芸術の秋、アートに埋め尽くされた六甲山で、いつもとは少し違った山歩きをしてみませんか? ゆっくりとアートを見たいのならバスを使ってもOK。でもせっかくなら、爽やかな秋風の中、散策を楽しみながらアートを鑑賞したいもの。この記事では、2020年9月12日〜11月23日まで六甲山を舞台に開催されている芸術祭「六甲ミーツ・アート 芸術散歩2020」を楽しむための” Hike&Art”ルートをご紹介。 神戸在住経験のあるライターが、久しぶりに訪れた六甲山をレポートします。
【前編】「六甲ミーツ・アート 芸術散歩2020」 山の風景を彩るアートの祭典が開催中 はこちら
2020.09.29
米村 奈穂
フリーライター
手前:中村萌《Grow in silence》。奥:内田望《いきもののかたち》。六甲山サイレンスリゾートにて
「アート好きでしたよね?」というメールがYAMAP MAGAZINE編集部から届いた。内容は、六甲山で開催される現代アートの展覧会に行かないかというもの。
アート好きもなにも、六甲山は私にとって、山の仕事を始めた場所でもある。十数年前、六甲山の麓に住んでいた。仕事でも、プライベートでも、とにかく六甲山〜摩耶山を駆け巡った。でも、私がいた頃は展覧会なんてなかった。今年で11回目らしい。ということは、神戸を離れてもう11年以上は経つのか…。時の経過に驚きつつ、新幹線で一路神戸へ向かった。
久しぶりの神戸の街は、駅周辺が少し変わっていたけれど、車窓から見える山の稜線は変わらずホッとした。
三宮を出るとまず、布引ロープウェイが優雅に摩耶山山腹を行き来する姿が見え、その次は王子公園の小さな観覧車が現れる。列車は摩耶山から六甲山の縦走路と並んで走る。車内にはすでに登山者と思しき姿の人がちらほら。六甲でバスに乗り換え、六甲ケーブル下駅へ向かった。
六甲ケーブル下駅では、兵庫教育大学ひょうごもんプロジェクト研究会の作品《六甲珠のれん》が賑やかに出迎えてくれる。兵庫県小野市の特産品である珠のれんを使ったインスタレーション
ケーブル内は様々な人種がひしめき合っている。ワンピースにパンプスの人、サラリーマン風の人、そしてもちろん登山者。その光景に、六甲山に戻って来たことを実感する。初めてこの山系を歩いた時、登山者、トレイルランナー、サイクリスト、山上の観光客と、その生物多様性のような共存具合に驚くと同時に、みんなに愛される山の中にいる幸福感みたいなものに包まれた。
窓ガラスのない開放的な後方車両に乗ると、川のせせらぎや鳥のさえずりを間近に感じた。しばらく登ると右手に大阪湾も見えて来た。このままひっくり返るのではないかと心配してしまうほど傾斜が急になったところで山上駅に着いた。
六甲ケーブル。車両は2タイプあり、これは座席と座面に天然木を使用したクラシックタイプ。2両編成で、後方の展望車は窓ガラスがない造りで、自然をより間近に感じられる
山上駅は開業当時の面影を残す雰囲気のある駅舎。構内にもアート作品はたくさんあるが、帰りに鑑賞することにして、すでに待機している山上バスに駆け込み、次の目的地である記念碑台へ向かった。
今日は、「六甲ミーツ・アート 芸術散歩」のホームページに載っているおすすめプランの1日コースを元に、山上バスを使いつつ、なるべく歩いて回ってみることにした。
最初は、ビジターセンターがある記念碑台に訪れると決めていた。まず六甲山の歴史や自然を学んでから作品を鑑賞すると、作品の見え方も変わるかもしれないと思ったからだ。
ここには六甲山近代登山の開祖ともいえるアーサー・ヘスケス・グルームの胸像がある。六甲山は、明治期に居留外国人が日本に持ち込んだ近代登山発祥の地としても知られる。グルームは、山荘やゴルフ場などを作り、レジャーとしての山の楽しみ方を広げただけでなく、植林や自然保護にも尽力し、私財を投じて登山道の整備なども行った。
胸像の周りには、今回の芸術祭の期間中、 迫力ある大作が2つ並ぶ。どちらも自然光の作用を活かした作品で、展望がよく、ゆったりとしたこの空間になじんでいた。
田羅義史《岩の空》/大きなサメの背びれは、六甲山にある巨石に伝わる伝説をモチーフにしたもの。紫外線を浴びると真っ白から鮮やかな青色に変色する。夕方になるとまた白色に戻るという
小林夏音 《山と助骨》/巨大生物の骨のような作品には数カ所の穴が空いていて、そこから差し込む光は、時間帯によって作品の周囲に異なる光の道を作り出す
