大分県北部の国東半島。
今を遡ること1300年前。一人の僧侶によってこの地に六郷満山と呼ばれる仏教寺院群が作られました。僧侶の名は仁聞。以来、ここ六郷満山には特殊な神仏習合の「六郷満山文化」が花開いたのです。その文化は今もこの地に伝えられており、九州屈指の霊山として多くの人の信仰を集めています。
今回YAMAPでは、国東半島六郷満山の神秘性、そして時を超えて今なお受け継がれる祈りの文化を多くの方に愉しんでもらうため、YAMAPアプリの国東半島地図上15のポイントに、その歴史や文化的背景を解説する音声ガイド機能を搭載しました。
古来より伝わる奥深い六郷満山の文化。実際にその地に足を運び、目で見ながら耳で聞く。デジタル機器が発達し新しい技術が生み出されたからこそ、古来より続く文化をもっと深く愉しむことができる。
YAMAPがお届けする新しい旅の形をぜひ六郷満山でお愉しみください。
2019.12.02
YAMAP MAGAZINE 編集部
天照大神(あまてらすおおみかみ)、大国主命(おおくにぬしのみこと)、天神様…、古来より伝わる物語に登場する神が祀られる「神社」。そして大日如来、薬師如来、不動明王…、遠くインドより伝わった仏教がもたらした仏が祀られる「お寺」。
私たち現代人は神が祀られる神社と仏が祀られるお寺、その違いを理解し、そして神社とお寺が各々に存在する常識の中に生きています。
そんな”当たり前”とはすこし違う、変わった文化が今も残る地域こそが、国東半島六郷満山です。
一見するとなんの変哲もないのどかな里山が広がる半島ですが、周囲を散策し、隅々に目を凝らすと、ちょっと不思議な風景に気づくはずです。例えば、鳥居の向こう側にお寺があったり、お寺に参拝してその敷地内をぶらぶらしていると、いつの間にか神社に迷い込んだり。
六郷満山、田染の荘に広がる豊かな田園風景。
不思議な不思議な「六郷満山」。まずは名前の由来から紐解いて行きましょう。
その名から”山”をイメージする方も多いかもしれませんが、実は六郷満山という山は存在しません。その名の由来は、国東半島に6つの郷があったことを示す「六郷」、そして山岳仏教寺院群の総称として使われる「満山」。この2つが合わさって、国東半島にある天台宗の寺院群に付けられた名前が六郷満山なのです。
開山は、奈良時代初期の西暦718年。宇佐八幡に祀られる八幡神の化身である仁聞(にんもん)という僧侶によって開かれたと伝わっています。「神様が僧侶に化身して開いた寺院群?」。そう、ここは神と仏を共に祀る「神仏習合」の文化が今なお残る、全国的に見ても稀有な場所なのです。八幡信仰と天台密教が融合したその独特な信仰は六郷満山文化と称され、民俗学的に貴重なものとして日本遺産にも認定されています。
平安末期の最盛期、六郷満山には800を超える寺院や岩屋、祠が点在し、山中にこもる籠山修行(ろうざんしゅぎょう)や山中の行場を渡り歩く峰入行(みねいりぎょう)が盛んに行われていました。
その信仰の痕跡は今も残っており、集落を歩くと様々な風景に出会います。神様と仏様が一緒に祀られていたり、火災や風雨で原型を留めていない仏像が大切に祀られていたり。
僧侶による峰入行は今なお続いています。写真は霊場に納められた2017年の峰入行のお札。
しかも、神様と仏様が一緒に祀られているだけでも不思議なのに、六郷満山では、本来、人に厄災をもたらすはずの鬼に無病息災を祈る「修正鬼会」という不思議なお祭りも残っているのです。
修正鬼会とは、旧正月に僧侶が鬼に扮し舞を踊り、人々に幸福をもたらすという奇祭。六郷満山ではかつて、険しい山に住む鬼は不思議な力を持つとされ、尊ばれていました。いつしか鬼は、仏(不動明王)と同一視されるようになり、僧侶が鬼の面をかぶり、人ならぬ力を体に宿して踊る「修正鬼会」が生まれたのだそうです。
神と仏が一緒に祀られ、鬼を仏の化身として崇める。不思議な不思議な祈りの形が六郷満山には残されています。
瑠璃光寺に保管される修正鬼会の面。不気味な迫力と愛くるしさが同居する不思議な面持ちです。
また神仏習合と並ぶ六郷満山の特徴といえば磨崖仏(まがいぶつ)の多さ。そもそも国東半島の地質には凝灰角礫岩(ぎょうかいかくれきがん)と言われる岩が多く分布しており、至る所に岩肌が露出しています。そのため、古来から六郷満山に籠った行者たちは、岩肌に仏の姿を刻み、祈りの対象としてきました。荒々しい岩肌に刻まれた仏様の表情は、ちょっとユーモラスなものもあったり、厳しい顔のものがあったり。見飽きないものばかりです。
