山守隊・岡崎哲三さんに聞く、10年後の登山道|「山を守る人たち」が語る未来

今回のYAMAP10周年特集では「これまでの山の10年、これからの山の10年」をテーマに、山を守るプロフェッショナルたちにインタビュー。第1弾は、北海道・大雪山系を拠点に、全国各地で登山道の整備と指導をしている一般社団法人大雪山・山守隊の代表、岡崎哲三さんです。ただ荒廃した登山道を修復するのではなく、生態系を復元させ、人の利用環境も守る「近自然工法」に取り組む第一人者。登山者も一緒になって考えたい、次の10年で取り組むべき課題についてお聞きしました。

2023.03.31

武石 綾子

ライター

INDEX

「山好きが、山を壊す」という不思議

ー 登山道整備の話の前に、山との出会いを教えてください。

大雪山・山守隊代表・岡崎哲三さん(以下、岡崎): 私は札幌の山に近い地域に生まれ育って、勉強より海や山が好きでしたね。30年近く前かな。ちょっと山小屋でアルバイトしてみようと訪れたのが大雪山でした。正直、山登りが好きというより、月給18万円で、当時としては北海道では高給だったのにひかれました(笑)。行ってみたら、日給6,000円で30日働けと。なるほどなぁ、なんて思ったものの、始めてみたら面白い環境でした。

当時は林野庁のアルバイトのような人が近隣の山小屋に泊まり、朝から晩まで必死に登山道の整備をしていました。彼らから話を聞く中で、道が崩れる要因の多くが登山者にあることを知り、「山が好きで登っている人が、山を壊しているのか」と不思議に思っていましたね。

登山道を整備する大雪山・山守隊の岡崎さん

山小屋の管理人として働く中で、登山道をはずれてルールを守らない登山者に注意することに苦労するより、自分たちで手を動かして、登山道を直してみようと思い立ったんです。

実際に整備を本格的に進めてみたら、「俺はこっちの方が向いているな」と実感したんですよ。それで登山道整備ばっかりやるようになって。山小屋の後も、大雪山のヒグマ情報センターなどで勤務しながら、登山道の整備をずっと続けていました。

整備した場所が良ければ、登山者は道から外れずに歩いてくれる…。登山者に言葉で伝えるよりも、自然を守りつつ、登山者を誘導できるという行動のほうが楽しさがありました。

「近自然工法」の師の教え

ー 岡崎さんといえば、山の地形と、生態系の復元を考えた「近自然工法」の登山道整備で知られています。これを知ったきっかけを教えてください。

岡崎:山に入ってから10年ほどたったころ、近自然河川工法の第一人者である故・福留脩文(ふくどめ しゅうぶん)さん(*1)の研修に参加したことで、生態系を復元させることで人間の利用環境も守られる発想の「近自然工法」という考え方を知ったんです。

*1 福留脩文(1943〜2013)  日本の多自然川づくりの専門家で、建設コンサルタント。環境問題や地域開発の総合コンサルタント会社、西日本科学技術研究所(高知)を創業。治水と環境が調和した川づくりに尽力した。

河川だけでなく、日本の伝統土木工法も研究していた福留さんのお話は「なるほど、言われてみりゃそりゃそうだ」の連続でした。

例えば、人間の手が入る前の川の話。自然の川には蛇行があって、緩やかな流れの中に多様な生態系があります。人の手によってまっすぐに水路化され、コンクリートで護岸されれば氾濫は避けられ、人間にとっては安全かもしれない。けれど、本来の生態系はなくなってしまう。

ただ、水路化されて生き物が消えた川でも、環境を整えれば再び生態系が戻ってくるということを、福留さんは教えてくれました。それは、山の場合も同じ。荒れた登山道でも、植物が復元できる土壌の環境さえ安定させられれば、植物は復活するんです。

屋久島で屋久杉の根が踏まれることを防ぐため、歩行路を補修

「生態系に関することは自然が教えてくれる」

「生態系の本来の姿について理解を深めれば、どんなに荒れていても復元できる」

近自然工法で登山道を整備しながら、そのような想いに至ったんです。福留さんが亡くなってしまった今となっては正解を教えてくれる人はいませんが、そう確信しています。

ー その経験を機に法人を設立して事業化されたのですね。

岡崎:福留さんの研修を一緒に受講した人たちは大雪山から離れてしまったけど、私は「どんな登山道の侵食でも直る」と思っていたので、「やめたらもったいない」と強く感じていました。そんな想いで合同会社を設立したのが2011年。