次の目的地、六甲山サイレンスリゾートへは少し寄り道をして向かう。記念碑台の駐車場の奥に、「近畿自然歩道」の道標がある。そこから山道へ入り、かつて居留外国人たちの散歩道だったという散策路を歩いてみる。屋内の美術館では味わえない自然が作り出した美しい風景。こんな寄り道も、芸術散歩ならではの楽しみ方。道中、手帳を片手に自然散策をしている人や軽装のご夫婦、虫カゴを持った親子連れとすれ違う。とても静かで気持ちいい道。
散策路は整備されていて歩きやすい。取り付きが分からない場合は、ビジターセンターの下にある六甲山ガイドハウスで案内してもらえる
途中から舗装路になり、記念碑台から20分ほどで、六甲山サイレンスリゾートの裏に出た。いかにも山荘といった雰囲気のある建物は、神戸に住んでいる時から憧れだったけれど、なかなか訪れる機会はなかった。アート鑑賞とあらば敷居はぐっと下がり、堂々と建物の中へ。
1階には、森の中から抜け出したような木彫作品と、静かで叙情的なアニメーションが。2階には、イメージの歪みをテーマにした平面であり立体のような絵画や、鍛金によって作り出された動植物たちが展示してある。
中村萌《Glow in silence》/六甲の森から抜け出してきたような可愛くも不思議な妖精たちに見入ってしまう
内田望《いきもののかたち》/それぞれの動植物が持つ、突出した能力を再解釈し作品に表現している。作者の作業場の一部も展示されている
先ほどとは違う道を歩いて5分、記念碑台まで戻り、バス停を通り過ぎた先で、六甲山小学校へ続く緑色のスクールゾーンの道へ入る。要所要所に芸術散歩マップがあるので、現在地を確認しながら進もう。
日本で最初のゴルフ場や、近代化産業遺産であるヴォーリズ六甲山荘を過ぎ少し下ると、池が現れ六甲オルゴールミュージアムに出た。ここでは、美しい庭の中を、宝探しのように作品を探しながら歩いた。
日本で最初のゴルフ場であり、100年以上の歴史を持つ神戸ゴルフ倶楽部。ここも六甲山の開祖グルームの発案で、私財を投じてコースが造られた
六甲オルゴールミュージアムの手前にある新池は、かつてはスケート場だった。六甲山には40を超える池があるという。しかし、その大半は人工池。冬場、池に張った氷は氷室に保存され、夏になると街で売られた。氷を下ろした登山道は今でもアイスロードと呼ばれる
CLEMOMO 《Survivor Grandma》/六甲山の歴史を知った作者は、環境の変化を経てなお存在し続ける山に、長い時代を生き抜いたおばあさんを重ねモチーフにした。生き抜くための知恵と力を備えたおばあさんが、一瞬、登山者に見えた
隣の六甲高山植物園へは、オルゴールミュージアムの建物の左脇を通るせせらぎの散策路を進めばすぐ。六甲高山植物園は標高865mの場所にありながら、六甲山の冷涼な気候を利用し、高山植物や六甲山自生植物など、約1,500種を栽培している。開園時には、植物学者牧野富太郎が指導にあたったそうだ。
広い敷地を利用して、外には大作が。ショップ内では、静かで雰囲気のあるタッチのアニメーションを、暗幕の中の大きなスクリーンで見られる。植物観察もしながら、たっぷり時間をとって回りたい。
六甲オルゴールミュージアムから六甲高山植物園へ続くせせらぎの散策路。ここにも作品が展示されている
史枝《連なる思い》/古布を使ったパッチワークの大作が、木々の間で優雅にはためく。古布の風合いのせいか、作品の大きさに反して森の中に溶け込んでいる雰囲気は、見ていて心地いい
植物園の東口を出て、カンツリーハウスへは徒歩5分ほどだが、ちょうどバスが来たので乗ってみる。ケーブルの往復とセットになったバスの周遊券があれば、気軽にバスを利用でき便利だ。
カンツリーハウスに入るなり、ボートの浮かぶ池や、レジャーシートを敷いてお弁当を食べる家族連れなど、のどかな景色が広がる。
ここは、昭和39年に別荘地の人々の社交場として作られた場所。芝生に覆われた小高い丘の上には、天王寺高等学校美術部が、六甲山ゆかりのモチーフを100枚のTシャツに描いた作品が風にはためいている。
大阪府立天王寺高等学校美術部《大空の海》/六甲山の景色が描かれた100枚のTシャツが、芝生の緑と青空に映える
遠目から見ると樹木のように見えた作品は、軍用品のカモフラージュスーツを身にまとった人形だった。自然の側に立ってみることで、人の手の入った自然、人と自然の境界について考えさせられる作品だ。未来へ手紙を出す「未来郵便局」も六甲山カンツリーハウスで開催される(開催日は要確認)。
