新型コロナウイルスが登山に与える影響は?国際山岳医・けんじり先生特別寄稿

各地で依然、猛威を奮い続けている新型コロナウイルス。4月7日に緊急事態宣言が発令され、私たち一人ひとりが危機意識を持って行動することが求められています。残念ながら、登山も例外ではありません。今は不要不急の外出(登山)は控え、家(うち)にいるのが最善の選択です。(※YAMAPとしての見解は「登山と自然を愛するみなさんへ、YAMAPからのお願い」にて全文ご確認いただけます。)

地域差はあれど、多くの登山者が山はおろか外出自体を制限せざるを得ない状況にある今、それぞれが様々な疑問や不安を抱いていることと思います。少しでもそれらを解消するきっかけをつくれないものかという想いから、今回の特別寄稿が実現しました。寄稿いただくのは、京都府立医科大学に医師として務めながら「辺境クライマーけんじり」としても活躍する小阪健一郎さん。医師と登山者、両方の分野に携わる小阪さんの寄稿文をもって、私たち登山者があらためてコロナウイルスのリスクを考えるきっかけになれば幸いです。

2020.04.16

小阪 健一郎

国際山岳医/辺境クライマー

INDEX

医療と登山を知るひとりとして

山を初めて十数年、登山日数は遠に1000日を超えその多くを誰も行かない辺境の誰も登らない岩や谷の初登頂、初踏破に費やしてきた。片手で数えられる程度の留年の経て、いつの間にか医学部を卒業し医師になっていた。決して感染症の専門家ではないが登山者にしては医学に詳しいということで、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という過去に誰も見たことがない未知の新興感染症について現時点で発表されている統計や医学論文をもとにできるだけ正確な理解を試み、その流行が登山に及ぼす影響について考えてみた。

登攀中のけんじり先生。誰も登らない岩壁、渓谷をゆくことから「辺境クライマー」の異名を持つ

新型コロナウイルスに感染するとやばい。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はやばい感染症である。4月15日現在の致死率は、フランスは15%、イギリス、イタリアは13%、中国、アメリカ4%、ドイツ2.6%、韓国2.1%、日本では1.4%、であり、医療崩壊している欧州諸国での致死率は1割を超え、ドイツ、韓国、日本のようなまだかろうじて真っ当な治療を供給できている国で1.4-2.6%である。季節性インフルエンザの致死率0.1%(2018-19年のアメリカ)と比べ、COVID-19はその14-26倍である。4月15日現在、PCRで確定診断された感染者は世界で195万人を突破し、4月に入ってからは1日に約8万人のペースで増えている。(*1)

さらに衝撃的なのが持病別致死率と年齢別致死率である。持病がない健康な人の致死率が0.9%に対して、糖尿病、慢性呼吸器疾患、高血圧症だと6-7%、循環器疾患だと10.5%という中国からの報告(2月11日までの集計)があり(*2)、4月15日時点での隣国韓国での年齢別致死率は60代は2.5%、70代は9.7%、80歳以上は22.2%という凄まじい値である(*3)。一方で、研修医や消防士をはじめとする若者が死亡したというニュースが英語でググればいくらでもヒットする。体力自慢の登山者も全く他人事ではない。また自分は無症状や軽症で済むかもしれないが、人に感染させてはいけない。ヨーロッパ旅行帰りの20代前半の京都の大学生に端を発した感染拡大は他府県にまたがり、4月8日時点で13府県で少なくとも70人まで拡大している(*4)。取り返しがつかない。

新型コロナウイルスの感染の仕方

写真提供:PIXTA

現時点で確認されている新型コロナウイルス(SARS-CoV2)の感染の仕方は飛沫感染と接触感染がある。飛沫感染というのは、咳、くしゃみはもちろん喋ったり歌ったりしたときに放物線を描いて飛ぶ飛沫(要するにツバ)が人の顔にかかって目鼻口の粘膜に付着することによって起きる。飛沫はマスクを通過できない。マスクなしでも射程距離は最大2mであり、それ以上離れれば届かない。大勢が歌っているライブハウスや酒に酔った饒舌が集う居酒屋などの湿潤した密閉、密集、密接の三密空間では乾燥を逃れた小さい飛沫(直径10~5μm未満の粒子)がふわふわ舞って、風向きによっては2m以上離れた人にまで届き、それを吸い込んだ人の上気道や下気道(簡単にいうと肺)にダイレクトに感染する、いわゆるエアロゾル感染の可能性も示唆されていて(*5)、実際クラスターが発生するのはそういった三密空間である。新鮮で乾燥した空気が大量にある屋外とくに山においてはエアロゾル感染は無視できる。

