標高日本一の山・富士山(3,776m)、今年も夏の富士登山シーズンが近づいてきました。大きく分けて4つある富士登山コースの中で、ダントツの人気を誇るのが、山梨県側から登頂する吉田ルートです。
今回はそんな吉田ルートからの富士登山コースに注目。より楽しく安全に登頂するためのポイントも、あわせて紹介します。
2024.07.01
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
①比較的少ない標高差と緩やかな道で登頂
②休憩・宿泊に利用できる山小屋が多く、心強い
③首都圏からの直行バスが運行され、アクセス良好
富士山には吉田ルート・須走ルート・御殿場ルート・富士宮ルートの4つの主要ルートがあり、それぞれ五合目までバス・タクシーでアクセスできます(御殿場ルートのみマイカー可)。
吉田ルート五合目の標高は2,305mあり、須走ルート(五合目約1,970m)、御殿場ルート(五合目約1,440m)と比べると、山頂までの標高差が少なく登れることが人気の理由のひとつ。
もっとも標高差が少ないのは富士宮ルート(五合目標高約2,380m)ですが、急斜面や岩場の登山道となります。吉田ルートは比較的傾斜がゆるやかな登山道が整備されているので、特に初めての富士登山にはおすすめです。
吉田ルートには五合目の佐藤小屋に始まり、八合五勺にある御来光館まで、17軒もの山小屋が営業。宿泊はもちろん、施設によっては有料で休憩やトイレ利用も可能です。
六合目には富士山安全指導センターがあり、 例年7月上旬〜9月上旬の開山期間中は七合目と八合目に救護所も設置されます。他のルートよりもサポート体制が充実していることも、初めての富士登山におすすめのポイントです。
吉田ルートはアクセスのよさも魅力です。新宿や横浜エリアからは直通の高速バスが運行しているほか、富士急行線・河口湖駅と同・富士山駅からの登山バスや、富士山パーキング(山梨県立富士北麓駐車場)からのシャトルバスも発着しています。
コース情報
コースタイム:10時間
歩行距離:15km
累計標高差(上り):1,720m
累計標高差(下り):1,720m
五合目から六合目までは、なだらかな登山道です。はじめは樹林帯の中を歩きますが、六合目に近づくにつれて周囲の木々がなくなり、視界が開けてきます。
六合目には富士山安全指導センターや公衆トイレが設置されています。ここからが本格的な登りとなります。
六合目から七合目の間には山小屋はありません。斜度が急になるため、ジグザグの登山道が設けられています。
七合目最初の山小屋・花小屋からは、岩場の登山道となります。連続している山小屋を横目に登ると鎌岩館の下に七合目救護所が設置されています。鳥居荘を越えて、東洋館が七合目最後の山小屋になります。
七合目から先はさらに傾斜が急な岩場の登山道になります。八合目最初の山小屋・太子館に七合目救護所が設置されています。この付近から標高3,000mを越えるので、高山病の症状が疑われる場合は受診しましょう。
本八合目の山小屋・トモエ館と胸突江戸屋の間から、須走ルートが合流します。山頂での御来光をめざす夜明け前は混雑して渋滞になることもあります。
九合目を越えて、最後の岩場の登りです。上方には山頂の建物が見えてきました。
前方に見える富士山頂上浅間大社奥宮の鳥居をくぐれば、吉田・須走口山頂です。
山頂には「浅間大社奥宮」と浅間大社奥宮の末社である「久須志神社」の2つの神社があり、御守りなどを購入することができます。ただし閉山が近くなると閉鎖されることもあります。
吉田・須走口山頂は標高3,713m、初めての富士登山であればここまででも十分ですが、日本最高所・剣ヶ峰(3,776m)をめざしたい場合は、富士山頂の火口をぐるりと一周する「お鉢巡り」をします。所要時間は一周約90分、時計回りが原則となります。
御殿場ルートと富士宮ルートが合流する場所には頂上浅間大社奥宮が鎮座しており、富士山頂郵便局も開設されています。
富士山特別地域気象観測所の建物が目印の剣ヶ峰が近づいてきました。最後の急登になりますが、ゆっくりと登りましょう。
