YAMAP新機能・グループ位置共有で「はぐれ遭難」を防ぎたい|登山の鉄則「別行動をしない」があっても開発した理由

登山中にそれぞれのメンバーの居場所がわかり、グループ行動の安全性を高めるYAMAPの新機能「グループ位置共有」。ある程度の登山経験がある方なら「別行動をしないのは複数登山の鉄則。本当に必要なのだろうか」と疑問を抱いてしまうことでしょう。

しかし、ユーザーの軌跡データなどの情報提供を通じて、警察や消防などの救助機関・団体に捜索協力をしてきたYAMAPだからこそ知っているのは、「ダメだとわかっていても、さまざまな事情でメンバー同士がばらけ、遭難してしまう事例が少なくない」という事実でした。

実際に起きた「はぐれ遭難」の事例や開発に携わったメンバーの声などを交えながら、グループ位置共有を開発した背景を紹介。「はぐれ遭難ゼロ」を願い、誰もが安心して山を楽しめることを目指した新機能について解説します。

2024.01.23

石田礼

YAMAP MAGAZINE編集部

INDEX

「はぐれ遭難」とYAMAP開発陣の苦悩

「YAMAPの機能を適切に使って現在地を把握しているか、仲間と居場所を共有できていたら、救えた命だったかもしれない」

家族や友人とのグループ登山中に別行動になってしまった人が道迷いなどで遭難する「はぐれ遭難」の事案が起こるたびに、YAMAPのプロダクトマネージャー・中島仁史は、一度離れ離れになってしまうと、お互いの居場所が分からくなって遭難する事態を課題に感じていました。

グループ位置共有の開発を推進したプロダクトマネージャーの中島

そこで、新しい機能として、グループ位置共有の開発を構想。しかし、当初は「登山ではグループから離れてはいけないという鉄則がすでに広く知られているなかで、本当にこの機能が必要なのか」と確信が持てないまま悩んでいました。

「グループでの別行動を決して推奨したいわけではないのに、そうした行動を促すことにつながったり、油断を招いてしまう可能性はないだろうか」。一人の登山愛好者としても、率先して開発を推進していくことに大きな葛藤があったのです。

休日遭難対応のスタッフたちも後押し

グループ位置共有のスクリーンイメージ

そんな中、新機能の開発を後押ししたのは、遭難対応に携わるYAMAPのメンバーたちでした。

YAMAPでは社員有志が、土日祝日に入れ替わりで、遭難対応の当直を担当。遭難が疑われるYAMAPユーザーの家族や友人から遭難者情報提供フォームに連絡が入った場合には、最新の位置情報や登山計画などを迅速に調査し、捜索活動を担う警察や消防に情報提供などをして対応しています。

2023年は1年間で275件の問い合わせに対応。命を救いたい一心で対応してきたメンバーだからこそ、遭難事故につながった原因やパターンを熟知しています。

そんなメンバーに中島が構想を話したところ、「初心者が増えている今こそ絶対必要」「別行動しないという鉄則は、不測の事態や気の緩みで、そこまで考えが至らないケースがある」など、開発の推進をのぞむ想定外の意見が多く、満を持して開発に踏み切ることとなりました。

グループ位置共有:機能の詳細を知る

2023年も相次いだはぐれ遭難

2023年にはぐれ遭難とみられる事案があった那須岳(PIXTA)

2023年も「はぐれ遭難」が相次いで発生。無事に救助された事例もあった一方、残念ながら命を落としてしまうケースもありました。

2023年11月22日、栃木の日本百名山、那須岳(1,915m)。下山中だった千葉県の70代女性が遭難し、一緒に登山をしていた友人が119番通報。翌日に女性は意識不明の状態で発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました。

各新聞社の報道によると、女性は友人と茶臼岳に登った後、那須ロープウェイ山頂駅に向かって下山していましたが、道に迷ってお互いにはぐれてしまっていました。女性が発見されたのは、ロープウェイ山麓駅から西にわずか約500mほど離れた場所。

