アークテリクスの持続可能性|新生アルファ SV ジャケットの見えない進化とは

2023年、アークテリクスのフラッグシップモデル「アルファ SV ジャケット」がさらに進化を遂げて私たちの前に登場しました。その「進化」は一見分かりにくいもの。しかし、リサイクル化と耐久性の向上というブランドのミッションを体現した大きな進化だったのです。アークテリクスはいったい何を目指しているのかを追いました。

2023.10.26

小川 郁代

編集・ライター

INDEX

アウトドア業界にとってのサステナブル

ここ数年、アウトドアで使う衣類や道具に関する話題にも、「Sustainable(サステナブル)=持続可能な」というワードが頻繁に登場するようになりました。国際連合が2015年に採択した、2030年までに達成すべき「SDGs(持続可能な開発目標)」に向けて、国際社会全体が環境・社会・経済の分野でさまざまな取り組みを活発化させています。なかでも「環境問題」は、自然を舞台とするアウトドア業界にとって、高い優先順位で取り組むべき、非常に重要な要素といえるでしょう。

一口にサステナブルといっても、目標やアプローチの方法はさまざま。各ブランドが素材や原料、製法や流通システムなどの視点から、サステナビリティの実現に取り組んでいます。

アークテリクスは、創立の段階から環境負荷の軽減を意識した製品づくりを進めてきましたが、ここに来てそのプロセスは、長年積み重ねてきた成果が実を結ぶ、新たなフェーズに突入したようです。

地球環境を見据えた変化の時代を担う、フラッグシップモデルの進化形

「アルファ SV ジャケット」は、アルパインクライミングやアイスクライミングなど、過酷なアルパイン環境での使用を想定したハードシェル。技術と経験の粋を集めたアークテリクスのフラッグシップモデルとして、ガイドやコアな登山者をはじめ、多くのユーザーからの信頼を集める、ブランドの顔ともいえるアイテムです。

1998年から続く歴代の「アルファ SV ジャケット」

クライミング用ハーネスの製造からスタートしたアークテリクスの、初めてのアパレルとして生まれた「アルファ SV ジャケット」は、当初のコンセプトを貫きつつもその時々で進化を繰り返しながら、25年もの間途絶えることなく、ブランドと共に成長し続けてきました。

そして2023年、「アルファ SV ジャケット」は、さらなる進化を遂げた姿で、私たちの目の前に登場します。

参考記事リンク:アークテリクス 「アルファ SV ジャケット」の誕生〜進化の軌跡に迫る(YAMAP MAGAZINE・2020年)

「進化を遂げた姿」と表現しましたが、新生「アルファ SV ジャケット」と従来のモデルとの間には、カラー以外に見た目の違いがほとんどありません。しかし、その裏側では、長い歴史のなかで後に転機として振り返られるであろう、とても大きく意味のある1歩が踏み出されています。

今回のリデザインのテーマは、ずばり「環境」。今まさに取り組むべき「サステナビリティ」に、2つの視点でアプローチしています。

1.素材のリサイクル化


最大のトピックスは、「アルファ SV ジャケット」に使用されている3層防水透湿素材「GORE-TEX PRO Most Rugged(モスト ラギッド)」の表地が、100%リサイクル素材に変わったことです。

「リサイクル素材を使用したハードシェルなんて、今どきとくに珍しくない」と、おそらく多くの人が思ったことでしょう。たしかに、シェルに限らずリサイクル素材を使用したアウトドアウェアは市場に多数存在し、アークテリクスでも多くのアイテムで、以前からリサイクル素材を採用してきました。

しかし、ハイエンドモデルである「アルファ SV」が100%リサイクル化を成し遂げたことには、ほかの製品とは比べものにならないほどの大きな意味があるのです。

一般的にリサイクル素材は、未使用の素材のみを使ったものに比べて、さまざまな機能のレベルが低下する傾向があります。とくに影響が出やすいのが、安定性や耐久性。リサイクルの元となる資源のバラつきや、加工の工程が増えることによる成分変化など、さまざまな影響が起因するのでしょう。

