群馬県の北部に聳える独立峰「武尊山」は、日本百名山や新・花の百名山にも選定される名山。"群馬のマッターホルン"なる呼び名を持つ「剣ケ峰」を目指し、雪山登山へ。
(初出:「やまポトレ」2019年05月07日)
2021.05.18
YAMAP MAGAZINE 編集部
たまたま登山を始めた時期が冬だったので、登山歴2年にして数多くの雪山を登ってきたあやかさん。
そんな彼女も登ったことがないという、群馬のマッターホルン・剣ケ峰を擁する武尊山に同行。
下山後に聞いた「これが平成最後の雪山なんです」という彼女の言葉が印象的でした。
「あれ、あれに似てるよね?よくPAとかで見る、プレミアム生ソフトクリーム!」
目の前に山の神様がいたのなら、少し咳払いをしてしまうかもしれないような例えが飛び出す。
彼らは登山サークルALPS(エールピース)のメンバー。今日は彼らの上州武尊山(群馬県)への山行に同行する。なんでも、雪山大好きメンバーとのこと。
上州武尊山へは、川場スキー場のリフトの頂上にある登山口からスタート。
リフト周辺はスノーボーダーで溢れていた。それに気づいた瞬間、みなは少し苦笑い。でも、堂々と歩みを進める。
いきなり急登が現れたので、アイゼンを装着。力強く、着実に高度を上げていく一向。
「ソフトクリーム」を黙々と登っていく。
急登を登り切ると、早速素晴らしい景色が待っていた。
絵画のような群馬の山々と抜けるような青空。
ゲレンデからはこの景色を見ることができない。スノボーやスキーを楽しむ彼らにも見せてあげたいくらいの絶景だ。
雪の女王こと、あやかさんも今日のコンディションにご満悦。(登山をはじめたシーズンが冬で、初心者なのに雪山ばかり登っていたことから、サークル内でそう呼ばれているらしい)
「ソフトクリーム」と可愛い例えをしていた山の名前は、剣ヶ峰。武尊山の手前にあるピークだ。
なぜ、そんな名前がついているのか。
その答えは、剣ヶ峰を下りてみるとよくわかる。
険しい下りをこなし、しばらく歩いてから振り返るってみると、天へまっすぐ切っ尖を向けた圧巻の山容が。
こういう山の姿を見ると、現代人の自分も「剣」や「槍」と呼びたくなる。遥か昔を生きた人たちと同じ景色を見ていることを改めて実感する。
剣ヶ峰を降りたあとは、登り返しが待っている。ピッケルを駆使して、急な斜度を登っていく。
海老の尻尾?アイスモンスター?雪山でしか見られない景色も。
しばらく稜線を歩いたのちに、武尊山の山頂に到着。
登頂した喜びもつかの間、下りのリフトの最終便に間に合わせるために、踵を返し始める一行。
遠くから彼らの背中を眺めてみる。雪庇がつくる影は美しいが、同時に雪山の怖さも感じさせる。
ある程度時間に余裕が出てきたので、帰路の途中でコーヒータイム。
真っ白な世界で飲む、漆黒のコーヒーの美味しいこと。
再び剣ヶ峰を登り、その後は一気に雪の斜面を駆け下りていく。
道中にはシュカブラ(雪紋)もあった。
しばらくすると、ゲレンデではしゃぐ声や、リフトの稼働音が聞こえてきて安心感を覚える。
人工物の気配は、その山行の終わりを感じさせてくれるものだ。
今回の山行はこれにて終了。天気にも恵まれ、みな大満足の登山になった様子だ。
雪山はあやかさんにとって、登山をはじめたきっかけ。そして、雪山は一年中登れる訳ではない。一年のどこかで終わりを迎えるものだ。
雪山の魅力を知る人は、雪解けの季節を惜しみ、再び山が白く染まるのを待つ。もちろん、夏山は夏山で楽しいが、雪山の美しさとはまたベクトルが違うのだろう。
あやかさんにとっても、「最後の雪山」というものは名残惜しいはずだ。今回は「平成と令和」という区切りも重なった。きっと、今回の山行は彼女にとって忘れられない思い出になるだろう。
「実は、武尊山が私の平成最後の雪山だったんです」
後日、彼女はそう連絡をしてくれた。
その素晴らしい場に「一緒にいれたということ」に気がついた瞬間、じんわりと、まるで雪解けのように温かいものが心に広がるのを感じた。
標高:2,158m
群馬県の北部にあり、谷川岳と日光白根山を線でつなげたその中間点にそびえる。一見、なだらかな山容をもつが、山上部は鋭い姿の峰が並ぶうえに深い谷が数多く切れ込み、そのせいか、県内ではツキノワグマの生息密度が高い山でもあるそうだ。