KIMU 《green on green》/自然から人はどのように見えているのか、自然と人の境界を考えさせられる作品。人間が自然に手を加えるということ、自然に意識があるとしたら、人も自然なのか…。のどかな周囲の景色に反し、六甲山の中にいてこそ考える意味のあるメッセージが伝わる
早崎真奈美 《白い山》/六甲山の石切り場から運ばれた御影石の上に、切り絵で作られた六甲山の植物が舞う。かつて荒れていた山が、人の手によって自然豊かな山に生まれ変わった、六甲山の変遷をモチーフに作られた美しい作品
次は六甲山上で一番賑わっているといえるエリアへ。カンツリーハウスの東出口から出て、案内板に従い、有馬温泉へつながる六甲有馬ロープウェー→自然体感展望台 六甲枝垂れ→展望台やカフェ、おみやげ屋さんの並ぶ六甲ガーデンテラスの順で回る。作品もたくさん集まっていて、前述の田岡さんや上坂さんの作品もこのエリアにある。
竹内みか 《センチメンタルパーク駅~追憶のなかの楽園~》役目を終えた遊園地の遊具たちが、暗い倉庫から空へ飛び立ち第二のステージへ羽ばたく。六甲有馬ロープウェーの休止線に展示されているところがまさにセンチメンタル
六甲ガーデンテラスの見晴らしのデッキから大阪方面を望む。かつて大阪からみた六甲山は「ムコウの山」と呼ばれていた。“ムコウ”に武庫や六甲の漢字があてられ、六甲山と呼ばれるようになったといわれる
最後は、安藤忠雄建築の風の教会があるエリアへ。この会場は、展覧会会期中のみ限定公開される。ガーデンテラス南側の駐車場の先にある、芸術散歩マップの看板のところから山道へ入る。神戸市街を見下ろしながら木の階段を下りると、10分ほどでみよし観音に出た。みよし観音前のバス停から風の教会まではバスに乗る。
バスを下りると、自らを風狂師と呼ぶ作者、中村邦生さんの秘密基地のような作品に迎えられる。静謐な雰囲気に引き寄せられて教会内へ。
風の教会では静寂の中にポツンと置かれた立体のモニターに六甲山の自然の断片が映され、空気が和らぐ。
山城大督《≪Monitor Ball≫ver.Rokko》/円と正方形のみで構成された建築空間の中に、六甲山の自然の一部が投影されたモニターが置かれ、自然の揺らぎや柔らかさが際立つ作品
ここから、グランドホテル六甲スカイヴィラ迎賓館へは歩いてすぐ。一つ一つ部屋を回りながら作品を鑑賞するアートホテルのような雰囲気だ。
全て見終えると、みよし観音まで一旦バスで戻る。バス停のすぐそばから登山道に入り、四方を網で囲まれたゴルフ場の間を通る道を抜け、六甲ケーブル山上駅を目指す。
無事駅に到着し、すぐ乗れるケーブルも待機していたが、なんだか名残惜しく、構内のアート作品を鑑賞した後、カフェで一杯飲んで余韻に浸ることにした。こんなことができるのも、電車とバス、ケーブルでアクセスできる六甲山だからこそ。距離にすると結構歩いているはずなのに、まるで宝探しのように作品を探しながら巡るこの芸術散歩は時間を忘れさせた。
人と自然が共存してきた六甲山。様々な人々が訪れ愛されてきた六甲山。そんな歴史を持つ六甲山ならではの展覧会。アートに触れて山がもっと楽しくなる。アートを見て山を知る。自然とアートがお互いに作用して、それぞれの世界をより深く味わうことができた。
この秋、新たな発見や出会いを探しに六甲山に登ってみるのもいいかもしれない。
六甲ケーブル山上駅→バス(約3分)→記念碑台→徒歩(散策路25分)→六甲山サイレンスリゾート→徒歩(約5分)→記念碑台→徒歩(約30分)→六甲オルゴールミュージアム→徒歩(約3分)→六甲高山植物園→バス(約2分)→六甲山カンツリーハウス→徒歩(約5分)→六甲有馬ロープウェー→徒歩(約3分)→自然体感展望台 六甲枝垂れ→徒歩(約2分)→六甲ガーデンテラス→徒歩(約10分)→みよし観音→バス(約2分)→風の教会・グランドホテル六甲スカイヴィラ・迎賓館→バス(約2分)→みよし観音→徒歩(約40分)→天覧台→六甲ケーブル山上駅
行動時間…合計約2時間12分(作品鑑賞時間を除く)
MAP上の緑線で記載している区間についてはバスで移動
※YAMAPの六甲山・長峰山・摩耶山MAPでは、設定→表示する情報→一般的な登山道をOFF、六甲ミーツ・アートをONにすることで、六甲ミーツ・アートのルート情報を確認することができます。
TOP画像/KIMU《green on green》六甲山カンツリーハウス