接触感染とは、感染者がくしゃみを手で受けたり鼻をかんだりしたときに手に付着したウイルスが、ドアノブ、机、キーボード、マウスなどの物の表面を介して人の手から人の手にうつり、その手を目鼻口に持っていくことで成立する感染である。同じコロナウイルスであるSARSウイルス(SARS-CoV)やMERSウイルス(MERS-CoV)は、物の表面で感染性が数日-1週間も保持されることが報告されていて、今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV2)も同様に物の表面で何日間も感染性を有するだろうと考えられている(*6)。インフルエンザウイルスの2-8時間(*7)と比べて極めて長い。飲食店などで何日も前に席に座ったCOVID-19患者が触った物を介して感染すると考えただけでゾッとする。触っただけで感染するわけではないので、ウイルスに汚染されてそうな公共のもの触ってしまった時は、その手で顔を触る前に慌てずにアルコールで消毒するか石鹸で手洗いしてリセットすればいい。

登山、ロッククライミング、ボルダリングジムの感染リスクと対策

大前提として発熱や咳などの症状がある場合は出かけないのが鉄則であるが、発熱や咳などの症状がなくても感染を否定できない。ダイアモンドプリンセスの乗員乗客でPCR陽性となった619人のうち、なんと318人(51%)もの人が検査の時点で無症状だったのである(*8)。また都市部では感染経路が追えない孤発例が増え、4月9日東京、福岡で7割、大阪で5割にも達していて(*9)、そういう例は無症状や発症前の人から感染した人もいるかもしれない。キャバレーやクラブに行ってなくても、その他なんの心当たりがなくても自分や家族、山仲間が無症状や発症前のCOVID-19患者じゃない保証はどこにもないのである。

新型コロナイウルス感染しない/させないために「密閉、密集、密接の三密を避けよ」と厚生労働省が警鐘を鳴らしている。現段階でわかっている感染経路の範囲では、登山というアクティビティの行為そのものは三密には当てはまらない。夏の富士山に見られる猛烈な混雑は密集に該当するかもしれないが、登山道に人が密集しても皆同じ方向を向いて黙って歩いている限りは、飛沫が人の顔にかかる心配は低いだろう。フィックスロープや鎖を介した接触感染が気になる人もいるかもしれない。駅のトイレのドアノブに比べれば触る人は圧倒的に少なく、僕の私見では大して気にしなくてもいいと思うが、用心をするという意味では、触った後に手をアルコール消毒すればいい。登山における感染リスクを最も気にすべきは、見ず知らずの他人からの飛沫感染や接触感染よりも、自分のパーティ内の感染である。2m以内に向かい合って喋らない、水筒を飲み回さないといった三密でいう密接の回避が登山でも特に大事である。

登山という行為そのものは感染リスクが小さい行為である。と申し上げたが、行き帰りの公共交通機関はどうか、山小屋はどうか、下山後の食事や温泉はどうかという問題がある。その場所が三密のどれに当てはまるかを考えて、注意して利用するか利用しないかは各自判断されたい。色んな状況があるだろうが一般的には、三密の満員電車、山小屋、入浴施設と飲食店よりも、テント、自家用車、コンビニやスーパーがベターで、単独自家用車で寄り道なしがベストである。パーティ登山するときは各自運転して寄り道せず登山口で集合解散したい。観光バスに乗り合わせ山に登り山小屋に泊まって宴会し下山後に飲食店に寄り道するといった感染リスクを絵に描いたような団体登山では、クラスター(集団感染)が発生しかねない。

辺境クライマーとして私自身が親しんできたロッククライミングの場合はどうかについても同じ想定のもと考えてみたい。パートナーが無自覚症状の感染者であった場合、ロープやギアを咥えて感染することは十分にありえる。他人とロープ組むときは要注意である。ホールドを介した接触感染はしうるのか、チョークは手を乾燥されるがウイルスの感染性が下がるかどうか全くの不明である。乾燥して感染力を失うといいのだが。診療に余裕があれば研究したい。

ボルダリングジムは場合によっては三密の一部から全部を満たしうる。換気がよくエアロゾルが発生しにくいジムで、他人から2m以上離れマスクをつけて、エタノールの液体チョークで登り、登った後に石鹸で手を洗えば感染する/させるリスクは低いだろうが、三密度合いでは居酒屋やライブハウス並みのクラスターが発生しうるだろう。

登山の怪我で医療機関に駆け込むことは、医療現場のリソース逼迫につながる?