大門坊磨崖仏。苔や雑木を纏った姿がなんとも神秘的です。
熊野磨崖仏のお不動さん(不動明王)は優しい顔が特徴です。
鍋山磨崖仏のお不動さん。その両側には2体の童子像がひっそりと。目を凝らして、その姿を探し出すのも、磨崖仏見学の魅力です。
また、国東半島内に数多く安置される金剛力士石像も六郷満山の見所の一つ。なんでも日本全国にある金剛力士石像の実に8割がここ国東半島にあるとのこと。金剛力士石像も磨崖仏同様に、鬼気迫る迫力を発するものから、ちょっとユーモラスなものまで多種多様です。
田染本宮八幡宮にいる金剛力士像はユーモラスな表情でちょっと細身。
二宮八幡宮の仁王像は、額にしわを寄せてちょっと険しい表情。
密乗院棚田そばの神社で見つけた金剛力士像は頭部が大きめの可愛らしい姿です。
里を巡り、磨崖仏や金剛力士像の豊かな表情をのんびりと眺める。そんな休日も良いかもしれません。いつもと違う、心落ち着く豊かな時間を過ごすことができそうです。
六郷満山には、実に1300年以上も前、奈良時代から守られてきた神と仏、鬼を巡る不思議な祈りの文化がありました。
YAMAPではこの祈りの文化、そしてのどかな里山の風景を多くの方に愉しんで欲しいとの思いから、国東半島ロングトレイルのうち、2つのトレイルコースをYAMAPアプリに「おすすめコース」として、登録しました。
ひとつは大分県豊後高田市にある「田染の里散策コース(全長8.5km)」。六郷満山における天台密教の中心地として栄えた馬城山伝乗寺の跡地にある「真木大堂」をスタート地点として、3つの磨崖仏や、原型を留めない程に朽ち果てながらも今なお信仰を集める焼仏が祀られる「朝日観音」や「夕日観音」を巡ります。コースの途中には、宇佐神宮の祭神でもある宗像三女神を祀る八幡社もあり、仏を巡りながら神にも出会える、六郷満山の魅力をしっかりと味わえるコースです。
岩肌に張り付くようにひっそりと佇む朝日観音のお堂。岩山を10分ほど登った先にあります。
もうひとつは、大分県国東市にある「密乗院棚田周遊コース(全長11.5km)」。六郷満山最古の寺とされる瑠璃光寺をスタートし、美しい密乗院の棚田や周辺の神社を巡ります。密乗院の棚田は知名度こそありませんが、知る人ぞ知る国東の絶景ポイント。春から秋にかけては、四季折々の棚田の風景を楽しみながらのどかな田舎道を散策することができます。
密乗院の棚田。11月に取材に訪れた際には収穫も終わり、田には火が入れられていました。
六郷満山では、古くから伝わる豊かな文化をより多くの人に知ってもらいたいとの思いから、新たな取り組みも進んでいます。それは多言語音声ガイド「jaj.jp」の導入。jajとは「Japan Audio Journey」の略称で、旧所名跡に設置された無線機器から音声ファイルを旅行者のスマートフォンに送信する仕組み。旅行者は、設置された看板に掲示されているQRコードを読み取るだけで、スマートフォンから流れてくる説明音声を聞くことができ、旧所名跡の詳細を知ることができるのです。
また、YAMAPでは、国東半島の地図に「jaj.jp」の機能を収録、地図上の虫眼鏡マーク(※)をタップして詳細に進むと、看板のQRコードを読み取らなくても音声ガイドを聞くことができるようになっています。
「jaj.jp」の音声ガイドは、国東半島内、全19箇所に設置されています。(2019年11月18日現在)。
YAMAPアプリでは、国東半島の地図上、全15ポイントに「jaj.jp」の音声ガイドへのリンクを設置。虫眼鏡マークをタップすると、スポットの詳細と音声ガイドを愉しむことができます。
※音声ガイドのYAMAPアプリへの搭載は、以下の15ポイントです。五辻不動/岩戸寺/文殊仙寺/泉福寺/瑠璃光寺/両子寺/成仏寺/熊野摩崖仏/田染荘/富貴寺/真木大堂/長安寺/天念寺/昭和の町/夷谷と中山仙境
神を訪ね、仏に出会う。鬼に祈り、幸福を授かる。神と仏、そして鬼の信仰が交錯する九州の秘境、六郷満山。古より続く祈りを巡るちょっと不思議な散歩旅にあなたも出かけてみませんか?
