中心の農地が多く、群馬県内でも優良な米の産地となっています。農村風景が広がる東京ドーム約70個分の土地に、木工、竹細工、手漉き和紙、陶芸、わら細工など、20種類以上の体験工房が「家」として点在し、昔ながらの手法の手作り体験が楽しめます。体験工房のほか、民宿やカフェ、食堂、フルーツ狩りができる果樹園もあり、里山の四季の暮らしを感じながらのんびり過ごせます。
みなかみ町山岳ガイド協会の松原美成子さんが埼玉県川越市からみなかみ町に移住してきたのは、いまから20年前のこと。エコツーリズムガイドや尾瀬ガイド、そしていまは山岳ガイドをメインとして活躍する松原さんに、谷川岳・武尊山エリアの魅力や遊び方を語っていただきました。
-谷川岳、武尊山のある北部エリアの魅力とは?
松原:豪雪地帯のせいか四季がはっきりしていて、新緑やお花畑、紅葉、雪山など季節の鮮やかな変化をたっぷり楽しめるところです。山もバラエティに富んでいて、親子で楽しめる低山から岩場の山や上級者向けのコースなど多様な楽しみがあります。首都圏3,000万人の生活と経済を支える利根川源流域の巨大ダム(矢木沢ダム、奈良俣ダム、藤原ダム、須田貝ダム)のダム湖では、カヌーやSUP(スタンドアップパドルボード)などのアクティビティを体験できますが、鏡のような湖面に映りこんだ周囲の景色は幻想的ですよ。ぜひ一度体験してみてください。
-谷川岳、武尊山のオススメの歩き方を教えてください
松原:経験を積んだら一度登ってほしいのが、日本三大急登の一つといわれる西黒尾根コース。ラクダの背からのオキの耳、トマの耳の絶景、そして残雪が消える頃には谷川岳と至仏山の固有種であるホソバヒナウスユキソウ(エーデルワイス)や蛇紋岩の岩場に咲くジョウエツキバナノコマノツメなど多くの花々に目が釘付けです。一方、武尊山は中腹の深いブナ林と眺めのよい稜線歩きがオススメポイント。10月中旬頃のブナ林は、黄金に包まれて歩いているかのようです。
-登山でのワンポイントアドバイスを
松原:谷川岳では天神尾根コースを多くの人が歩きますが、蛇紋岩の滑りやすい岩場が続くので、下山時はスリップに注意です。また、初級者の方は登りで疲れ切ってしまわないよう体力配分をしっかりと。武尊山の場合、四方から登山道が延びてそれぞれに特徴を持っていますが、共通するのは距離が長いこと。どのコースを歩いても、最低で7~8時間は歩かされますので、体力を要求される山といえます。
-下山後のお楽しみを教えてください
松原:まずは谷川岳。温泉なら日帰り温泉施設の「湯テルメ谷川」でしょうか。3つの源泉を持ち、広い露天風呂が快適です。お土産は谷川連峰の名が入った丸須製菓のお饅頭「仙ノ倉万太郎」や夏限定の「白毛門」。登山の際の私の必携品でもあります(笑)。道の駅みなかみ水紀行館で購入できます。登山で疲れた体には、「育風堂精肉店」(大穴地区)のカツ丼や自家製ソーセージで疲労回復!
続いて武尊山。川場方面に下山した場合、汗を流すにはぬるめでやわらかい泉質の「小住温泉」(川場地区)がオススメです。道の駅「川場田園プラザ」で購入できる幻のお米「雪ほたか」はお土産にぴったり。一般には流通していない貴重なお米です。お腹がすいたら「馬鹿旨」(沼田地区)名物のトマトラーメン。中華とイタリアンが融合したボリュームたっぷりの一品ですよ。
*画像提供:「ググっとぐんま」(群馬県観光物産国際協会)
トップ写真:グチさんの活動日記より
協力:群馬県観光物産国際協会