YAMAP×伝統工芸プロジェクト|日本古来の技術で新たな山道具を創り出す

北海道から沖縄まで、東西に長く伸びる私たちの国「日本」。各地の多様な風土に育まれ、職人たちの手によって受け継がれてきたものづくりの技術が「伝統工芸」です。

「YAMAP」では今回、福岡県八女市に拠点を置く地域文化商社「うなぎの寝床」と、伝統工芸の商品開発やブランディングを多く手がける「TIMELESS」との共同プロジェクトを立ち上げ、福岡県の伝統工芸技術を生かした山道具を開発することになりました。この記事ではプロジェクトの概要と、2022年6月頃からYAMAP STORE(ヤマップストア)で販売を予定している山道具をご紹介します。

2022.03.28

米村 奈穂

フリーライター

INDEX

伝統工芸品の今

伝統工芸品の工房には、年季の入ったノミやカンナ、彫刻刀があちこちに美しく整頓されていた。工房内は木屑のいい香りに包まれる

「伝統工芸品」と聞いて、自分の身の回りにあるものを思いつく人はどのくらいいるだろう?

この数十年で私たちの暮らしは、大量生産の品々に埋め尽くされ、職人の技によって丁寧に作られた伝統工芸品は、その姿を失いつつある。

そもそも、伝統工芸品とはなんだろう? 実は、伝統工芸品にはきちんとした定義があるのだ。国が定めた「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」には、下記の要件が明記されている。

一 主として日常生活の用に供されるものであること。
二 その製造過程の主要部分が手工業的であること。
三 伝統的な技術又は技法により製造されるものであること。
四 伝統的に使用されてきた原材料が主たる原材料として用いられ、製造されるものであること。
五 一定の地域において少なくない数の者がその製造を行い、又はその製造に従事しているものであること。

全国的に有名なものでいえば、石川県の輪島塗、京都府の西陣織、佐賀県の有田焼などだろうか。しかし、伝統工芸産業の現状は、生活様式の変化や海外からの安価な商品の流入、消費の低迷などにより、生産高も従事者もピーク時(1980年代前半)の5分の1まで落ち込んでいる。

今回、YAMAPが取り組むプロジェクトは、YAMAP本社がある福岡県が実施する「伝統的工芸品新商品開発事業」の一環として始まったもの。このような厳しい状況の中で、伝統工芸産業が生き残るための打開策として、県内の伝統工芸と企業やクリエイターとのコラボレーションにより新商品の開発や販売を支援する事業だ。

プロジェクトチームの3人。左から、「YAMAP」の乙部さん。「TIMELESS」の永田さん。「うなぎの寝床」の白水さん。うなぎの寝床旧寺崎邸にて

今回のプロジェクトに取り組むのは、商品開発や進行管理・生産者とのつなぎ役を担う「うなぎの寝床」と、全体のプロデュース・商品企画・デザインサポートを担う「TIMELESS」。商品検証・商流設計を担うのが「YAMAP」だ。それぞれの立場からプロジェクトへの想いを聞いてみた。

きっかけは、YAMAPの「山×ものづくりプロジェクト」

福岡県で経済産業大臣指定の伝統的工芸品に選ばれているのは、博多織、博多人形、久留米絣、小石原焼、上野焼、八女福島仏壇、八女提灯の7つ。今回のプロジェクトではその中でも、博多人形、八女福島仏壇、八女提灯、3工芸の技術を生かした山道具を開発する。

地域文化商社「うなぎの寝床」代表の白水さん。奥さんの実家が久留米絣の工房だったことから、伝統工芸に興味を持つ

まずは、3社でプロジェクトを進めることになったきっかけを「うなぎの寝床」代表の白水さんに聞いた。本事業の受託者であり、これまでも福岡県八女市を拠点に、久留米絣や上野焼・八女福島仏壇との商品開発を手がけてきたキーマンとも言える存在だ。

