剱岳の麓にあり、アニメーション映画『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)のモデルとなった富山県上市町(かみいちまち)。同作を手掛けた細田守監督のふるさとでもある自然豊かな町で、映画内でも同町の風景がそこかしこに見られ、“聖地巡礼”の映画ファンが多く訪れます。
映画公開10周年の節目となる2022年、上市町とYAMAPが連携し、「おおかみこどもの森づくり」プロジェクトを始動。3年目となる2024年4月には、町内の小学生を対象とした森づくりワークショップや、町内外から参加者を募り、植樹祭などのイベントを2日間にわたって開催しました。
これまでのプロジェクトの成果も見え始め、未来へのバトンをつないでいった森づくりイベントの様子をレポートしていきます。
2024.05.31
YAMAP MAGAZINE 編集部
『おおかみこどもの雨と雪』は、自然豊かな町として、上市町がモデルとなったアニメーション映画。
「おおかみおとこ」と人間の「花」との間に生まれた「おおかみこども」である雨と雪が、人間として生きるか、おおかみとして生きるかの成長を描いた、13年間にわたる家族の物語。
雨と雪、花が一緒に暮らす豊かな自然と森は、作中でも印象的に描かれています。「おおかみこどもの森づくり」プロジェクトは、モデルである上市町の豊かな自然と森を育て、守っていくことを目指してスタートしました。
「地球とつながるよろこび。」を企業理念に掲げてアウトドア事業を行うYAMAPは、上市町の森づくりへの想いに賛同。連携協定を結び、プロジェクトを一緒に進めています。
プロジェクトが発足した2022年8月には、YAMAPの自然に特化したクラウドファンディングサービスの実施や、細田監督も参加した植樹祭を開催。
2年目からは、地元小学生や町民、映画ファン、YAMAPユーザーを巻き込んで、森づくり講義やワークショップの開催など、さまざまな活動に取り組んできました。
2023年11月~2024年1月には、ふるさと納税型ガバメントクラウドファンディング(GCF)®を実施。「おおかみこどもの森づくり」プロジェクトに、100万円を超える支援がありました。
3年目となる2024年の最初のイベントは、4月26日・27日の2日間で開催。上市町の森づくりに関心のある幅広い年代の方が、上市町内外から集まりました。
2日間のプログラムで講師・ワークショップを担当したのは、ドクトル西野こと林学博士の西野文貴さん。
西野さんは、苗づくりや環境教育、環境保全活動、植生指導などを行う「里山ZERO BASEプロジェクト」を主宰し、さまざまな森づくり事業に取り組むグリーンエルム(大分)の代表を務めています。
この「おおかみこどもの森づくり」プロジェクトへは、発足当初から関わってくださっています。
主催である上市町とYAMAPのほか、『おおかみこどもの雨と雪』を制作したアニメーション映画制作会社スタジオ地図や、本プロジェクトに賛同した北陸電力もイベントに協力しました。
1日目は、地元の上市中央小の講堂に、5・6年生の約100名が集合。
「学年の垣根を越えて、楽しみながら森や自然、環境のことを改めてみんなで考えていきましょう!」というYAMAP担当者からの開会の挨拶とともに、「おおかみこどもの森づくり」イベントがスタート。
ここから、参加型の講座と苗づくりワークショップを行っていきます。まずは、上市町の中川行孝町長からご挨拶。
「雨と雪が森の木々のなかを駆け巡り、花と一緒にのびのびと暮らす姿を想像しながら、この環境を守っていきたいと、2年前に『おおかみこどもの森づくり』プロジェクトが始まりました。みなさんが本日作った苗が成長して、一緒に森で植樹できることを楽しみにしています」
西野さんによる森づくり講座では、森の役割や植樹する意味を説明。
「森には3つの役割があると考えています。1つ目は生き物の森。2つ目は景観の森。そして最後は防災の森。今回はその中でも生き物の森についてお話ししていきます」
森で暮らすさまざまな生き物の写真がスクリーンに映し出されると、生徒たちは元気に手を挙げて「カモシカ!」「キツネ!」「イノシシ!」と写真の動物を当てていきます。
こういった多種多様な動物たちが暮らしていけるのは、森があるおかげ。今ある森を守っていくことは生き物たちにとって大事なことなのです。
森を守ると同時に、「森を『つくる』こともできるんです」と西野さん。
かつて先人たちが、150年先の未来を見据え、何もないところに木を植え、森をつくってきた歴史を紹介しながら、このあとワークショップで一緒につくる苗木が、未来の森になっていくイメージを、参加者のみなさんに伝えてくれました。
講座を受けたあとは、10チーム対抗⚪️✕クイズ大会!
