クマのウンチで山での暮らしと居場所を知る|登山道のフィールドサイン【クマとの共存。vol.5】

2023年の秋、多くのニュースや新聞で見かけたツキノワグマ(以下、クマ)。ニュースで目にする多くは市街地などに出没したクマでした。

しかし、クマの本来の生息場所は森の中。そのため、クマが暮らす場所にお邪魔する登山者のなかには、他人事ではないと感じた人も多かったかもしれません。

森の中でクマを目にする機会はほとんどありません。しかし、クマの存在を身近に感じられるモノがあります。それは彼らのウンチです。ウンチから分かる食べものをヒントに生態を理解することで、思わぬ遭遇のリスクを下げられます。

ウンチからわかるクマの姿の一端について、クマをはじめ森の生き物について研究している東京農工大学大学院の小池伸介教授に紹介いただきました。

※本記事内では実際のフンの画像が出てきます。食事中などの際にはお気をつけください

2024.03.14

小池伸介

東京農工大学大学院教授

INDEX

クマのウンチを探れば、彼らの生活が見えてくる

クマの生体捕獲の様子(左は筆者)

クマの生態を知ることで、クマと人との事故をなくそう

私は東京農工大学で教員をしながら、森に棲む生き物の生態や生き物同士のつながりを研究しています。なかでも、研究対象の一つであるクマとは25年以上にわたる付き合いです。

これまでに拾ったクマのウンチは3,000個以上。麻酔処置後に発信機などを装着し、その場で放獣する学術目的の捕獲(生体捕獲)を延べ300頭近く行ってきました。

しかし、クマの生態にはまだ不明な部分が多いです。

クマと人との軋轢を減らし、お互いにとって不幸な事故を無くすための一番の対策は、私たちがクマの正しい姿を知り、それをもとに出遭わないようにすることです。

そのためには、クマの生態を一つ一つ解き明かしていくことが必要となります。

クマのウンチとの出遭いと、登山者に知ってほしい魅力

クマのウンチ。体のサイズ同様、他の動物のものと比べても大きい

森では、クマのさまざまなフィールドサイン(生活の痕跡)から、その存在を感じることができます。フィールドサインのなかでも、特にウンチは直近までその場所にクマが居たことを示す確実な証拠です。

クマとほか動物のウンチの区別の仕方

シカやカモシカのウンチの形は粒々。これはカモシカのもの

山で間違いやすい別の動物のウンチ

森の中でウンチを見つけた場合、どのようにその落とし主を推定すればいいでしょうか。

カギは形と臭いです。

本州や四国の森に生息する野生動物の中で、クマは最も体が大きいです(成獣で40~100㎏)。体が大きいということはウンチも大きいです。

体重が人間とほぼ同じぐらいですから、人間のウンチのような大きさを想像するといいです。他の大型の野生動物のうち、シカやカモシカのウンチは粒々の形なのでまったく違います。

また、よくクマと間違われるのがタヌキのウンチです。タヌキはタメフンといって、特定の場所に繰り返しウンチをする習性があります。人間のトイレみたいなものです。

タヌキのタメフン

そのように、何回も同じ場所が使われて、ウンチの分解に時間がかかる季節のタメフンには、タヌキのウンチが山盛りになります。そのため、その大きさからクマのウンチのようにも見えます。

でもよく見ると、一つ一つのウンチの直径は小さいです。さらに、匂いをかいでみましょう。クマのウンチはほぼ無臭です。ところが、タヌキのウンチは動物園で嗅いだことのあるような臭いがします。

形と臭いをもってすれば、簡単にクマのウンチを見分けることができます。

森で見つけたら気を付けたい新しいウンチ

ある程度分解が進んだウンチ

ウンチの鮮度はどのように判別すればよいでしょうか。

いくつかのポイントがあります。一つは糞虫(ウンチを食べる昆虫、フンコロガシが代表格)の飛来の有無と分解の程度です。糞虫はウンチが排泄されると早いと数分で、どこからともなくウンチに飛来します。その後、ウンチを食べるためにバラバラに分解します。

もう一つが、ウンチの表面のテカテカ度と硬さです。

ウンチは、排泄後は空気に触れるので表面が乾燥し、固くなります。表面がテカテカしていればまだ湿っていて、排泄されてからそれほど時間が経っていないと判断できます。

勇気を振り絞って、指で直接触って湿度や硬さを感じるのもアリです。ただし、それはできないという人は、周囲に落ちている枝でウンチをつついてみましょう。スッとウンチの中に枝が刺さるようでしたら、新鮮なウンチといえるでしょう。

クマのウンチから知る食生活

春:葉っぱを食べたときのウンチ

春、冬眠から目覚めたクマは、森の芽吹いたばかりの草木の葉や花をもりもり食べます。これらは柔らかいため、クマでも簡単に消化できます。

タンパク質も豊富に含まれ栄養満点なため、冬眠明けのクマにとっては大切な食べ物となります。

夏:サクラの果実を食べたときのウンチ

初夏になると森には野生の果実が目に付くようになります。クマは真っ先に実り始めるサクラやキイチゴの果実をよく食べます。

初夏、春にはきれいな花を咲かせていたサクラの木の下に行くと、サクラの果実を食べたウンチが落ちているのを目にすることがあります。写真のように、無傷なタネがたくさん含まれているのが特徴です。

