今なお火山が息づくまちとして知られる鹿児島県霧島。神々が宿る地でも知られ、全国的にも有名な霊峰である高千穂峰には「天孫降臨」伝説があり、頂上には「天の逆鉾」が今なお突き刺さっています。登山、食、温泉をめいっぱい楽しむと、新しい霧島の魅力が見えてきました。大地が形作る美しい山並みを自転車で巡る、仲良し女子旅のレポートです。
2021.02.23
上川 菜摘
エディター
九州のフィールドをメインに楽しんでいる私にとって、霧島連山は何度も訪れている場所。火山と温泉が好きなので霧島はどストライクの山域なのですが、いつも日帰り登山ばかり。実は、麓の町を旅して回ったことがありませんでした。
このエリアは、20あまりの火山が点在するジオパーク。山麓にはたくさんの温泉が湧き、至る所から湯けむりが上っていて情緒たっぷりです。ジオパークとは「地球(ジオ)」と「公園(パーク)」とを組み合わせた言葉で、地球を学び、丸ごと楽しむことができる場所のこと。ここ、霧島は地形や火山だけでなく、それらと深く関わっている歴史や人々の営みもまたユニークです。高千穂峰にまつわる天孫降臨の神話を耳にしたことのある人も多いはず。
「いつかゆっくり旅してみたい」と思っていましたが、今回取材のチャンスが訪れ、3日間の撮影の旅に出ることに。温泉郷や観光施設などをサイクリングでめぐり、霧島をまるごと楽しむという願ってもない内容です。こんな機会めったにないので、旅の相棒を探すことにしました。
「ちえちゃん、霧島行かない?」。
旅のお供に誘ったのは、義理の妹にあたるちえちゃん。夫の弟の奥さんである彼女は、2つ年下のビデオグラファーです。年も近くお互いフリーランス同士、積もる話もあるはず。彼女は登山経験がないけれど、これがきっかけでハマってくれると嬉しいな、なんて思いつつ「旅行もかねて行こう!」と強引に連れ出しました。二人で旅行なんてはじめてです。
初日は霧島神宮へ参拝し、その後高千穂河原まで自転車で登り、高千穂峰登山という行程です。登山×自転車の組み合わせを体験したことのない私はやや興奮気味。
自転車を借りたのは霧島市観光案内所。電動アシスト機能付きのスポーツサイクル「E―BIKE」を受け取り、乗り方のレクチャーを受けます。初心者だけど大丈夫かな……と思ってまたがると、んん、ペダルが軽い! 駐車場で少し練習したら、二人ともすぐ操作を覚えました。これなら、広い霧島山麓も自転車でぐるっと巡れそうです。
初日の行程。観光案内所から霧島神宮を経て高千穂峰登山口へ。下山後には来た道を戻り、スタート地点を通過、宿のラビスタ霧島ヒルズまでE-BIKEで向かう。YAMAPの地図はこちら
坂道をスイスイ〜と登り、軽快にスタート。霧島神宮は観光案内所の目と鼻の先にあり、ものの数分で着きました。日本で初めて新婚旅行をしたと言われる坂本龍馬と妻のおりょうも、ここを訪れたのだとか。
境内にある樹齢800年のスギの御神木は気品ある風格。裏側に回って見上げると、枝の一部に烏帽子を被った神様が手を合わせて祈っているような姿があります。神秘的なので、写真を待ち受け画面にする人もいるそう。ご利益ありそうですね。
霧島神宮を出たら、 高千穂峰の登山口となっている高千穂河原まで約7km、45分の上り坂を走ります。E-BIKEの電動アシストに頼りながらも、高千穂河原に着く頃にはじんわり汗をかいていました。ここに来るのは2年ぶり。高千穂峰は比較的登りやすく、ちえちゃんが山デビューするにはもってこいの場所かも。当の本人は、サイクリングですでにお疲れ気味の様子ですが……。「ここまで来たから登ってみようね」とYAMAPを起動。地元ガイドの後藤さんに率いられ、ゆっくりと登っていきます。
石畳の道が終わると、火山岩の小石が散らばる道に入ります。踏み込むと、ざらっと半歩下がるようなザレ場は歩きにくく、もともと登山時は前傾姿勢になってしまうのがクセですが、ここでもやはり前のめりに(笑)。それにしても、この赤茶けた土は火山地帯ならではの雰囲気で好きです。