白水:「TIMELESSの永田さんが、YAMAPとうなぎの寝床で一緒に商品開発をした応量器・ヤマフロシキの取り組みに注目してくれていたんです。TIMELESSは、全国の伝統産地の課題解決にも携わっている企画やデザインの会社で、永田さんは『山道具とものづくりのコラボは面白い、ちゃんと続けていったほうがいい』と言われていました。その延長線上で、山と伝統工芸という形で一緒に提案をしてみないかと誘われ、YAMAP代表の春山さんに相談したのがきっかけです」

YAMAPとうなぎの寝床の「山×ものづくりプロジェクト」で生まれた応量器は、YAMAP STOREやうなぎの寝床旧寺崎邸で販売されている。石川県加賀市の伝統工芸品である山中漆器の工房「我戸幹男(がとみきお)商店」で作られる

YAMAPとうなぎの寝床が手がけた過去の取り組みが違うクリエイターに伝わり、新たな商品が生まれようとしている。このプロジェクトでのうなぎの寝床の役割はどこにあるのだろう。

白水:「八女福島仏壇の組合とは、商品開発などでこれまでもやり取りをしていたので、ある程度関係性や技術の把握はできていました。八女提灯の工房にも知り合いがいました。福岡県に活動拠点があり、伝統工芸業界ともつながりがある僕らは、産地の翻訳者的な役割を担っているのだと思います」

うなぎの寝床は、八女を拠点とするだけあって、地域の伝統工芸産業との接点が多い。それが今回のプロジェクトを推進するにあたっては大きな力になった。例えば過去に受け取っていた試作品が、ふとしたきっかけでアイデアをもたらしてくれたこともあったのだという。

白水さんは、以前に仏壇組合から八女福島仏壇の技術で作られた地獄組の木製コースター試作品をもらい受け、事務所に置いていた。今回のプロジェクトで議論が行き詰まっていた時、そのコースターのデザインがきっかけとなり地獄組を生かしたテーブルを作ることに決まったのだ。

伝統工芸の産地に拠点を置き、作り手と関わり続けていたからこそ気づくことがある。それがうなぎの寝床の強みであり役割だ。

左側は地獄組の天板を付けたミニテーブル。地獄組は手作業でしか組むことができず、一度組むと外れない。右側は仏壇の引き出しなどに使われている雲の形をモチーフにしたミニテーブル

しかし、伝統工芸品というと大事に飾っておくイメージがある。繊細な印象の伝統工芸品の技術を、ハードに使いこなす山道具に生かすことはできるのだろうか?

白水:「今回の取り組みで面白いと感じたのは、伝統工芸品と山道具の作り込み方の違いです。伝統工芸品は、何かを足していってどんどん作り込むものですが、山道具は携帯性を考えて、どんどん削って軽くしていかなければならない。全く逆なんですね。

今回、“山で使う商品”という条件設定をしたことで、これまでとは違う方向へ、なおかつ技術は生かしていくという新しいチャレンジができた。そこに意味がありました。

博多人形、仏壇、提灯は現代では、馴染みのない人もいる。大きく生活様式が変わった時代にあって、伝統工芸産業は日常との接点が少なすぎるという問題に直面しているんです。技術やアイデンティティーを生かしながらいろんな接点を増やしていかなければ、伝統工芸品はこの先、非日常のままで終わってしまう。

そのチャレンジは常にしていくべきです。そのためには、何かに特化して活動をしている人たちやメディアと、新しい切り口で物を作ってアウトプットしてみることが重要。山道具というのは、面白い挑戦だと思っています」

地域の風土が伝統工芸を育む

八女福島仏壇の溝田工芸。分業制の中の宮殿という木を組み立てる作業を担う。工房内はあらゆる形をした木材と木屑で埋め尽くされ、宝箱のようで見惚れた

今回、話を聞く前に八女福島仏壇の工房を訪れてみた。仏壇は分業制で作られていて、大きく分けると、木地、宮殿、彫刻、塗装、金具、蒔絵の工程がある。この地域にそれだけの産業があり、各分野の職人さんがいることに驚いた。なぜ八女ではこんなに伝統工芸が盛んなのだろう。