ついに日本最高峰である富士山剣ヶ峰に登頂です。この瞬間には日本で自分より高い場所に立っている人はいないという、何ものにも代えがたい達成感を得られることでしょう。
剣ヶ峰を下ったら、山頂の火口跡・大内院を見下ろしながら、吉田・須走口山頂まで戻ります。
下山は登りと違うブルドーザーが通行するジグザグの道を進みます。傾斜は緩やかですが、砂埃が舞いやすい道です。また、須走ルートが開通する7月10日より前は登りと同じ道を下って、本八合目からブルドーザー道を下ります。
下山時で道間違いを起こしやすいポイントである須走ルートとの分岐です。右へは下らず、吉田口・富士山スバルライン五合目の標識に従って左へ進んでください。
ジグザグの下りが終わると、落石防護通路のシェルター内を通りながら、六合路へと向かっていきます。
六合目に近づくと、馬たちが駐在しています。この時点で疲労困憊であれば、馬に乗っての下山も可能ですがもちろん有料です。六合目からは、登りと同じ道を下ります。
富士山を代表する絶景といえば、御来光です。空や雲を紅く染めて太陽が昇る瞬間を固唾を呑んで見守るのは、富士登山の醍醐味といえるでしょう。
山頂で御来光を見るには、日の出前からヘッドライトをつけて登る必要があります。ただ、吉田ルートは富士山の北東側にあるので、山頂に間に合わなくても、途中から振り返れば東から上ってくる御来光を見られるのがポイント。
独立峰である富士山周辺には雲が発生しやすく、それより高い位置から見下ろせば雲海を望むことができます。雲がモクモクと湧き上がる雄大な光景は、標高日本一の山ならではといえるでしょう。
太陽と反対側の山麓に富士山のシルエットが映し出される影富士。早朝であれば山頂の西側の、剣ヶ峰付近から見ることができます。吉田ルートの山小屋に宿泊していれば、夕方に東側へ現れる影富士を見るチャンスもあります。
活火山である富士山の山頂部には、大内院と呼ばれる火口跡があります。荒涼としつつスケールの大きな光景は、まるで異世界に来たかのような感覚にとらわれます。
古くから信仰の対象でもあった富士山。五合目では、いにしえの登拝者も利用した金剛杖が販売されています。そしてこれを持って登り、各山小屋で料金を支払うと、それぞれ異なる焼印を押してもらえます。スタンプラリー感覚でコンプリートをめざすのも楽しく、富士登山の記念になるでしょう。
夏の富士登山シーズン限定で、富士宮ルート頂上付近に日本一高い場所にある富士山頂郵便局が開設され、手紙や葉書を投函することができます(開設期間は開山期間より短いので要確認)。
もちろん家族・友人に送ることもできますが、自分宛に送るのもおすすめ。手紙が後日届いたときに、富士登山の思い出を振り返ることができます。
吉田口五合目レストハウスの奥にある「AMANOYA」では、店頭で焼きたての「富士山めろんぱん」を販売しています。富士山型のメロンパンは高速道路のサービスエリアなど各所で販売されていますが、ここが元祖。
下山後の疲れた身体に染み渡る甘みと独特の食感は、まさに富士登山のご褒美。もちろん、お土産として持ち帰ることも可能です。
吉田ルートは2024年から、事前の通行予約と通行料2,000円の事前決済が必要になりました。定員は毎日4,000人となっています。予約していない人のために当日受付分の枠も1,000人以上確保されていますが、混雑が予想される週末・休日などは、事前の予約が特におすすめです。
なお、山小屋の宿泊予約をしていれば、現地で通行料2,000円を支払うことで通行予約なしでも登山可能。もちろん山小屋を利用する場合は、満室になる前に早めにスケジュールを決めましょう。
吉田ルートの開山期間は例年7月1日〜9月10日。開山直後の7月上旬は、山頂付近の登山道に残雪がある場合も。閉山直前の9月上旬になるとトイレや山小屋が閉鎖されることもあるので、注意が必要です。
吉田ルートに限らず、富士山のトイレはすべて200〜300円の利用料が必要です。山小屋で金剛杖に焼印を押してもらう場合や軽食・飲料の購入、山頂の神社での御朱印や御守りの購入、富士山頂郵便局での登山証明書の発行など、現金で支払う必要がある場面が多くなります。