ちえちゃんに目をやると、少しきつそうですが足取りはしっかりしています。励ましながらゆっくり山頂を目指しました。あとひと登り! ところで彼女はフォームがきれいです。下山の足さばきもなかなか良かった。がんばれ、がんばれ。
登り始めて約2時間、ようやく山頂に着きました。これが有名な“天逆鉾(あまのさかほこ)”です。日本の天孫降臨神話に登場する矛のこと。坂本龍馬が、妻のおりょうとこの山に登った際に、引き抜いてみせたというエピソードが残っています。
また「天孫降臨(てんそんこうりん)」とは、孫の天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほににぎのみこと)が国土平定のため、天照大神(あまてらすおおみかみ)の命を受けて、高千穂峰に天下ったこと。少し難しいですが……簡単に説明するなら、神様が天界から高千穂峰に天下ってきたということ。ここは、神様が舞い降りた聖なる山なのです。
この日は快晴でよかった! 二人で記念写真。ひとまずお疲れさま。
山頂は風が強く、踏ん張っていないと煽られるほど。肌寒かったので、防寒着を着込んでお弁当を食べました。それにしても、山ってなんでこんなに三角おにぎりが似合うんでしょう。普段少食な彼女も完食していました。
ガイドの後藤さんが「雲ひとつなく晴れて、遠くまでくっきりと見渡せる日は珍しい」と言うほどの晴天でした。登る時と同じように、錦江湾に浮かぶ桜島を眺めながら下山。まるで天空を歩いているかのような稜線歩きが気持ち良かったです。
高千穂河原に戻ると、本日の宿を目指してE-BIKEで霧島温泉郷へ出発。その道のり約13.2km45分。登山の疲れも加わり、なかなかのキツさです。「今日は気持ちよく寝れそうだな」なんて考えながら下っていると、湯けむりが見えてきました。
道脇で見かけた硫黄谷噴気地帯。ここは1980年頃に噴気が活発になり、道路がへこむなどの被害があったそうで、パイプで噴気を逃してあるそう。うーん、地球の鼓動を感じる。霧島温泉は九州でも有数の温泉地ですが、まだ泊まったことがなく胸が高まります。
ようやく宿泊地の「ラビスタ霧島ヒルズ」に到着。登山とサイクリングでクタクタでしたが、予想以上の素敵な外観にテンションが上がります。部屋の扉を開くと、そこは南欧リゾートさながらの空間。荷物をほどくのも忘れ、部屋の中をあちこち見て回りました。広すぎるベッド、テラスの露天風呂、充実のアメニティに「すごーい」と二人で顔を見合わせてしまうほど。今回の女子旅に求めていたのはこういうものかもしれない……。
夕食は、イタリアンテイストと地元の旬菜を織り交ぜたコース料理。食前酒に始まり前菜、スープ、パスタ、魚料理、肉料理と、次から次に出てきました。「温泉も楽しみだよね」なんて話しながらゆっくりいただく夕食、贅沢すぎます。
お腹が満たされたら温泉へ。大浴場は広々としていて、サラサラのお湯はちょうど良い湯加減でした。肩までお湯に浸かりながら「今夜ちえちゃんといろいろ話そう、明日の準備もしなきゃな〜」なんてあれこれ思いを巡らせていたけど、部屋に戻るなりベッドにごろん。至福感に包まれ、そのまま寝落ちしていました。
「そのまま寝ちゃった……」。目を覚ましてカーテンを開けると、目の前に広がる湯けむりと桜島の朝焼け。目が覚めるような美しい景色です。
早い時間に起きられたので、いそいそとカメラ片手にホテル内を散策することに。昨日は気づかなかったけど、プールもあったんだ。全体的にリゾートな雰囲気だけど、絶妙なさじ加減で霧島の自然に馴染んでいて、この雰囲気すごくいいなぁ。あらゆる場所から湯煙や桜島が眺めることができ、夢心地です。
バイキングの朝食を食べたらエンジンかかりました。宿で充電したバッテリーを取り付け、2日目の旅がスタートです。移動手段はまたE-BIKEですが、この日は登山ではなく、ツーリングの合間に2本の散策ルートを歩きます。サイクリングしながらYAMAPでログを取ることに。登山以外でログを取るのは初めてです。
2日目の行程は、ラビスタ霧島ヒルズからE-BIKEで旅行人山荘を経て柳ヶ平散策路をウォーキング。YAMAPの地図はこちら