「時代の流れが影響していると思うんです…」と言いながら白水さんが差し出したパソコンの画面には、9万年前に阿蘇山が噴火した図が…。「9万年⁉︎」と驚くと、白水さんは笑って語り出した。

9万年前の阿蘇の大噴火から伝統工芸につながる説明をしてくれる白水さん。伝統工芸は、その土地の風土を私たちに教えてくれる

白水:「実際そうなんですよ伝統工芸って。例えば、八女は石灯籠の一大産地なのですが、それは阿蘇山の噴火の延長線上にあります。灯篭に使われる八女石は、阿蘇山から噴出した火砕流が固まってできた凝灰岩。凝灰岩はもろくて削りやすいことから石灯籠という産業が生まれました。

また、林業が盛んな日田から切り出された木材はかつて筑後川を利用して運ばれていましたが、その木材が集積していた有明海沿岸の大川には船大工職人が育ち、そこから木工家具の産業が生まれました。隣町の八女では、指物大工が技術を磨きながら仏壇製造を志し仏壇の産地になったんです。また、八女を流れる矢部川の流域では、和紙の原料である良質な楮(こうぞ)が採れるのですが、それと竹材を組み合わせることで八女提灯は生まれました。

産業には地の利が大きく影響しています。伝統工芸は、土地の成り立ちにアクセスできる媒体でもあるんですね。うなぎの寝床は、地域文化商社と名乗っているので、こういった地域産業の背景を伝えることも重要な活動のひとつなんです」

視点のズレが、新たな商品を生む

「うなぎの寝床旧寺崎邸」。古い民家を利用した店舗の中に、日本全国のつくり手の製品が所狭しと並ぶ。それぞれに丁寧な説明も添えてあり、ゆっくり時間をかけて見たくなる

地域産業と深く関わってきたうなぎの寝床が、今回YAMAPやTIMELESSと一緒にものづくりに取り組んだことで新たに見えてきたものはあるのだろうか?

白水:「今までと違う視点で、ものづくりに取り組むことができています。YAMAPでプロジェクトを担当している乙部さんに、ミニテーブルの試作品をチェックしてもらった時も、いいと思う基準がうなぎの寝床の基準と違ったんです。機能性の捉え方が違う。

これまでは、ベーシックなものを作ろう作ろうとしていました。地獄組は特徴が出過ぎちゃったかなとか、博多人形師に作ってもらったペグの頭に付ける人形も、もう少しデフォルメして可愛いくした方がいいんじゃないかとか。いつも工芸に携わっていると、生活に馴染ませるためにもっとカジュアルにした方がいいと思ってしまうんです。

『無理に特徴を抑えるよりも、伝統工芸の良さを生かしたデザインの方がいいのでは?』という乙部さんや永田さんの意見を聞くと、確かにそうかもなと思える。

そのズレが面白いし重要なんです。3社が少しずつ違う視点を持ち、その視点の掛け合わせで今回のプロダクトができたと思っています。伝統工芸という非日常的なものを扱っているので、日常に落とす時にどういう視点でやるか、変換の方法には様々なパターンがあります。今回は、3社独自の視点を組み合わせてその変換を行うことができた。結果、今までにないプロダクトが生まれました。それは山というテーマがあってこそだと思っています」


何屋が、何を作るのか?が面白い

YAMAP STOREのオリジナル商品の企画開発を担当する乙部さん。前職は、アウトドアメーカーで商品企画の仕事をしていた。もっと山に還元できる仕事をしたいと、2021年からYAMAPのメンバーに

次に、商品の検証・商流設計を担当するYAMAPの乙部さんに、商品企画中のエピソードを聞いてみた。3人の中では、登山者に一番近い感覚を持っている。

東京でYAMAP STOREのオリジナル商品開発に携わる乙部さんは当初、これまでも伝統工芸に携わってきた他の2人との間に工芸に対する温度差を感じていたのだという。その温度差は、工房を見て、職人さんの話を聞いて、試作品ができてと、工程が進むにつれ薄まっていった。

