「蔵王」と聞いてなにを思い浮かべますか? パウダースキーのゲレンデ? それとも雪をまとったスノーモンスター? 広大な自然を誇る蔵王の魅力は、それだけにとどまりません。アクセスのよいロープウェイを使って、秋の蔵王ならではの色とりどりの紅葉を味わってきました。
2020.12.21
麻生 弘毅
フリーランスライター
冬の日本海から吹きつける、水分をたっぷり含んだ風が生み出した氷の芸術…アオモリトドマツの樹氷が大量の雪をまとうことで巨大化した「モンスター」で知られる、山形県の蔵王。
そんな蔵王は、紅葉の名所としても名を馳せています。そこで、地元の魅力を知り尽くした「蔵王山岳インストラクター」の伊藤仁さん、蔵王生まれ蔵王育ちのスノーボーダー・岡崎祥平さん、宮城蔵王在住の西條りかさんとともに、蔵王の山々に広がる錦秋をたずね歩きました。
「昨日までずっと霧で、山の色づき具合が確認できなかった。で、今朝、いきなり霧が晴れたと思ったら山が真っ赤でしょう。みごとなタイミングですよ!」
そういって笑うのは、蔵王山岳インストラクターの伊藤仁さん。今年は猛暑が続いたため、例年よりも紅葉は2週間遅れ。10月中旬というこの時期は、例年なら雪が降りはじめる季節なのだとか。
「では、さっそく、紅葉の世界へまいりましょう」
山形県、宮城県の県境に、南北38km、東西20kmにわたって連なる蔵王は、かつての火山活動によりもたらされた山並み。その恩恵が火口湖の御釜であり、西暦110~200年頃に開湯したといわれる麓の温泉街なのだとか。ロープウェイが徐々に高度を上げると、温泉街を挟んだ向こう側に、存在感のある連なりが見えてきた。
「鳥海山に月山、そして朝日・飯豊連峰…わたしが“日本海アルプス”と呼んでいる山々ですね」
日本海上空の水分をたっぷりと含んだ空気は、シベリア高気圧による西風により“日本海アルプス”にぶつかり、雪となる。そうして生まれた湿った雪は山形盆地に落とされ、その東に位置する蔵王には乾いた雪が降り積もる…それが大正時代からこの地にスキー場がある理由であり、モンスターが生じる要因のひとつであると、伊藤さんは言う。
カラマツの森がブナのそれにとってかわる頃、ロープウェイは樹氷高原駅に到着した。
樹氷高原駅から蔵王ロープウェイ山頂線に乗り換える。黄に染まるブナがまばらになると、クリスマスツリーのようなアオモリトドマツの姿が。
「ここらは、標高10m単位で植生が変わるんですよ」
山麓は晴れ渡っていたが、にわかに霧に包まれる。霧から見え隠れする錦秋は、どこか幻想的な空気が漂っていた。
標高850mほどに位置する蔵王の温泉街から、ロープウェイで20分ほどで標高1,661mの地蔵山頂駅へ。そこは蔵王連山の地蔵岳(1,736m)と三宝荒神山(1,703m)のコルになった稜線上。この手軽さこそが、蔵王登山、モンスター巡りの人気の秘密なのだろう。本日のルートは地蔵山頂駅から片貝沼からドッコ沼、そして鳥兜山へ、そこから蔵王中央ロープウェイで下山…つまり、ルートのほとんどが下りのみ。
「では、さっそく三宝荒神山にまいりましょう」
蔵王地蔵尊をあとにし、整備された遊歩道を歩いてゆく。何百年も強風を受け続けてきたのだろう、大きく体を傾けた木が、風の強さと向きを示していた。
「サラサドウダンが色づいていますね。彼女らは花芽をつけて越冬するので霧氷がつきます…。こちらはザオウアザミ。蔵王の名を冠した唯一の植物です」
小さなヤマハハコの白い花を見つけると、寒風に負けないその姿に慈しみの声を漏らす。
「この近縁種がウスユキソウでありハヤチネウスユキソウ。ヨーロッパではエーデルワイスとなるわけです」
つい先日まで、ここはキリンソウとミヤマキリンバイの黄、そしてリンドウの紫が美しかったこと。ウラジロハナヒリノキには虫除けの薬効成分があり、その昔は焚き付けにも使ったこと――伊藤さんは山頂駅から三宝荒神山への10分ほどの遊歩道だけでも驚くほどたくさんのことを教えてくれた。
