どうする? 山のトイレ|登山の超基本マナー【山登り初心者の基礎知識】

山でどのように用を足すのかは、男性も女性も、そして初心者からベテランまで、誰にも等しく関わる重要問題です。そして山小屋など受け入れる側にとっても、それは大きな負担。一人ひとりの心がけが大切になってきます。そこで、登山ガイドの石川高明さんに、山のトイレ事情や、用を足す際に気をつけたいマナーを聞きました。

2023.02.08

YAMAP MAGAZINE 編集部

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登山前、登山中に気をつけたいこと

トイレ(排泄)は生理現象なので、我慢できるものではありません。しかし、登山者の心がけひとつで、自然や、処理を請け負う山小屋への負担は大きく変わってきます。

微生物の働きによって排泄物を分解・処理するバイオトイレや携帯トイレブースの設置も進んではいますが、冬期にトイレを閉鎖せざるを得ないところがあったり、年間を通じて維持管理をどうするかなど、問題は山積みです。高山の山小屋になれば、電気代やヘリでのし尿の輸送費もかさみます。

霧ヶ峰のバイオトイレ(NOBUさんの活動日記より

登山ガイドの石川高明さんは、できるだけ山の中で用を足さなくても済むように心がけて行動して欲しいといいます。

「一番いいのは、トイレは登山開始前に済ませ、なるべく山中では用を足さないということです。山小屋のトイレでも、トイレの管理やし尿の処理に多大な労力と経費がかかります。トイレ以外の場所で用を足せば、もちろん自然にインパクトを与えます。

私はツアーを募集する際は、どこにトイレがあるのかを必ず明示するようにしています。ツアー当日も、山に入る前にトイレを済ませておくようにお願いして、最初に登山道中のトイレの場所を説明してから出発します。初心者の方ほど、行きたくなったらいつでもトイレに行けると思っている人が多い印象です」

南木曾岳の避難小屋とトイレ(PIXTA)

「また、携帯トイレを使うのは最終段階です。トイレ問題の話になると、どうしても先回りをしてしまって、『携帯トイレを持っていけばいいですか?』という話になりがちなんですが、そうではなくて、まず登山口で済ます。事前にトイレがある場所を把握して出発する。料金が必要な場所では快く払う。携帯トイレは最終手段だと考えましょう」

登山中はなるべくトイレに行かずに済むようにする。携帯トイレは最終手段。そのために、登山前と登山中に気をつけることは、次の5つです。

1. 登山口へのアクセス途中に立ち寄れるトイレを事前に確認

登山口のトイレ、もしくは登山口到着前にトイレを済ませたい。写真は新潟県湯沢町の平標山(たいらっぴょうやま)登山口駐車場(PIXTA)

登山口にトイレがあると表記されている場所でも、冬季は閉鎖されていたり、故障して使えなかったりする場合もあります。登山口に到着する前に立ち寄れる場所を確認しておくと安心です。

2.登る山のトイレの場所を事前に確認

事前にトイレのある場所を把握しておけば、安心して登ることができます。

3.登山中の過剰なカフェイン摂取は避ける

コーヒーや緑茶はカフェインを多く含むため、利尿作用が働きます。登山中の飲み過ぎにはくれぐれも注意。水や麦茶はノンカフェインなので、登山時にはおすすめです。

4.登山中はこまめに水分補給を


水分は、一度に大量に飲むよりも、こまめに摂取した方がより体内に吸収され、トイレの回数を減らすことができます。チューブがついたハイドレーションでの補給もおすすめです。

5.小銭を用意しておく

山小屋など、山中のトイレは処理費用がかかるため、利用料が必要な場合があります。あらかじめ小銭を用意しておきましょう。

なお、使用料が必要な場所では、気持ちよく支払ってほしいと石川さんはいいます。

「学校登山をガイドした際、先生に『ここのトイレでは利用料を払ってくださいね』と説明したところ、子どもに一人ずつお金を持たせるのは大変だからと、払わせない先生もいたんです。学校のルールをそのまま山に持っていくとそうなっちゃうのかもしれませんが、美しい山を維持するためにトイレの利用料が必要だということも、理解いただきたいですね」

山小屋のトイレ事情

山小屋にとって、し尿の処理は大きな負担になっています。立地条件によってトイレ事情は様々だと石川さんはいいます。

「岩手県の早池峰山などは、携帯トイレの使用を推奨していて、登山口や山荘、避難小屋などで購入できます。山頂避難小屋には携帯トイレを使用できる専用ブースもあり、登山口に回収ボックスもあります」

また、たとえば南アルプスの塩見岳に位置する塩見小屋は携帯トイレブースがあるのみで、通常のトイレはありません。宿泊すると携帯トイレが無料配布されます。携帯トイレを持参した場合、トイレの利用料は不要で、回収料のみ1回100円かかります。宿泊者以外には、回収料も含め携帯トイレを1個200円で販売しているそうです(2023年2月時点)。

写真は大分県のくじゅう連山の久住分かれ避難小屋トイレブース(酒井正志763 JL4CMAさんの活動日記より

山小屋やテント場を利用する際は、トイレ事情をよく理解して正しく使いましょう。なお、水が豊富な場所や海外では、最先端の設備も見られるようです。

「八ヶ岳の硫黄岳山荘にはウォシュレットがあります。バイオ処理をする際、微生物を活性化させるために温かい水を使わないといけないんですね。どうせ水を沸かすなら、シャワーやウォシュレットで使ったお湯をトイレの処理に回せばいいということで循環させているんです。

