親子で『ふるさと兵庫100山』。活動日記で成長を見守られ|YAMAP AWARDS 推薦特別賞・日高崇さん・樹君

YAMAPをたくさん使って歩いたユーザーさんを表彰する「YAMAP AWARDS(ヤマップ・アワーズ)」。累計標高や累計歩行距離の表彰に加え、今回からは、アプリ上の数字には現れない、地域の山への貢献や個性的な活動を自薦、他薦問わずに募集。推薦特別賞として、その功績を称えることにしました。

栄えある第1回の受賞者のお一人は、兵庫県明石市在住の日高崇さんと、6歳の長男、樹(たつき)君。親子で一緒に楽しみながら『ふるさと兵庫100山』を完登したお二人に、親子登山ならではの山の楽しみ方や、地元・兵庫県の山の魅力を伺いました。

2025.04.24

米村 奈穂

フリーライター

INDEX

兵庫県を再発見できた『ふるさと兵庫100山』

── 栄えある第1回推薦特別賞のご受賞おめでとうございます。

日高崇さん(以下、日高):ありがとうございます。ほんまにビックリしました。あれ? これ俺やんっ!ってなりました。本当に嬉しかったです。

息子に伝えたら、少し恥ずかしそうでしたけど誇らし気で、その姿を見て幸せな気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになりました。まさかお山からこんなプレゼントが貰えるとは!と家族でお祭り騒ぎでした。

── お二人は、兵庫県山岳連盟が2008年に選定した『ふるさと兵庫100山』を親子で完登されての受賞でした。100山を登るようになったきっかけを教えてください。

日高:2023年の4月に千ヶ峰(せんがみね、1,005m)に登った際に、息子と『ふるさと兵庫100山』を21座登頂していることに気付いたんです。その時、完登を目指してみようかと思いました。

目標に向かって努力することで成功体験や達成感を得られるかもしれない。その経験が息子と自分自身にとって人生のプラスになればと思い、「いつか達成しよう!」ぐらいの気持ちで登ってみることにしました。

兵庫県明石市在住の会社員、日高崇さん(44)と樹君(6)。ホームマウンテンである須磨アルプスにて

── 受賞者発表の記事にあった、100座達成時の樹君はいい笑顔でしたね。 あの笑顔を見て自分もチャレンジしたいと思った人もいるのではと思いました。

日高:『ふるさと兵庫100山』の完登を目指してる人は何人もいらっしゃって、そういう人がメッセージをくれて、「参考にしてます」と言ってくれたりもしました。僕も兵庫県の100山に登っている人のYAMAPの活動日記をだいぶ参考にさせてもらいました。

── そうして記録が次の人の登山につながっていくのはいいですね。

日高:YAMAPがなかったら制覇できなかったですね。前の人が登った軌跡やYAMAPのルート、登山中のGPSには相当助けられました。ほんま、紙地図とコンパスだけで登れって言われたら遭難しそうです。

2024.6.19 兵庫県と鳥取県の県境にそびえる赤谷山にて『ふるさと兵庫100山』完登

──100座全ての記録をYAMAPの活動日記にアップされているわけですが、記録をあげるようになってからご自身の山登りに何か変化はありましたか?

日高:格段に計画や振り返りがしやすくなりました。次の登山に生かせることも増えて、これまで以上に安全な登山を心がけるようになったと思います。YAMAPさんには本当に感謝しています。

──『ふるさと兵庫100山』の魅力を教えていただけますか?

日高:兵庫県全域に点在していて、ほとんど行ったことのない場所ばかりだったので、100山を巡ることでいろいろな兵庫県に出会えました。

バラエティーに富んだ100山があって、それぞれの山からそれぞれ違った感動や学びを得られました。あまり登られていない山もあって、取りつきまでのアプローチや登山ルートなどで苦労したことが自身の成長にもつながったと思っています。

2023.10.22 眺望の無い急登を登り終えた後、木々の間に現れた雲海。『ふるさと兵庫100山』の踏破を目指していなければ知らずにいたかもしれない山のひとつ、竜ヶ岳(816m)

──兵庫県は日本海と太平洋をまたいでいるうえに、瀬戸内海にも接していますよね。

日高:そうなんですよ。兵庫県はとても広くて、県内でも地域によって色んな文化や名産があります。 登っていくと、山によっては地層も全く自分たちの住んでいる明石市と雰囲気が違うんですよ。

明石市は海が近いけど、山に登るとすごい田んぼが広がっている景色を見られたりとか、ずっと北まで行くと今度は日本海が見えたりとか。山にある神社やお寺も知らないところばかりでした。

──『ふるさと兵庫100山』を登る際、特にどんなところが大変でしたか? 兵庫県内だけでの100座となると、有名な山とはまた違う難しさがあるのでは?