普段ならば見過ごしてしまいそうな雑多な自然のなかに秘められた、生き物たちが織りなす物語。そんな世界に触れさせてくれるのがガイド登山の魅力だが、伊藤さんの語り口はそうした職業意識、サービス精神以上のなにかに起因しているようだった。問わず語りに紡がれる自然の物語に、地元をよく知る岡崎さん、西條さんも目を丸くしている。
「ここは国定公園だからいけないことだけど…このキャラの実を食べてみると、鳥たちがこの赤い実をついばむ気持ちが分かるんだよね」
伊藤さんの問いかけは、小さな草花たちへの愛情の発露のようであり、この山を愛する若き後輩への伝えおくべき約束事のように聞こえた。
三宝荒神山をあとにし、雪のないゲレンデ「ザンゲ坂」を下ってゆく。右手の涸沢は、その昔、蔵王に一カ月以上滞在したトニー・ザイラー(オーストリア出身のスキー選手。1956年のコルチナ・ダンペッツオオリンピックのアルペンスキー競技にて、回転、大回転、滑降の種目で金メダルを獲得、初の三冠を達成した)が、映画『銀嶺の王者』で滑走した場所だという。徐々に標高を下げていくと、周囲は燃えあがるような紅葉に包まれていった。物言わぬ秋の饒舌さに、言葉を失ってゆく。
そんななか、赤い葉と黄色い葉をもつヤマブドウの前で伊藤さんは足を止めた。
「赤い色はアントシアニン、黄色はカロテノイドという色素によって変化します。どちらの色になるのかは、光合成の結果で違ってきます」
標高を下げるとともに霧は晴れ、青空の向こうに弾けるような紅葉をまとった三宝荒神山――。
青、赤、黄色。
奇跡のようなコントラストが広がっていた。ラッセルは得意だが、無雪期の登山は初めてだという西條さんが、気持ちよさそうに宙を見上げる。
「雪のない山もいいですね…」
そのひと言に、伊藤さんと岡崎さんは嬉しそうに笑っている。
パラダイスゲレンデを下り、シュリザクラの大木の横でひと休み。片貝沼のほうへ進むと、今度はダケカンバの大木が現れた。
「ダケカンバは斜面に生えて山を守ってくれる。樹皮には油分を含んでおり、火をつけると黒い煙が出るほど、立派な焚き付けになるんです」
いざというときの山の知恵を授かり、うなずくふたり。そうして現れた片貝沼は、これまでの行程で紅葉に慣れた目にもはっきり分かるほど、浮き立つような朱で覆われていた。紅葉という名の音なき交響曲を全身で受け止める。
雪の重みに幹を割かれながら、赤い実をつけるキャラの木。「これ以上赤くなれるのか」というほど燃えあがるハウチワカエデ。涼しげな薄緑でクールにたたずむのは、山菜としても知られるコシアブラ。このあたりは以前、炭焼きが行なわれていたそうで、若いブナの二次林が美しい。登山道を覆う幾重にも積み重なったブナの葉が、足にやわらかく心地よい。
「ブナの木は40万枚の葉をつけると言われています」
そうして落葉したブナの葉は、10年以上、腐らずに降り積もる。長い時間をかけて土と混ざり合ったブナは、雨水を漉すフィルターとなり、水の循環を支えてゆく…、そんな話をうかがっていると、森のなかからひょっこり、素敵なロッジ「SANGORO」が現れた。ほどよく疲れた体に、薪ストーブの温かさが嬉しい。ふたりは紅葉の名残を味わうように、薫り高いコーヒーをゆっくりと楽しんだ。
山を下りたわたしたち取材チームは、生粋の蔵王っ子である岡崎さんに連れられ温泉街へ。今日一日、ロープウェイで、リフトで、登山道でも「祥平くん!」と声をかけられていた岡崎さん。
「特別に顔が広いわけじゃなく、それだけ蔵王が狭いってことなんです」。そう言ってにっこり。
岡崎さんの案内で雰囲気のある路地をたどっていくと、かわいらしい木製の建物が現れた。
「蔵王には3つの共同浴場があるのですが、個人的におすすめなのが、この川原湯。源泉の真上に湯船があるんです」
最後に岡崎さんは、少しだけ恥ずかしそうにこう言った。
「もう一軒だけ、見てほしいところがあるのですが…」
そうして連れていってくれた店には、みごとなこけしが並んでいる。
「じつはここ、ぼくの祖父の店なんです」
能登屋工房栄治郎の当主・岡崎幾雄さんは由緒正しき蔵王高湯系の継承者であり、内閣総理大臣賞に3度輝いた名人なのだとか。
