一瞬を捉える、手持ち撮影のこだわり|フォトコン2023最優秀賞・黒部友朗さん

YAMAPフォトコンテスト2023で最優秀賞を受賞した、愛知県在住の黒部友朗(くろべともあき)さん。受賞作は夕焼けに染まる烏帽子岳を捉えた一枚。山を包むガスまでもが炎のように燃えてみえる作品です。山や写真との向き合い方、写真を撮る楽しみなどをお聞きしました。

2024.04.23

米村 奈穂

フリーライター

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粘り勝ちで見た、夕日に染まる1分間

最優秀賞を受賞した作品。ガスが晴れた瞬間を狙って、前烏帽子岳(2,605m)から夕日に染まる烏帽子岳(2,628m)を1分足らずの瞬間に捉えた。

──登山歴8年ということですが、山に登るようになったきっかけを教えてください。

黒部友朗さん(以下、黒部):半導体の研究をしていた大学院の時、研究室に登山グループのようなものがあって、その仲間に尾瀬に誘われたことがきっかけです。当時、カメラを買ったばかりで、仲間がそれを見て誘ってくれたんだと思います。

──山の写真を撮るようになったのは尾瀬がきっかけだったそうですね。

黒部:元々カメラを始めた理由は、スマホで撮った待ち受け画面の写真をもう少しきれいに撮りたいと思ったからなんです。妹の一眼レフを借りて撮っていたら楽しくて、お金を貯めてカメラを買いました。

最初はお花見に行って桜を撮ったり、花火を撮ったり、普通に風景写真を撮っていました。山では落ち着いた写真を撮れるので、いいなと思いました。

──初登山の尾瀬はどうでしたか?

黒部:体力的には結構しんどかったです。普通はバスを使っていくところ、バスを使わないルートを使ったんです。1日20kmくらい歩いて、股関節を痛めたりもしたのでしんどかったんですけど、湿原に出たら晴れてきたので、よかったです。

山に登るきっかけとなった初登山の尾瀬。1日20km歩いた

──それから山にのめり込んだのでしょうか?

黒部:本格的に登り始めたのは社会人になってからなんです。大学時代は実家の車がものすごい燃費が悪い車だったんです。数人で行って割り勘にしないとコスト的に厳しくて、そんなに行けませんでした。

社会人になったタイミングで燃費のいい車になったので毎週のように山に行くようになりました。

──フォトコン結果発表のライブ配信は、終盤ギリギリで見られたそうですね。

黒部:事前連絡のない結果発表は初めてだったので、ダメだったのかなと思い、ライブ配信は見てなかったんです。

「お前の写真が出とるよ」と友達から連絡が来て、急いでYouTubeを開いてなんとか見られました(笑)。しばらくは信じられない気持ちでした。

──受賞作の撮影時は数カットしか撮れなかったそうですが、その時の様子を教えていただけますか?

黒部:登山口からテント場に着くまで、ずっとガスに包まれていて、登山中に「もう下山してキャンプでもする?」と話していたくらいの悪天候でした。

テントの中で夕方までのんびりした後、テント場から20分ほど歩いた先の撮影スポットに向かっていたら、少しずつガスが抜けてきて、日没の数分前に写真のような光景が広がりました。

いつもはスマホで動画も撮るんですが、そんな余裕はなく、感動の束の間カメラで数カットを収めるのに精一杯でした。テント泊や小屋泊の人もいたんですが、日没に間に合う時間は雨が降っていたので誰も外に出ておらず、この光景を見られたのは自分と友人の二人だけ。信じて待っていると報われるんだなと思いました。粘り勝ちでした。

撮影ポイントに着いた時は山頂の先しか見えなかったんですが、いきなりザッとガスが抜けたんです。夕日もちょうど出てきてくれて、きれいに光が当たって、いろいろな条件がそろって見られたのかなと思っています。

時間にすると1分もないくらいの瞬間でした。

友人パーティーと偶然遭遇した北鎌尾根にて撮ってもらった一枚

止まった画を、手持ちで撮る

──写真を撮るときに気をつけていることや、こだわりはありますか?

