長崎県の南に位置する島原半島。硫黄泉が噴出する雲仙地獄に寄り添うように温泉街が広がり、人々が暮らしています。今も火山活動が続く雲仙の山々は、日本初の国立公園に指定され、四季折々の風景美が広がっているのだとか。長崎市内に住むライター坂井さんが、豊かな自然と、そこに暮らす人々、そしておいしい雲仙を1泊2泊で体験してきました。
2021.02.26
坂井 恵子
長崎の編集事務所スタジオライズ 編集ライター
街の喧騒から離れ、深呼吸したくなったら、雲仙の山へ登りたくなります。長崎市内から車で約1時間30分。季節の風景が広がる標高1,359mの「雲仙普賢岳」の山頂は、小さな悩みも解決してくれそうなほど、美しい景色が広がっています。さらに、程よいアップダウンと、なだらかな道程。距離にして約7kmの山登りは、運動不足を解消するにはちょうどいいコースなのです。なにより、山頂からの眺望は、登山者全員へのご褒美。島原半島の美しい地形と、太陽の光で輝く有明海、天候がよければ遠く熊本県の阿蘇山、さらに宮崎県の霧島連山まで。360°ぐるりと見渡せば、弧を帯びた地球を見るような、そんな絶景が待っています。
今回の雲仙岳の入山は、雲仙温泉街から車で約5分の池之原登山者専用駐車場。トイレも設置されていて、濃霧や凍結のリスクも少ないので便利です。ここからロープウェイを利用して妙見岳に登り、普賢岳を目指すコースもありますが、今回はもうひとつのルートである、ロープウェイ乗り口脇から普賢神社拝殿の鳥居をくぐって普賢岳→国見岳→妙見岳へと向かうことに。
拝殿鳥居をくぐってからしばらくは、なだらかな登山道が続きますが、雲仙岳手前の分岐「紅葉茶屋」からは急な斜面地に。普賢神社の祠が鎮座する場所に到着すると、ここが普賢岳山頂かと思ってしまいますが、実はあともう少し岩を上った先に山頂があります。山頂からの眺望は圧巻! 圧倒的な存在感を示す平成新山、周囲を見渡すと島原市内とその先に輝く有明海、天草諸島と熊本の阿蘇山。海と山が織りなす美しい地球そのものを感じさせる風景が広がっています。
次に向かうのは、普賢岳の隣にある国見岳を経て妙見岳へ。少し険しい道程が続くので、体力に自信がない場合は、ここをスルーして妙見岳へと向かうことも可能です。国見岳の山頂からは、先ほど登った普賢岳と平成新山を望むことができます。
国見岳から妙見岳までは歩きやすい道が続き、時折聞こえる野鳥の声に耳を傾けながら自分のペースで歩くのがおすすめ。妙見神社でコーヒーブレイクしたら、妙見岳の展望台へ。スタート地点の仁田峠展望所と、雲仙温泉街、日本初のパブリックコースとして大正時代に始まった雲仙ゴルフ場、おしどりの池など雲仙温泉一帯を見渡すことができます。
春は山肌いっぱいにミヤマキリシマのピンク色の花が咲き誇り、目にまぶしいほど。特に冬は、空気中の水滴が急激な冷却により木々に凍結付着。「霧氷」という美しい造形美に感動してしまいます。秋の紅葉に夏の緑と、一年中違った風景を見ることができるのも雲仙普賢岳の魅力なのです。
休憩を重ね、ゆっくり歩いて約4時間。国立公園の魅力を実感できる、ちょうどいい登山コースをぜひ体験してください。
下山後に向かったのは、もちろん雲仙名物の温泉。雲仙温泉の泉質は硫黄泉で、塩化水素による独特の香りが特徴です。疲労回復と、強い酸性による殺菌作用にも注目が集まっています。それでなくとも、体温が1℃上がるごとに免疫力は4倍にも5倍にもなると言われており、温泉自体が免疫力をアップしてくれるのですから、ありがたいですね。
雲仙温泉街には地元の人々に長年愛されている共同浴場があります。湯の里温泉共同浴場と雲仙新湯温泉館、そして少し離れた場所に小地獄温泉館。雲仙では、家にお風呂がないというところも多く、共同浴場が住民たちのお風呂場。暮らしの中にも温泉が息づいているのです。
地元の方々が、入りたい時間帯に、自前のシャンプー一式を持って共同浴場へ。きゅっきゅと体を洗い、白濁の湯船に浸かれば、「どっから来たとね。明日は天気のよかけん、絹笠山にでも登ってみらんね」と、会話が弾んでとにかく楽しい。「お湯は熱かばってん、体によかとよ。白濁しとるけど、本当は透明かとだけんね」と。「白濁なのに透明とはどういうことですか?」と聞けば、温泉が湧出する時に、湯の花と混じって出るため、半透明や乳白色など濁って見えるのだそう。地元情報は本当にためになるなぁ~。そして世話好きで人なつっこい性格も、旅人を癒してくれます。
