登山ガイドの岩田京子先生による「山道具の教科書」。第2回目は登山靴についてお送りします。登山靴を選ぶうえで重要なのは、痛みのないフィット感を得られること。「そんなのは当たり前」「街で履く靴選びと一緒」と思われるかもしれませんが、登山時に靴で足が痛くなるのは致命的です。痛みがあることで足に変な力が入ってしまい、疲れやすくなったり、バランスを崩して転倒しやすくなったり…。最悪の場合、歩けなくなってしまうこともあるからです。ではどんな靴を選んだらいいのか。失敗しない登山靴選びのポイントをご紹介します。
山道具の教科書|登山初心者必見の「服装&持ち物」完全マニュアル #02/連載一覧はこちら
2019.12.25
岩田 京子
登山ガイド
私も山を始めたばかりの頃は、登山靴の痛みを感じながら辛い山行を経験したことがあります。しっかりと試し履き・検討をして購入した一足でしたが、実際に山を歩き始めてみたら、なぜだか痛みを感じたのです。それなりに値段の張る靴だったので、その後もあの手この手で痛みを克服しようと奮闘しました。詰めものを使って革を伸ばそうと試みたり、分厚い靴下を履いてみたり、痛みの出る部分にパットを貼ってみたり、インソールを変えてみたり、あるいは取り外してみたり…。しかし結局、痛みがなくなることはなく、泣く泣く手放すことになりました。
こんなふうにどうしても合わない一足、というのも稀にありますが、多くの場合、ポイントを押さえておけばこんな失敗はしなくて済みます。痛みの出ない一足をどんな視点で選んだらいいのか、登山靴選びのポイントをこれからお伝えしていきますので、ぜひ参考にしてください。
まずは登山靴の基本的な役割と特徴の話から始めましょう。
常に地面と接着している登山靴は、山装備におけるキーアイテムのひとつ。小一時間の軽いハイキングや比較的整備された道を歩く程度ならスニーカーでも代用できますが、長時間、しかも起伏のある山道を歩くとなると、やはりしっかりとした登山靴の方が安心です。そのポイントを大まかにまとめると、次のようになります。
① 登山道を長時間歩くための硬いソール
まず、タウン用スニーカーと比較して最も違いが出るのは、ソール(靴底)部分。アッパー(甲の部分)の硬軟やフォルム、細部の形状などによってタイプは異なりますが、一般に登山靴はソールが硬く、丈夫につくられているため、地面がデコボコしていても安定して足を運ぶことができ、疲れも軽減してくれます。
② くるぶしまでカバーできるミドル〜ハイカット
続いて挙げられるのが、足首のカバー力があること。高さによって「ローカット」「ミドルカット」「ハイカット」と種別されますが、登山初心者の方であれば、一足目はくるぶしまでカバーできるミドル〜ハイカットがおすすめです。足が靴の中でずれたり、バランスを崩したときに足首を痛めたりするのを防いでくれます。
③ 快適性を保つ、防水透湿素材を使用している
さらにポイントとなるのが、靴の素材。雨やぬかるみからの濡れを防ぎ、靴の中のむれを軽減する「防水透湿素材」を採用しているため、多少の悪天候や悪路にも対応しながら快適に登山を楽しむことができます。
靴選びはいつどんな山に行くか、行く人がどれくらい山歩きに慣れているか(脚力があるか)によって変わります。スニーカー登山が絶対にいけないとは言いませんが、初心者でこれから山歩きを始めたいという人であれば、スニーカーではなく登山靴を一足選んでみるのがいいと思います。
登山靴を選ぶ上で絶対に避けたいのが「ジャストサイズ」であること。サイズがピッタリすぎると、登山中に痛みが出てしまうことが多々あります。特に下山時、靴のつま先に指が当たって痛みが出てきて、歩行が辛くなるというケース。足の指が靴の中で少し動かせるくらいの隙間が必要です。指で踏ん張る事も想定して、靴を選ぶといいでしょう。
そして当然ながら、実際に履いてみることが大切です。甲の高さや足幅など足の形状、大きさは人それぞれ違いますし、偏平足、外反母趾などの悩みを抱えている方もいます。登る山に適応したスペックを備えているかどうかを踏まえ、自分自身で試してみるしか方法はありません。
ツアー参加者のなかには「登山靴、買ってきました!」と言って、トレッキングシューズやアプローチシューズを履いてくる方もいますが、これらは登山靴とは似て非なるものなんです。そこで、登山靴との違いを説明したいと思います。
トレッキングシューズは、ある程度山歩きに慣れている方向けです。比較的整備された道を歩くことを想定してつくられているため、ソール部分が柔らかいものがほとんどで、登山靴に比べて重量も軽く、歩きやすいので履いていて楽チン。…なのですが、その分、足首のホールド感が弱く、筋力がないと足が疲れやすいというデメリットがあります。固定力が低いということは裏を返せばバランスをとりにくいということ。長時間不整地を歩くガッツリ登山には不向き、とも言えます。もちろん、こうした特性を理解していて、自身の筋力で補える人ならば問題ありません。けれど、「初めての一足」としては、あまりおすすめできません。
