何らかの川の流域に属している私たちの生活圏。しかし現代の暮らしは都市化によって自然と切り離され、その存在を意識するのは、豪雨災害の危険が迫るときぐらいになっていないでしょうか。
そんな時代に提唱したいのが、私たちの暮らす流域の源流を登ること。自分たちの生活が源流から始まり、自然とつながっているという理解がきっと深まるはずです。
YAMAPがリリースした「流域地図」を見ながら、東日本(関東・中部・東海)の主要河川の源流となる山を紹介します。
2024.08.08
鷲尾 太輔
山岳ライター・登山ガイド
私たちが生活している流域の中心となる川(ホームリバー)の源流はどこかを決める方法は、ひとつではありません。例えば関東地方で最大の流域人口を持つ利根川も、上流へ遡れば鬼怒川・渡良瀬川などに分かれ、さらにそれぞれの川に流れ込む小さな支流が存在しています。
これらすべての支流の最初の一滴が源流とはなりますが、今回は国土交通省など治水に関わる公的機関が源流としている山や、各河川の源流碑が存在する山を中心に選定しました。
茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都の6都県にまたがり、日本最大の流域面積16,840k㎡と流域人口(約1,308万人)を誇る大河川・利根川。その源流は、群馬・新潟県境にそびえる大水上山(おおみなかみやま、1,831m)です。
利根川は南側へと流れていますが、北東側には奥只見湖を経て福島・新潟を流れる阿賀野川の支流が、西側には河川延長日本最長の河川・信濃川(約5,004km)の支流である三国川が流れ出しおり、日本海と太平洋に注ぐ3河川の分水嶺にもなっています。
最寄りの登山口は新潟県側の十字峡。ここから山頂南側の水源碑を経て往復するだけでも10時間を超える、登りごたえ抜群の山です。さらに稜線を北上して、越後三山の一座・中ノ岳(2,085m)まで縦走して十字峡へ下る周回コースも人気があります。
コース情報【ジャコ平-丹後山-大水上山 往復コース】
コースタイム:10時間10分
歩行距離:15.2km
累計標高差(上り):1,661m
累計標高差(下り):1,661m
栃木県・茨城県を流れる那珂川の源流は那須連山(*1)。その最高峰が三本槍岳(さんぼんやりだけ、1,916m)です。山名からは想像できないどっしりした山容ですが、会津藩・黒羽藩・芦野藩の領界にあったため各藩が目印に槍を立てたという伝承に由来しています。
*1 国土交通省によると、厳密な源流は、那須連山の一つ、朝日岳(あさひだけ、1,891m)の北西斜面にあるとされています。ここでは那須連山全体を源流として、三本槍岳を紹介。
三本槍岳の北に連なる旭岳(あさひだけ、別名・赤崩山、1,835m)は、福島県・宮城県を流れる阿武隈川の源流です。三本槍岳は南東へ流れる那珂川と北東へ流れる阿武隈川の分水嶺でもあり、まさに関東地方と東北地方の境界線となっています。
以前は中の大倉尾根中腹まで「マウントジーンズ那須」のゴンドラが架設されており、三本槍岳への最短コースでしたが、2024年3月に営業が終了しました。
そのため、南側に連なる朝日岳茶臼岳(ちゃうすだけ・1,915m)とあわせて登るのがおすすめです。この三座の総称が日本百名山・那須岳であり、それぞれ趣の異なる山の表情を楽しめます。
コース情報【山頂駅-茶臼岳-隠居倉-1900m峰-三本槍岳-朝日岳-峠 縦走コース】
コースタイム:約5時間40分
歩行距離:10.1km
累計標高差(上り):813m
累計標高差(下り):813m
関東地方そして日本第2位の流域人口(約1,019万人)を持つ荒川だけでなく、河川延長日本最長の河川・千曲川(約5,004km、新潟に入ると信濃川)、そして富士川の支流・笛吹川(釜無川と合流し富士川)という3つの大河川の源流となっているのが、奥秩父にそびえる日本百名山・甲武信岳(こぶしがたけ・2,475m)です。
荒川はその名の通り、水の恵みをもたらすと同時に、豪雨時には頻繁に氾濫を起こす暴れ川でもありました。
このため流域には、これを鎮めるための氷川神社が多く建立されています。荒川流域周辺の旧国名である武蔵国(現在の東京都・埼玉県・神奈川県の一部)で最も格式の高い「一の宮」は、埼玉県さいたま市大宮区にある氷川神社です。
