山岳遭難の原因のうち、常にトップを占めるのが道迷い。なぜ登山者は、山の中で道に迷ってしまうのでしょうか。その原因を事例ごとに紐解きつつ、道迷い遭難を防ぐための知識や、登山中に行うべきことについて、登山ガイドの鷲尾 太輔さんが解説します。
2023.12.29
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
表1は、過去5年間の山岳遭難における態様(原因)の割合です。毎年トップを占めるのが、「道迷い」。常に4割前後の割合を占めています。
*山菜取りやキノコ狩りなど、登山目的以外の入山者も含みます
遭難は、アルプスの岩稜帯での滑落や、富士山をはじめとする高所での高山病など、起こりやすい「特有の場所」があります。雨で濡れた岩や木道でのスリップや、悪天候で身体が冷やされ続ける低体温症など、「特有の気象状況」で起こりやすい場合も。
しかし道迷いは、どんな場所、状況でも起こる可能性があるのです。具体的な原因と、その対策について見ていきましょう。
登山コースがいくつも枝分かれしている分岐では、目的先が書かれている標識の向きの確認は基本中の基本。しかしそれを何らかの理由で見逃すことによって、道迷いを発生させる原因のひとつになるのです。
間違えたとしても、別の登山コース経由で、別の山頂や登山口にたどり着く場合もあります。しかし、本来予定していた場所に行くための交通手段の確保に、苦労するかもしれません。
富士山のような標識が整っているところでも、予定していた下山口とは別のところに下りてしまうことが頻発しています。
要注意なのは、このように林道から登山道が分岐しているケース。
こちらは丹沢山塊・三ノ塔(1,204m)から三ノ塔を大倉へ向けて下る途中。
左側の林道から、右側の尾根へと登山道が分岐しています。もし「登山道→」と書かれた黄色い標識がなければ、そのまま林道を進んでしまいそうです。
この場所を地図で見てみましょう。三ノ塔がある右上から下ってきて、いったん林道と合流。すぐに林道と分かれて小ピークのある尾根へと進んでいくようになっています。林道の方が路面状態がよく歩きやすいため、ついつい登山道への分岐を見逃してしまいがちです。
林道は多くの場合、車両を通行しやすくするため、急な地形を迂回しており、全く違う方向に進んでしまう可能性があります。
こちらは、南高尾山稜を草戸山(364m)から京王高尾線・高尾山口駅へと下りながら縦走する尾根上です。
木の板に「←高尾山口」と書かれた標識がありますが、正面にも踏み跡があり、直進してしまいそうです。
この場所を地図で見てみましょう。稜線を左下から右上に進んできて、この場所でほぼ直角に左折するのが本来の登山道。直進して支尾根に進んでしまうとその先の道が行き止まりになっています。
しかもこのポイントの恐ろしいところは、直進して踏み跡をたどっていくと✖️①ではなく、さらに枝分かれした✖️②の支尾根に進んでしまうことです。
尾根は標高の高い方から低い方に枝分かれするという特性があります。尾根上を縦走しているときだけでなく、下っているときに誤った支尾根に進んでしまいやすいので注意しましょう。
こちらは梅の木平バス停から林道を歩いて、同じく南高尾山稜の稜線へ向けて登るポイント。林道と枝分かれして、石仏の左奥に登山道が延びています。しかしそのまま林道を直進してしまい、三沢峠という、本来めざしていた稜線からかなり離れたポイントまで進んでしまうことがあります。
この場所を地図で見てみましょう。林道を沢沿いに上から歩いてきて、右下へ続く支流に沿った登山道を進むのが正解です。しかし、そのまま左下の林道を進んでしまいがちなのです。
沢は標高の低い方から高い方に枝分かれするという特性があります。このため、登っているときに誤った支流もしくは本流へ進んでしまいやすいので注意しましょう。