最初に目指すのは、ホテルから5分の所にある丸尾滝。近くの栄之尾温泉、硫黄谷温泉の温泉水を集めて流れる珍しい「湯の滝」です。展望所もあり、しばらく見物。マイナスイオンをたっぷり浴びました。
滝を後にし、次の目的地へペダルを漕ぎます。20分ほどで到着したのは『旅行人山荘』。ここは標高700mに位置する宿で、5万坪の敷地内から伸びている遊歩道「手洗散策路」があります。昼食までの間、ここを歩くことに。
敷地内に、散策路の入口がありました。森の中に一歩足を踏み入れると、広がっていたのは気持ちいい緑の空間。鳥の声をBGMに、木々を抜ける風とやわらかな陽の光を感じながらお散歩。霧島にこんな場所があるんだ、と意外でした。15分ほど歩いた所に、花房滝があります。
散策路はキレイに整備され、あらゆるところにオブジェが飾られていました。これは森の精霊さんでしょうか。絵本に出てきそうな可愛い世界観にほっこり。
お昼までまだ時間があったので、貸切湯に入ることに。ほんのり硫黄の香りが漂う湯船の中には、湯の花が舞っていました。木漏れ日の中トロトロの湯に浸かり、気持ちはほぐれっぱなし。顔も緩まりっぱなし。上がる頃にはちょうど昼食の時間になっていました。
鹿児島県産の旬の食材を使った和食会席料理は食べきれないほどのボリュームでした。午後から頑張ってカロリー消費しなきゃ。
さて、次の目的地へ向けて出発です。旅行人山荘から10分ほどE-BIKEを漕ぎ、「柳平散策路」にやってきました。ここは、関平鉱泉近くにある、気持ち良いセラピーロードです。
この日は黄色のジャケットで、紅葉した木々やススキの草原とマッチしていたちえちゃん。昨日の疲れも回復したみたいでよかった。
駐車場をスタートして20分ほど歩き、「命の洗濯場」と呼ばれる場所に着きました。まわりには何もなく、ひらけた原っぱのようですがここは一体……? インパクトのある名前の由来は……? いえ、そんな野暮なこと追求をしてはいけません。こんなに気持ち良い場所なんですから。遠くに大浪池が見えます。高原を吹き抜ける風が心地良く、ざぶざぶと心が洗われるようでした。
柳平散策路から、すぐ近くにある関平鉱泉販売所へ移動しました。関平鉱泉は、約200年以上飲み継がれる霧島の天然水です。ここでは水の購入ができ、敷地内には物産館も併設されています。
関平鉱泉の水はシリカの含有率が高く、1ℓあたり155mg含まれていて、皮膚のバリア性アップや肌細胞を整える働きがあるそう。健康や美容に良いとされ、注目されている中硬水なんだそうです。地元の人は、怪我するとここの水で傷口を洗っているとか。そんな話を、副工場長の音川さんが教えてくれました。
気になるお味はというと……。無味無臭でクセがなく、まろやかでした。美容のために飲んでいる人もいると聞き、ついガブ飲み(笑)。今まで水の成分なんてあんまり気にしたことなかったけど、こだわる人の気持ちがなんとなく分かったような。美容に良い、なんて聞くとなおさら。ここはドライブスルーでも水が購入でき、大量に購入する人も多いそうです。
お土産の水をゲットし、関平鉱泉を後にしました。そしてこの日最後のスポット「温泉市場」へ。ここは霧島温泉郷の中心にある複合施設で、敷地内にはお土産販売店や観光案内所、飲食店、足湯、蒸し場などがあります。
蒸し場では卵や芋などが温泉の蒸気で蒸してあり、もくもくと上がる煙に食欲をそそられる……。今日も素敵なコース料理が待ってるけど、「歩いたりサイクリングしたり、けっこう動いたしね!」。言い訳を見つけ、玉子を購入。ホクホクに蒸された卵は、夕食までの小腹を満たしてくれました。足湯は100円(タオル付き)で利用できます。蒸し料理を食べながら旅の疲れを癒すのもおすすめです。
こうして2日目のアクティビティが終了。ホテルに戻る頃には程よく疲れていました。この日の夜もフルコースと温泉を満喫。露天風呂では、霧島の山から降りてくる風が気持ちよかったです。
翌日起きると、空は予報通りの雨模様。
「昨日まで快晴だったのに。今日は韓国岳の予定だったのに〜(泣)」。そんな気持ちにもなりましたが、2日間屋外でたくさん遊んだので「最後はしっぽりと雨の観光を楽しもう」。わりとすんなりスイッチを切り替えることができました。そう、楽しむならまずは温泉です。