荒川源流点は、甲武信小屋から20分ほど下った場所にあります。また甲武信岳の北に連なる三宝山(さんぽうやま、2,483m)は、あまり知られていませんが、荒川流域の多くを占める埼玉県の最高峰。あわせて登ってみるのもおすすめです。
コース情報【西沢渓谷入口バス停-ゲート-甲武信ヶ岳登山口-木賊山 周回コース】
コースタイム:約9時間10分
歩行距離:13.6km
累計標高差(上り):1,672m
累計標高差(下り):1,672m
武蔵野台地を侵食して東京湾へ注ぐ多摩川も、多くの東京都民にとってのホームリバーです。源流は奥多摩湖(小河内ダム)だと思う人も多い川ですが、登山好きの人なら、本当の源流は奥秩父山塊の笠取山(かさとりやま、1,942m)であることはおなじみ。
笠取山は先ほどの甲武信岳から東へ連なる稜線上にあり、南側の多摩川と北側の荒川の分水嶺でもあります。モデルコースで登る笠取小屋経由の尾根は東側の多摩川と西側の富士川の分水嶺でもあり、大河の境界線を歩いていると意識しながら登ると、また違った気持ちになるのではないでしょうか。
多摩川の最初の一滴があるのは、笠取山の山頂直下に刻まれた沢にある水干(みずひ)です。現在は涸れがちで水が流れていないことも多いのですが「東京湾まで138km」の標柱を見ると、ここでも大河のロマンをかき立てられることでしょう。
コース情報【笠取山登山口-ヤブ沢峠-笠取山 周回コース】
コースタイム:約5時間30分
歩行距離:9.7km
累計標高差(上り):847m
累計標高差(下り):847m
東海地方のホームリバーの代表的存在である木曽三川のひとつ、木曽川の源流に当たるのが、日本三百名山の一座・鉢盛山(はちもりやま、2,447m)です。山頂は樹林帯で展望がありませんが、その奥にある電波塔付近や、山頂へ続く稜線からは、北アルプス・中央アルプス・南アルプス・八ヶ岳などの眺望が広がります。
木曽川の最源流は、鉢盛山の南側にある奥木曽湖(味噌川ダム)上流のワサビ沢にあります。ただし源流碑へは奥木曽湖から荒廃した長い林道を遡る必要があるため、到達は困難。味噌川ダム防災資料館での展示などで雰囲気を味わいましょう。
鉢盛山登山口へ続く林道はゲートで封鎖されています。登山する場合には開山期間(例年6月下旬〜10月下旬)の登山日1週間前までに、朝日村観光協会に事前申請を行い、当日ゲートの鍵を受け取る必要があります。
朝日村観光協会から鉢盛山登山口へは約12km・所要約1時間、狭い林道なので通行にも注意しましょう。
▶︎長野県朝日村|鉢盛山登山・ 開山日・閉山日・入山申請のご案内
コース情報【鉢盛山 往復コース】
コースタイム:約4時間30分
歩行距離:5.1km
累計標高差(上り):720m
累計標高差(下り):720m
こちらも木曽三川のひとつである揖斐川の源流は、日本三百名山・冠山(かんむりやま、1,256m)です。
福井県側に流れる九頭竜川との分水嶺でもあり、伊勢湾と日本海へ注ぐこのふたつの大河の分水嶺には、能郷白山(のうごうはくさん・1,617m)・大日ヶ岳(だいにちがたけ、1,708m)など、東海地方でおなじみの名山が連なっています。
ちなみにもうひとつの木曽三川・長良川の源流は山ではなく、郡上市・ひるがの高原にある夫婦滝。駐車場から5分ほどで長良川源流湧水群、10分ほどで夫婦滝を訪れることができる“アクセスしやすい”源流です。
冠山峠からの往復であれば比較的短時間で登頂できる冠山ですが、その山容の通り山頂直下はロープが張られた岩場となります。
特に下りでは慎重に行動しましょう。冠山峠を挟んで反対側にそびえる金草岳(かなくさだけ、1,227m)から見る冠山も絶景です。
コース情報【冠山峠-冠山 往復コース】
コースタイム:約2時間40分
歩行距離:4.5km
累計標高差(上り):434m
累計標高差(下り):434m
今回は関東・中部・東海地方の大河川の源流の山を紹介しました。あなたの暮らしている地域や故郷のホームリバーはどこですか。YAMAP 流域地図ををチェックして、その流域の源となる山に登ってみてはいかがでしょうか。
2024年6月からは標準モードからハザードマップモードへの切り替え機能が追加となり、豪雨時のさまざまな災害危険度も可視化できるようになりました。ぜひお住まいの地域をチェックして、防災にも役立てて下さい。
執筆=鷲尾 太輔(登山ガイド)