登山の途中でスマホを取り出すと画面には「圏外」の表示。「天気が調べられない」「家族に無事を伝えられない」──そんな経験をした人は少なくないでしょう。
普段ならただの不便が、山の中では不安となり、時には命にかかわる危険に繋がります。多くの登山者が抱えるこの「圏外の不安」に、どう向き合えばいいのか? その答えを探るべく、「au Starlink Direct」「山小屋Wi-Fi」「登山道における携帯電話の通信エリア化」といったKDDIが展開する新たな通信技術をテーマに、「登山と通信環境」に関する座談会が開かれました。
パネリストは登山メディアや山岳ガイド、そしてYAMAPの面々。本記事では、そこで交わされた議論を通して、登山と通信の未来を描きます。
※文中のサービス内容は2025年9月時点の内容です
2025.09.30
Jun Kumayama
WRITER
議論の出発点は、日本の山岳遭難の現状でした。警察庁の統計(※)によれば、2024年の山岳遭難件数は2,946件、遭難者は3,357人にのぼります。前年からはやや減ったものの、長期的には増加傾向にあり、深刻な状況です。
※令和6年における山岳遭難の概況等/警察庁生活安全局生活安全企画課 資料
遭難原因の内訳を見ると「道迷い」が30.4%で最多、次いで転倒20.0%、滑落17.2%と続きます。これらはいずれも、通信があれば回避できた可能性があると考えられます。たとえば、登山アプリで正確な現在地を確認できれば道迷いは減らせますし、悪天候の接近を知ることができれば、無理な行動を避けられたことでしょう。
さらに年齢層の特徴も見逃せません。遭難者のおおよそ8割は40歳以上で、特に60歳以上で多くなっています。経験豊富な層であっても体力や判断力の低下は避けられず、通信環境がないことが事故を深刻にしています。
『山と溪谷オンライン』編集長の西村健さんは「通信が必要だと登山者が感じている場所は、圧倒的に登山道」と語ります。登山者が不安を覚えるのは山頂でも山小屋でもなく、歩いている最中。疲労や緊張が高まるなかで「圏外」の表示が出れば、不安は一気に膨らみます。
YAMAP共創推進事業本部長の金海裕市もその意見に賛成。
「ユーザーから“圏外でヒヤッとした”という声は本当に多いです。特に初心者や高齢者にとって、“つながる安心”はとても大きな意味を持ちます。慣れていない人ほど『電波はあるはず』と油断してしまい、いざ圏外に直面して強い不安を抱えるのです」(金海)。
国際山岳ガイドの近藤謙司さんも、「未組織の個人登山者が増えていますが、事前準備の徹底やデジタルツールを活かした“つながり”の大切さは見直したいですね。登山道や天候など、現場で頼れるのはその時その場の判断力。通信はそれを支える手段です」と話します。
登山者の層も変化しています。2011年に1,046万人いた登山人口は2021年には861万人まで減少しましたが、かえって一人あたりの登山回数は増加しています(※)。コアな登山者が増える一方で、若年層が再び山に戻りつつあり、年齢層の幅が広がっています。
※コロナ禍以降の山岳遭難データから読み取る年代別の特徴とその対策-警察庁提供データ2021-2023から-(独立行政法人日本スポーツ振興センター国立登山研修所専門調査委員会調査研究部会)
こうしたなかで浮かび上がるのが、通信に対する意識の違い。
山と溪谷社が実施したアンケート(※)では、登山者の74%が「山中で通信は必要」と答え、理由として天気予報の確認や安否連絡、登山アプリの利用を挙げました。一方で26%は「通信がなくて当たり前」と回答。年齢や経験による価値観の差がくっきりと現れています。
※山と溪谷オンライン実施アンケート「登山時における危機管理についてのアンケート」実施期間:2023年10月5日〜2023年10月27日
西村さんは「便利さに慣れた世代は“山でもつながって当然”と考えますが、年配の登山者は“仕方がない”と受け止める傾向がある」と指摘。世代交代とともに、山における通信のあり方そのものが変わろうとしているのです。
