クマ棚・爪痕・樹皮はぎを見極める|山の痕跡から分かる生態【クマとの共存。vol.6】

「クマに背を向けて走ってはいけない」など、クマに遭った際の対処法が多くのメディアで紹介されています。しかし、ツキノワグマ(以下、クマ)を目の前に落ち着いてできることはそれほどなく、絶対の正解もありません。

交通事故の場合は「事故に遭わないために、どうすればいいか」を習います。同じように、クマの場合も「クマと遭遇したら」ではなく、「クマに遭わないために」が最も大事。そのためにできることは、「クマを知ること」です。

森で見つけられるクマ棚や爪痕などの痕跡(フィールドサイン)と、そこからわかる生態について、クマをはじめ森の生き物について研究している東京農工大学大学院の小池伸介教授に紹介いただきました。

2024.04.08

小池伸介

東京農工大学大学院教授

INDEX

クマの大きさ

意外と小さいツキノワグマ

約40㎏のクマの身体測定。人と比べると大きさが想像できる

本州・四国に生息するツキノワグマの成獣の体重はオスで40㎏から80㎏、メスで30㎏から60㎏あたりが標準的な大きさです。もちろん個体差もあり、季節によっても変化しますが、OSO18(※)をはじめとする、北海道にいるヒグマと比べると一回り小さいです。

そのため、ヒグマのイメージをもっていると、大人のクマを目撃したとしてもコグマと勘違いする人すらいます。

体長(しっぽの根元から鼻の先までの長さ)は1mから1.5mほど。体高(4本足で歩いているときの地面から肩までの高さ)は50㎝ほど。足はそれほど長くありませんので、脚の短い太った大型犬のような感じでしょうか。

※2019〜2023年にかけ、北海道東部の川上郡標茶町および厚岸郡厚岸町一帯で乳牛を襲撃していた雄ヒグマ1頭のコードネーム。人が唯一目撃し、日中に被害が発生した標茶町オソツベツの地名と、前足の幅が当初18cmと推定されたことにより命名

クマの手足とアイゼンのような爪

前足の肉球。指先には鋭い爪が存在する

脚は短くても、指先には鋭い爪があります。爪はクマが生きていくうえで、なくてはならない「アイテム」です。

爪の威力が発揮されるのは、木の実を食べるとき。クマは木に登って、木に育った果実を食べます。登るときは、アイゼンのように爪先を木の樹皮に突き刺すことで、体を支えて木に登ります。

クマの木登りを可能にしているもう一つのアイテムが、大きな肉球です。

猫や犬と違い、クマの手足の裏は大きな肉球で覆われています。この肉球を滑り止めのように使うことで、垂直な木でもするするっと登ることができるのです。

木に登る際には、点々と樹皮が剥がれた爪痕が作られる

クマの能力と性格

優れた嗅覚・視覚・聴覚

クマは嗅覚を頼りに生活を送っています。匂いを感じるときに働く鼻の奥にある嗅細胞が犬よりも多いことから、犬よりも嗅覚が発達しているともいわれています。

しかし、視覚や聴覚が劣っているかというと、決してそんなことはありません。私たちと同じような色の見え方ではないようですが、動体視力は人間をはるかに上回ります。

私たちがクマの存在に気が付くよりもはるか前に、クマは人間の存在に気付いていることからも、聴覚も私たちよりははるかに優れていそうです。

優れた運動能力

木登り以外でも、抜群の運動能力を誇ります。

東北地方の沿岸の島々では、クマが海を泳いで島に渡ることが報告されています。北海道のヒグマの例では、対岸から20㎞も離れた利尻島まで泳ぎ切ったという報告があることからも、泳力もなかなかのようです。

時速50㎞近くで走る車を追いかけてきたヒグマの事例も知られることから、走力でも人間にはかないそうもありません。

さらに、急峻な日本の山々を1日で数十㎞も移動することがあるので、体力も抜群のようです。

クマがアリを食べるために破壊した朽ち木

記憶力の良さ

クマは、母親から生後1年半の間に、食べ物や危険な場所など生きていくうえで必要なことを学ぶといわれています。そのため、同じ地域でも特定の母親の家系のクマは、特定の食べ物を食べることが知られています。

クマは母親と別れた後は、基本的には生涯を単独で過ごします。さらに、野生でも20年を超えて生きることも珍しくありません。そのため、広い森の中を長い間一匹で生きていくうえでは、過去の記憶や経験が頼りなのかもしれません。

高い警戒心

野生のクマは日の出とともに活動を始め、日の入りとともに一日の活動を終えます。ところが、人間への警戒心のためか、集落近くで活動するときは夜行性になることもあります。

では、なぜ昨年(2023年)の秋には、昼間に集落の中の柿の木に登るクマの姿などが見られたのでしょうか。おそらく、初めのうちは、クマは恐る恐る、夜に集落のはずれの柿を食べていたのかもしれません。