日高:ほとんど誰とも会わへんとこばっかりやったんです。登山ルートが明確じゃなかったり、ルートは合っていても倒木があったり全く整備されていなかったりして、「本当に合ってるんかな」って思うこともありました。

そもそも取りつきが分かりにくかったり、車の駐車スペースがなかったりして、そういうところで結構悩みました。

2023.3.5 大峰山(おおみねさん、550m)と合わせて歩いた、武田尾廃線ハイキング。武庫川渓谷沿いに、かつて機関車が走っていたJR福知山線廃線敷が約4.7㎞続く

父の背中を見せるつもりが、息子の背中に励まされる

──取り付きは低山ほど分かりにくいですよね。日高さんが山に登るようになったきっかけを教えてください。

日高:小中学生の時はボーイスカウトに所属していて、軽い登山をしていました。その後しばらくは山から離れていたんですけど、2012年に職場の上司に須磨アルプスに誘われて久しぶりに山に登って、そこからゆっくり山歩きをしています。

登山歴は12年ほどです。子どもの時は正直しんどくて嫌でしたけど、社会人になって再開した登山はまったく違った印象でした。

── 久しぶりの登山はどうでしたか?

日高:山頂でお昼を食べる時に、上司がバーナーを取り出してカップラーメンを作ってくれたんですよ。「かっこいいなー」と思って憧れて、山頂の景色にも感動して登山を再開しました。それで、気付けば山の魅力にはまっていました。息子と行くようになってからは、その気持ちが加速する一方です。

2021.4.23 おやつを食べに、ホームマウンテンの須磨アルプスに登る。朝ごはんや晩ごはんを食べに登ることもある

──2人で行くことを、奥様は心配されていなかったですか?

日高:息子が2歳半くらいで一緒に登っていた時は、恥ずかしい話なんですけど家ではオムツとかほんまに替えてなかったんです。だから妻はすごく心配してました。

でも、朝から晩まで山で赤ちゃんと 2人で過ごしても、意外と大丈夫だったんです。ザックにオムツを入れて登ってました。山ではもうしゃあないなって、手がウンチまみれになりながらいっぱいウエットティッシュを持っていってオムツ替えしてました。懐かしいですね。

──装備は、樹君の成長とともに変わっていきましたか?

日高:兵庫県の100山はマイナーな山ばかりで、誰もいないような山もあるんですよ。 クマやハチが怖かったんで、クマよけやハチよけのスプレーを携帯して歩くようになったり、ヒルにやられてからはポイズンリムーバーも持ち物に追加したりと、どんどんザックは重くなっていきました。

たかだか3、4時間のハイキングレベルの山でも、毎回ザックの重量は12〜13kgはあるんですよ。とにかく安全第一で、何かあった時のための備えも過剰なほど携帯しています。

2021.5.26 安産祈願とお宮参りでお世話になった摩耶山天上寺へも、自分の足で登って来れるようになりました

──息子さんと一緒に登るようになって、ご自身の中で変わったことはありますか?

日高:山では息子は常に僕の背中を見てくれています。そんな息子に恥じない行動を心がけようと、これまで以上に思うようになりました。

何事にも全力で頑張る息子の姿を見ていると、僕自身も「もう遅い」と思わずに、何事にも前向きに挑戦したい!しなければ!と考える事ができるようになりました。

──息子さんのどんな姿にそう思われましたか?

