日本三大修験の山である英彦山は、大分と福岡の県境にそびえ、古くから霊山として人々の信仰をあつめてきた場所。山伏たちは、太宰府の宝満山から英彦山まで、全長約130キロの道のりを歩き修行をおこないました。今回はその巡礼路の一部を、毎年夏になると北アルプスでソロテント泊修行を敢行するという、アウトドアショップ勤務の川添奈緒美さんと歩きます。
向かったのは、英彦山の巡礼古道「春の峰入り道」の起点である宝満山と、そのルート上にある馬見山。旅の最後には、英彦山神宮で「巡礼路を歩くときの心得」を伺い、この秋開催中の「“英彦山巡礼路”デジタルバッジキャンペーン」の限定手ぬぐいもGET! 古来より多くの修験者たちが歩き続けている歴史ある道を、あなたも歩いてみませんか?
(*現在、英彦山中岳山頂の英彦山神宮上宮周辺は、修復工事のため立ち入り禁止。工事期間:令和4年8月1日~令和7年12月予定。)
2023.10.13
米村 奈穂
フリーライター
英彦山の魅力は、山中のいたるところに残る坊跡や岩窟などの山岳宗教の史跡や、四季折々の豊かな自然です。特に秋から冬にかけては、紅葉と史跡の織りなす景色や、氷瀑がつくり出す天然の芸術を求めて多くの人々が足を運びます。
そんな英彦山にはもう一つ、登山者なら誰しも地図をなぞりたくなる歩き方があります。それが英彦山巡礼路。山伏たちが歩いた道をたどる山歩きです。
*山伏・・・山中で修験道の修行をする人
巡礼路には、お潮井とり、春峰、秋峰という三つのルートがあり、山伏たちは季節ごとに各地の山麓から英彦山を目指しました。道があれば歩きたくなるのは登山者の常。英彦山をこよなく愛する登山者の中には、季節に合わせてそれぞれのルートを歩いたり、その一部を歩いたり、なかにはつないで歩いたりする猛者も。
今回は英彦山の巡礼路の一部「春の峰入り道」の起点であり、福岡県下で最も登山者が多いといわれる宝満山と、日本山岳遺産に認定された嘉穂アルプスの一つでもある馬見山を2日間で歩きます。
YAMAPは英彦山の再興に取り組んでいます。
今回歩いた英彦山巡礼路について、特設サイトではより深く英彦山巡礼路を知ることができます。ぜひご覧ください。
1日目は、福岡県で最も登山者の多い山といわれる宝満山に登ります。九州の玄関口である博多駅から車で30分と都心からのアクセスもよく、毎日登るという登山者の姿を見かけることも。山中には「五井七窟」と呼ばれる行場など、数々の修験道の遺跡が残り、英彦山と並ぶ九州の山岳修験の聖地として栄えました。山頂には登山口でもある竈門神社の上宮があり、筑紫平野や博多湾に玄界灘、遠くに英彦山を望む大展望が広がります。
今回一緒に歩くのは、大分の人気アウトドアショップに勤務する川添奈緒美さん。川添さんの定番登山スタイルは、まだうす暗い早朝から山に登り山頂で朝日を迎えるというもの。夏には毎年、北アルプスでソロテント泊縦走をするそうです。
宝満山は、英彦山巡礼路「春の峰道」の起点でもあります。山伏のように一人で山を縦横無尽に歩く川添さんに、九州随一の山伏の道、英彦山巡礼路を歩いてみませんかと声を掛けてみました。
スタート地点は、福岡を代表する観光名所「太宰府天満宮」からバスで10分の場所にある竈門神社。最近では、アニメ「鬼滅の刃」の聖地としても話題になりました。登山の安全を祈願した後、社殿の左から車道へ出て少し登り登山口へ向かいます。
歩くルートは、山伏が修行をおこなったと伝わる岩窟や井戸をめぐる「五井七窟」の一部。分かりづらい場所もあるため、宝満山の道に詳しいガイドの岩永正朗さんに同行をお願いしました。まずは正面道と呼ばれる、石段の続く趣のある参道を登っていきます。
岩永さんは、宝満山の魅力は修験道の歴史だけではなく、標高829mの中で植生の垂直分布が見られるほど豊かな自然だといいます。春はミツバツツジやシャクナゲ、夏にはコオニユリが山頂を彩ります。
また宝満山では、山麓の池で生まれたヒキガエルの子どもが、1ヶ月かけて山頂を目指し山登りをするという謎の生態も見られます。カエルたちも山伏のように修行をしているのでしょうか?