講座の中で出てきた内容や、『おおかみこどもの雨と雪』にちなんだクイズが出題され、みんなで「あぁでもない、こうでもない」と大盛り上がり!
優勝チームには、里山ZERO BASE(グリーンエルム)、スタジオ地図、北陸電力、YAMAPから景品が贈呈されました。
後半は苗づくりワークショップ。西野さんが用意した「ハクウンボク」「ガマズミ」「ミズナラ」の3種類の植物の苗木をつくっていきます。
元気な苗の選び方、土の入れ方、固定の仕方などポイントを教えてもらい、早速生徒たちも苗づくりに挑戦!
「言葉を発するわけじゃないけど、彼らも生きているから。大事に大事に植えてあげてください」
西野先生の言葉に耳を傾けながら、丁寧に苗木を植えていきます。
つくった苗木は生徒たちの自宅に持ち帰り、1年後、2年後に植樹できるよう大切に育てていきます。それぞれがつくった苗木のポットを、大事そうに優しく手に持っているみなさんの姿がとても印象的でした。
「植樹は、老若男女、国境も越えて、植えたあとには誰もが笑顔になれるすごくいい活動。前向きで、1つの目標に対してみんなで進むって、こんないいことないなって思いながらいつも森づくりをしています」と言う西野さん。
その言葉通り、生徒のみなさんは自然と笑顔に。「大きな木になる苗を植えるのは初めて。これからの成長が楽しみです」など、前向きな気持ちあふれる感想を話していました。
イベント2日目の会場は「ふるさと剱親自然公園」。自然に触れながらアウトドアを楽しめる山沿いの公園です。
「おおかみこどもの森づくり」プロジェクトの発足当初から、毎年植樹イベントはこの場所で行われてきました。
3回目となる今回は、北は宮城県、南は大分県と、国内各地から約100名が参加。まずは西野さんの解説を受けながら、森を散策。
「これは山椒。葉っぱをこすると香りがしますよ。どうして葉っぱをこすらないとにおいが出ないのかというと……」
「あの木を見てください。根が曲がっていますよね。これは、雪が降る地域ならではなんですよ……」
西野さんは上市町ならではの植生や、植物が生き抜くためにしている工夫を丁寧に解説してくれました。
ただ森林浴するだけでももちろん森を楽しめますが、さまざまな植物たちが森の中で生きている様子を観察すると新たな発見があり、時間があっという間に過ぎてしまいます。
そして、場所を公園内の「木のこの森」に移して、最後のメインプログラムとなる植樹祭へ。
植樹祭には、中川上市町長のほか、上市町議会議長の堀田喜久男さん、白萩地区区長会長 平井敏廣(としひろ)さんも来賓として参加。
上市町マスコットキャラクター「つるぎくん」と上市町公認アンバサダー、ニホンカモシカの「三太くん」も駆けつけてくれました!