YAMAP編集者からの上記の疑問についても考えてみる。COVID-19患者を診療しているのは現時点では主に内科などであり、少なくとも外科系(外科、形成外科、整形外科、皮膚科など)の診療所を怪我で受診したとしてもCOVID-19の診療を妨げる可能性は比較的低いと考えられる。しかし、もしも大怪我をして人工呼吸器やECMOを使った集中治療を受けることになればCOVID-19の治療とオーバーラップし、限りある医療資源を大きく逼迫しうる。

加えて、ヘリコプター、救急車、診療所、病院という三密を利用することで感染したり/させたりしようものなら、何人ものCOVID-19患者を増やし、何十人もの濃厚接触者を2週間自宅待機にさせ、さらには外来閉鎖や病棟閉鎖にだってなるやもしれず、インパクトは計り知れない。

感染対策と安全登山できざるもの山を登るべからず。

4月7日に安倍総理が緊急事態を宣言され、「今までどおり外に出て散歩をしたりジョギングをすることは何ら問題ありません」と断言されている。山を散歩すること自体は感染を拡大させるという医学的根拠もなければ、緊急事態宣言の趣旨にも反してもいない。しかし家を出て家に帰るまでが散歩である。登山に付随する山小屋、温泉、飲食店、公共交通機関を無思慮で利用するのは御法度である。COVID-19の感染対策が完璧であっても、山で事故って救急要請してしまっては感染対策もヘチマも全てパーである。感染対策と安全登山できざるもの山を登るべからず。

感染対策と安全登山に関しては、日本登山医学会のHPも参照されたい。
登山者の方々へ「新型コロナウイルスに関するお願い」

参考文献
1. https://ourworldindata.org/coronavirus
2. http://weekly.chinacdc.cn/en/article/id/e53946e2-c6c4-41e9-9a9b-fea8db1a8f51
3. https://www.cdc.go.kr/board/board.es?mid=a30402000000&bid=0030&act=view&list_no=366766&tag=&nPage=1
4. https://www.yomiuri.co.jp/national/20200407-OYT1T50306/
5. https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14278
5’. https://news.yahoo.co.jp/byline/sakamotofumie/20200318-00168478/
6. G. Kampf et al., J Hosp Infect 104, 246-251 (2020).
7. https://www.cdc.gov/H1N1flu/qa.htm
8. https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9422-covid-dp-2.html
9. https://www.sankei.com/politics/news/200407/plt2004070066-n2.html

トップ画像 写真提供:PIXTA

小阪 健一郎

国際山岳医/辺境クライマー

小阪 健一郎

国際山岳医/辺境クライマー

1988年生まれ、岸和田出身。大学山岳部に入部し登山を始め、その後、沢登りや「辺クラ」にのめり込む。『ROCK&SNOW』や『岳人』、『山と溪谷』などに記録を多数掲載。ブログ「辺クラ同人」 主な登頂歴:2013年インドネシアのバトゥダヤ主峰初登。2015年黒部横断(棒小屋沢-剣沢大滝-池ノ谷)継続沢登り。2016年トカラ列島の木場立神初登頂。2017年台湾の鹿野溪-寶来溪の継続溯下降(共に初踏破) ...(続きを読む

1988年生まれ、岸和田出身。大学山岳部に入部し登山を始め、その後、沢登りや「辺クラ」にのめり込む。『ROCK&SNOW』や『岳人』、『山と溪谷』などに記録を多数掲載。ブログ「辺クラ同人」
主な登頂歴:2013年インドネシアのバトゥダヤ主峰初登。2015年黒部横断(棒小屋沢-剣沢大滝-池ノ谷)継続沢登り。2016年トカラ列島の木場立神初登頂。2017年台湾の鹿野溪-寶来溪の継続溯下降(共に初踏破)。