登山保険を山の「当たり前」にするために|YAMAPの中の人 #06

登山地図GPSアプリ「YAMAP」はダウンロード数がすでに250万を超え、今や安全登山を支える「登山者のインフラ」になりつつあります。単なる機能としての登山アプリを超え、安全登山のために何ができるのか日々試行錯誤する人たちをちょっとだけ覗いてみませんか? 安全登山には人一倍思い入れがあるという、アウトドアライターの米村奈穂さんが、YAMAPで働く「中の人」に迫る本シリーズ。第6回は、安全登山の伝え方について日々模索する、YAMAP登山保険の担当者が登場します。

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2021.06.25

米村 奈穂

フリーライター

INDEX

日本の山岳遭難の8割が中低山域で起きているにも関わらず、登山保険の加入者は、YAMAPユーザーの中でも、まだまだ少ない。自身の山での体験からも登山保険の必要性を強く感じる登山保険の担当者大村さんに、「届くべき人に、いかに届けるべきか」を模索する日々を伺った。

地方都市発のロールモデルを作る

「ジャズって1曲の大半がアドリブで占められているんです。バンドメンバーがアイコンタクトでコミュニケーションを取りながら演奏するのが楽しくて」と山とは対極にありそうな活動の一面を見せてくれた

趣味はベース。それもジャズと聞いて合点がいった。ジャズの即興演奏をうまくまとめるバンドのリズム隊。そんな大村雄太さんのYAMAPでの肩書きは、コミュニティリーダー。これまで行われてきた数多くのイベントを担当するなど、ユーザーとのコミュニケーションの先頭に立ってきた。

前職は、食品メーカーの営業をしていた大村さん。最初の配属先として福岡へ来て、縁もゆかりもないこの土地に根付くことになる。

「九州は来てみたら本当にいいところで、食べ物もおいしいし、周りに自然もたくさんあって、街も暮らしやすくて、出会う人はいい人ばかりで。ここにずっと住みたいと思うようになったんです」

地場企業への転職を考えていた時、YAMAPに勤めていた大学の同級生に営業の募集をしているから話を聞いてみないかと誘われる。軽い気持ちでYAMAPへ出向いたところ、代表の春山さんが出てきた。

「話を聞いたら一気に引き込まれてしまいました。春山さんが、東京一極集中の社会って健全じゃない、ベンチャー企業は東京に行った方が成功率は上がるけど、地方でもやれるんだというロールモデルを作りたいと話していたことにすごく共感できました。

春山さんの目がキラキラしてたんですよ(笑)。今のこんな世の中で、こんなにクソ真面目にまっすぐに自分の理想を語る人ってあんまりいないなと思ったんです。この人は一切打算がないなって。ここで働きたいと一発で思いました」

コミュニティリーダーとしてユーザー向けのイベントを取り仕切る大村さんが、もう一つの担当業務として力を入れているのはYAMAPの登山保険。生命保険や自動車保険など、保険には勧められるがままに入るという人が多いのでは。入る側がこんな風に受け身なのだから、保険を商品として勧めるのはとても難しそうに思える。

「登山保険って、他の保険と違ってみんなが入っているものではないじゃないですか。選ぶのが難しい以前に、入らなくてはいけないものなのか?というところから疑問が始まると思うんですよ。まずは、登山保険ってこんなに大事なものなんだよ、とそもそもの必要性を伝えることが重要だと思っています」

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遭難の8割は中低山域で起きている

ユーザーの中で、YAMAPの保険加入者はごくわずか。他社の登山保険に入っている人も含めて、希望的観測でみれば、登山者人口の2割から3割の人は何かしらの保険に入っているのではと大村さんはみている。

ただ、それでも少ない。「低い山しか登らないから」という理由で入っていないのであれば、それが一番危険だと危惧する。山岳遭難の約8割が2,000メートル以下の山域で発生している。その内、4割は1,000メートル以下の中低山域だ。

日本山岳・スポーツクライミング協会『第15回山岳遭難事故調査報告書』より抜粋し、図を作成

「みんながイメージする遭難やレスキューって、高い山に登って岩場から滑落したとか、雪山で雪崩に巻き込まれたとかだと思うんですが、そうではないことをもっと知ってほしいです。実は、遭難の原因の約4割が「道迷い」です。道迷いは、YAMAPを適切に使っていれば防げるのですが、それ以外にも遭難する要因はたくさんあります。

