山道往復48kmの千日修行で見えた、歩く意味|1300年で2人目満行の塩沼亮潤さんに聞く①

奈良・吉野の往復48kmの険しい山道を、1000日間歩く修験道の荒行「大峯千日回峰行」。修験の歴史1300年で史上2人目の満行者(修行を成し遂げた者)が、仙台・慈眼寺の塩沼亮潤さん(大阿闍梨)です。世界で一番厳しいとも言われる修行に挑戦した理由や、一般の人でも山を歩くことで得られる心の変化について、じっくりお聞きしました。

2022.12.14

YAMAP MAGAZINE 編集部

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千日回峰行に憧れて

仙台の慈眼寺住職の塩沼亮潤さん(左)とYAMAP代表の春山慶彦

YAMAP代表 春山慶彦(以下、春山)
僕自身も「歩く」旅が好きで、塩沼さんが千日回峰行のルートでもある大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)や熊野古道を歩いたことがあります。実際に大峯奥駈道の一部を歩いてみて、これを1000日間歩き通すというのは、凄まじい「行」だなと思いました。なぜ、やってみようと思われたのですか?

塩沼亮潤・大阿闍梨(以下、塩沼)
私はまず「憧れ」から入ったんですよね、千日回峰行という行に。子どものとき、テレビでこの修行の存在を知って、「かっこいいな」と思ったんです。ただ、それしかなかったんですよ。

春山
憧れを持ったきっかけが、比叡山・延暦寺(滋賀)の千日回峰行を達成された酒井雄哉(さかいゆうさい、1926〜2013)さんの番組を見たことだったとお聞きしました。なぜ少年の塩沼さんは、この非常に過酷な修行に憧れを抱いたんでしょうか。

塩沼
なんというか、憧れっていうのは、ただもう憧れですよね。パイロットをやっている人に、「なんで、パイロットやってるんですか」って聞いたら、「憧れてたからです」っていう答えが返ってくるのと一緒です。

世界で一番厳しい修行

春山
自分で実際に大峯千日回峰行のルートを歩いてみて、塩沼さんが成し遂げたことの凄さをあらためて痛感しました。

塩沼
あれはおそらく、世界一厳しい修行と思います。やった人じゃないとわからないですけど、世界の山々を撮影に行った辺境ディレクターの大谷映芳さん(*1)とか、北極圏を犬ぞりで旅する冒険家の角幡唯介さん(*2)らも、1日行っただけで「こんなの考えられない」「世界で一番厳しいルートだ」って言われてました。

私が千日回峰行をしている時に、NHKのスタッフがドキュメンタリー番組をつくりたいって言ってきましたが、初日で断念しましたね。

*1 大谷映芳 テレビ朝日の元ディレクター。パキスタン・ラカポシ(7,788m)北稜初登攀、K2(8,611m)西稜初登攀などの記録を持つ登山家でもある。南米のギアナ高地、パタゴニア、チベット、ブータンなど秘境番組を自ら取材、出演し、辺境系ディレクターと言われる。
*2 角幡唯介 極地旅行家。早大探検部時代の2002~03年に、「謎の峡谷」と呼ばれていたチベットのヤル・ツアンポー峡谷の未踏査地域を単独で探検。朝日新聞社を経て、2度のツアンポー探検を描いた『空白の五マイル』で開高健ノンフィクション賞など受賞。2019年からグリーンランド最北の村で2か月ほどの犬ぞりの旅を継続

春山
塩沼さんは23歳のときに千日回峰行を始められたんですよね?

塩沼
はい。でも、あのときのペースを今やったら、もう1日でも無理ですね。自分はもうすぐ55歳になるんですが、たぶん片道でもギリギリかなって。


春山
歩くことで身体に負荷をかけつつ、修行し、悟りを得るという考え方がすごく独特だと思ったんですが…。

塩沼
いや、修行の発案者は、実際はあんまり考えてないと思いますよ(笑)。

もともと日本には伝統的に比叡山・延暦寺の千日回峰行がありました。そこからだんだんと修行が確立されていきました。

奈良・吉野のルートの場合、過去1300年で満行者が私を含めて2人しかいないのは、以前はあのルートを通れなかったからだと思います。明治時代に道ができて、初めて16時間での往復が可能になったんですね。

そうしたら、うちの師匠が私に「これをやったらいいんじゃないか」って。でも、その師匠は千日回峰行をしてませんからね(笑)。

あのルートはちょっと異常ですね。水場もないし、川も2本しか流れてない。それも天気が続くと干上がるんです。そうすると、まさにもう地獄です。私にもこの修行ができたのは、自分の前に一人やった人がいたからこそです。