同11月29日には、滋賀県東近江市の山で、友人6人グループのはぐれ遭難が発生したとのニュース速報が各メディアで流れました。

報道によると、4人が先に駐車場に到着しましたが、途中で姿が見えなくなった50代と60代の女性がいっこうに来なかったため、同日の夕方に110番。翌日の朝に2人は下山し、けがはありませんでした。

また同年9月にも、学校行事で富士山を歩いていた静岡市の小学生8人が一時行方不明になる事案も発生。学校はその後「下山中に児童同士の距離が離れたことで、一部の児童が違う道に入ってしまった」と説明。ガイドの配置が少なかったことが原因と謝罪しています。

「YAMAPで本人が現在地を把握しているのが一番だが、それができない場合にも、仲間が位置情報を知っていて救助機関に連絡できれば、もっと早く救えたかもしれないケースも多くありました」(中島)

課題感が強まった国見岳でのはぐれ遭難

国見岳遭難での、本人が推定した遭難ルート

中島の課題感を大きくしたきっかけは、一昨年(2022年)の熊本県の最高峰・国見岳(1,738m)で、熊本市の男性会社員が行方不明になり、入山から6日後に無事救助された遭難事故でした。

男性は、友人2人と日帰りの予定で登山し、山頂でお昼を食べた後に「自分は歩くペースが遅いから先にいく」と告げて下山。

しかし、10分ぐらいで道をはずれてしまったと気づいたが、登るのがおっくうになり、「そのまま登山道に出るだろう」と考えて、下山を継続。その途中、急斜面で滑落。その後も山中をさまよい続け、林道に出たところを、ボランティアの捜索隊に発見され、救助されました。

遭難者の体験談を読む|熊本・国見岳 遭難事故の記録 差し伸べ続けた救いの手

誰でも無縁ではない「はぐれ遭難予備軍」

遭難事故に至らないまでも、登山をしていて、以下のような「はぐれ遭難予備軍」のグループを見たことはないでしょうか。

・ペースが早い人が先にいって待ち、遅い人が追いついたらすぐに出発する
・大人数のグループで、先頭と最後尾がすごい離れてしまっている
・夫婦やカップルが喧嘩したのか、離れて登っている
・テント場から20分〜30分の距離にある離れた水場までいく
・山小屋やテント泊などで、写真好きな人が夜景や夜明けを撮影しに別行動をする

登山を数年していれば、このようなはぐれ遭難予備軍のグループを見かけたり、本人が経験したりすることはあるはずです。

偉そうに書いてきましたが、書いている登山歴約20年の私自身も、よくよく振り返れば、仲間と離れてしまった反省は多々あります。

・お腹が痛くなって途中でトイレに寄るため、仲間に先に行ってもらった
・山スキーで滑走時にホワイトアウト気味になり、先にいった仲間がしばらく見えなくなった
・下山中に雨が降ってきたが、雨具を忘れたことに気づいた仲間が先に走って下っていった
・外岩でのクライミングで、家の用事があって先に一人で下山した

いずれも結果としては何事もありませんでしたが、「はぐれ遭難」のニュースにふれるたび、どんなに離れていてはいけないとわかっていても、そのときの体調や気象、装備などの状況によって離れてしまうことがあると、身をもって感じています。

個人的にその思いを特に強くしたのが、2015年12月。

山岳界の世界的な権威ある「ピオレドール賞」を女性で初めて受賞した谷口けいさんが、北海道の大雪山の黒岳で、休憩から戻ってこずに行方不明になり、その後、滑落して死亡したことがわかったときでした。

どんなパーティであったとしても、自分だけは「はぐれ遭難」をしないということはありえません。ぜひみなさんもこれまでの登山を振り返り、今後の行動に生かしていきましょう。

アンケートで判明「半数が、仲間と離れた経験あり」

実際に、YAMAPはユーザーさんにも、「過去にグループで別行動をしてしまったことがあるか」についてのアンケートを行いました。
*回答者数2403人、2024年1月上旬実施