ホテルには貸切湯もあるのでチェックアウト前にひとっ風呂浴びよう。最初に入った“神楽の湯”は樽風呂型でした。贅沢にざぶん、と肩まで浸かります。ひんやりした空気の中の温泉は気持ちいい〜。欲張って、隣の“檜扇の湯”もハシゴすることに。檜の香りが心地良く、一人の湯を楽しみました。
出発ギリギリまで温泉を楽しみ、最終日がスタート。リゾート気分を満喫させてもらった宿を後にし、最終目的地、えびの高原に車で向かいます。高原に行くまでの間、さらに雨足が激しくなりました。「もしかしたら止むかも」と思って登山靴は用意していたけど、こうなったら登山は完全に中止です。
ザーザー降りの中、えびのエコミュージアムセンターへ向かいました。霧島の成り立ちやこの界隈に自生するきのこについて語ってくれた職員の須田さん。
新燃岳の噴火時の写真の展示もありました。噴煙と同時に稲妻が走ることがあるらしく、まるで映画のよう。大地のエネルギーって凄まじい。
霧島連山は成層火山、火砕流、山体崩壊やその流れ山など、さまざまなタイプの火山体と多様な噴出物を見ることができ、まるで霧島全体が火山の博物館のようです。この3日間で様々なところを巡ったけど、最後にここに立ち寄れてよかった。山の成り立ちや歴史、植物などについて、パネルや展示物で学ぶことができました。
あーあ。雨は止みそうにありませんね。本当ならこの先に韓国岳が見えるはずだけど……。
「残念だったね。韓国岳、機会があればまた来よう」とちえちゃんと話しながら、足湯の駅に移動。ここには、お土産も販売してあるYショップと無料の休憩所があります。最後は休憩スペースにてお弁当の時間。紙袋を開けると、わっぱ弁当が二つずつ入っていました。これは霧島温泉郷にある『焼肉厨房わきもと』のお弁当の特別メニューだそう。見栄えもすごいけど、味はもっとすごくてほっぺたが落ちるほどの美味しさです。この日最高潮のテンションでいただきました。
3日間霧島を巡って感じたのは、E―BIKEで一周できるくらいコンパクトな地域なのに、スケールの大きな自然があるということ。古より神聖な場所として信仰され、語り継がれる神話、坂本龍馬も訪れたという山々……。私たちもまた、昔の人々と同じように霧島に魅了されてやまないのは、大地のエネルギーがすごいからなんだと思います。
また山や自然だけじゃなく、温泉や食べ物など、町の魅力にも触れました。今回は荒凉とした火山帯、緑あふれる散策路、温泉街を抜ける川や滝などたくさんの自然を目にしたけど、一番きれいだと思ったのは、夕日に照らされた霧島温泉街の湯けむり。こんなに美しい光景が日常だなんて、やっぱりここには神々が住んでいるのかもしれません。火山と温泉、神話とジオの町・霧島らしい幻想的な風景にたくさん出会え、後ろ髪を引かれながら帰路につきました。楽しかった3日間の女子旅は終わりました。
帰宅から1週間後。やっぱり韓国岳が心残りだったので、後日リベンジすることに。ちょうど紅葉のシーズンで、駐車場にはたくさんの車であふれていました。韓国岳は霧島連山の最高峰。名前の由来は諸説ありますが、「はるか韓の国まで見渡せるほど高い」という説もあるそうです。
山頂からは大浪池、新燃岳、高千穂峰など、霧島連山がグルッと見渡せました。すばらしい絶景! この雄大さや荒々しさ、胸に迫る迫力は、やはり山頂に立たないと体感できないものがあります。
はー、登りに来てよかった。これで私の霧島の旅はようやくコンプリートです。
たびたび新燃岳が噴火し、2011年の大規模噴火の後は一時閉鎖されたりと大変だったえびの高原。ここ最近は噴火活動も落ち着き、登山者や観光客が戻ってきて再び賑わいを見せています。山頂から見える新燃岳も臨場感たっぷりで、この光景は今しか見られないかもしれない。日に日に表情が変わる霧島に、ぜひ訪れてみてください。
ちなみに、九州に自生するツツジ“深山霧島(ミヤマキリシマ)”の名は霧島から取られたもの。ミヤマキリシマが咲く頃もおすすめです。