日高:子どもやからまだ早いとは思わんと、なんでもやってもらうようにしとるんですけど、最初は渡渉とかでも怖がってて、でも怖がりながらも頑張ってて、気づいたらむしろそれを楽しむようになっていたりします。

僕らはこの年になったらなかなかチャレンジもせんし、「俺ももうちょっと若かったらやっとったのになあ」とかよく言いよったんですよ。そういうことを言うたらあかんなと、息子の姿からそう思わせてもらいました。

2022.4.9 いつかチャレンジしたかった芦屋から六甲山(931m)を経て有馬へ下るルート。山頂まで車で迎えにきてもらう予定が、「僕歩く!」と、有馬まで歩ききった樹君

忘れたくない瞬間を活動日記に記す。

──子どもにやらせてみることは、親に勇気がないと難しいだろうとも感じましたが、日高さんにとっては樹君の姿が励みになっていたんですね。

日高:毎回そうですね、樹の発する言葉に「そんな考え方があるんや」って何かしら感動させられたりすることはあります。

──例えばどんな言葉ですか? 体力や技術的な成長はもちろんですが、心理的な面で樹君の成長を感じられたことはありますか?

日高:例えばここ最近やったら、すごい急登があったんですよ。これしんどいなと思ってたら息子が、「でもこの急登やから、その分早く高さを稼げるよ」みたいなことを言うたんです。

ほかにも縦走してる最中に、1座目のピークから次に登る山が遠くに見えたんです。そしたら「すごい遠くに見えるけど、一歩一歩、歩いとったら気づいたら登りきれるよ」とか。

尾根から次の岩場を見とった時も、明らかにやばそうに見えたんですけど、「離れて見たら難しそうな岩場も、目の前にしたら意外と難しくない」みたいなことを言ってきて、その時は成長を感じましたね。

「その言葉、全部いただきやな」と思いながら登ってました。そうやって感心させられることが結構あります。僕もどんどん忘れてしまうので活動日記に書いたりしてるんです。

──日高さんの活動日記が、最初は3行ぐらいのコメントだけだったのが、徐々に長くなっていて、残したいものや残したい欲求が出てきたのかなと微笑ましく思いながら見ていました。

日高:たまにとんでもなく長い時もありますよね(笑)。

2022.10.8 樹君の好きな播磨アルプスにて。兵庫県加古川市と高砂市の境に位置する播磨富士、別名・高御位山(たかみくらやま、304m)をはじめ、鷹ノ巣山(264m)など東播磨丘陵地高御位山系の300m以下の山々を縦走できる

──日高さんの活動日記には、山の記録だけでなく、自分のその時感じた思いも多く記されていますよね。

日高:みなさんが活動日記にあげている内容は、山の説明が多いですよね。僕はどっちかといえば、息子との日記みたいになっちゃってます。

自分で後から見返すのにもいいんですけど、例えば樹が2〜3歳ぐらいから僕の活動日記を読んでくれている人とかが、「すごい成長したね」とか、「こんなこともできるようになったんや」とか言ってくれて、YAMAPを通じて一緒に息子の成長を見守ってくれているように感じています。

近所のおっちゃん・おばちゃんがいっぱいおるみたいな感じでみんな応援してくれて、なんかあったら「おめでとう」と言葉をかけてくれます。

2024.7.13 山中で滝を見るたびに「この滝は母ちゃんとこにつながっとう?」という樹君の第二の母は、摩耶山(702m)にある布引の滝の「おんたき茶屋」のお母さん

次は1000山登りたい!

── 次は樹君にいろいろ聞いてみたいと思います。こんにちは樹君。そのぬいぐるみは雷鳥かな?

日高樹君(以下、樹君) ライちゃん。

日高木曽駒ヶ岳(2,956m)で雷鳥と会ったんですよ。それで雷鳥が大好きになっちゃって連れて帰ってきたんです。

──雷鳥に会えたなんてさすが山男だね。

樹君燕岳(2,762m)にも石の山男がおる。

── 燕岳にも行ったんだ!すごいね!兵庫県の山に100座も登ったと聞いてびっくりしました。きつくはなかった?

樹君:山、登り過ぎだー。最初は急な道を登る時がきつかったけど、最近はだいぶ慣れてきた。

2024.7.19 兵庫県の100山を登り終えたら「やまおとこさんに行きたい!」と樹君からリクエストされていた燕岳へ。山小屋で「燕岳登頂証明書」をもらい、大満足の北アルプスデビュー、山小屋デビューでした

── 山に登る時に楽しいことは何ですか?

樹君:きれいな景色が見えた時とか、岩に登る時とか、雪が降った時。

── どんな景色がきれいだった?