一度だけ同じ正面道を歩いたことがあるという川添さんは、「説明を聞きながら登ると、同じ道がまったく違って見えます」と言います。山のそこかしこに歴史を感じると、足元に落ちていた視線は左右に広がり度々足が止まります。たまにはこんなふうに足をゆっくり進める山登りもいいものです。
しばらくすると、「百段ガンギ」と呼ばれる長い長い石段の下に出ました。この辺りはかつて山伏の住まいや参拝者の宿泊施設が並んでいた場所で、古い石垣にその名残りを感じることができます。この辺りから登山道は、修験の山らしくなっていきます。
さらに登ると、山頂へ続く男道と、山小屋のあるキャンプ場へ続く女道とに分かれました。川添さんは男道へ。現代の山伏には男も女もないようです。今日は男道を少し登った後、「福城窟」、「法城窟」を巡り、キャンプセンターをへて山頂を目指します。
法城窟の前まで来ると、岩永さんはヘッドランプを装着し巨大な岩が重なり合った隙間から窟の中へ入っていきました。恐る恐る後をついていきます。
中はライトなしでは一歩も進めないほど真っ暗。ライトの光に照らされて岩壁がキラキラと光っています。山伏たちはこの中で修行を行い、窟をくぐり抜けると生まれ変わるとされていました。真っ暗闇の窟の中から、明るい外へ出てきた川添さん、心なしかすっきりとした笑顔です。
お昼休憩は立派な山小屋のあるキャンプ場でとります。樹林帯を抜け突如ひらける気持ちのいいこの場所には、かつて一番えらいお坊さんのいた「楞伽院(りょうがいん)」がありました。当時を思わせる立派な石垣がキャンプ場を囲んでいます。休日にはテント泊の登山者で賑わうそう。土日祝日には管理人さんがいるので、テント泊初心者でも安心して利用できます。一等地でのテント泊を試してみてはいかがですか?
下山路は大南窟へ立ち寄りました。これまで見た窟の中ではいちばん大きな岩窟で、目の前に立つと圧倒されます。英彦山にも窟はたくさんありますが、今では御神体として窟の前に社が建っていたりして、窟を間近に見ることができない場所もあります。宝満山の窟の魅力は、こうして目の前に立てることにもあります。
*大南窟は現在でも修行の場です、窟内へは立ち入り禁止となっております。
*大南窟へ向かう「かもしか新道」は険しく危険な登山道となります。是非登山ガイドさんの同行をご検討ください。
下山後は、宝満山と英彦山のつながりを感じるために英彦山山麓まで足を延しました。今宵の宿は参道にある宿坊「松養坊」。表参道に現存する坊の中で最も古い築180年の宿坊です。現在、宿泊はイベント開催時のみとなっていますが、特別に利用させていただきました。
ご主人の松養榮貞さんは山伏の末裔で、夜は英彦山の歴史を詳しく聞くことができました。松養坊には、俳人の種田山頭火も宿泊したことがあるそうで、ここで詠んだ歌も飾られています。屋根裏部屋を利用した資料室には、山伏の暮らしぶりの分かる貴重な資料が保存されています。展示資料は全て松養坊にあったもの。元々そこにあったものをその場所で見られる生きた資料室です。見ているだけで、綿々と受け継がれてきた修験道の歴史を感じることができます。
2日目は、英彦山巡礼路の一部である馬見山に登りました。馬見山は、福岡県の嘉麻市と朝倉市の境界に位置し、東西につらなる古処三山(屛山、古処山)の一つで、嘉穂アルプスとも呼ばれています。嘉穂アルプスは、「日本山岳遺産」にも認定され、稜線ではヤブツバキの群落やブナの森を楽しめます。
古処山山麓の小京都と呼ばれる秋月から、古処山、屛山、馬見山の三座をへて、焼き物の里、小石原へ続く縦走路は、九州自然歩道としても整備されています。山頂近くの見晴らし台からの展望もよく、晴れた日にはくじゅう連山や雲仙まで見渡せます。
今日は、遥拝所登山口から、御神所岩という巨岩のある谷を登り、ブナ尾根コースを下ります。山中では風穴、寄り添い岩、御前岩など、花崗岩の巨岩が多く見られます。その中でも山頂直下の御神所岩はひときわ大きく、かつてはここに山麓にある馬見神社の旧社があったそうです。
あいにくこの日は朝から雨模様。山頂からの展望は望めませんでした。しかし、苔好きという川添さんは、雨を受けてキラキラ輝く苔や草花を見つけては触ってみたり、ファインダーをのぞいてみたりなんだか楽しそう。