登山者が抱える不安を解消するため、KDDIは山岳エリアにおける通信環境の整備を進めています。その取り組みの柱は3つ。「au Starlink Direct」「山小屋Wi-Fi」そして「登山道に於ける携帯電話の通信エリア化」です。
第一の柱は、衛星通信を活用する「au Starlink Direct」。これは地上の基地局に依存せず、上空を周回する衛星を経由して通信を行う仕組みで、これまで完全に圏外だったエリア(※1)でもメッセンジャーや(特定の)アプリ(※2)が利用できるようになる点が大きな特徴。
登山道を歩いている最中に電波が届かないことは珍しくありませんが、この仕組みがあれば「どこにいても最低限の連絡が取れる」環境に一歩近づきます。
※1:日本国内(領海を含む)のau 5G/4G LTEのエリア外
※2:iOS/Googleメッセージアプリでのテキストメッセージ送受信、対象アプリ
※3:変更の際にはお知らせいたします。
※4:au Starlink Direct専用プラン+への加入が必要です。4か月目以降は有料となります。変更の際にはお知らせいたします。詳しくはKDDIホームページをご確認ください。(サービス概要)・(料金・適用条件 詳細)
西村さんは「登山道での通信ニーズは非常に強い。au Starlink Directのような仕組みが実装されれば、“通信圏外”を理由にこれまで山に入ることをためらっていた人たちにも安心を与えることができる」と期待を寄せます。
近藤さんは、「エベレストの標高6,800メートル付近でStarlink衛星が一列に空を流れていく様子を見ました。昔は大きな機材を持ち込んでいましたが、これからはスマホ1つでどこでもつながれますね」と語ります。
第二の柱は山小屋Wi-Fi。山小屋にStarlinkのアンテナを設置して、小屋の周辺にWi-Fiを飛ばす仕組みなのですが、au Starlink Directより通信量が大きいのが特徴です。
全国の主要な山小屋に導入が進められ、すでに100カ所以上でサービスが始まっています。のべ8万人以上が利用したという実績は、通信が登山者にとって「特別なもの」ではなく「必需品」になりつつあることを物語っています。
「山小屋で通信が確保できると、家族への連絡や下山報告がスムーズになります。利用者からは“安心して一泊できた”という声も届いています」とYAMAPの金海。
さらに、Wi-Fiがあることで情報交換やコミュニティの形成も進んでいます。たとえば翌日の天候やルート状況をリアルタイムに共有したり、SNSに写真を投稿したりといった行動が自然に行えるようになりました。通信が山小屋という場の機能を拡張し、新しい文化を育んでいるのです。
そして第三の柱が、登山道に於ける携帯電話の通信エリア化です。au回線では人が多く集まる登山道上の拠点を中心に電波環境の整備が進められており、乗鞍岳のバスターミナルなどではすでにサービスが利用可能になっています。かつては圏外だった場所でも、今では安定した通信が可能になりつつあります。
座談会では、特に道迷いが多い分岐点や休憩ポイントに電波が届くのは遭難の未然防止に繋がると各パネリストも絶賛でした。
こうした通信アセットの整備は、登山そのもののスタイルを変えつつあります。
これまでは「山に入れば圏外」が当たり前で、登山者もそれを受け入れて行動してきました。しかし、徐々にではありますが「山でもつながるのが当然」という新しい常識が根づき始めているのです。
西村さんは「通信が広がることで、山に挑戦するハードルが下がり、登山人口の裾野を広げる効果も期待できます」と指摘。金海も「つながることで救える命があり、登山の楽しみも広がります。通信環境の整備はYAMAPのようなアプリの価値をさらに高めるものです」と語りました。