「まあ、ひとつ手に取ってみてください」
手のひらのこけしは、得も言われぬ温かみを備えていた。
2日目は、蔵王登山の顔とも言うべき御釜を眺めに出発。ところが、みるみる天気が崩れてゆく。
「それでも、晴れる可能性を信じて、登ってみましょう」
伊藤さんに代わり、地元・蔵王のよさを伝えようとする岡崎さん。ところが刈田リフトに乗ると、ますます霧が濃くなってゆく。
「山形の夏は暑いから、涼を求めて山に登るんだけど…それにしても今日は涼しいなあ」
吹きすさぶ風のなか、岡崎さんがおどけると、西條さんも明るく笑っている。ときおり強い風が吹くなか、蔵王連山の最高峰・熊野岳(1,841m)を目指す。右手には火口が広がり、その中央に御釜が見えるはずなのだが、残念ながらガスがかかっており、その姿は望めない。
こんなとき、うつむくのと顔をぐっと上げるのでは、ずいぶんと気分が違ってくるのだが、さすがはバックカントリーを舞台とし、ラッセルをものともしないスノーボーダー。ふたりは明るい声をあげながら、雰囲気を明るく変えてゆく。30分ほど歩いて山頂にある熊野神社へ。御朱印帳にしっかり判を押したら、熊野岳避難小屋でひと休み。持参したお茶で体を温める。
「せっかく蔵王まで来てもらったのに、なんかすみません…」と岡崎さん。
大好きな山を見てもらいたい――そんな気持ちがしみじみと伝わる。地方の山を登る楽しさは、そのひとつは、間違いなくこんな瞬間にある。
「山を下りたら、先輩のカレー屋さんに行きましょう! そこはコーヒーもおいしくて…」
吹きすさぶ風のなか、温かい気持ちで山を下りた。
この記事を読んで「蔵王に行ってみたい!」と思った方も多いのでは? そこでYAMAP MAGAZINE読者のために、蔵王索道協会とYAMAPが企画した雪の蔵王ツアーを紹介します。
蔵王といえば「スノーモンスター=樹氷」。その魅力を満喫できるスノーシューとスノーハイク(ショートスキー)のツアーです。
通常のツアーではゴンドラから樹氷を見ることが多いのですが、このツアーでは、ゲレンデを歩いて樹氷原を目指します。コース内には冬に咲く花「霧氷」などの東北の原風景が広がり、各ゲレンデにはリフトもあるため、雪山初心者でも無理のない変化に富んだトレッキングコースを楽しむことができます。樹氷ツアー以外の時間は、スキーや湯巡りを楽しめるので蔵王温泉の冬の魅力を満喫できるはず。また、登山ツアー最大手のクラブツーリズムのツアーなので安心です。
ツアーは2021年1月24日(日)発と27日(水)発の2本を予定。いずれも「GoToトラベル事業支援対象」となっています。また、《東京・大宮発着》だけでなく現地集合のプランも用意されています。
*GoToトラベルについては、状況によって変更の可能性がありますのでご注意ください。
SANGORO
住所/山形県山形市蔵王温泉中央ゲレンデ
電話/023-694-9330
川原湯共同浴場
住所/山形県山形市蔵王温泉川原43-3
電話/023-694-9328(蔵王温泉観光協会案内所)
上湯共同浴場
住所/山形県山形市蔵王温泉45-1
電話/023-694-9328(蔵王温泉観光協会案内所)
下湯共同浴場
住所/山形県山形市蔵王温泉30-2
電話/023-694-9328(蔵王温泉観光協会案内所)
酢川湯温泉神社
住所/山形県山形市蔵王温泉3
能登屋工房栄治郎
住所/山形県山形市蔵王温泉36
電話/023-694-9205
ホテルルーセントタカミヤ
住所/山形県山形市蔵王温泉942
電話/023-694-9135
音茶屋
住所/山形県山形市蔵王温泉935-24
電話/023-694-9081
「三大神一宮をめぐる蔵王巡礼御朱印帳」についてのお問い合わせは
蔵王温泉観光株式会社
電話/023-694-9417
原稿:麻生弘毅
撮影:西條聡
モデル:岡崎祥平、西條りか
協力:環境省、蔵王索道協会、蔵王温泉観光株式会社、タカミヤホテルグループ
衣装協力:カリマーインターナショナル株式会社