といっても、最初はほとんど仕事もないなか、ひたすら登山道整備の現場に行って、技術を深めることを意識していました。しかし数年経て、技術だけ持っていても前に進めないと実感するようになったんです。

ー 具体的にはどのようなことがあったのでしょうか。

岡崎:行政とかかわりながら整備を進めるわけですが、どんなに頑張っても、予算や仕組みにも限界があって技術があっても今以上に整備量を増やすことができない…。だから行政にお願いするスタンスではなく、より山に身近な登山者の意識を変え、協力を得ていくことに考えをシフトしたんです。

山の文化を下支えしているのはやっぱり「近隣の人」。つまり、一人ひとりの登山者です。その中には少なからず、私と似た考えを持つ人もいて、一緒に山を守るために発信や活動をしていこうと、一般社団法人の大雪山・山守隊が2018年に立ち上がりました。

山を守るために仕組みと意識を変える

伊豆諸島・御蔵島での整備の様子。ハードさとともに充実感が伝わる

ー 岡崎さんは、日本各地でさまざまな人を巻き込みながら山守隊の輪を広げ続けています。

岡崎:私自身、本来はコミュニケーションとか仲間づくりとか得意な方ではないんですよ。ただ「山を直したい」と考えた時に、登山道が総延長300kmあると言われる大雪山で、1人で1日頑張って数m直したところで自己満足にしかなりません。

山を管理することとは何か──。登山者の踏圧や豪雨などの自然現象による道の崩れがあっても、崩れた分はしっかりと保全し、生態系を維持できること。そこまでできて初めて「管理」と言えます。当たり前の話に聞こえますが、国内で本来の「管理」を実現できているエリアはほとんど無いと思います。

だからこそ、登山道を管理するための仕組み自体を変える必要があり、仕組みを変えるには社会の雰囲気を変える必要があり、社会の雰囲気を変えるためには人々に働きかける必要があります。本当に、苦手なことばかりです。でも自然を守るために、これからもやっていく必要があると思っています。

本当は「自然を守る」なんて発想はそもそもおこがましいと感じています。私が住んでいる大雪山の麓の主産業は農業。大雪山に雪が積もり、それが流れ出て川になり、土壌を運び農業の基盤ができ、街ができています。

大雪山という自然環境がなければ、この場所に私たちはいないかもしれない。実は「自然に守られているのは私たち」と思っています。だからこそ、この自然環境が続くために努力し、恩返ししたい。そんな気持ちで続けています。

そしてもう一つの原動力は、日本に自然を守る仕組みがないことへの猛烈な腹立たしさ。日々怒り心頭に発しながら作業しています。

「人のため」と「自然のため」の整備の違い

ヤマップとの合同企画YAMALIFECAMPUS登山道整備編のひとコマ

ー 今後に予想される、登山道整備の課題について教えてください。岡崎さん拠点の北海道においても、地方部では登山人口の減少や、管理する山岳会メンバーの高齢化などによる登山道の荒廃が進んでいますね。

岡崎:荒廃には2種類ありますね。ひとつは、人が入らないことによって荒れ放題になってしまう荒廃。もうひとつは、道が削れてしまって生態系が崩れて直すことが不可能な状態。両者は意味が全く異なります。前者は道がもとの生態系に戻る作用、後者は生態系が消えていく作用。

おっしゃる通り、北海道をはじめとした地方の各地で荒廃、廃道化は進んでいます。しかし、本州と比較すると利用者の少ない大雪山の周辺だけでも、道が削れて生態系が崩れていく登山道が多すぎて手に負えないという現実もあります。

私自身は登山道を適切に「管理」できる状態になって初めて人を通すべきだと考えています。登山者のために廃道を再整備するだけでは不十分であり、生態系への影響を最小限に食い止める登山道の整備、そしてそれを維持していく「管理」を優先してほしい。

崩れたところを歩きやすいように整備できる人は沢山います。だけど侵食を止めて生態系を復元させる技術と想いを持って整備している人はめったにいない。その状態は、残念ながら昔からあまり変わらない現状です。