登山道の脇にある樹木に、このようなテープが取り付けられているのを見たことはありませんか。色はピンクや白などさまざまですが、このテープを登山道の目印と勘違いして道間違いを起こす事例が、低山を中心に多発しています。
林業などの人の手が入っていない八ヶ岳や奥秩父などの原生林や国立公園の山に付けられたテープを除いて、こうしたテープはむしろ道間違いを誘発する“罠”であるといっても過言ではありません。これらのテープは、登山以外の目的で入山した人が設置した場合が多いのです。
きれいに枝打ちされた杉の木が並ぶ森であれば、林業関係者が設置したテープが多く見られます。国有林と民有林など、所有者の異なる森林の境界線となる尾根上の樹木に点々とテープが設置され、まるで登山道を示しているように見える場所も。
送電線の鉄塔を保守・点検する電力会社や、害獣を駆除するハンターなど、様々な目的で入山した人が、それぞれの理由でテープを設置している場合があります。
もちろん低山であっても登山道を示すテープもあるので一概には否定できませんが、テープをやみくもに信頼することだけは避けましょう。
特に標高が高い森林限界上の山では、濃霧や吹雪による視界不良で道間違いを起こすこともあります。
八ヶ岳・硫黄岳(2,760m)の山頂付近は、登山道の幅が広く地形もなだらかで、視界不良時に道間違いを起こしやすいため、写真のようなケルンが登山道沿いに点々と設置されています。
岩稜帯であれば、岩につけられたペンキマークを見逃さないことも視界不良時の道間違いを防止するポイント。
正しい方向を「◯」や「→」などで示すペンキマークを、しっかりとたどりながら行動しましょう。
登山計画を立てる際には、地図やYAMAPなどの登山地図GPSアプリを見るはずです。地図読みの基礎的な知識は必要ですが、計画した登山コースが「どのような地形を」「どのように進むのか」を言語化しておくことが重要です。
たとえば、奥高尾縦走路にある景信山(727m)へ、小仏峠経由で登る場合のコースを言語化すると、以下のようになります。
・A区間:沢沿いの林道を登る
・B区間:広い尾根をジグザグに登る
・C区間:斜面の東側をトラバース気味に登る
・D区間:やや急な尾根を登る
・E区間:尾根がゆるやかな登りに変わる
・F区間:鞍部へ下る
・G区間:ややゆるやかに登り返し、巻道と交差したら急な登り
あとは当日、その通りかを照合しながら歩くことで、道間違いを予防できます。
仮にいきなり尾根へ出てしまったら✖️①のコース、いつまでも沢沿いの登りが続くなら✖️②のコースへ間違って進んでしまった可能性が考えられます。
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事前に地図を見ていると、ほかにもさまざまな情報がわかります。
特に注意したいのが、登山道がカーブするポイント。大半の場合は何らかの理由があってカーブを描くので、その理由とともに要注意ポイントとして把握しておきましょう。
当日もそのポイントに注意して歩くことで、道間違いの防止につながるのです。
こちらは大垂水峠から南高尾セブンサミッツを縦走するときに通過する大洞山(おおぼらやま、536m)からの下りにある道間違いポイントです。
正しいコースは左にカーブして広い尾根を進んでいきますが、正面に続く支尾根に誤って進んでしまいがちなのです。前述の通り、下りでは尾根が枝分かれする場所は要注意です。
こちらは奥多摩・川苔山(川乗山・1,363m)へ登るコースの道間違いポイントです。沢沿いを進んできた登山道が、右側の支流へとカーブしながら進んでいきますが、正面に続く本流に沿って誤って進んでしまいがちです。こちらも前述の通り、登りでは沢が支流へと枝分かれする場所は要注意です。
こちらは外秩父・官ノ倉山(344m)から北東方向へ下山するときの道間違いポイントです。尾根を下っていくと、大きく右に曲がって、斜面につけられたトラバース道へと進みます。