夏:シカを食べたときのウンチ

春から夏にかけてはシカの出産時期。出産1か月ぐらいまでの子供のシカなら、クマでも捕まえられます。そのため、クマが子どものシカを食べることがあります。

最近は駆除されて、森に放置されたシカの死体をクマが食べる様子も確認されています。

秋:ブナの果実を食べたときのウンチ

秋は森でも実りの季節。特にブナやミズナラをはじめとするブナ科の果実、いわゆるドングリの仲間は冬眠を控えた秋の主食です。

そのため、秋にクマが棲む森に足を踏み込むと、大きな粘土の塊のようなドングリを食べた時のウンチがいたるところに落ちていることがあります。

秋:サルナシの果実を食べたときの新鮮な色鮮やかウンチ

秋はドングリ以外にも様々な種類の果実が実ります。なかでもサルナシ、北海道ではコクワとも呼ばれる果実はクマが好んで食べます。キウイフルーツを小さくしたような形と味で、人も美味しく食べることが出来ます。

サルナシを食べた時の、新鮮なウンチはキウイジャムのような色をしています。

クマの食べ物を知れば、クマと出遭うリスクは減る

偶然、森で出会ったクマ(撮影:岩崎正)

秋にはドングリの多い山

クマの食べ物は季節によって次々と変わります。各季節のクマの食べ物を知っているだけでも、クマに遭遇するリスクを下げることができます。なかでも、冬眠を控えた秋は冬眠中に必要なエネルギーを蓄えなくてはいけません。

そのため、クマにとっては1年の中でも最も大切な季節です。クマは無我夢中で食事をするので、他の季節よりも人への警戒心が下がっているかもしれません。

それゆえに、秋にドングリがたくさん実る森では、クマと遭遇してしまう可能性が高まります。

ドングリが少ない秋には意外なところにも出没

ドングリで埋め尽くされる道

ところが、ドングリには結実豊凶と呼ばれる、実りの程度が良い年と悪い年が自然の現象として存在します。さらに、これらの実りの程度は樹木同士で同調します。そのため、ドングリの実りの悪い年には、森の中からドングリは姿を消してしまいます。

そのような年には、クマは普段は出かけないような遠くの森にまで、食べ物探しの遠征に出かけることが多くなります。その結果、「まさかこんなところに!?」といった場所の森にも、クマが現れることがあります。

味を覚えたクマは危ない

森の中でクマは、いかに効率よく食べるかを追求して生きています。

ところが、人間に由来する食べ物(生ごみや廃棄果樹、放任果樹=収穫されない果樹)は、森の中の食べ物に比べると栄養も豊富で、1か所にまとまって存在するので、クマにとってはとても魅力的な食べ物です。

収穫されていない柿の木

1度でもこれらを食べたクマは2度とその味を忘れないともいわれます。クマにとっては、麻薬みたいな存在です。

そのため、味を覚えたクマは、それらへの欲望が人間への警戒心を上回ることで、これまでは足を踏み入れることのなかった集落へ出没するようになります。

ウンチを手がかりに今までと違う山歩きを楽しもう

クマが暮らす場所にお邪魔する登山者でも、これまでは登山道でクマのウンチを見つけても、汚いものを見るかのような反応をしてきた方がほとんどではないでしょうか。

ところが、クマのウンチはいろいろなことを教えてくれます。新鮮なウンチからは、さっきまでここにクマがいたことを示します。

また、ウンチの中身からは各季節のクマの食べ物が分かることで、森の中でのクマの居場所を想像できます。

クマのウンチには、クマとの遭遇や事故を避けるためのヒントがたくさん隠されています。森に残された野生動物のフィールドサインとほんの少し向き合うだけでも、今までとは違った山歩きを楽しむことが出来るようになるかもしれません。

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骨格・五感・形態など身体能力、何を食べ、どこで寝て、1日・1年をどのように過ごすのかといった生態を、誰も見たことがない生態写真と共に本記事よりさらに踏み込んで解説。足跡やフン、食痕、冬眠穴など、森の中で見つかるフィールドサインも多数収録しています。

小池伸介

東京農工大学大学院教授

小池伸介

東京農工大学大学院教授

1979 年名古屋市生まれ。博士(農学)。専門は生態学、主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地においてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』(辰巳出版)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、「わたしのクマ研究」(さ・え・ら書房) ...(続きを読む

1979 年名古屋市生まれ。博士(農学)。専門は生態学、主な研究対象は、森林生態系における生物間相互作用、ツキノワグマの生物学など。現在は、東京都奥多摩、栃木県、群馬県の足尾・日光山地においてツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究している。著書に『ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら』(辰巳出版)、『ツキノワグマのすべて』(文一総合出版)、「わたしのクマ研究」(さ・え・ら書房)など。