天候が悪化して下山に時間がかかってしまったとか、木の根っこにつまづいたり、落ち葉に滑って骨折して歩けなくなった、持病の発作が起きて動けなくなったなど、そういうリスクまで想定してほしいなと思います。

僕も近場の低山である宝満山に何度も登っていますけど、どれだけ慣れていても転びそうな時は必ずあります。絶対遭難しない山は一つもありません。装備の一つとして、保険がもっと当たり前になったらいいなと思います」

高い山に登る場合や、安全登山の意識が高い人はすでに保険に入っていることが多い。本当に必要な人に、保険の必要性を伝えるにはどうしたらいいのだろう。

「安全登山をしましょう、登山計画を立てましょうという情報発信を繰り返して、保険に入りましょうというのも、それはそれで大事なことですが、それって言い換えれば半分お説教みたいな感じがすると思うんです。

ときどき、強い口調で、マナーの悪い奴が山に入るんじゃないとか、地図も読めない奴が山に入るんじゃないとかいうベテラン登山者と思われる方の意見を見かけます。そう言いたい気持ちもわからないわけではないんですけど、ただ批判したり嘆いているだけじゃ何も変わらないと思います。

いわゆる“お説教”が響くような意識の高い人には、すでに伝えるべきメッセージは届いているんじゃないかと。そうではない人にいかに伝えるか、それが僕たちが一番考えないといけないことだと思うんです。

例えば、保険の広告を漫画で作ってみたんですけど、それを読んだ方が勉強になったとか、自分も登山保険に入ろうと思ったという意見をSNS上に書かれているのを目にして、これも一つのコミュニケーションの形としてありかなと思いました。安全登山や登山のマナーもですが、単なるお説教ではなく、守りたくなるような伝え方を大事にしたいですね」

全て備えたうえでの保険

「大村さんは、ユーザーさんとすぐに仲良くなるんです。オフ会イベントなどを積極的に開催していますし、プライベートでユーザーさんの山登りに誘われたりも」と語るのは同僚の﨑村さん。「だから、ユーザーの立場に立てる。彼のユーザー目線の提案は素晴らしいと思っています」

初心者の時、一番不安だったのは、登山装備をどこまで揃えるかということ。保険を装備の一つと考えるのはどうだろう?

「そうですね。例えば、快晴の時でもカッパを持っていくのって、もしかしたら雨が降るかもしれないからじゃないですか。ヘッドライトを持って行くのも、もしかしたら下山が遅くなって暗くなってしまうから。という感じで、もしかしたら動けなくなって遭難するかもしれない。だから保険に入っておこうと、同じように考えてもらえれば装備の一つとして捉えやすいのかなと思います。

自分の経験としてもあるんですが、万が一の事態になった時、保険に入っているからレスキュー費用の心配をしなくても大丈夫と思うことで、落ち着つけることもあります」

大村さんは、四国の剣山に登った際、稜線に出る手前で雷に遭ったことがある。

「光と同時に音が鳴るんです。100メートル先くらいに落ちていましたね。死ぬんじゃないかと思いました。その時は奥さんと、たまたま居合わせたご夫婦と一緒だったんですが、僕が行こうと言えば行くし、戻ろうと言えば戻るような状況で。自分がどうするか決めなくちゃいけない、3人の命を預かったようなプレッシャーもありました。

万が一の時って絶対パニックになると思うんですよ。装備やエスケープルート、レスキュー依頼のこととか、いろいろ考えましたが、正常に頭が働いている気がしなくて。そんな時、保険に入っているからレスキュー費用のことは大丈夫だなと思った瞬間、それだけで、少しだけ冷静さを取り戻し、安心できたことを覚えています」

登山保険を担当する前と後とで、意識はどう変わったのだろうか。

「保険そのものがどうこうというよりも、もっと大きく捉えて、安全登山に目を向けるようになりました。結局、遭難しないことが一番なので、まずは保険を使わなくていい状況にいるためには何が必要かを考えるようになりましたね。