ここもそのまま尾根を直進してしまい、✖️①へ進んでしまいがちです。ちなみに✖️②は地形図には道が描かれていますが、実際には廃道なのか登山道はありません。
このように、登山道が通る場所の地形が変化する(この場合は尾根上から斜面のトラバースへと変わる)ポイントも要注意です。
急な登りの場合、ついうつむきがちになってしまいますね。逆に急な下りでも、足元ばかりに視点がいきがちです。
これは道間違いの大きな原因になります。正しいルートを示す道標・ペンキマーク・ケルンなどを見逃すだけでなく、先ほど紹介した地形の変化にも気づきにくいのです。
体力的にきつければ、いったん立ち止まっても良いので、なるべくこまめに視線を上げて広い視野で前方を確認しましょう。
上の写真のような支尾根への迷い込みを防止するための目印を発見できたり、岩場であれば遠くへ続くペンキマークまでをチェックしたりして、ルートファインディングが容易になるのです。
特殊なものを除いて、基本的に地図は上が北・右が東・下が南・左が西となっています。事前の確認でも当日の行動でも、自分が「どの方角からどの方角へ進んでいるか」を常に意識することが重要です。
高尾山(599m)の主要な登山口である京王高尾線・高尾山口駅は、地図で見ると高尾山の右側、すなわち東側にあります。それに伴い、1号路・6号路・稲荷山コースなど主要な登山コースは(一部の区間では例外もありますが)、基本的に東から西へと高尾山をめざしているのです。
晴れた日の午前中であれば前方に自分の影が見えるはずですし、早朝のうちに登ってしまって下山する場合には、東へ向かっているので前方に太陽が見えるはずです。
周囲の景観も、方角を認識するためには有効です。
たとえば神奈川県の丹沢山塊は、多くの山から西側にそびえる富士山の優れた眺望を得られる点が魅力です。ヤビツ峠から塔ノ岳(1,491m)へ向かう表尾根縦走コースの場合、東から西へ進むので前方に富士山が見えるのです。
富士山がガスや雲で見えない場合、左側すなわち南側の山麓に見える湘南海岸も重要なランドマークになります。もし海が右側に見えていたら、コースを逆走していることになるのです。
登山道ではない誤った方向の踏み跡へと進んでしまった場合、たいていは明らかに足元の様子が変化します。普段は登山者に踏まれていないため、小石や枯れ枝が散乱していたり、雑草や不安定な石が増えてくるのです。
その山・山域の登山道がどの程度に整備されているか、正しい踏み跡はどのような路面の状態なのか……。
ただ漫然と歩くのではなく、靴底から伝わってくる感触にも敏感になりながら、その変化を察知することも大切です。
どんなベテラン登山者でも道を間違えることはありますし、それ自体は何ら恥ずべきことではありません。道間違いに気が付かないでそのまま進んでしまうことが、道迷いにつながるのです。
地形や太陽の位置、ランドマークの方向、登山道の路面の様子など、正しいルートが備えているべき条件を常に意識しながら歩きましょう。
それらの条件に少しでも違和感を抱いたら、すぐに地図やYAMAPなどの登山地図GPSアプリをチェック。1分でも1mでも早く、間違えたことに気が付くことが重要です。
正しいルートへ戻るために余計に時間を浪費してしまった場合、下山までに日没を迎えてしまうこともあります。
スマートフォンのバッテリー切れで登山地図GPSアプリが使用できなくなれば、正しいルートへの復帰がさらに困難に。日帰り登山であっても、ヘッドランプ・予備バッテリーなどの携行が必須な理由は、ここにあります。
山域によっては道迷い以外の原因が増えることもあります。
代表的な例が長野県。日本アルプスや八ヶ岳連峰などが位置し、これら人気の山域では道標が整備されていることもあり、道迷いよりも「滑落」「転倒」が上位を占めます。
しかし、南・北アルプスや八ヶ岳連峰で道迷い遭難が皆無という訳ではありません。全国的に知られる登山者が多い山でも、一定数の道迷い遭難は発生しています。
執筆・素材協力・トップ画像撮影=鷲尾 太輔(登山ガイド)