樹君:雲海が見えたとき。

── 見れたんだ!どこで見たの?

樹君:高い山で。

──岩に登る時は怖くない?

樹君:高御位山の岩はあんまり足場がないから、ちょっと怖い。

──そういう時はどうやったらうまく登れるの?

樹君:手を使って、ボコってしてるところを指で掴んだら登れた。手袋をつけて登ってたら、破れとった。

2021.5.30 樹君のホームマウンテン高御位山にて。岩場のある山が楽しいという樹君

──初めて山で雪を見た時はどうだった?

樹君:雪ってこんなんなんやなと思った。

──山で初めて雪を見たんだ!

日高:確かに家の辺りは降っても積もらへんもんな。

──山ではどんな時がきつかった?

樹君:めっちゃ急な坂がきつすぎる感じがする。一瞬ヤバッと思った。

──そんな時はどうやって頑張ったの?

樹君:休憩とかしながら登った。

2024.4.6 加藤文太郎、植村直己も愛したふるさとの山、蘇武岳(そぶだけ、1,074m)の帰りに植村直己冒険館へ。展示にかぶりつきの樹君

──休憩は大事だよね。山に登る時のお父さんと家にいる時のお父さんはどこか違うところはある?

樹君:家のお父さんも山のお父さんもかっこいいけど、山のお父さんは時々しんどそう。

日高:しんどそうにしとお(笑)? 自分やったら分からへんわ、父ちゃん。

樹君:だって自分の顔は見えないからね。

──兵庫県の100山を登って、100座目の赤谷山(1,216m)に登った時どう思いましたか?

樹君:1000山登りたくなった。

── どうやったら1000山登れると思う?

樹君:頑張ったら。

日高:YAMAPでこれまでに登頂した山の数が出てくるじゃないですか。もうすぐ400なんですよ。

2021.4.18 栂尾山(とがおさん、274m)から横尾山(よこおさん、312m)、東山(263m)へ。お昼はバーナーで焼きおにぎり。なんでもやらせてみるのが日高家の教育方針

──6歳にして400座ですか!驚きです!樹君はバーナーとかいろんな山道具を使いこなしているけど、山で使う道具の中で好きなものは何ですか?

日高:それ気になるなぁ。

樹君:アイゼンと手袋。

──アイゼン使ったことあるんだ!アイゼンのどんなところが好き?

樹君:氷の上をラクラク歩けるから。お父さんは付けてなかったから滑って転んだ。

日高:ちょうどこの間、アイゼンデビューしたとこなんですよ。それで多分、今ブームなんです。無駄に付けたがってましたから。

──樹君、アイゼンブームは全ての登山者が通る道だよ。アイゼンがあれば怖いものなしだね。

樹君:無敵や。 崖も歩けるやん。

日高:そうやな。氷だけやなくて滑るところもやな。

2025.1.30 京都の愛宕山(924m)にて。アイゼンを付けたがった樹君に、「これぐらいなら必要ないわ!」と言った直後、ド派手に転倒した日高さん。樹君は、「植村直己さんみたいや!」と嬉しそうに上手に歩いていた

──樹君、お父さんのリュック持ってみたことある?

樹君:ない…。

日高:持ってみて一回。

──そうしたらお父さんがなんでしんどそうにしてるのか分かるかもよ。

日高:ほんまや。でも樹のザックも重たいもんな。

──樹君のザックには何が入ってるの?

樹君:水、行動食、カローリーメイト、 鈴、ヘッドランプ、 カッパ、 エマージェンシーシート…あとなんや。

日高:地図とかコンパスとかな。

2023.8.5 暁晴山(ぎょせいざん、1,077m)でブヨに刺される。使い方を練習していたポイズンリムーバーで日高さんを応急措置している樹君

──ちゃんとお父さんと同じ物を持って登ってるんだね。もしお父さんとはぐれても、樹君はそれを全部自分で使えるね。

樹君:お父さんが見えなくなった時は、声が聞こえる方向に進んでみる。

──そうだね。声をかけあってね。でも見えなくならないようにしないとね。樹君、お父さんと2人で車にも泊まってたよね? 怖くなかった?