キャッシュレス決済が当たり前になりつつある昨今ですが、富士登山に出かける際は、現金、特に小銭を多めに持っていくとよいでしょう。
気温は標高が1,000m上がるごとに約6℃低下し、さらに風速1m/sあたり体感気温は約1℃低下します。
東京都心の気温が35℃の時でも、富士山頂付近の気温は約12℃しかなく、さらに風速5m/sであれば体感気温は約7℃と真冬並みです。
このため雨天以外に防風も兼ねるレインウェアだけでなく、しっかりとした防寒着も必要。他にも夜明け前の登山にはヘッドライトが必須で、下山時の砂埃対策にはマスクやサングラスも有効です。
詳しい装備は、以下の記事のほか、記事末尾の「富士山登山に必要な装備、服装の詳細」チェックしてください。
▶︎【2024年最新】富士山登山に必要な服装・持ち物|YAMAP STORE
富士山頂での酸素濃度は平地の約3分の2まで低下するため、高山病を発症する登山者も少なくありません。富士山では酸素缶も販売されていますが、根本的な解決にはならず、症状がひどければ早めに下山することが唯一の対策です。
五合目に到着した時点で標高は2,305mもあります。いきなり登り始めるのではなく、まずはここで1時間程度の休憩をとって高所に身体を慣らすこと(高所順応)がおすすめです。
また水分不足も高山病発症の要因になるため、こまめな水分補給を心がけましょう。富士山では利尿作用があり脱水を促すアルコール類を販売していない山小屋も多くあります。
▶︎参考記事:高山病の発症しやすい条件と予防、対処法、|三俣山荘・診療所の伊藤医師が解説【山登り初心者の基礎知識】
富士登山の後は、温泉で汗を流してさっぱりと帰路に就きたいものです。吉田ルート山麓の河口湖周辺には日帰り温泉施設が充実しているので、下山後に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
▶︎富士山溶岩の湯 泉水
・富士山パーキングから車で約5分
・「富士山の伏流水を使用し、露天風呂からは富士山を望みながらゆったりできる
・湯治泉、療養泉として名高い二股鉱石を使った「二股炭酸カルシウム温泉」や「ヒマラヤ岩塩風呂」、「木曽檜風呂」、サウナなどを備える
*7月〜9月は富士山登山ツアーの参加者が多いため、11:00〜15:00の時間帯は大変混雑。入館制限する場合も
▶︎ふじやま温泉
・富士山パーキングから車で約3分(富士急ハイランドすぐ隣)
・「マグネシウム・カルシウム・ナトリウム-炭酸水素塩・硫酸塩・塩化物泉」というすべての泉質の温泉がブレンドされている全国的にも非常に稀な良質の天然温泉
・飛騨高山の重要文化財建築物をモチーフに伝統工芸を駆使した日本最大級の純木造浴室
▶︎富士眺望の湯ゆらり
・富士山パーキングから車で約15分(道の駅なるさわそば)
・富士山の眺望を楽しめる「霊峰露天風呂」「パノラマ風呂」ほか、全16種類もの湯船
・富士山の麓、地下1000mの雪解け水から湧き出でる天然温泉
▶︎富士西湖温泉 いずみの湯
・富士山パーキングから車で約20分
・ミネラルたっぷりの自然海塩使用のお風呂や大露天風呂が自慢
・グループで楽しめる貸切サウナも
▶︎山中湖温泉 紅富士の湯
・富士山パーキングから車で約15分(山中湖そば)
・水素イオン濃度(pH)10.3という極めて高いアルカリ性の値を誇る良質のアルカリ性単純温泉
・富士を間近に仰ぐ露天風呂
新宿・横浜方面からは、吉田口五合目への直行バスが運行されています。
▶︎富士急行|富士五湖〜新宿線
▶︎富士急行|横浜駅西口・桜木町駅~河口湖線(レイクライナー)
▶︎富士急行|日吉駅・センター北駅・たまプラーザ駅・市が尾駅~御殿場プレミアムアウトレット~河口湖駅(富士山五合目)
関東・東海・関西方面から、富士急行線・富士山駅か河口湖駅へ高速バスが運行されています。
▶︎富士急行|富士山・富士五湖を発着する高速バス
ここからは富士登山バスで吉田口五合目をめざします。
▶︎富士急行|富士山駅・河口湖駅~富士スバルライン五合目