「登山は一人、複数人、どちらで行くことが多いですか」という質問では、ソロとグループ登山でほぼ半々の回答でした。

登山人数で、ソロ、グループが約半々となった。

複数人で行く人が多い人に、「複数人での登山中に、自分もしくは、一緒に登っているメンバーが目の届かない距離まで離れてしまった経験がありますか」という問いでは、

「はい」が51.4%
「いいえ」が48.6%

と、過半数の人が、離れてしまった経験があることがわかりました。

また離れたことがある人に、その理由について複数選択可で聞いたところ、トップ3は以下のような結果になりました。

【1位】「登り、下りのペースが合わなかった」がダントツのトップの928人(75.2%)
【2位】「写真を撮影していた」が2番目で、583人(47.2%)
【3位】「気づいたら、知らない間に離れていた」が411人(33.3%)

意外にもペースが合わないで離れることが多い

実際に経験したことがない人に聞いた「いつか起こりそうと思える、自分、もしくは同行メンバーが目の届かない範囲まで離れる理由」についても、上記と同じ順番の調査結果となりました。

自由記述では、以下のように、メンバーがばらけないように意識している方たちが多くいたのも事実。

“参加したメンバーは経験者で挟み、声を掛け合いながら登るため、バラバラになることはない”

“離れるくらいならグループなど作るな。中途半端なグループで自分の命は守れない”

一方で、次のような声も寄せられました。

“体力差やその日の体調により、迷惑かけたくないしペースをお互い乱したくなくて、気にせず先に行ってと言うことが多々ある”

“行く山について何も調べていないから装備も不十分な、いわゆる『おまかせ登山』の人がいると、全てが起こりうると思います”

“どんな理由にせよ、離脱するのなら、たとえお花摘みや、体調不良で遅れるなどとしても、声に出して知らせるべき。迷惑かけたくないという気持ちより、仲間であることを認知するコミュニケーションが大事”

どんなに気をつけていても「自分だけは大丈夫」は無い

遭難に「自分だけは大丈夫」ということはありません。万が一の状況に備え、グループ登山をするときの有効な手段として、グループ位置共有を活用していただき『仕組みで防ぐことができた遭難事故』を一緒になくしていければと思います。

もちろん「できるだけメンバーが離れ離れになることをしない」という登山の鉄則は常に頭に入れて、行動していきましょう。

グループ位置共有の仕組み

YAMAPは、全国の自治体や消防などと連携を進めており、捜索に携わる複数の関係者の居場所を把握できるシステムを無償提供しています。しかし、これはあくまで管理者がパソコンで見られる仕組み。

今回のグループ位置共有は、ユーザー同士でスマホで手軽に把握できるようにしたことが特徴です。

YAMAPでは過去、活動中の電力消費を抑えるため、端末の通信を遮断する機内モードの利用を呼びかけていたこともありました。

ただ、YAMAPでは、携帯の電波が入ったときに位置情報をサーバーに送り続けているので、電波が比較的いい山頂や稜線に出たときに備えて、通常モードでの携帯利用を推奨しています。電池切れに備えて、モバイルバッテリーは必ず携行しましょう。

新機能のグループ位置共有も、ユーザー同士のすれ違いで片方が電波圏内に入ったときに位置情報を送信する「こんにちは通信」で交換したデータを利用。圏外で位置交換して電波圏内に入ったときに送られた位置情報は、グループ位置共有でも表示されます。

グループ位置共有の使い方

使い方の詳細を知る:YAMAP INFO|【新機能】登山中に同行者の現在地がわかる『グループ位置共有』機能をリリースしました

▼グループ位置共有のイメージ動画を見る

石田礼

YAMAP MAGAZINE編集部

石田礼

YAMAP MAGAZINE編集部

インドネシア邦字紙と北海道新聞社で報道記者、アウトドアメディア編集を経て、22年からヤマップ。YAMAP MAGAZINE編集長。登山歴は約18年。山歩のほか、山スキーや渓流釣り、パックラフトなどで、日本の季節の移ろいを楽しむ。山多めのX(旧ツイッター)https://twitter.com/hokkaidododo