乙部:「“伝統工芸で山道具を”とは言っても、もともと外で使うことを想定していないものをどうやって山にフィットさせていくか…非常に悩みました。

八女提灯は、提灯の技術をいかしながら、アウトドアに必要な耐水性をつけられないか? バッテリーの制約を受けないようにソーラーパネルを使ったものができないか? など山用のランタンを作る具体的なイメージが湧いたのですが、八女福島仏壇や博多人形などは、なかなか具体的な商品アイデアを思いつくことができなかったんです。

特に仏壇の場合は、工程が非常に複雑で多くの職人さんが関わるので、どの工程・技術を使って商品を作るか、なかなか決まりませんでした。YAMAPのユーザーさんにとって便利で、かつ伝統工芸の技術を活かせるものを…という点を意識して議論を重ねました。散々悩んだ末、地獄組の技術でミニテーブルを作ることになったんですが、そこに行き着けたのは、白水さんも言われていたように、うなぎの寝床さんの事務所にあった地獄組の見本がきっかけでした」

このプロジェクトにおいて筆者が一番ピンとこなかったのが博多人形だ。繊細な素焼きの人形と、アウトドアグッズの中でも酷使されるペグ。どうやってその組み合わせに行き着いたのだろう?

乙部:「博多人形については、焼き物を使った伝統工芸であることから、そのまま山道具に転用することが難しく、一番悩みました。

方向性が見えたきっかけは、“YAMAP STOREでガレージブランドのペグがとても人気だ”という雑談でした。ペグだったら、鋳型を作る工程で博多人形の造形技術を活用して、今までにないデザインのものを作れるんじゃないかという話になったんです」

博多人形師の小副川太郎さん。大学卒業後に建設業を経て、家業を継いだ。ペグの先端に博多人形らしいモチーフをつけたいというプロジェクトメンバーのアイディアを形にしたのが小副川さんだ。複雑で非常に細かい造形を得意とされる

博多人形の技術を使った山道具は、ペグの先端に狛犬がついたもの。2本セットでの販売予定で、テントの前室部分に使うことで入口に対の狛犬がいるような雰囲気を出せる。そこには、厳しい自然と、身体を守り休めるテント内との間に結界を張るという博多人形が持つ「魔除け・縁起物」の伝統も生きている。この商品は、博多人形師さんのアイデアが元となった。現在、アルミでの鋳造を試している段階だ。

山道具が伝統工芸と私たちをつなげる

八女提灯のシラキ工芸の絵付け工房。若い絵付け師さん4人が、一日中ここで提灯に絵を描いていた。この方は職歴11年。仕事にやりがいを持ち働いていると話してくれた。後継者不足の中で貴重な人材だ

真逆のようにも感じる伝統工芸品と山道具の性質。乙部さんはその融合をどのように図っていこうと考えているのだろうか?

乙部:「伝統工芸品と山道具の融合と聞くと、多くの方は全く想像がつかないと思うんです。伝統工芸品というと、なんとなく繊細で大事にしなくてはいけないものという印象がある。私も最初は同じでした。今回取り上げた3つの伝統工芸の技術も、アウトドアで使うことを想定して培われてきたものではありません。一方、山道具は過酷な環境下での使用を想定して作られるものなので、スタートが全然違う。

そこに短絡的な共通点を見出すというよりも、普段使う山道具に職人さんの息遣いや歴史文化といったエッセンスが入ることで、愛着が湧くプロダクトが生まれるのではないかと私は考えています。

誰が作ったものなのか、どういう思いが込められているのかを知ると、より使いたくなるし持って行きたくなるんじゃないかと。そういった商品の背景が伝わればいいなと思います」

下書きは鉛筆で花の位置を入れるだけ。迷いのない筆さばきでサラサラと描いていく。盆提灯には秋の草花が描かれることが多い

最後に、どういう登山者に今回生まれた山道具を使って欲しいかを聞いてみた。

乙部:「代表の春山を始め、YAMAP STOREに携わるスタッフは、大量生産・大量消費の世界に疑問を感じており、その流れを変えたいと思っているんです。確かに、もっと安いものが欲しい、もっとバリエーションが欲しいと思う方も多くいらっしゃいます。でもYAMAP STOREは、そこを目指していません。大量生産・大量消費の市場原理を追い求めていくと、未来の自然を損なうことにつながってしまうためです。