さっぱりしたら、雲仙温泉観光協会で環境にやさしい電動アシスト自転車「E-bike」をレンタルします。これは急な坂道でもスイスイ移動できるからとてもラクチン。スタート時の瞬発力に加え、ペダルへの負担を軽減してくれるので、疲れにくいのがいいですね。また赤や黄色とカラフルでスタイリッシュなデザインも見た目がよく、ウキウキ気分でスタートしました。
雲仙には、自転車でめぐるとちょうどいいフィールドが広がっています。標高約1,000mの「仁田峠」、周囲2.7kmの「おしどりの池」、グリーンの丘が広がる「雲仙ゴルフ場」。いずれも車で行くのは簡単ですが、歩いて行くにはとてもとても。でも自転車だったら、ちょうどいい距離なのです。
向かったのは、おしどりの池にある「大黒天摩崖仏」。ちなみに、おしどりの池の正式名称は「別所ダム」。灌漑用に人工的に作られた池なんですね。天候次第では池の色が濃いグリーンだったり、青く見えたり、何とも言えないカラーリングで楽しませてくれます。池の周囲は快適な散策道になっていて、そこをサイクリングします。
「大黒天神」と記された素朴な木の鳥居をくぐり、おしどりの池のほとりへ。2分ほどで神社前に到着です。自転車を止めて、山手へと石階段を上っていくと、巨大な岩が見えてきます。一番奥にある自然石をよく見れば、線画で彫られた大黒様のお顔が! にっこりと微笑んでおられます。誰が何のために彫ったのか不明ですが、大黒様は七福神の筆頭神。福徳の来訪を表すありがたい神様ですから、「いいことありますように!」と手を合わせてきました。
続いて温泉街中心部に向かい、おいしいものをつまみ食いすることに。明治時代に創業し、手焼きの「湯せんぺい」をつくり続けている「雲仙湯せんぺい遠江屋(とおとうみや)本舗」さんへ。週末になると焼き立てを味わうことができるのでとってもおすすめです。
そもそも湯せんぺいとは、小麦粉、砂糖、卵、重曹に温泉水を加えて練り上げた、ほんのり甘いサクサクのお菓子のことです。江戸時代にお殿様に献上する菓子として誕生しました。使用する温泉水は、雲仙市内に湧き出る3種類の源泉の中から、お菓子に最も適した、程よい塩加減の食塩泉が使われています。職人自らが源泉までくみ取りに行き、煮沸殺菌したものを生地に練り込むという、まさに雲仙ならではのお菓子なのです。
5代目の加藤隆太さんに、湯せんぺいを焼いていただきました。耳が付いた焼き立てのせんぺいはパリッと香ばしく、口に含めば、シュワリと溶けてなくなります。一方、少し焦げ目がついた耳の部分は弾力があり、また違った食感を楽しむことができます。週末はこの焼き立てが1枚80円で売られているので、ぜひ味わって欲しいです。
遠江屋さんのすぐ近くには、手作りパンで話題の「かせやカフェ」も。もともと温泉旅館だったのですが、朝食で出していた人気パンを販売するカフェへと生まれ変わりました。毎日約20種類の手作りパンが並びますが、一番人気は「雲仙ばくだん」。雲仙地獄で蒸した温泉たまごが丸ごと1個も入っていて、パンの食感もモッチモチ!イートインもできますが、できればテイクアウトして、雲仙地獄で味わうのもいいですね。
一方、新しい地獄からは、ボコボコと硫黄が立ちのぼり、ここが生きた火山地帯であることを私たちに教えてくれます。噴出口をこれだけ間近に見ることができる場所は、そうありません。さらに、新しい地獄の誕生という、自然現象を身近に感じることができるのも、雲仙ならでは。地獄は他にも、江戸時代のキリシタン殉教地にちなんだ「清七地獄」「お糸地獄」「大叫喚地獄」など30ヶ所が存在し、遊歩道が整備されています。
お糸地獄のそばには、温泉たまごを販売する「雲仙地獄茶屋」があります。105℃の熱い蒸気で一気に蒸された玉子は、黄身がトロッと滑らかで、程よい塩加減。その理由を尋ねると、地獄から吹き出す硫黄泉に交じって塩化ナトリウムも噴出しているそう。それが程よい塩加減をプラスしています。蒸したての温泉たまごを頬張りながら、空高く吹き上がる噴煙と大地の躍動を感じる珠玉のひととき。
