快晴の下で登山を始めたのに、昼頃から急激に雲が出現して、午後には大雨……。このような急激な天候の変化なども、気象の基本を知っておくと、ぐんと理解しやすくなります。今回はそんな山の天気について、国内唯一の山岳気象専門会社・株式会社ヤマテンの代表取締役で気象予報士の猪熊隆之さんの監修で解説します。
2024.06.17
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
抜けるような青空の下を爽快に歩くのは、登山ならではの醍醐味です。けれども「明日は天気が悪いから登山は中止」「レインウェアを着て歩くのは面倒」と、天気予報が思わしくない日の登山を敬遠しがちになっていませんか。
実は、気象遭難の多くは天気の変化を予想できなかったことが原因ではありません。悪天候の中で、無理な行動を続けたことによって発生しているのです。
風雨による寒さや視界不良など「これ以上行動を続けたらまずい」「この状況は危険」という感覚。あるいは風雨をまともに受ける森林限界上や、風が強くなる稜線に出る場所などのターニングポイント。これらを実体験を通じて、自覚できるようになることがまずは大切です。
晴れ予報の日でも、急なにわか雨に見舞われる可能性は十分にあります。そんな時に、晴れた日の登山しか経験していないと、どのタイミングでレインウェアを着るべきかを適切に判断できず、身体を濡らしてしまうこともあるのです。
また急なにわか雨や、前日までの雨によって、登山道が湿っていたりぬかるみが残っていたりする場合があります。スリップしやすい木の根を踏まないようにしたり、滑りやすい岩を避けたりするなど、濡れた路面状況を確実に歩くことができないと、転倒の原因になってしまいます。
山岳遭難における態様(原因)の中で、転倒・滑落・道迷いなどと比較すると、気象遭難の割合は決して高くはありません。しかし、気象遭難には死亡率が高いという恐ろしい側面があるのです。
登山者個人のミスや不注意による転倒・滑落などは、遭難者がひとりという場合が大半です。しかし気象遭難の場合、その状況に居合わせた登山者全員にリスクが降りかかるため、遭難者が多くなり、死亡率も高まります。
少しでも山岳気象の知識を身に付けることが、安全登山に直結することはいうまでもありません。それでは、実際に山岳気象の基礎となるポイントを紹介します。
朝は快晴だったのに、昼頃から雲が多くなり、午後には雷雨に……そんな経験はありませんか。一日の中でも刻々と変わりやすいのが、山の天気の特徴です。
その最大の理由は、山が盛り上がっているという地形的な要因です。風が吹くと、風が山の斜面に沿って上昇します。雲は、水蒸気を含んだ空気が上昇して冷やされることによって発生します。
特に、海から風が吹くときは、海側からの湿った空気が山に入ってくるため、雲が発生しやすくなります。その雲が雨や雪を降らせ、天候が悪化するのです。
この要因を前提にすると、チェックすべきポイントは目的とする山と、その天候変化に大きな影響を及ぼす海との位置関係となります。
その山が日本海・太平洋のどちらに近いか、海との間に風をさえぎる別の高い山があるか、どの風向きの時に海からの湿った風が山に流れ込むか。これらの条件をチェックすることで、その山の天候悪化をある程度予測できるのです。
このように、風上側に海があったり、その間に風をさえぎる高い山がないと、天候が悪化しやすいのが、山の特徴です。ここでは代表的な山ごとに、特に登山シーズンとなる春から秋の時期に天候が崩れやすい風向きを掲載しました。
同じ日本アルプスでも、日本海に近い北アルプスと太平洋に近い南アルプスでは、天候が悪化しやすい風向がまったく違うことがわかりますね。
同様に、他のエリアでも代表的な山で、春から秋の時期に天気が崩れやすい風向を地域ごとにまとめたのが以下の地図です。
各メディアの天気予報では風向・風速なども把握することが可能です。目指す山と海との関係に注目して、天候が崩れやすい風向きをチェックするだけでも、気象遭難のリスクを回避することができます。
山の観天望気 雲が教えてくれる山の天気(山と溪谷社刊)
猪熊隆之・海保芽生著
雲を見る方法をまとめた一冊
気象予報士
株式会社ヤマテン代表取締役
中央大学山岳部前監督
国立登山研修所専門調査員および講師
カシオ「プロトレック」アンバサダー
「山の日」アンバサダー
茅野市縄文ふるさと大師
日本山岳会会員
2011年秋に世界的にも珍しい山岳気象専門会社・株式会社ヤマテンを設立。一般登山者向けに全国330山の「山の天気予報」を配信している。国内外の山岳地域で行われるテレビ・映画の撮影を気象面からサポートしているほか、山岳交通機関・スキー場・山小屋・旅行会社などに気象情報を提供している。空の百名山を朝日新聞で連載中。また、空の百名山プロジェクトを通じて全国の山をまわりながら、雲の解説をおこなっているほか、気象講習会への講師としての登壇や著書も多数。
登山歴はチョムカンリ(チベット)、エベレスト西稜(7,650ⅿまで)、剣岳北方稜線冬季全山縦走など。2019年以降は、マナスル(8,163m)、チンボラッソ、コトパクシ(エクアドル)、マッターホルン、キリマンジャロ、など予報依頼の多い山に登頂し、山岳気象の理解を深める。
執筆・素材協力・トップ画像撮影=鷲尾 太輔(登山ガイド)