親子登山をしてみたい。けれど、どう始めたらいいんだろう……? そんな疑問をお持ちのパパ&ママさんに向けてスタートした「子どもと山へ! 0〜5歳の親子登山ガイド」。今回のテーマは「子連れ海外トレッキング」です。本連載のナビゲーターで、我が子が生後8ヶ月のときから親子登山を実践しているまつだしなこさんが、未就学児2人を連れての海外トレッキングに初挑戦! オーストラリア最高峰・Mt.コジオスコを目指しました。
子どもと山へ! 0〜5歳の親子登山ガイド/ 連載一覧
2023.12.28
まつだ しなこ
子連れハイカー
「毎日ものすごく忙しいのに、やろうと思ったことは何もできないまま今日も終わった…」
これがフルタイムで働きながら二人の未就学児を育てる私が、毎晩のように呟く夜のお決まりのセリフでした。体力と気力を消耗する毎日ではなく、なにか強烈な達成感を味わいたい。思わずガッツポーズをしたくなるような。独身時代に登山という趣味に没頭してきた私は、子育て6年目にして達成感に飢えていました。
しかし、停滞する母の気持ちを嘲笑うかのように、時間は驚異的なスピードで進んでいきます。気がつけば、娘は数ヶ月後に小学生になろうとしていました。
そんなとき、娘がリビングの地球儀をくるくる回しながら「世界中にもいろんなお山があるんだね」と何気なくつぶやいたのです。何か大きな挑戦をしたいと思っていた私は、娘のこの言葉を聞き、ひらめきました!「小学校入学前に、家族で海外トレッキングをしよう!」。
娘に「お母さん、外国のお山に登るのが夢なんだ。一緒に行ってくれる? 途中でカンガルーも見れるよ」と尋ねると、二つ返事で「行くいく!」と乗り気な娘。しかし頭の中は青い海とカンガルーでいっぱいで、まさか彼女の登山家としての人生における最大の困難が待ち受けているとは、全く想像していなかったでしょう。
初の海外トレッキングの目的地として定めたのは、セブンサミッツの1つ、オーストラリア大陸最高峰のMt.コジオスコ。
「セブンサミッツ」とは、7大陸それぞれで一番高い山の総称のことです。セブンサミッツ全てに登頂した人は世界でもそうは多くありません。エベレスト(アジア大陸最高峰/8,848m)やデナリ(北米最高峰/6,194m)など横綱級の名峰が名を連ねているからです。
ところがオーストラリア大陸代表のMt.コジオスコの標高といえば、たった2,228m。東京都最高峰の雲取山(標高2,017m)と同じくらいです。しかも1,900m付近までリフトでアクセスできるので、われわれの脳内イメージは高尾山。山頂まで往復5時間程度なので、初めての海外トレッキングとしてはぴったりの難易度でしょう。
生後8ヶ月から登山を続けてきた娘は、渡航時点でちょうど5歳8ヶ月。登山家人生、5周年記念です。彼女の最長コースタイムは大菩薩嶺登山の5時間30分、5.2km。「余裕、余裕」と笑っていました。
Mt.コジオスコまでのアクセスは、日本からシドニーへいき、そこから車で6時間かけてスレドボという街に移動する陸路メインのルートが一般的です。
「いきなり山じゃ、海やカンガルーに憧れを抱いている娘に申し訳ないよね…」と夫と話し合い、成田出発後はゴールドコーストという海辺のシティに数日滞在しました。
その後、飛行機で1時間半かけ首都・キャンベラへ。キャンベラで車を借り、100km/hで車を飛ばすこと2時間。湖畔の街・ジンダバインへ到着します。
登山口に最も近いのはスレドボというリゾート地。と言っても、実態は付近にスーパーも何もなく、車で30分ほど離れたジンダバインの方が便利とのこと。鏡のようなジンダバイン湖の周辺は、どこもかしこも牛と羊、たまに車。ここに数日いたら、怒りや不安といった感情もどこかに行ってしまいそう。私たちはジンダバインの町外れのコテージに3泊4日し、最も天気予報の良い日にアタックする計画でした。
今回は3歳の息子を背負うためにベビーキャリアを持っていきました。大きなスーツケースと一緒にベルトコンベアで運ばれていくベビーキャリアに、無事な姿でまた会えるか不安を感じましたが、さすがの耐久性です。ガツガツぶつけられながらも全く衰えを見せません。
登山靴は外来種の予防のため、土がついている状態ではオーストラリアに持ち込み不可。「汚いねー」と税関で判断されたら無情にも没収です。入念に水洗いしていきました。
夏とはいえ登山をするのでダウンやフリースといった防寒具は必須です。風が強いと聞いていたので、ツェルトなどエマージェンシー対策もしていくと、当然荷物は膨大に。大型スーツケース2つ、パタゴニアの90Lのダッフルバック、ベビーキャリアを含むザック2つ。そして勝手に走り出す子ども2人…。移動そのものが、なかなかの試練でした。
「リフトで簡単に登れる山だから」と聞いてはいましたが、念には念を入れたい心配性の私。スレドボのビジターセンターのスタッフと友達になれそうなほど何度もやりとりしました。「ベビーキャリアを持ってリフトに乗っていいかどうか」「3歳の子どもも耐えられる登山道か」という細かい質問にそのつど丁寧に答えてくれたフレンドリーなイザベルとリッチー。