自転車の魅力は、自分のペースで走れること。行く途中で気に入った風景が見えてきたら、止まって撮影したり、休憩したり。また、おいしい空気と心地よい風も感じながら、雲仙の街を走ることができます。ちなみに、雲仙地獄の散策道には、自転車が入ることはできませんので、歩道脇に止めて、散策しましょう。
地獄の上にホテルなんて、なんだがスゴイ話ですが、本当のことです。今回の宿泊先は、大人旅にふさわしい上質感と、地獄の風景をひとり占めすることができる、とっておきの「Mt.Resort雲仙九州ホテル」にしました。
創業は明治時代の1917年。100年以上の歴史を持ち、2018年には大人のリゾートホテルとしてリニューアルオープン。客室は全部で25室あり、雲仙地獄を一望することができるのですから、期待が持てます。まさに地獄が庭といった感じでしょうか。それだけ特別な場所に立っているだけあり、客室はもちろん、隣接する半露天風呂からも地獄を眺めることができます。
サイクリングを終えたら、まずは地獄を見ながら、ゆっくりお風呂。先ほどまで散策していた地獄の遊歩道もよく見え、それをなぞってみるだけでも、楽しい時間になりそうです。
夕食は、クラシカルなメインダイニングルーム「1917」へ。和牛や近海の幸など島原半島の食材を使った洋食は、海と山に囲まれた豊かな大地の恵みを実感することができます。
ホテルでのラグジュアリーな宿泊に癒され、開けて2日目。早朝から降り出していた雨も止み、出発する頃には青空が見えるまで天候が回復しました。今日はこの旅のメインイベントでもある絹笠山へ登る日。ガイドをしていただく松尾亜樹さんが、「雨上がりは森の中が潤っているかもしれません」と、嬉しい表情をされたのが印象的でした。
松尾さんは雲仙市に生まれ育ち、日本茶インストラクターとしても活躍されています。そして雲仙の自然をこよなく愛するひとり。時間があれば山に入り、季節の移ろいを観察し、動植物との出会いを大切にしている女性です。失礼ながら、登山者とは思えないほど華奢な体躯の松尾さん。それでも慣れた手つきで重たいザックを背負い、私たちを絹笠山へと案内してくださいました。
温泉街の中でも、地元の人が通う共同浴場や、雲仙に住む人々の暮らしが感じられる住宅地を通り抜け、東側にある登山入口から登り始めました。周囲は雑木林に囲まれ、時折、野鳥の小高い声が聞こえてきます。
「雨が降ったあとだからでしょうか、苔が瑞々しく見えますね」。松尾さんが、これはスギゴケ、スナゴケ、ヒノキゴケなど数種類の苔を見つけては説明してくれます。「先週来た時よりも、もっと苔が増えています。山の中も日々、その姿を変えて私たちに季節を教えてくれるのです」。松尾さんは、毎日登っても飽きることのない自然の美しさを教えてくれました。
さらに進めば、イノシシのお風呂場なる場所に出くわしました。その名の通り、イノシシが体にドロをいっぱい塗って、それを木々にこすりつけてドロを落とすのだそう。足跡がたくさん残されたその場所で、どんな感じで風呂に入っていたのだろうと、ただただボーゼンとその場を見つめました。
イノシシのお風呂場を過ぎたあたりから、突然、雑木林から植林された杉林へと景観が変わりました。スッと空に向かって一直線に伸びる木々は、まるで整列したマッチ棒のようにも見えます。松尾さんが、「ここから上を見上げてください。写真を撮るには絶好の場所です」と。たしかに、頂上の木の葉が一定の間隔を保ちながら育っている景色は、ひとつのアート。大地に寝そべって、静かに眺めていたいほど美しいデザインでした。
絹笠山の山頂までもう少しというところで、松尾さんが「これから冒険コースに入ります」と案内。腰をかがめながら、道なき道を雑木林へと入っていくと、突然コンクリートの柱が2本見えてきました。「ここには 大正時代から気象観測所の建物があったんですよ」と、松尾さんが1枚の古写真を見せてくれました。
その写真には、目の前に残された石の門と、大きな建物、その先に絹笠山の山頂が映し出されていました。「これは昭和の頃の写真ですが、お分かりの通り、1本も木がありません。半世紀も経つと、山もこれだけ姿を変えてしまうのです」。松尾さんのガイドに力がこもります。
かろうじて残る山頂までの道筋に合わせ、古写真と照らし合わせると、確かに道程は同じ。当時、絹笠山がサンセットヒルと言われていたように、ここから西の方角には橘湾が広がり、美しい夕日が望めたことでしょう。明治時代から雲仙温泉へ避暑に訪れていた外国人も、この場所を好み、美しい夕景を目にしてきたのです。