遭難のことを勉強する中で、自分自身でも認識不足だったところはたくさんあったし、そういった目線で周りを見ると、危なっかしいなと感じる人はまだまだいます。

そういう人たちにどうやって安全登山について知ってもらおうか考えるようになりました。YAMAPをちゃんと使いこなそう、登山計画をちゃんと立てよう、みまもり機能を使おう、装備をちゃんと揃えよう。それらをちゃんと伝えた上で、保険があるんだと思います」

登山者には頼れる存在がいる

大村さんは「今は都市化が進み過ぎていて、自然と街との暮らしが乖離してしまっている。テクノロジーの力でもっと安全にアウトドアを楽しめるようにして、都市と自然をつなぐんだ」と言っていた、代表の春山さんの言葉がすごく腑に落ちたそう

大村さんは、六甲山のレスキュー隊にインタビューをしたことがある。その時のことも聞いてみた。

「六甲山では、2019年で見ると82件もの遭難事故が発生しているんです。それだけ神戸市民や関西の人に愛されている山でもあり、気軽に入れる山なんだと初めて知りました。

六甲山に限らずだと思うんですが、レスキュー隊の人たちはかなり研究をされていて、遭難者の心理状況を分析して捜索に行くそうです。道迷いであれば、どういう場所で迷いやすいのか、時間帯はいつか、ここで迷うとどう行動しがちなのかなど、僕らなんかでは遠く及ばないくらい遭難についての知識を持っていて、頼れる存在だと感じました。

でも、一番印象に残ったのは、話の最後に『私達は、遭難者を見つけ出すための訓練をしています。万が一の事態に陥っても、絶対に見つけ出して救助するので、諦めないで信じて待っていてください』とおっしゃっていたことでした。

遭難者に対し、『そんなことでレスキューを呼ぶな』とか、『準備不足の自業自得だ』など、外野からの心ない言葉をよく耳にします。自分自身、レスキューを呼ぶのって、嫌がられるんじゃないかというイメージを持っていたんですね。

でも、レスキュー隊のような心強い存在がいることを知っていると、自分でどうしようもないときは頼ってもいいんだなと思えます。現場の人たちのプロフェッショナルな部分を知ることができて感動しましたね。そういう人たちがいてくれるからこそ、僕たちは自分たちでできることは備えないといけないと思いました」

何の登山保険でもいいから備えて欲しい

大村さんに、今、登山者に伝えたいことを聞いてみた。

「安全登山のためにYAMAPのアプリは必要です。でもホンネを言うと、GPSアプリを使ってさえくれれば、究極、他社のサービスでもいいと思ってるんです。保険もYAMAPの登山保険でなくても何でもいい。使えるものは何でも使って自分の安全を確保するということ、どうにかして生き残るということを第一に考えて欲しいです。その中で、YAMAPが選択肢に入ってくれれば嬉しいなと思います。

GPSアプリを作っている人はみんな同じ想いを持った同志だと勝手に思っています。同時に、登山業界がもっと変わっていかないといけないなと感じる部分もあります」

確かに、安全登山のために使えるツールは昔と比べれば格段に増え、毎年進化し続けている。登山業界はどう変わるべきなのだろう。

「警察の遭難事故の発表と同時に、地図とコンパスを必ず持ちましょうと書いてあったりするんですけど、地図とコンパスを正しく使える人ってどのくらいいるんだろうと。結構練習しないとできないことじゃないですか。そこでGPSアプリを持って行きましょうとなればいい、それがもっと当たり前になればいいなと思います。あ、もちろん読図の知識は必要なんですけど。

スマホはバッテリーが切れたらダメじゃないかと言われますが、ヘッドライトの予備の電池や、ガス缶の予備と同じように、モバイルバッテリーを持っていけばいいですしね。

山ではスマホのGPSアプリを使い、バッテリーを持っていく。それが当たり前になるために、業界全体で呼びかけていけるようになれば良いなと思っています」

テクノロジーで救える事故や命はたくさんある。それをどうやって伝えるべきか、最先端の現場で模索している人たちがいる。自分の身を守るためにできることをどれだけできているか。私たち登山者にも、まだまだやれることはたくさんある。

(撮影:YAMAP 﨑村 昂立)


大村さんが担当する「YAMAP登山保険」はこちら。

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。