普段の生活で使うものであれば、多少の性能の差はガマンできても、自然のなかに長時間身を置くアウトドアの世界では、そうはいきません。ましてや、もっとも過酷なアルパイン環境で、悪天候に身をさらすユーザーを守るための「アルファ SV」に求められるレベルが、一般的なハードシェルよりもはるかに高いのは当然のこと。他のカテゴリーではリサイクル化に成功してきたアークテリクスも、最後の難関というべき「アルファ SV」に関しては、長い年月と多くのトライ&エラーを強いられました。


最後まで課題として残ったのは、やはり、厚く丈夫な100デニールのナイロン生地で、以前と同じレベルの耐久性を確保することでした。長年素材を共同開発してきたゴア社と共に、何年にもわたりラボテストを繰り返し、リサイクル化以前の製品を熟知したガイドやアンバサダーによるフィールドテストを経て、今年、ついに製品化に至りました。ブランドのミッションとして、何年もの時間を費やしてきた努力が、ようやく実を結んだのです。


一般的に「リサイクル」と聞くと、ペットボトルや再生紙のように、一度使用されたものを資材にするイメージがありますが、アークテリクスのリサイクルの手法は、製造過程で必ず発生する、生地の端材や裁断くずを、再び繊維の状態に戻して使うというもの。従来は廃棄されていたものを有効活用することで、ゴミを減らして廃棄によるCO2の排出を抑えることができます。さらに、元となる資材すべてがアークテリクス由来の、未使用のものであることは、リサイクル後の生地のクオリティに、安定感を与えることにもなります。

2.さらなる耐久性の向上

もうひとつのアプローチは、製品の耐久性を上げること。それは、厳しい環境で使える強度や堅牢性だけではなく、「長く使える」ということを意味します。

2020年、前回のリデザインの際に「アルファ SV ジャケット」の素材は「GORE-TEX PRO」から、「GORE-TEX PRO Most Rugged(モスト ラギッド)」に変更されました。モスト ラギッドの特徴は、耐久性の高さ。とくに皮脂などの油に対する強度に優れ、着用汚れによって生じる生地の剥離を、大幅に抑えることができます。今は幅広く使用されている素材ですが、元はアークテリクスの提案でゴア社と共同開発したもの。目的はもちろん「長く使える」ことです。


そして、今回のリデザインで唯一変化した仕様も、目的は耐久性の向上。手首や裾の内側には、従来別のナイロン生地が使われていましたが、今回のリデザインで、ボディと同じ100デニールのナイロン生地に変わりました。生地自体の耐久性が高まったのに加えて、縫製の仕様もより長く使うためのものに変更されています。

使用環境やメンテナンスの状態によって差はありますが、使用の有無にかかわらず、製品は時間とともに劣化します。折り返し部分の剥がれは、圧着テープの粘着力が落ちることが原因です。

この劣化を遅らせるための工夫が、圧着前の内布の端に、あらかじめミシンで圧着テープを縫い付けること。そして、従来と同じように熱加工することで、ミシンのステッチの針孔に接着材が浸み込んで、圧着強度を高めるというものです。
 
一見ではわからないような小さな工夫ですが、長年の経験や過去のデータの蓄積、アフターサービスチームと製品デザインチーム、そしてユーザーの密なコミュニケ―ションが作りあげた技術といえるでしょう。

業界のサステナビリティをけん引するブランドとしての自信と責任

サステナブルなアプローチは、ブランド全体でもたくさん見ることができます。無色の糸を染めて着色するのではなく、原料の状態で着色をしてから糸に加工することで、水や薬品の使用量、消費電力やCO2の排出量を減らす染色方法「ドープダイ」もそのひとつ。モスト ラギッドの裏地にも、この染色方法が採用されています。