樹君:怖くなかった。

日高:何回もしたなぁ車中泊。どこでも寝れるみたいですね。起こすまで爆睡です。ほんと山ではやりやすいですね。

──山に登るために生まれてきたような体力と体質だね(笑)。

2023.11.3 車中泊もへっちゃらの樹君。車中泊をするようになり、『ふるさと兵庫100山』のカウントが進む

日高:山小屋でもすぐ寝るもんな。

樹君:雨の音がオルゴールになってる。 あれ山小屋でしか聞こえないよ。

──そう言われるとそうだね!すごい発見!どんな音だった?

樹君:パチパチ。ポップコーンができよる感じ。

──家じゃ雨の音そんなにしないもんね。

樹君:木の家に住んだらいいよね。

日高:そうやな。今はマンションやから何も聞こえへんな。

目を離すのがもったいない息子との山時間

──山ではいろんな音が聞こえるよね。教えてくれてありがとう。最後に、日高さんにお聞きします。同じように親子登山をされる方にアドバイスなどあればお願いします。

日高:僕に言われるまでもなく当然のことになりますが、一番大事なことは子どもから絶対に目を離さないということです。

安全に繋がることはもちろんですが、子どもからさまざまな姿を見せてもらうことで、親である僕たちはたくさんの感動をもらえます。その瞬間の全てが宝物で目を離すのがもったいないです。

──日々の子育てに追われていると、その瞬間を見逃してしまうこともあるかもしれません。

日高:僕も家やったら、横に息子がおってもスマホ触ってたりテレビ見たりとかしちゃうんですよ。でも山に登りながら歩きスマホは流石にしないですよね。携帯とかテレビとか、そういうものから離れて、2人だけの時間を丸1日過ごせるじゃないですか。

息子と一番語り合えて、向き合えるのが2人での登山です。そんな山の時間も大好きなんです。子どもはやっぱりお母さんが大好きじゃないですか。山やったら嫁さんは留守番なんで、息子を独り占めできます。それが嬉しくて(笑)。

──山では頼ってくれますしね。

日高:そうなんですよ。一日中父ちゃん父ちゃん言うてくれるから嬉しくて、2人で行ってます。たまに嫁さんが「私も行こうかな」って言うたら、嬉しいけど別に来んでもええけどなと。息子の取り合いですね。

2024.1.1篠山市の 大谷山(419m)にて。元旦恒例のご来光登山は、山のレアキャラ(母ちゃん)も一緒に家族揃って。樹君が大好きな、母ちゃんのつくってくれたおにぎりを食べながら

──活動日記では、日高さんの言葉が正直で面白いです。

日高:いやぁ、親バカ日記です。最初は恥ずかしいからやめようかなと思ったんですけど、後から自分で読んでもなんとなく分かるように書いています。

──私も幼い頃父親と登っていたんですが、写真はあっても言葉は残っていないので樹君が羨ましいです。日高さんの記す活動日記は、後々樹君にとって宝物になるのではと思います。

日高:見てもらえて嬉しいです。誰が見てんのやろなと思いながら書いたりしてたので。

──同世代で子どもを連れて登っている人ももちろんですが、私のように親との記憶を辿る人もきっといるはずです。大変だとは思いますがぜひ続けてください。 父もこんなふうに思ってくれていたのかなと想像することができました。

2022.9.4 旗振山(252m)へ行く途中、樹君が”山”という漢字を読めるようになっていることに気づいた日高さん

日高:樹、またいつか親バカ日記読んでな。

樹君:うん。今でもまた見たいくらい。日記ってどのくらいある?

日高:父ちゃんの日記めちゃくちゃいっぱいあるよ。

樹君:日が暮れる?『おしいれのぼうけん』くらい?

──あの長い絵本のお話しだよね(笑)。 これからも長い長いコメント、楽しみにしています!
ありがとうございました。

日高 崇さんのアカウント
YAMAP:たかし

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『ふるさと兵庫100山』を踏破することは、必ずしも目的ではなく、樹君の成長の瞬間を見過ごさないための手段にすぎなかったのかもしれません。小さな山男誕生の瞬間と、大きな山男の未来が見えた気がしました。

次回は、地域の登山道整備に貢献している「推薦特別賞」受賞者2人目のインタビューをお届けします。お楽しみに!

聞き手:米村奈穂

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。