真木大堂→鍋山磨崖仏→田染三宮八幡社→田染三宮の景→大門坊磨崖仏→田染本宮八幡宮→本宮磨崖仏→朝日観音→夕日観音→穴井戸観音→真木大堂 (8.5km)
六郷満山本山本寺8ヶ寺の一つにも数えられた六郷満山最大の寺院「馬城山伝乗寺」の後に立つお堂。本堂には国の重要文化財に指定された9体の木造仏像が安置されています。手前から大威徳明王像、阿弥陀如来・四天王像、不動明王・二童子像。大威徳明王像は国内最大を誇り、六郷満山に花開いた絢爛たる密教文化の痕跡を今に伝えます。
道路から石段を5分ほど登ると、鍋山磨崖仏にたどり着きます。右手に宝剣、左手に索を持つ不動明王像。その両側には、矜羯羅童子(こんがらどうじ)・制多迦童子(せいたかどうじ)が脇侍として付き従います。
田染三宮八幡社の向かいにある景勝地。国東半島特有の凝灰角礫岩(ぎょうかいかくれきがん)が作り出す奇景を眺めることができます。
多聞天、薬師如来、大日如来、不動明王に加え、尊名不明の磨崖仏2体が集落内の岩肌に彫られています。その彫刻は微細であり、目を凝らして探すとようやく全ての磨崖仏を見つけ出すことができます。
宗像三女神のうちの一柱、田心姫命(たごりひめ)を祀る八幡社。境内には、ユーモラスな表情の金剛力士石像が参拝者を出迎えます。
その名の通り、朝日を臨む絶壁に建てられたお堂に安置された仏様。焼仏と言われ、火災や災害でもはや原型を留めていません。このような姿になっても信仰の対象として祀られていることこそが、この地域の祈りの深さの証拠でもあります。
奥行き30mの洞窟の中に観音像が祀られています。この洞窟の天井からは「仁聞の隠れ水」と呼ばれる滴が常に滴っており、霊験があると言われています。
瑠璃光寺→密乗院棚田→関権現宮→歳之神社→油原渓谷→瑠璃光寺 + 車で両子寺 (11.5km)
※距離は車での行程を除く。
六郷満山中で最古のお寺と言われており、本尊の薬師如来像は重要文化財に指定。また、本堂内には、修正鬼会の際に用いられていた貴重な面も展示されており、往時の祭りの様子を今に伝えています。
川沿いの道を少し上がって行った丘陵地に密乗院の棚田はあります。周囲に広がる山々と整然と作られた美しい棚田のコントラストは、まさに絶景。
密乗院棚田周遊コースを回った後には、ぜひとも近隣の両子寺に寄りたいところ。国東半島の中央にそびえる両子山の名を冠する両子寺は、山岳修行の根本中道として、江戸期には隆盛を極めました。寺の敷地内には「両所大権現」の名が記された鳥居があり「神仏習合」を間近に感じることができます。また、敷地内奥の洞窟には、多くの石像が安置されており、神秘的な雰囲気です。