吉田口五合目へ向かう富士スバルラインは、開山期間中のほとんどがマイカー規制となります。マイカーで訪れる場合は富士山パーキング(山梨県立富士北麓駐車場)へ駐車して、シャトルバスに乗り換えます。
▶︎富士山パーキング(山梨県立富士北麓駐車場)のご案内
▶︎富士スバルライン五合目行マイカー規制シャトルバス時刻表
・東京方面から:中央自動車道富士吉田線河口湖ICから約5分
・東海・関西方面から:東名自動車道経由で東富士五湖道路富士吉田ICから約3分
登山靴:
スニーカーだと富士登山はかなり厳しいので、登山靴を準備して下さい。また、登山靴はソールが滑りにくいことをチェックして下さい。
長期間使用せずに保管してあった登山靴は一度試し履きをして、ソールが剥がれないかチェックが必要です。
登山靴について詳しく知る:足の疲労度が変わる!登る山をイメージして登山靴を履き分けよう
服装:
五合目はやや涼しいくらいの気候ですが、山頂で御来光待ちをするときは体感温度はマイナスになるほど寒いので、ダウンジャケット等、しっかりとした防寒着及び手袋が必要です。
標高が上がるにつれて気温は下がっていくため、重ね着で対応しましょう。
肌着には速乾性の高いものを。急な天候変化に備えて、防風・防水のレインウェアも必須です。
服装のレイヤリングについて詳しく知る:基本6アイテムを活用した、1日のシーン別レイヤリングをご紹介|登山装備のチェックリスト
ザック(バックパック):
水や食料、着替えなど必要なものを入れるためのザック(バックパック)。
雨天時に備えてザックカバー付き、もしくはザック自体が防水のものがよいでしょう。あとは背負い心地を実店舗でチェックしてみるとよいと思います。
ザック(バックパック)について詳しく知る:登山用バックパックの選び方を徹底解説|「どれがいいかわからない」に終止符を
水筒:
1〜1.5L程度を準備しましょう。富士山では山小屋で飲み物を購入できますので、足りなくなりそうな場合は補充するようにしましょう。
水筒について詳しく知る:登山用水筒(ボトル)を3タイプで解説|自分にぴったりな一本を見つけよう【山登り初心者の基礎知識】
行動食:
エネルギー補給のために、栄養価の高い軽量な食料を用意しましょう。ドライフルーツ、ナッツ、チョコレート、スポーツドリンクなどが適しています。
行動食について詳しく知る:山でバテない行動食の選び方とポイント|山のお悩み相談室 Vol.2
GPSアプリ・地図:
道迷いしないように、登山GPS地図アプリ「YAMAP」と地図をインストールしたスマートフォンで、事前にコースを確認しておくことも重要。GPSアプリを使う場合、バッテリーが減った場合に備えてモバイルバッテリー(容量10000mAh程度)も用意しましょう。
登山地図GPSアプリについて詳しく知る:登山地図GPSアプリの活用法をガイドが解説【山登り初心者の基礎知識】
ヘッドライト:
御来光を目指す場合は夜間に行動するため、ヘッドライトは必須です。200ルーメン(光の明るさを表す単位、lm)以上を目安に選びましょう。
ヘッドライトについて詳しく知る:登山用ヘッドライトの選び方|日帰り登山でも必要なアウトドアの必需品【山登り初心者の基礎知識】
着替え:
山小屋に到着後、汗拭きシートで体を拭いたら着替えます。
山頂での御来光を目指すなら、夜間行動になるため長袖シャツがオススメ。
着替えについて詳しく知る:汗冷え・低体温症から身を守る|山のお悩み相談室 Vol.4
あると便利なもの:
手袋、帽子、サングラス、日焼け止め、ストック、防虫スプレー、タオル、救急セットなど、そのときの天気などに応じて用意しましょう。
ウェットティッシュ、ボディシート、耳栓、歯磨きセット(歯磨き粉は環境配慮のため使用しない)もあると便利です。
手袋について詳しく知る:登山用グローブの悩みを解消! 理想の一双が見つかる選び方を徹底解説
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執筆=鷲尾 太輔(登山ガイド)
トップ画像=ひろっしぃさんの活動日記