川添さんは、アウトドア体験を通して子どもたちと自然の大切さを学ぶプログラムのスタッフとしても活動しています。大事にしているのは自分がいちばん楽しむこと。雨の山は、自然界が一斉に潤って輝きを増します。川添さんとの山歩きでは、そんな雨の山の魅力を再発見できました。
下山後は、登山口から車で30分の場所にある、「筑前の小京都」と呼ばれる秋月に立ち寄りました。江戸時代黒田氏によって整備された城下町は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、800年の歴史を誇る趣のある町並みを散策できます。春には桜並木のトンネル、秋には紅葉を楽しむ人で賑わいます。
さて、忘れてはいけないのが「”英彦山巡礼路” デジタルバッジキャンペーン」。限定オリジナル手ぬぐいをゲットするべく、交換場所である英彦山神宮へ再び戻ることにしました。
途中、小石原にある樹齢200年から600年のスギの巨木が立ち並ぶ行者堂へ立ち寄ります。ここは、山伏たちが峰入りに入る前に長い修行を行った場所で、この地にスギの苗木を献木して峰入りしました。大木が空にスッと伸び、空が高く空気が澄んで感じる気持ちのいい場所です。
英彦山神宮へは、参道のいちばん下にある銅の鳥居から歩いて向かいました。かつては藩主もここで籠や馬から降り、歩いて参詣したそうです。今では、ここから車で5分ほど先の別所駐車場から登り始める登山者が多いそうですが、本来のお参りはここがスタート。鳥居をくぐり、趣のある石の参道を一歩一歩踏みしめながら進みます。
今回巡礼路を歩いて気になったのは、修行の場や窟の中に足を踏み入れていいのかということ。そこで英彦山神宮の高千穂禰宜(ねぎ)に、この巡礼路をどんな気持ちで歩いてほしいかを聞いてみました。
「心の持ちようだと思います。神聖な場所だと思いながら入るのであれば僕はいいと思います。その場所を汚したりしないように気をつけて入ってもらえれば。遊び半分で入ってしまうのはよくない。窟それぞれに仏様や神様がいます。その場所に対して畏れる心があればいいと思います」
川添さんは何も知らずに歩いた時と、今回の登山では全く違ったといいます。
「その山の歴史を知ると、そこに思いを馳せながら登ることができました。いつもの登山は自分のためだけに登る感じだけど、巡礼路は自分のためだけじゃなくて、これまで歩いてきた人たちの思いを感じながら登れました。この道には、何万人という人のいろんな思いがのっかっているんだと考えるだけでも違う気がします。ただ山頂を目指すんじゃなくて、昔の人たちが歩いた軌跡をたどりたいと思いました」
高千穂禰宜は、巡礼路を歩くうえで、ある程度の修験道の歴史や山伏のことは知っていたほうがいいと言います。ただ、「感じる」ことがいちばん大切だとも。
「歩いて何を思うか、何を感じられるかが大切だと思います。それは人それぞれで違って、自由でいい。巡礼路を歩くということを踏まえて、神聖な気持ちで歩いてもらえれば。絶景の連続で、楽しい!という登山とは少し違いますよね。樹林帯の中を歩くことも多いし。でも、そこを楽しめるかどうかだと思います。一人で歩けば自分と向き合えます」
やはり修験道とは、「考えずに、感じろ!」ということなのでしょうか? でも、それって案外難しい。ならばまずは、かつて同じ道を歩いた人の痕跡を探しながら歩いてみよう。この道をなぜ人は歩き続けたのか、そのことに思いを馳せながら。
現在英彦山では、デジタルバッジキャンペーンをおこなっています。内容は、対象となる巡礼路のポイントを5箇所巡ると、限定のデジタルバッジをもらえるというもの。さらに、英彦山から宝満山までをつなぐ「春峰ルート」を歩くと、先着で限定オリジナル手ぬぐいをプレゼント。山だけでなく山麓も楽しみながら、ぜひ、宝満山と英彦山をつないで歩いてみてください。
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本キャンペーンについてのお問い合わせ
この件に関する連絡はYAMAP企画室までメッセージをお送りください。
協力:福岡県観光連盟