ー 一言で「登山道整備」と言っても、登山者を優先的に考えるのか、自然保護までを目的にするかで、「管理」は全く別物になるんですね。

岡崎:人のための整備か、自然のための整備か、その視点によって全く異なります。侵食が進んで、登山者が「もう歩けない」という状態になると、「土留め」と称して木柵階段を作ったりするわけです。しかし、崩れた原因を理解してそれに対応する施工をしない限り、土は延々と流れ続けることが分かっています。

侵食がゆるやかになって、安定した土壌環境になり、隙間から植物が芽を出すような状態になってようやく生態系が作られていきます。 そういった安定した登山道の状態を作らない限り、その登山道を直し続けなければいけません。

答えは自然の中にある

丁寧にまとめられた山守隊の活動報告。定期的に会員あてに送付される

やっぱり答えは山の中にあって、自分が机上では気が付けないもの。現場で状態を見て「どんな施工、どんな生態系がふさわしいか」と考え、実際に整備をして、正解かどうかは自然が教えてくれます。

必要なのは技術以上に、自然のあり方を理解しようとする姿勢です。土木工法や生態学の教科書だけをあてにしないで。自分たちも整備の教科書は作っているんだけど(笑)。「自然の中に答えがある」「正解は一つではない」。禅問答のようだけど、師匠の福留さんは常にそうおっしゃっていました。

「たまには山へ恩返し」と称される登山道整備イベント後の集合写真。大雪山の裾合平にて。

ー 登山道から見てきたこの10年の変化と、登山者に期待する次の10年を教えてください。

岡崎:この10年での変化はすごく面白いですよね。日本百名山以外の山に向かう人も増えているし、低山や里山、トレイルランニングなど、楽しみ方が多様になっていると感じます。

次の10年でさらに山を楽しむジャンルが増えていくのではないでしょうか。登山者の皆さんには、自然をたくさんの視点で楽しんでほしいと思っています。

日本百名山、ピークハント、トレイルランニング、ロングトレッキング、動植物の観察、その中に「登山道整備」というジャンルがある未来。

間違いなくこれだけは言えますが、登山道整備は楽しいです。自然を観るだけでなく、自然に働きかけてその変化を楽しむ。生態系の理解が深まり、自然をさまざまに感じ取れる視点が増えます。

いろいろなジャンルを経験した登山者の中には、崩れていく登山道や無くなっていく植物を悲しむ人もいます。そういう人にはぜひ生態系を復元する整備を体験してほしい。山に行って頑張れば次の年には植物が芽吹いているかもしれない。またその山に行きたくなるし、また道直しをやりたくなります。その価値観が広がれば登山道整備は山を楽しむジャンルになると思っています。

「民間の力で仕組みづくりを」

ー 次の10年で登山道整備が山を楽しむためのジャンルの1つ、カルチャーになるといいですよね。

岡崎:海外では登山道ボランティアがカルチャーになって浸透している地域もあります。ボランティア登録している人が数万人もいて、毎日どこかで登山道の整備が行われている国立公園もあると聞きます。

そこではボランティア団体にしっかりお金がまわり、整備のためのガイドブックもある。「仕組み」ができているんです。それにより技術レベルをキープできるし、教えてくれる人もいるから登山者も作業を楽しめる。私たちもその形を目指し、登山道管理の一翼になれるようにしたいと思っています。

登山道整備のボランティアも、押し付けられてやるものじゃない。学びながら実践するのは楽しいものなんです。今あるルールを守りながらも、行政に頼り切らず、登山者ら民間の力で率先して仕組みを作る。

日本でも登山道の管理を担うことができるはず。日本の美しい自然を次世代に残すためにも、次の10年でその仕組み化を実現したい、しなければいけないと思っています。

武石 綾子

ライター

武石 綾子

ライター

静岡県御殿場市生まれ。一度きりの挑戦のつもりで富士山に登ったことから山にはまり込み、里山からアルプスまで季節を問わず足を運んでいる。コンサルティング会社等を経て2018年にフリーに。執筆やコミュニティ運営等の活動を通じて、各地の山・自然の中で過ごす余暇の提案や、地域の魅力を再発見する活動を行っている。