この日は家族連れでの参加が多く、小さなお子さんもたくさん。スタッフの方いわく、体感として昨年の1.5倍はいるんじゃないか、とのことでした。
最年少はなんと1歳!散策にも参加して、自分の足でしっかりと歩く姿に、みなさんすっかり感心しきりでした。
また、昨年参加してくれた方のリピート参加率が高かったのも喜ばしいこと。
西野さんが植樹の説明を始めようとしたとき、参加者の中に鉢植えの苗木を持ってきている女の子を発見。
「これはもしかして、去年苗木の鉢上げ(*)をしたものですか!今日大事に植えるんですよね?素晴らしいです。ありがとう!」
※鉢上げ・・・苗床から鉢に移植すること
そんなひとコマを見て、植樹した木々とともに、未来へ続いていくプロジェクトとしても成長している様子がうかがえました。
「僕が小さいとき、木を植えていたら親父に言われたんです。『この木は君より長く生きるんだ』って。今僕はそんなものを植えるんだ。大事にしてあげよう。と、小さいながらに思ったのを覚えています。YAMAPが掲げる『地球とつながるよろこび。』っていうのも、そこで味わったかなと思います。それを、今日ここで、みんなで感じてもらえればうれしいです!」(西野さん)
西野さんが実践するのは、寿命も高さもさまざまな木を植えることで植物同士の競争を生み、早く成長を促すという、自然のメカニズムを生かした植樹方法です。
植える樹種は22種。西野さんが周辺の森を調査して、この地に合う木を選んできてくれました。
植樹の作業は、苗木をマウンドに植えたら、わらでマルチング。わらが飛ばないように縄を張って終了、という流れです。
西野さんからレクチャーを受けたら、早速植樹のスタート!
みなさんテキパキと作業を進めます。
「やっぱり、人間の本能なんだなと思います」という西野さんの言葉通り、子どもも大人も一緒に、夢中になって土に触れながら木を植えていきます。
あっという間に240本余りを植え終え、縄張りまで完了。
最後に、子どもたちがバケツで水をかけ、植樹した苗木にみなさんそれぞれメッセージを書いた木札を付けていきます。
「子どもが真剣に取り組む様子が見られてよかったです」
「また木の様子を見に来ます!」
参加者からはそんな声が聞かれました。
まさに、「地球とつながるよろこび。」を肌で感じた2日間それぞれのプログラム。
身近にありながら知らないことだらけだった森や環境、生き物、植物のことについて学び、土に触れ、未来の森づくりへとつながる一歩を踏み出すことができたのではないでしょうか?
最後に、「おおかみこどもの森づくり」プロジェクトに携わるみなさんからのコメントをご紹介します。
上市町 中川町長
「毎年継続してやることで、みんなが地球環境を守っていこうという想いを持ち続けてくれたらと思っています。今日は県外からも、小さなお子さんもたくさん参加してくれて、こんなにうれしいことはないですよね。
あの子たちが20年後、30年後にまた訪れて、あの時に植えた木なんだって見てもらえたら…。すごく夢があります。
あの子たちは、『おおかみこどもの雨と雪』が公開されたときにはまだ生まれていなかった世代。作品とともに想いが受け継がれていくって、素晴らしいことですね」
里山ZERO BASE(グリーンエルム) 西野さん
「全国の山林で人工林が放置されていることが問題になっていますが、その中でいかに自然度の高い森にしていくか、ということを目指して活動しています。それが災害対策や生物多様性にもつながります。
木を植えることは、命を植えること。ただ木を植えているんじゃなくて、心にも木を植えていると思っています。
今日植えた体験が今はまだわからなくても、大きくなるにつれて、自分の中に植えた木が育っていくんじゃないかって信じています」
YAMAPプロジェクト責任者 小島
「今回の植樹イベントは、YAMAPの中でも珍しい事業のひとつです。ややハードルが高い登山と違って、小さなお子様からご年配の方まで関われるコンテンツ。
昨年のワークショップで作った苗木を持ってきてくれた方がいて、想いを感じてとてもうれしかったです。
このプロジェクトは映画作品を発端として続けていますが、もっと上市町内でできる場所もあるのでは、と考えています。『木のこの森』を一丁目一番地として、上市町内外にヨコ展開していけたらいいなと思っています」