おかげで準備は万全のはずでした。ところが、出発の直前にまさかのリフトがメンテナンスに入るというニュースを発見! 今さら渡航日程を変えることもできず、呆然としました。
「おいおい、11月中旬ならよほどのことなければリフトは動いているって言ってたじゃん…」とぼやくも、もはやなんともできません。
リフトが使えないとなると、リフトがある登山口から全く違う方向のシャーロット峠(Charlotte Pass)から往復約20km。大手町から川崎くらいまであります。大人の足でも6時間半…。
どうしたものかと迷いつつ、登山予定日の前日に登山口まで下見に行きました。標高差はそれほどなさそうなので、とりあえず行けるところまで行って引き返そうか、という結論に。そしてアタック当日を迎えることとなります。
当日の天気は晴天ではあるけれど、強風の予報(風速14m/秒)でした。おそらくメンテナンス中でなくとも、リフトは動かなかったでしょう。
気温も10度前後ですが、風が強いので体感はもっと寒く感じます。フリース、ダウン、防風のためにレインを重ね着する冬装備で登山開始。しかも体験したことがない、肌を突き刺すような強烈な紫外線。オーストラリアの大自然による洗礼を受けながらのスタートです。
登山口で予報通りの強風に恐れ慄く私に、「お互い楽しもうね!」と声をかけてくれたのは、2歳くらいの赤ちゃんを背負った夫婦。半袖短パンで颯爽と進んでいく彼らの後ろ姿に、不安でいっぱいだった心に少し希望がみえました。とりあえず、このコースは子連れでも行けるというのは本当らしい。
「僕も歩く!」と言い張る3歳児の息子ですが、コースタイムの関係上、今回はベビーキャリアに乗ってもらうことに。
登山道はとても整備されており、場所によってはマウンテンバイクが走れるほど。娘も最初は「おばあちゃんに見せるんだ」と、珍しい野草を写真に撮りながら、調子よく進んでいきます。日本の登山道のように「走らないで」と注意したり、すれ違いのときに立ち止まって避けたりする必要がありません。自由です。
日本では出会ったことがない広大な景色。しかし、広大すぎるが故にどこまで進んでも景色が変わらない…。2時間ほど歩くと、山頂が近づいている実感がもてない娘は、精神的に疲労が見え始めました。
直登すればあっという間な気もするのですが、なだらかな斜面をジグザクに進まねばならないのがもどかしい。
途中で避難小屋が2箇所あるので、そこで休憩をとりつつ進むこと4時間。いよいよ頂上が見えてきました。頂上はもうすぐなのに、相変わらず直登はさせてくれないコジオスコ。ぐるぐる周回しながら近づいていきます。
そして、強風が吹き荒れる中、娘は自分の足でついにオーストラリア最高峰に登頂です!
広大な大陸のもっとも空に近い場所で、小さな登山家の偉業を家族全員で讃えました。
帰りも同じ道を通ります。娘はさすがに疲労で座り込む場面も増えてきました。
途中、後ろから颯爽と現れたマウンテンバイクの女性に追い越されたことでメンタルのバランスを崩し、にじみ出る涙を袖口でぬぐい始めます。
「辛いの?」と聞くと「心は辛くないけど、足が痛い」とのこと。しかし、抱っこしようかと提案すると、かたくなに断られる。
「海外のお山、お母さんの夢だったんでしょ。私もお母さんの夢を応援するって決めたから一緒に歩くよ」
その言葉に、こちらの涙腺の方が先に崩壊します。
すれ違う人たちに「Amazing!」「Strong girl!」と応援されるも、応える元気もなくスルー。かわりにベビーキャリア上の息子が「てんきゅー」と応答します。
重たい足を一歩一歩、気力で前に出し続ける娘。「最後は手を繋いで一緒にゴールしよう」と、彼女に差し出された冷たい手を握り締めます。繋いだ手を通して、私の残りのエネルギーが娘に伝わればいいのに。
あと三歩、二歩、そして最後の一歩を踏みしめた瞬間。諦めず、弱音をはかず、言い出しっぺの母に恨み言も言わず、やり遂げたわが子を誇りに思う気持ちは一生忘れないでしょう。
車に戻ると娘は一言「ああ、温泉入りたい」と呟いて、気絶するように眠りに落ちました。
こうして、私の野望に家族を巻き込んだ海外トレッキングは無事に幕を下ろしたのです。
ベビーキャリアで背負って高尾山に初めて登ったあの日から5年間、少しずつ山の難易度を上げながら、親子で山登りを続けてきました。山登りという挑戦を続けることで、娘は心も体も強い子に成長してくれたようです。偉大な自然を前にしても、心が折れることはありません。その姿を発見したときこそ、私が最高に達成感を感じる瞬間でした。
大冒険をやり遂げ満足したはずの私ですが、人間とは欲深いもの…。帰国して数日後にはもう、娘と二人で「次はどこの山に登ろうか」と地球儀を眺めていました。
山ヤの子育て、親子の挑戦はまだまだ続きます!
まつだ しなこ
子連れハイカー
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