黒部:質よりも歩留まりを重視しています。ブレていると使えない残念な感じになっちゃうので、最低限、現像するのに使える写真を残すようにしています。

質を求めると、ノイズを少なくするために感度を下げたり絞ったりするんですけど、そうするとどんどんシャッタースピードが遅くなって、手ブレのリスクが出て来てしまうんです。

質は現像である程度はなんとかなるんで、止まった画を撮れるように、なるべく自分で撮るときの条件を緩くしてるんです。シャッタースピードを速くできるように感度を上げたり、絞りをちょっと開いたりして。

最終的に使える画が撮れることを、質よりも意識しています。

最近のカメラやソフトウェアは優秀なので、背反で増えるノイズは簡単に処理できます。三脚を使えばいいのでしょうけど、三脚でバッチリ構図を決めて撮るというのはあまり好きではないんです。

それよりも手持ちでいろんなカットを撮って、多方面の景色を残せるように心がけています。受賞作品も、手持ちで撮影したものです。

──三脚はあまり使わないのですね。

黒部:使わないですね。受賞作の写真もこのカットとは別に、もう少しズームしたものとか、もっと広く撮ったカットもあったんですけど、三脚があると時間的にボトルネックになってしまいます。

風景はどんどん変わっているのにモタモタしちゃうので、手持ちでフットワーク軽く撮るっていうのがこだわりでもあります。風景写真家とは真逆な感じかなと思っています。

一応、持っては行くんです。受賞作を撮影したときも、軽い1kg弱くらいの三脚は持っていって、セットはしてたんですけど使わなかったです。

三脚で撮ることもあるんですけど、すぐ外しちゃうんですよ。

たとえば、暗いところから明るくなる朝は、手持ちだと厳しい明るさだったりします。三脚で準備はしておいて、手持ちでいける明るさになったら外して撮る感じです。

夕方は暗くなるまでは撮れるので、手持ちで撮影していますね。

晴れを狙って、一旦通り過ぎた宮之浦岳(1,936m)を翌日再訪すると、モルゲンロートが見られた

──登山中にマニュアルで撮るのはもたついてしまいそうですが、慣れなのでしょうか?

黒部:止まって撮るときは一眼レフでマニュアルですね。歩いているときは面倒なんで、コンデジの絞り優先で撮ったりしますが、基本的にはマニュアルで撮っています。

試しに撮ってみて、明るすぎたらシャッタースピードを遅くしたりと、感覚で撮っている感じなので、慣れといえば慣れですね。マニュアルの方がいろいろ調整が効きます。

絞り優先だと、光の明るさを合わせるポイントが違っていると飛んだりするので、全部自分でやったほうが、逆に早くなんとかなると思います。

──機材は何を使われているのでしょうか。

黒部:一眼はソニーのα7RⅢです。今はRⅤくらいまで出ているので、だいぶ型落ちになっちゃいましたけど。コンデジはリコーのGRです。センサーサイズもほかのコンデジと違って大きいし、現像でそこそこいじっても耐性があって大丈夫なんで。何より撮った絵がきれいというか、そのままでいいみたいな絵が撮れるので、そこが好きですね。

──登山にはレンズを何本くらい持っていくのでしょうか。

黒部:星を撮るためだけの14mmの単焦点と、あとは24−105mmのズームレンズの2本だけですね。

前は100〜400mmとか、70〜200mmのF2.8とかもあったんですけど、重いので持っていかなくなって、手放しちゃいました。最近は軽量化重視で、使うものだけ持っていくようにしています。

こだわろうとすると、フィルターをかついでいったり、星を撮るために赤道機を持っていったりする人もいますけど、どうしても重くてしんどくなるんですよね。

──現像の際にこだわっていることはありますか? 

黒部:ものにもよりますが、長くても20分程度触るかなというくらいです。星空になるとちょっと違うんですけど、普通の風景は基本的にやり方は一緒なので、ルーティン化してそんなに時間はかけません。

あとは、見たイメージにだいたい近づけばいいかなと思っています。受賞作も、撮ったときはもっと黄色がかっていて緑っぽかったんですけど、それをなんとか見た風景に近づけるように現像しています。

すごく焼けてるような絵をつくろうとすると、絶対不自然なところも赤くなっちゃうんです。そういうところがないように、色を付けすぎないというか、全体の調整を最後にするようにはしています。

「撮る」よりも、「見たい」が先にある

弓折乗越から撮影した槍ヶ岳(3,180m)

──登山中に写真を撮る楽しみはどこにあると思いますか?

黒部:自分の中で、写真を撮るために登山をすることはほぼありません。見たい景色があって行くことはあるんですけど、こういう作品を作りたいから行くというのは、まずないです。

登山中にきれいだなと思った景色や同行者と風景を絡めて撮ったものがほとんどで、記録や記憶を残すような感覚で撮ったものです。感性のままに撮るのが楽しいのかなと思います。

あとは、山でしか見られない景色を残すことです。

星空も、山で見ればプラネタリウムのようです。雲海が広がる光景も、下界ではほとんど見ることはできません。そういったものを残して、後で余韻に浸るのが好きです。

作品は後からついてくるものなのかなと思っています。あくまでも、見たい景色を残しておくための手段みたいな感じです。撮るよりも見たい方が先にある感じなんですね。

最初は登山と写真がセットみたいな感じだったんですけど、最近はクライミングや山スキーをしにいったり、山が遊び場のような感じになってきているので、逆に純粋に山歩きだけをするというのは少なくなりました。

特に冬はそうですね。山に遊びに行っているような感じです。

権現岳(2,715m)から赤岳(2,899m)へ

余韻が続く夏山の記憶

北鎌尾根独標から、槍ヶ岳山頂に刺さる天の川を望む

──印象に残っている山行はありますか?