切腹を覚悟で修行に望む

春山
実際、千日回峰行をやっているときは、しんどいとか忍耐、辛抱っていう感覚はあったのでしょうか。

塩沼
私の記憶では、モチベーションが下がったことはなかったですね。やりたくないと思ったことは1日もない。

今も金峯山で修行をしている方から「千日回峰行をしたいんですけど、何かアドバイスをお願いします」と聞かれることがあります。私は「始まる前の自分のモチベーションが最大値の『100』でなければやらない方がいい」と言ってます。

千日回峰行って、一日だけでも大変なんです。だから道中で常に短刀を携え、「万が一の場合はそれで腹を切って行を終える」という厳しい掟があります。おそらく「簡単にこの修行に入っちゃいけませんよ」っていうことですね。中途半端じゃできませんよっていう。

だから目標達成には、しっかりと腹をくくって始めなければいけない。

春山
そこまでの覚悟を持つというのは、並大抵の心境ではないですよね。

塩沼
中国で有名な玄奘三蔵というお坊さんが、インドの方に向かって仏典を取りに行くとき、「もう絶対に、目標を達成するまでは東を向かない」と決意されたそうです。中国からインドへは西に向かうじゃないですか。だから、お経を手に戻る目標を達成するまでは、東を向かないって。千日回峰行にも、それくらいの覚悟が必要です。

修行を支えた呼吸法と身体術


春山
塩沼さんが千日回峰行を歩かれている途中で、身体的に極限状態になった時、姿勢と呼吸を意識することでなんとか歩き続けた、というエピソードをテレビで拝見しました。

塩沼
そうですね。姿勢を正して呼吸を整えると、ただそれだけで、すーっと気分が楽になるんです。こうすることで、修行でいう「禅定」のように、一定した集中力を保てるのです。

呼吸というのは「吸って吐く」の連続です。特に、千日回峰行のように急な山を登っていくときには、かなり酸素を使います。だから必然的に、ちょっと特殊な呼吸法を自分で会得していったんです。

ものすごく深呼吸をしながら、独特の間合いで「いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち」って数えていくんです。「この坂は8つ吸って、8つで吐く」とか、呼吸の数から歩く行程をつくっていくんです。

春山
おもしろいですね。

塩沼
とにかく、理にかなった「行」をしないと、すぐに肉体を痛めてしまいます。

そもそも、一日16時間かけて48kmを歩くというのが、無理なこと。それを理にかなうようにするためには、大自然と一体となって、なるべく身体に負担がないように、自分の重心やバランスを移動させるんです。「この傾斜の時にはこのぐらい前に体を傾けよう」とか。

そういう身体感覚も、自分の中で意識する。重力だとかの、大自然の原理原則みたいなものを微妙に調整しながら、「あ、ここだ」というポイントを自分で体得していくんです。

それによって、初めて心身ともに、大自然と一体となる。

これは1回目からは無理です。失敗をしながら、手探りで覚えていくんですね。どこで水を飲むか、どこで呼吸法をやるかといったことも、全て自分で探っていくことで、初めて「理想的な歩き方ができるようになってきた」と思えてきます。

春山
僕も山の中を歩いていて、自分の命と風景が溶け合っていくような感覚をもつことがあります。自他の区別がなくなっていくんですよね。それをマインドフルネスというか、禅と言っていいのかわかりませんが、自然とつながっている感覚は、歩いているときに得られやすいと思います。

修行は何も偉くない

塩沼
千日回峰行の場合は、必ず1日48kmを歩かないといけない。歩いていると、日常生活で自分の悪いところに自然と気がつき、よく反省することに自分の気持ちがいってました。

春山
いわゆる内省的な状態になるのですね。

塩沼
また、大自然のなかを歩いていると、とにかく自然が素晴らしすぎて、感謝の気持ちというのが自ずと湧いてきます。

「生きて呼吸をしているだけでも、ありがたいな」とか、川から水をすくって飲んで、「水を飲めるってありがたいな」とか。山にほかの食料がないなかで、おにぎりを食べていても「ああ、感謝だな」って。おにぎり1個の歴史を辿ってみても、おにぎりをつくってくれる人や、お米を栽培してくれる人がいて、いろんな御恩とかご縁によって、今目の前にご飯があるんだな、と。

普段都会じゃ考えられないような思考になってきますよね。それも全部自分の気持ちを感謝に導いてくれたり、反省に導いてくれたりするのが歩くっていうことになるんでしょうね。

で、人間の筋肉全体の7、8割ぐらいが足。そこを動かすことによって、血流が良くなって、それで思考が冴えてきたり、色々とやっぱりいいことがあるんですね。仏教の教えで健康に関係する部分は、学んでいくと、科学的にも理屈に合っていると分かってくるわけですよ。

春山
塩沼さんの千日回峰行の日記を拝見して思うのは、後半になればなるほど、目線がどんどん外に向かっていく。つまり、「感謝」「利他」「ありがたい」という言葉が最初よりも増えていくことです。