一生使える、自分たちが本当にいいと思ったものだけを、きちんと使ってくれる人に届けたいという考えで運営しています。“これなら一生付き合っていける”とか、“これがあれば自然を損なわずにアウトドアを楽しめる”とか、そういった観点で山道具を選んでくれる方が少しでも増えるといいなと思います」


アウトドアグッズの未来は過去にある⁉︎

TIMELESSの永田さん。金沢美術工芸大学を卒業後、金沢21世紀美術館で展覧会のプログラムコーディネーターを勤めていたことも。伝統工芸や自然素材の知識も豊富だ

最後に話を聞いたのは、全体のプロデュースと商品企画、デザインサポートを担当するTIMELESSの永田さん。このプロジェクトの発案者でもある。前述のように、このプロジェクトのきっかけは、永田さんがYAMAPとうなぎの寝床がコラボレーションして作った応量器やヤマフロシキの取り組みに興味を持ったことだった。伝統工芸と山道具がコラボレーションすることになぜ可能性を感じたのか聞いてみた。

永田:「地域の素材を用いて道具を作り出す伝統工芸の文化は、風土や自然を楽しむ登山・アウトドアと相性がいいと思ったんです。とはいえ、山道具の機能はどんどん向上し、人を主体として、自然から身を守る防具のようなものになっています。自然を楽しむ時に使うものなのに、環境に優しくない素材のものもあります。

しかし、岩に打ち込むクライミング用具が自然に負荷をかけない仕様に変わってきているように、登山・アウトドア業界の中にも、再生素材が使われるようになったり、自然との一体化を目指す流れが徐々に起きています。だったら、もともと自然由来の素材で作られた工芸の要素を登山・アウトドアに取り入れたらいいのではと思いました。

日本の伝統工芸は、1990年代半ばくらいまではしっかりと自立した産業でした。しかし近年では、その市場規模が縮小しており、これまでのスタイルが通用しなくなってきています。そんな中で、伝統工芸の業界内でも、他の分野と協業して新しい価値を見出していこうという動きが出てきているんです。

環境へ配慮した商品の開発へシフトしつつある登山・アウトドア業界と、自然をベースに持ちながら他の業界と協業し、新しい価値を生み出そうとしている伝統工芸って、意外と相性いいんじゃないかと思ったんです」

博多人形は、造形が複雑になるほど工程も難しくなる。この造形技術がペグに生かされる

永田:「ただ現段階では、伝統工芸×アウトドアで作られた商品には実用性がまだまだ低いものも多く見られます。例えば、ある地域で作っているシェラカップは火にかけられないんです。銅を酸化させて色を浮き出させる工芸の技術を使っているんですけど直火にかけられない。ナイフの柄を漆で塗っているものもありますが、水場で使うと滑って危ない時もある。

そんなふうに、工芸が前に出過ぎると山道具としては使いづらいものになってしまうケースがある。YAMAPさんと組めば、工芸と山道具、その両方からアプローチできるので、落とし所を見つけられるんじゃないかなと思った次第です。乙部さんに登山で必要とされる機能について、いろいろ教えてもらえたので、対応できる技術も見えてきました。今後、自然素材の山道具はもっと増えていくと思いますよ」

登山者だからこそ、工芸を楽しめる

うなぎの寝床の中庭で、和紙の原料であるミツマタの蕾がほころび始めていた。山中では見事な群落を見られることもある

これまでも伝統工芸の産地と関わり続け、自身もアウトドアが好きで、小学校から中学校まではボーイスカウトにも入っていたという永田さん。どちらも好きだからこそ感じることもあったようだ。伝統工芸の要素を含んだ山道具ができたとして、登山者は伝統工芸品の新たな需要層になりうるだろうか?