アプローチシューズは、クライミングをする人がそのフィールドまで行く際に使用するためにつくられたシューズです。簡単なクライミングができるようにつま先部分が専用の設計になっていたり、踵や足首のホールド感は弱かったりするので、一般的な登山には向きません。
登山靴は見た目の大きさや武骨さから、大げさに見えてしまい、購入を躊躇してしまうこともあるようです。特に女性は「ここまでの物はいらない」と、登山靴を避ける傾向が強いように感じます。トレッキングシューズやアプローチシューズも登山ではまったく使えないわけではありませんが、用途としては足りないことが多く、何かを我慢して歩くことになってしまいます。そして。結局はあらためて購入し直しになることが多いのも事実です。では、どのようなポイントに気をつけて選べばいいのでしょうか。
登山の経験を重ねている方でも、意外と難しいのが靴ひもの結び方。歩きが不安定で危なっかしい、バランスが悪い、よく滑っている…。ツアー中、そんな人たちの足元を見てみると、大抵の方が靴の足首部分にゆるみがあることが多いものです。
足首部分に指が何本も入るくらいのゆるみがあったり、靴のタンの部分が前面に出っ張っていたりしているのはNG。ゆるんだ状態ではかえって歩きにくく疲れやすいですし、怪我もしやすくなります。間違った靴ひもの結び方をしていては、登山靴を履いている意味すらなくなってしまうと言っても過言ではないでしょう。
さて、いよいよ登山靴の正しい履き方をご紹介します。初心者の方はもちろん、ある程度山へ出かけているという方も、ぜひ普段のやり方と照らし合わせてみてください。もし、どれかが抜けていたり間違っていたら要注意。「疲れやすい」「怪我しやすい」「痛みが出やすい」といった原因となっているかもしれませんよ!
前提として、登山靴を履くときは立ったままではなく、しっかりと集中して履くことができる姿勢をとってください。落ち着いて履ける姿勢をとらないと靴ひもを適切に結ぶことができませんし、腰を痛める原因になります。
① つま先から緩ませずにテンションをかけながら締めていく
② 足首のあたりに来た時点で足の位置をずらす
③ タンの部分をしまい込みながら、締め上げていく
④ 締め上げた紐が緩まないように結ぶ
⑤ 蝶々結びがほどけない結び方
ツアーや講習会でこの手のレクチャーを行うと、「全然違う!」「結び方一つでこうも変わるなんて」と、びっくりされる方が多くいらっしゃいます。なかには靴紐の結び方が変わっただけで、歩き方が変わり、下山が怖くなくなったという方も。
初心者やビギナーではない人も、ぜひ今一度、基本の履き方を見直してみてください。ホールド感や靴の中でのズレ、歩きやすさなどの違いに気がつくことができ、些細な痛みや怪我も防止できるきっかけにもなります。
登山靴を新しく購入したり新調したりする際は、靴下も一緒に選ぶのがおすすめです。登山における靴下には、歩行時の衝撃吸収や疲労軽減、保温効果、フィット感の向上、足をドライに保つ効果などがあるほか、靴の微妙なサイズ感のずれを調整してくれるアイテムでもあるからです。たかが靴下、されど靴下。登山靴と靴下はぜひセットで考えましょう。
まずは、素材について知ることからはじめましょう。代表的なものとしては、メリノウールやウール、化繊などがあります。使用する季節や天気、自身の汗の出方を考慮して選ぶ必要があります。
メリノウールでできた素材。主にニュージーランドやオーストラリアで育成される「メリノ種」の毛でできたウール素材で、肌触りがよく、汗や雨で濡れてしまっても寒さを感じることが少ないのが特徴。
一般的な羊毛。乾きやすく、保温性に優れるので登山用の靴下としてはポピュラーな存在。
羊毛やコットンではなく、ナイロンやポリエステル、アクリルなどの化学繊維のもの。
個人的におすすめなのはメリノウールです。汗をかいたり、渡渉で濡れたりしても乾きやすく、冷たさを感じにくかったのを実感して依頼、登山用の靴下はメリノウールと決めています。防臭効果もあるため、山で数日間使用しても臭くなりにくいのも嬉しいポイントです。唯一気になることがあるとすれば、他の素材と比べて比較的高価であることでしょうか。
一般的に、登山用靴下には中厚〜厚手のものを推奨しています。くるぶしをしっかりとカバーし、登山靴を履いたときにしっかりフィットしてくれるものを選びましょう。もちろん厚ければ厚いほどいいというわけではありません。厚すぎる靴下は、かえって不快感に繋がってしまいます。靴のサイズ感との兼ね合い、季節などを加味して適したものを選んでください。
もうひとつ、登山用靴下について豆知識としてお伝えしておきたいのが、買い替えどきのタイミングについて。穴でも開かない限りなんとなくずっと使ってしまうという声を聞くことがありますが、長く履き続けてフィット感がなくなったら交換の合図と考えてください。フィット感のなくなってしまった靴下は先に挙げた効果が半減しています。ヘタリが気になってきたら、思い切って交換しましょう。
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photo by 小林昂祐