会社経営でもそうですが、自分の私利私欲よりも、利他とか、誰かのためとか、社会のことを考えているときの方がクリアに判断できます。利他に生きることで、自分の命も活き活きする感覚があるんです。

追い込まれたときや困難に直面したときにこそ、忍耐ややり遂げる意志が試されます。そのとき、自分のためだけでなく、誰かや社会のためという外側へ命を開いていくことで、エネルギーが湧くことがあるんです。

そういう意味で、「感謝」とか「ありがたい」みたいな気持ちは、千日回峰行を重ねるごと に高まったのでしょうか。

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塩沼
より高まってはいくものの、感謝の気持ちは初日からありました。

というのも、うちの師匠はことあるごとに、「修行なんていうのは、決して一人じゃ達成できないんだ」と教えていました。

自分は特別な修行をするための時間をいただいていて、山上に到着した時にはご飯、帰ってきたときにはご飯とお風呂を用意してくれる人がいる。こんな贅沢なことはありません。自分が勝手に好きなことをさせてもらっているのに、もう至れりつくせりじゃないですか。

多くの人に迷惑をかけて修行をしているので、感謝っていうのが初めからしっかりとありましたね。修行っていうのは、何も偉くないんだって。

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塩沼
それよりも、修行のはじめの頃は、どうしても自分の気持ちが小さなものにとらわれて、自分自身が悟りから遠い状態にありました。

視野が狭くて自分のことしか見えないとか、自分の身の回りのことがわからない、そういう時期がありましたね。でも、だんだんと反省と感謝を繰り返しながら山を歩いてると、人間的な成長もあり、視野が広がることはありました。

実際、9年間かけて一日16時間歩く千日回峰行っていう「行」は、暇な人しかできませんよね(笑)。

言ってみたら、ただ私は歩いただけ。なのに、今日こうやって福岡や東京から、私の話を聞きに来るというのは、歩くことに何か意味や価値があるんでしょうね。歩くってすごいですよね。

歩くことは最先端の行為

春山
塩沼さんの近著『歩くだけで不調が消える 歩行禅のすすめ』(KADOKAWA)でも書かれてる「歩行禅」ですが、「歩行」と「禅」のつながりについて、どのようにお考えですか。

塩沼
先ほど歩き方や身体のバランス、心身の整え方というお話をさせていただきましたが、まずは歩くことを通して心や身体を整えていくことが歩行禅の基本になってくると思います。

その上で、歩くことと心には深いかかわりがあると思っています。つまり、山における歩き方で失敗したことが、人生にも全てつながってるってことなんですよ。

例えば、調子がよくて、どんどん距離を伸ばしたり、いつもより速く歩ける日ってあるんですよ。それでポンポンポンって進んでいったら、次の日すごい疲れが溜まったり。

あとは、いつもと違うスピードで歩いたから、膝とか腰に負担がかかって、そこからけがをしたりとか。

山の中で実際に歩行禅を実践していくと「あ、そっか」と。人生もね、山あり谷ありって言われるけども、調子のいいときにどんどん「あ、行ける、行ける」と思ってやっていると、どこかに落とし穴があったり、どっかでちょっとこけてしまったり。

そういうことと全部つながっているわけですよね。

春山
確かに一歩一歩の積み重ねで、こんなに遠くに来たと気づくことがあったり、一つひとつの過程を大事にできてるかという点において、歩くことと人生の真髄は、重なる部分があるなと思っています。

塩沼
そういう気づきは全部、山が教えてくれる。しかも、山では痛い思いもするから忘れないですよね。自分で歩いて、自分で体験するから、実際に人生が変わっていく。

でも、これは山の中だけではなくて、都会の中での通勤とか、通学の中でもできるんじゃないかなと思っています。以前、ある番組でお話をさせていただいたら、そこの方が通勤のときに歩行禅をやってみたらしく、「生活や自分のマインドが、いい方向に変わった」とコメントをいただきました。

「歩きながら反省をしたり、歩きながら感謝をしたりっていうことで、自分の視野が広くなって、人生が豊かになるんですね」と。

そういう皆さんからのメッセージを見るたびに、「ああ、そうか。大自然じゃなくても、都会の中でもできるんだ」と思うんです。歩くことって素晴らしいなって。

春山
たしかに「歩く」という行為自体、前向きですよね。先ほど塩沼さんがおっしゃったように、内省につながることもあれば、無に近くなって、悩んでたことが小さく思えたりとか。

人類にとって「歩く」行為は、平凡に見えて、実は、現代においても最先端の行為なんだと思います。歩くことで心身が整うだけでなく、私たちの環境や風土とつながれる、意義深い営みなんだと実感します。

執筆:宇野宏泰
撮影:川野恭子

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YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。