さぁ、山頂までもう少しという所で、貴重なキノコを発見。「あ!ありましたね。これはツチグリといいます。殻に覆われているときは、なかなか枯れ葉に交じって見つけることが難しいのですが、こうやって厚い外皮を割って袋状の皮が見えると、見つけやすくなります」。中には胞子がたくさん入っているはずですよ~の言葉を聞いて、思いっきりつまんでみたら、茶色い胞子がぼわ~と出てきてビックリ。いろんな植物が自生していることを実感します。
絹笠山山頂に到着すると、西側に美しい橘湾と長崎半島が広がっていました。雲の切れ間から太陽の光が降り、とても幻想的でした。反対方向に目をやると、仁田峠と温泉街が。地獄の湯けむりもよく見えます。ここまでゆっくり歩いて1時間ほど。ちょうどいいハイキングルートです。
山頂での休憩には、地元でつくられるカステラの切れ端と、日本茶インストラクターの松尾さんが丁寧に煎れてくださった、温かいほうじ茶を味わいます。これが不思議なほどまろやかで、お腹に染みわたる美味しさでした。
次なる冒険コースは、急斜面をよじ登る「金比羅山」へ。絹笠山で雲仙の大自然に触れた後は、長崎ならではの文化と歴史に触れます。測量調査が入った時につけられた赤いシールを目印にしながら、道なき道をずんずん歩きます。山頂途中の斜面地には、マリア観音を思わせる祠が残り、像の足元にはカニが彫られていました。さらに魚を象った御手水もあり、ここが潜伏キリシタンの聖地だったのでは…と松尾さんが話されました。雲仙・島原といえば、天草四郎でも知られる潜伏キリシタンの地です。密かに祈りを捧げるにはふさわしい奥地。海の神様と称して、敬虔な祈りがささげられたことを思うと、一瞬にして時を超えたような気がしました。
この祠の裏手から急な斜面を登るコースに。松尾さんが持参したロープを手に、必死によじ登ります。その先にはやっぱりご褒美と言える絶景が待っていました。長崎から諫早方面の水墨画のような山々、そして東側には白雲の池と山々に抱かれた雲仙という温泉地。自然とともに暮らす雲仙そのものが、ここから手に取るように分かる風景美にただただ見とれてしまいました。
絹笠山の登山コースはここから白雲の池まで下り、スタート地点の雲仙温泉街まで歩いて戻って終了です。距離にして約5km。約3時間30分は、まさに雲仙の自然の豊かさと身近さを教えてくれるものでした。
ガイドの最後に松尾さんは、こんなことを話してくれました。
「私の山登りは、体を壊したことから始まりました。毎日、雲仙の山に登り、新鮮な空気を体に取り込んでいるうちに、山登りが大好きになっていました。特に雪が降った後の風景は、言葉に表現できない美しさです。野生動物の足跡が見えるんですよ。イタチでしたでしょうか、私が来たので驚いて木に登ったのですが、降りることができず、私をずっと威嚇しているんです。そんなハプニングも含め、自然の中に身を置くことは、自分の体にもずいぶんといいことが分かりました」
ひたむきに話される松尾さんの話を聞いていると、この地球という大地から生まれた人間だからこそ、自然の中にいることが心地いいのだと理解できます。だからこそ、雲仙の山々は人々に生きる力をよみがえらせてくれる。そんな場所なんじゃないかと。心と身体が疲れたら、雲仙がきっときっと癒してくれるはずです。
記事で紹介したスポット
雲仙普賢岳/E-bike/雲仙地獄茶屋/おしどりの池/絹笠山
●雲仙温泉観光協会
住所/長崎県雲仙市小浜町雲仙320
電話番号/0957-73-3434
http://www.unzen.org/
●雲仙新湯温泉館
住所/長崎県雲仙市小浜町雲仙320
電話番号/0957-73-3545
●雲仙湯せんぺい遠江屋本舗
住所/長崎県雲仙市小浜町雲仙317
電話番号/0957-73-2155
https://www.unzen-yusenpei.com/
●かせやcafe
住所/長崎県雲仙市小浜町雲仙315
電話番号/0957-73-3321
●Mt.Resort雲仙九州ホテル
住所/長崎県雲仙市小浜町雲仙320
電話番号/0957-73-3234
https://kyushuhtl.co.jp/