事実、YAMAPの取材でも「山小屋でWi-Fiが使えたことで安心感が増した」「縦走中に日々変化する天候情報を確認できる」といった声が寄せられています。通信は安全を守るための手段であると同時に、登山文化を次のステージへ押し上げる鍵にもなっているのです。
また通信があることで、登山者の判断や行動は大きく変わります。
西村さんは「近年は弾丸登山や軽装での山行が増え、準備不足による遭難が少なくありません。電波があれば登る前に天候やルートを調べ引き返す判断もできたはずです。実際に“天気予報のおかげで引き返せた”という声も散見されます」と語ります。
金海は「遭難したとき、位置情報を家族や救助隊にすぐ伝えられるかどうかで生死は大きく変わります。au Starlink Directのような仕組みは“助かる命を増やす”ことにつながります」と強調。
通信は、計画段階から遭難時まで、登山者の行動を支える大きな力になりつつあるのです。
安全に直結する一方で、通信は登山の楽しみを広げる存在でもあります。
「登山の最中に写真を送ったり、山小屋で仲間と情報交換できる。そうした登山中の行動が“小さな安心”にもつながるんですよね」と西村さん。
これを受けて金海は「下山報告や家族への連絡がリアルタイムでできるのは大きな安心です。さらにSNSで仲間と共有できるのも楽しみのひとつ。通信は“安心と楽しみ”の両方を広げてくれます」と返します。
近藤さんも「通信の可能性が広がったことで、海外遠征では山頂から動画を配信できるようになりつつあります。ベースキャンプまで戻らないと“登頂成功”と発信できなかった時代から、山頂で映像を送れる時代になりましたね」とコメント。
手前味噌ですが、通信環境の整備はYAMAPアプリの価値もさらに高めます(※5)。
※5:従来からご利用可能なメッセージアプリに加え、対象機種にて、一部アプリ(YAMAP、ウェザーニュース注等複数アプリ)のデータ通信が可能(2025年9月時点)。 注:ウェザーニュースのiOS向けは今後提供予定
※衛星捕捉時には留守電機能と着信転送機能とナンバーシェア(スマートウォッチ)での着信機能をご利用いただけません。
※衛星捕捉まで時間を要する場合や、一時的に停波する場合があります。
リアルタイムで現在地を共有できるようになることで、家族や仲間に「今どこにいるのか」を伝えることが可能に。山間の電波が届かない場所に下山した際にも、すぐに下山報告をすることができるようになります。さらに、休憩中に撮った写真やログをその場で送信できれば、臨場感あふれる情報を家族や仲間と共有することも可能に。
金海は「つながることで救える命があり、楽しみ方も広がる。通信の進化を活かして、登山者をもっとサポートしていきたい。YAMAPもその一翼を担っていきたいです」と語りました。
YAMAPが目指すのは「通信と登山の橋渡し役」。安全を守りながら、山での体験をより豊かに彩る。その両立を可能にするのが、KDDIの通信アセットだといえるでしょう。
一方で、座談会では「通信に頼りすぎない」ことの重要性も指摘されました。
「通信があるからといって準備を怠ってはいけません。地図読みや計画といった登山の基本スキルは変わらず大切です。通信はあくまで最後の砦であり、備えを補完するものです」と警鐘を鳴らす近藤さん。
便利さに依存するのではなく、通信を正しく活用する。これは登山者全体がしっかり理解しておく必要があります。通信があることで無理をするのではなく、通信があるからこそ余裕をもって安全な判断ができる――その啓蒙と意識改革もセットでおこなうべきでしょう。
au Starlink Direct、山小屋Wi-Fi、登山道に於ける携帯電話の通信エリア化。これらの通信アセットは、登山者の命を守ると同時に、山での時間をより安心で、より豊かなものに変えてくれます。通信は、もはや贅沢なオプションではなく、次世代の登山に欠かせない新しい常識になりつつあるようです。
ますます充実していくKDDIの通信アセット。次の山行では、“つながる安心”をあなたも体験してみてはいかがでしょうか?