すべての製品で「耐久性」を重視し、時代を超えて使えるシンプルで洗練されたデザインにこだわるのも、根底にあるのは「ゴミにしない」、「ゴミになるまでの時間を長くする」という考え。

また、表にはあまり出ない話ですが、アークテリクスは、シーズン前のすべての商品サンプルを、実際には販売されないグレーカラー1色のみで作ります。ディーラーやマスコミ関係者に対して商品を売り込む大切な機会に、強みであるはずの「カラー」をあえて封印するのは、他のブランドではありえないこと。これは、サンプルのために少ない量のカラー生地を作ることで、資源をムダに消費することを避けるという、ブランドとしての強い意志の表れなのです。

今、サステナブルであることや、SDGsに取り組む姿勢を提示することが、企業に求められています。そのなかでアークテリクスは、成果の出しやすいアイテムを選ぶのではなく、もっとも達成までのハードルやリスクの高い「アルファ SV ジャケット」でのリサイクル化にあえて挑み、達成しました。アウトドアブランドとしての使命や、業界をけん引する立場としての責任と自信に裏付けされたからこそ、実現できたことなのでしょう。

今回の成果が大きな1歩であることに間違いはありませんが、ここは、サステナビリティという長い道のりの途中。解決すべき課題は、まだいくつも並んでいます。アークテリクスは、国連が目標とした2030年のゴールだけでなく、その先の遠い未来に向けて、さらなる目標をクリアすべく進み続けます。きっと、今日もどこかで多くのスタッフが、心の目を遠く高い所に向けながら、目の前にある次の課題の解決のために、心血を注いで取り組んでいるはずです。

ユーザーである私たちが、未来の地球のためにできること

そして、私たちユーザーは、持続可能な世の中のために何をすればいいのでしょうか。
大きな地球の、遠い未来の話は、日常のなかではどこか自分ごととは思えず、理解はしていても、つい人や企業任せになりがちです。しかし、ここ数年の猛暑や突然の豪雨、山の生き物や植物が見せる変化は、きっとみなさんの心にも、なにかしらの痛みを植え付けたことでしょう。

値段の安さや流行りのデザインでものを選び、使い捨てする時代は終わりました。目先だけでなく、未来を見据えて作られたもの、無理をせず、ワクワクする気持ちを失わないまま、いつまでも使い続けられるもの、それを作り、継続的なサポートを提供する企業やブランドを、自ら見極め、選ぶことが、私たちユーザーに求められています。

アークテリクスの製品には、美しいカラーやデザインや、細部にまでこだわったディティール、寸分も狂わないシーム処理など、目に見える素晴らしさがあふれています。しかし、見た目にはわからないところにも、強い想いや未来への希望がたっぷりと詰まっていることを、ショップに足を運び製品に触れながら、ぜひ感じ取ってみてください。

サステナブルな行動は、今すぐに得をすることがなければ、結果がわかるのは何十年も先のことかもしれません。それでも、一人ひとりが少し斜め上に視線を置いて、できることをひとつでも積み重ねていけば、何もしない未来とは明らかに違う景色が、その先に広がっているはずです。

もうひとつ、ユーザーができる、とても大切で身近なことが「洗う」こと。ウェアを洗うと、およそ30%も寿命が延び、環境負荷を軽減する効果が期待できるそうですよ。詳しい話は、また別の機会にすることにしましょう。

原稿:小川郁代
撮影:中村英史
協力:アークテリクス カスタマーサポートセンター/アメア スポーツジャパン

小川 郁代

編集・ライター

小川 郁代

編集・ライター

まったくのインドア派が、ずいぶん大人になってから始めたクライミングをきっかけにアウトドアの世界へ。アウトドア関連の雑誌、書籍、ウェブなどのライターとして制作に関わるかたわら、アウトドアクライミングの環境保全活動を行なう、NPO法人日本フリークライミング協会(JFA)の広報担当としても活動する。