硫黄岳山荘の今のご主人は、元エンジニアなんです。だからそういうノウハウがあったんですね。太陽光エネルギーも使われているし、環境意識が非常に高い方です。

硫黄岳山荘では工夫して水を確保しているからこそ、このような仕組みが可能ですが、やはりほかと共通するのは、処理にそれだけお金がかかっているということです。ですので繰り返しになりますが、トイレの使用料が明示してある場所では、快く支払って使っていただきたいですね」

厳しい環境下だからこそ、最先端の技術が最大限生かされているのかもしれません。同じようなことが海外の山小屋でも見られるといいます。

「スイスのツェルマットにあるモンテローザ小屋は、2009年にスイス連邦工科大学と協力して、すべてのし尿処理を自己完結できる小屋に建て替えられました。氷河の水を蓄え、排水を循環させ、太陽光で電気を起こしています。消費エネルギーの90%を太陽光発電で賄っています」

やむなく山中で、となった場合

とはいえ、排泄は誰もが避けられない生理現象。やむなく山中で用を足さなくてはならなくなった場合は、なるべく周囲の状況に留意しましょう。山小屋やテント場の近くは、水場を汚染させてしまう可能性があります。沢の近くも避けるようにしましょう。

また、悪天候時や足場の悪い場合、用を足すために焦って登山道を外れ、戻れなくなったり滑落したりする危険性もあると石川さんはいいます。

「脇に外れる前に周囲を確認し、十分注意して行動しましょう。同行者を待たせてしまうのを気にして先に行くよう促すことも、同様の理由であまりおすすめはできません。トイレのためにパーティーが分かれるようなことは避けましょう」

携帯トイレについて

モンベルの「O.D.トイレキット」。価格は2023年2月現在、1個262円(税込)

携帯トイレは、ビニール袋に吸収剤が内蔵されていて、袋を広げてその中に直接用を足したり、凝固剤を入れて固めたりして排泄物を持ち運ぶことができます。密閉できるような外袋がセットになっているものがほとんどで、臭いが漏れる心配もありません。初心者の方には、ややハードルが高いかもしれませんが、持っているだけでも安心材料になります。

「ファーストエイドキットに入れて常に携行していれば、いざという時に使えて便利です。しかし、携帯トイレブースは通常のトイレではありません。使用した場合は、必ず持ち帰るか回収ボックスへ。ブースにはゴミを絶対に放置しないこと。自分の排泄物を自ら運んでみるのも貴重な経験になるので、一度試してみるのもおすすめです。

また、携帯トイレは自宅に常備しておくと、災害時などにも利用できます。日ごろから防災セットの中に入れておきましょう」

女性のトイレ事情

山でのトイレ問題は、誰にとっても大きな心配要素。用を足すための場所をより選ぶ必要がある女性にとっては、特に切実です。

「一番大切なことは我慢をしないこと。トイレが心配で、水分補給を控えるなどすれば、季節によっては熱中症になりかねません。我慢をして足元がおぼつかなくなれば、事故にもつながります」と石川さんはいいます。

行きたい時は我慢をせず仲間に伝えましょう。そのためにも、トイレのこと、体調のことをなんでも言い合える仲間と登ることも大切です。ツアーに参加する場合は、心配なことがあればガイドさんにあらかじめ伝えておきましょう。

登山道の携帯トイレブースの例(PIXTA)

もし携帯トイレを使って山中で用を足す際は、簡易な目隠しとして使えるパーソナルツエルトやポンチョがあれば、頭からすっぽり被って目隠しをすることができます。折りたたみ傘も同様に使えます。

その際、あらかじめ、携帯トイレ、トイレットペーパー、生理用品、黒いビニール袋などをセットにしたオリジナルのトイレキットを用意しておくと手間取らずスムーズです。

当たり前すぎてつい忘れがちですが、山に限らず日常生活においても、排泄物は毎日、手間や費用をかけて処理されています。山でのトイレ事情は、そのことを思い出させてくれる、大事な機会なのかもしれません。

監修者:石川 高明(信州登山案内人・登山ガイド)

長野県在住。1967年東京生まれ。学生時代から登山に親しむ。最初に登った山が八ヶ岳。大手電機メーカーを2000年に退職し、世界一周登山の旅に出発。途上のスイス ツェルマットで2年間トレッキングガイドを勤める。帰国後、八ヶ岳の麓で子育てをすべく、2008年長野県原村に移住。各国の山岳地域を旅した体験や、スイスで観光業に携わった経験を活かし、 地元地域や観光活性化のお手伝いをしながら、各種イベントを実施してい る。
原村観光連盟 副会長/八ヶ岳観光圏 観光地域作りマネージャー
公認スポーツ指導者 山岳指導員/長野県信州登山案内人
(株)八ヶ岳登山企画 代表取締役/登山歴30年/スノーシュー歴20年

執筆協力:米村 奈穂(フリーライター)

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登山アプリYAMAP運営のWebメディア「YAMAP MAGAZINE」編集部。365日、寝ても覚めても山のことばかり。日帰り登山にテント泊縦走、雪山、クライミング、トレラン…山や自然を楽しむアウトドア・アクティビティを日々堪能しつつ、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと奮闘中。