永田:「旧来の伝統工芸品を家の中で使うシーンは、これからますます少なくなっていくでしょう。私たちの生活様式とのズレが顕著になってきているんです。家事でいえば、どれだけ手間を無くして、便利で楽できるかという機能に向かっています。

でも山に登る人は、手間を楽しもうとしていたり、物へのこだわりがあるので、工芸を楽しむ要素を無意識的に持ってるんじゃないかと思います。ガレージブランドも増えてきて、名が知れたブランドであるというよりも何かに挑んでいる方が面白そうだとか、そのプロダクトにストーリーがあるかとか、そういうことに重きを置いて山道具を選ぶ人が増えてきている。

品質が良くて、ストーリーがあれば、伝統工芸の技術で作られた山道具を選んでくれる人は意外と多いんじゃないかと思っています」

博多人形の工房を見て、このプロジェクトへのスイッチが入ったという乙部さん

全国各地に、その風土から生まれた伝統工芸品があるように、その土地土地の素材や技術を生かした山道具がある。今回、皆さんのお話を伺ってそんな未来を想像してみた。

いつの日か、登山者が伝統工芸の技術によって作られた山道具を手に各地の山に登り、伝道師のように様々な伝統工芸品を広めていく未来が来るかもしれない。その結果、伝統工芸が再び脚光を浴び、山には、素材を求め再び人の手が入る。そうすれば荒廃した里山も蘇る。伝統工芸も、森も元気になる未来なんて、夢を見過ぎだろうか?

うなぎの寝床旧寺崎邸の縁側にて


今回のプロジェクトから生まれた商品の入手方法は?

このプロジェクトで開発された商品は、6月頃からYAMAP STOREにて販売予定です。それぞれの商品は現在、試作品製作の真っ最中。詳細はリリース直前にお知らせいたしますのでお楽しみに。ここからは、商品の概要と制作に携わる工房の様子を少しだけ紹介します。

ミニテーブル/八女福島仏壇・溝田工芸

八女福島仏壇の、木材を組み立てる技術を生かしたミニテーブル。種類は2つ。ひとつは地獄組という、木材を手で編んで組み合わせた天板のもの。もうひとつは仏壇の引き出しなどに使われている雲の形をモチーフとしたもの。どちらも軽量で、コンパクトに収納でき、自然の中でも馴染む風合い。

ミニテーブルの試作品。 上が地獄組の技法を生かしたもの。下が引き出しなどに使われる雲の形をモチーフにしたもの。足の部分を外してコンパクトに収納できる

八女福島仏壇の溝田工芸。分業制で行われる仏壇製作の中の「宮殿」という作業を担う

ランタン/八女提灯・シラキ工芸

八女提灯の技術を活かしつつ、アウトドアに必要な耐水性を持ち、ソーラーパネルで充電できるランタンを現在開発中。もちろん、提灯のように畳んでコンパクトに持ち運び可能になる予定。

提灯が持つ構造をそのままに耐水性と耐久性をON。アウトドアでも使える仕様に。ソーラーパネルも付いているので充電の心配も不要だ

合わせて開発中の絵柄が入ったモデル。燈色の光に浮かび上がる模様が美しい。もちろんソーラーパネル装備

八女提灯のシラキ工芸。盆提灯の木型にワイヤーが巻き付けられているところ。職人技が一番必要な工程だという

ペグ/博多人形・小副川太郎工房

博多人形の造形技術を生かしたペグ。先端には狛犬の人形が付き、2本セットでの販売予定。テントの前室部分に使うことで、厳しい自然と、身体を守り休めるテント内との間に結界を張るという博多人形が持つ「魔除け・縁起物」の伝統も生きている。

アルミ製のペグ。ヘッド部分に狛犬のモチーフを配した愛らしいデザイン。アルミならではの軽量性を活かした仕上がりになっている

博多人形師、小副川太郎さんの工房。小副川さんは、博多山笠の飾り山の人形製作にも携わる

取材・文:米村奈穂
写真:亀山ののこ

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。