黒部:たくさんあるんですが、一つ挙げるとしたら、2023年7月に北鎌尾根から登った槍ヶ岳です。3連休で決行したら、たまたま同じようなことを考えていた友人がたくさんいたんです。

登り始めは2人だったのが、1泊目の幕営地に着いたら、先行の2つのパーティがみんな知り合いで、そこから即席の7人パーティになりました(笑)。

北鎌独標からの槍ヶ岳を堪能したいというのがみんなの共通認識だったので、2泊目はみんなで北鎌独標付近で幕営し、雲の出方や光の当たり方で刻々と変わる槍ヶ岳が見れましたし、思いがけず槍ヶ岳に刺さる天の川も見ることができたんです。

その景色をみんなで共有できて、全員で怪我なく槍ヶ岳に登頂できて、嬉しかったです。余韻がすごすぎて、7月なのにもう夏山はこれで終わりでいいかなと思ったくらいでした。

──このときに撮った写真が、天の川に槍ヶ岳が刺さっている写真ですね。

黒部:これが2日目です。行こうと思えば2日目に槍ヶ岳まで行けちゃうんですけど、ここからの風景を見たかったので、ここでテント泊をしました。2〜3張りくらいしか張れない場所なんですよ。

朝4時くらいに出発して、着いたのが昼の11時くらいだったので、夜まで本当に暇でした(笑)。最初はガスがすごくて何も見えなかったんですが、時間がたつとだんだん抜けてきてました。

写真で見るより槍ヶ岳がすごく大きいんです。これは広角で撮っているので真ん中が小さくなっちゃうんですけど、実際は眼前にドーンという感じで、本当に迫力がありました。 

山小屋がつくる風景

コバイケイソウの当たり年に撮影した、夕暮れの黒部五郎小舎

──今回のフォトコンテストのテーマは、「100年後に残したい景色」です。黒部さんが100年後に残したいのはどんな景色ですか?

黒部:山と人が共存している景色が残っているといいなと思います。登山道がちゃんと整備されていて、寝泊まりできる山小屋が運営されているような。

テント泊山行が多いですが、山小屋の名物の食事や、山小屋で買って飲む炭酸飲料が好きなんです。

苦労してたどり着いた先にそういったものが待っていると、達成感を味わえるのと同時にホッとした気持ちになれます。山小屋は特徴的な形状や色が多かったりするので、山岳風景と絡めて写真に残すのも面白くて好きです。

──ちなみに、フォトジェニックな山小屋を挙げるとするならどこですか?

黒部:この黒部五郎小舎もそうですけど、あとは三俣山荘とか。三俣蓮華から見る三俣山荘と鷲羽岳(2,924m)が非常にきれいですね。

後立山のキレット小屋も、崖の中に立派な建物が立ってるんで、あれもすごい光景だなと思います。

──山小屋がそこにないと出せない雰囲気ってありますよね。山小屋の名物で好きなものはありますか?

黒部:黒部五郎小舎の写真を撮ったときは、裏銀座に4泊したんですけど、そのうち1泊はこの黒部五郎小舎で、残りの3泊は全て三俣山荘でテント泊したんです。

カフェがすごくよくて、コーヒーもおいしいですし、ケーキやジビエ丼など、メニューも豊富で水もおいしいし、景色もいい。あそこは居心地がいいですね。

ほかのところにテントを張る予定だったんですけど、もうここでいいやと思って拠点にして、水晶岳(2,986m)や黒部五郎岳(2,839m)に行ったり、鷲羽岳に何回も登ったりしていました。

雷鳥荘を拠点にバックカントリー。スキーヤーと龍王岳(2,872m)

──これから写真に撮ってみたい山や景色、瞬間はありますか?

黒部:冬の雪深い時期にスキーの機動力を活かして、普通のハイクでは見られない景色を作品に落とし込めたらなと思っています。

あとは、風景だけでなく滑っている人も入れた写真が面白いなと思っています。スキーにしろ、クライミングにしろ、みんな真剣に山で遊んでいるので、そういう瞬間を撮ってみたいです。

黒部さんのアカウント
YAMAP:べーくろ
Instagram:Tomoaki Kurobe @vermilionblanc

米村 奈穂

フリーライター

米村 奈穂

フリーライター

幼い頃より山岳部の顧問をしていた父親に連れられ山に入る。アウドドアーメーカー勤務や、九州・山口の山雑誌「季刊のぼろ」編集部を経て現職に。