しかし、人に追いかけられることもなく、簡単に食べられたという成功体験が、その後のクマの行動をだんだんと大胆にさせ、本来の活動時間である昼間に森から出て、集落の中にまで探索に行くようになったのではないかと考えられます。

クマのフィールドサイン

クマ棚

ミズナラに作られたクマ棚

野外でもっとも簡単に見つけることができるクマのフィールドサインは、クマ棚です。クマ棚とは、クマが木に登って果実を食べるときにできる痕跡。

大きな木では、果実は枝先に実っています。しかし、大きな体のクマにとって枝先にまで移動することは容易ではありません。

そのため、クマは太い枝の上などに座り、果実が実った枝を折り、手元に手繰り寄せることで果実を口にします。

そして、果実を食べ終えた枝は、そのまま木の下に落とされたり、自分のお尻の下に敷いたりして、また次の枝を手繰り寄せます。これらの樹上に残された枝をクマ棚(円座とも)とよびます。

秋の落葉後の木々には、クマの座っていたあたりに、鳥の巣のように折られた枝々が残った様子を目にすることができます。

木の下に落ちている、クマによって折られた枝。クマは人の腕ほどの太さの枝も折ることができる

クマの爪痕と間違いやすい痕跡

クマが木から降りるときに作られた爪痕

クマは木から下りるときに、頭を下にして下りることもありますが、お尻を下にして下りることもあります。

その際、爪をブレーキとして使うことがあります。爪を樹皮に突き刺した状態で滑り下りるので、木の幹には複数の縦に長く、並行に樹皮がめくれた痕跡ができます。

この痕跡とよく間違われるのがシカの「角とぎ」の痕跡です。シカは秋に角を木にこすりつけますが、そのときに角の先端が木に当たることで樹皮に深い溝が彫られます。

ただし、クマと違って並行に樹皮が傷つくわけではないので、見分けることは難しくありません。それでも、山で実物を見ると結構ドキッとするので、「クマが居る!」と驚く人も結構います。

シカが角をこすった痕跡

クマハギ

クマに樹皮をはがされたスギ

木にまつわるクマの痕跡のひとつに「樹皮はぎ」があります。別名クマハギともよびます。まるで、クマが着ぐるみ剥がされてしまうような印象を与えますが、剥がされるのは木の樹皮です。

樹皮はぎの目的はよくわかっていません。ただし、樹皮の下の形成層(甘皮ともいいます)には削り取られた歯型ができるので、形成層を食べ物として認識したクマが、形成層を食べようとして、樹皮を剥いでいると考えられています。

初夏の針葉樹で樹皮はぎは多く見られます。そのため、スギやヒノキの人工林で樹皮はぎが発生すると、材木の価値がほぼなくなってしまうので、林業では樹皮剥ぎは深刻な問題となっています。

クマハギにより樹皮下の形成層には歯形が規則正しく並ぶ

クマを知り、クマとの程よい距離感を保とう

クマは私たちの想像を超える能力を持っています。その能力の一端を知ると、とても太刀打ちできない存在であることをよく理解できると思います。

一方、とても警戒心が強い動物ですので、彼らの能力をうまく生かせば、森で彼らと出遭うリスクを減らすことができます。

山に入る際に鈴やラジオを持つのも、彼らの優れた聴覚に期待して、私たちがクマに気づくより前に、彼らに私たちの存在に気付いてもらい、未然にその場を立ち去ってもらうのが狙いです。

出遭ってしまうと大きな事故につながる可能性のあるクマですが、フィールドサインを通じてその存在を感じとるぐらいが、ちょうどいい距離感なのかもしれません。

クマのウンチで山での暮らしと居場所を知る|登山道のフィールドサイン【クマとの共存。vol.5】を読む

小池教授の著書『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら ツキノワグマ研究者のウンコ採集フン闘記』が発売中

25年間にわたってクマのウンチを拾い続け、ツキノワグマの謎に包まれた生態を明らかにしてきたクマ博士・小池伸介さん。数奇な研究人生と“クマの本当の姿”を語る自然科学エッセイであり、ツキノワグマ研究者のウンチ採集フン闘記です。

体を張った研究の果てに見えてきた、山でのクマの役割と自然の神秘とは?
研究者のクマへの愛が炸裂する動物研究記です。

小池伸介

東京農工大学大学院教授

小池伸介

東京農工大学大学院教授

1979 年名古屋市生まれ。博士(農学)。専門は生態学、主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地においてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』(辰巳出版)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、「わたしのクマ研究」(さ・え・ら書房) ...(続きを読む

1979 年名古屋市生まれ。博士(農学)。専門は生態学、主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地においてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』(辰巳出版)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、「わたしのクマ研究」(さ・え・ら書房)など。