座談会は登山の楽しみ方をテーマにした第二部に移行。参加したのは、SNSを通じて登山の魅力を発信するインフルエンサーやアウトドア雑誌の編集者たち。若い世代の視点や、ライフスタイルとしての山の楽しみ方が語られました。
「山頂で同年代の人とインスタを交換しようとしたんですけど、電波がなくてできなかったんです。『残念!』ってその場では笑ったんですけど、せっかくの出会いが続かなかったのがもったいなくて」。
こう話すのは、YouTubeチャンネルで登山の様子を発信する上田さん。SNSを介した出会いや交流が当たり前の世代にとって、圏外は単なる不便ではなく「つながりの機会を逃すもの」でもあるのです。
YAMA HACK編集長の大迫さんは、事前に行ったアンケート結果を紹介しました。「登山前に通信環境をチェックしている人は、全体の3割しかいません。でも9割以上が圏外を経験していて、85%が“困ったことがある”と答えているんです」。
その「困った内容」の多くは天気予報や交通情報、現在地の確認でした。山中で電波が使えるかどうかは、安全に直結するだけでなく、快適さを左右する大きな要素であることが浮かび上がります。
実際に「つながる」ことで広がる体験も語られました。
アウトドア雑誌『ランドネ』編集長の安仁屋さんは「尾瀬で別ルートから仲間と合流する時、これまでは相手が本当に来るのか不安なまま小屋に向かっていました。でも通信があれば、今どこにいるのか伝え合える。仲間と安心して待ち合わせができるのはすごく大きいと思いました」と実体験を基に期待を語りました。
上田さんは「唐沢カールから下山しているときに“徳沢のピザ食べたいね”という話になり、その場でラストオーダーを調べて間に合うように下山しました。通信がつながっていて助かりました」と笑顔で振り返ります。
大迫さんも「下山後の温泉や食事処を探すとき、山頂で検索できると会話が弾むんです。通信があることで、登山の楽しみが山から町へ自然につながっていきますね」と補足。
座談会では、花の名前や地図のポイントをアプリで解説できると、初心者でも登山がもっと楽しくなるというアイデアも生まれ、通信がもたらす未来像に関する議論が活発に交わされました。
一方で「便利さに依存する危うさ」にも言及がありました。「通信があるから大丈夫、と準備を省くのは危険。安心がマイナスにならないようにしないといけないですね」
安仁屋さんの言葉は、第一部で近藤さんが語った「通信は最後の砦」という姿勢と響き合います。
登山者がau Starlink Directを体験するきっかけとして、2025年9月・上高地に「au Starlink Direct × YAMAP」の合同ブースを出展。
衛星通信のデモンストレーションを行われる中、立ち寄った登山者からは「山でスマホが繋がるの?」「どんな仕組み?」と次々に質問が寄せられました。
期間中ブースは常に賑わい、多くの人が山での通信の未来を間近に感じる機会となりました。
「au Starlink Direct」は、スマートフォンがStarlink衛星と直接つながることで、空が見える場所なら圏外エリアでも通信できるサービスです(※6)。2025年8月28日からは衛星を介したデータ通信がスタートし、これまでのメッセージ送受信に加えて、対応アプリでの利用が可能になりました(※5)。
※6:対象機種にて、iOSメッセージアプリ/Googleメッセージアプリ上でテキストメッセージ送受信可能(写真・動画・電子ファイル添付可能【一部機種を除く】 。音声通話は未対応(2025年9月時点)
対応アプリには、Google マップ・YAMAP・ウェザーニュース・ヤマレコ・特務機関NERV防災・X(旧Twitter)など19種類が含まれ、現在地確認や天気チェック、SNS投稿が圏外エリアでも行えます。今後は順次拡大予定です。
対象端末はGoogle Pixel 10シリーズやGalaxy Z Fold7/Flip7からスタートし、9月からはiPhoneシリーズも対応開始となり、対応機種は順次拡大(※5)。auユーザーは追加料金なしで利用でき、UQ mobile/povo/他社回線の方も専用プラン(月額1,650円・3カ月無料)で利用できます。
Starlink(衛星ブロードバンド)を活用した高速・低遅延のWi-Fiを、登山道沿いの主要な山小屋で利用できるサービス。山小屋でも家族・友人への安否連絡、気象情報の確認、SNS投稿、YAMAP・ヤマレコなどのアプリ利用が可能になります。auユーザーなら追加料金なしでご利用いただけます。設置拠点は順次拡大中です。
日本百名山を中心に、要所の登山道やスポットで4G LTE(800MHz帯)による携帯通信が使えるようKDDIが整備を進めている取り組み。分岐や山頂周辺、登山口、山小屋周辺など“つながると安心な場所”から順次対応し、YAMAPのログ送信、現在地の確認、天気・防災情報の受信などをサポートします。利用には4G LTE(800MHz)対応機種が必要。対応エリアは下記リンクから山名別に確認できます。