早いもので2024年もあとわずか。今年も、山ではさまざまな出来事がありました。今回は安全登山の観点から、2024年に発生した山岳遭難や事故の傾向、課題、気候変動に伴うリスクの増加などについてまとめています。また、事故が減ることを目指し、万が一事故が起きた場合にも無事に家に帰れるよう、ヤマップが行っている安全登山への取り組みも紹介します。
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2024.12.18
YAMAP MAGAZINE 編集部
2024年夏山シーズン(7〜8月)の全国の山岳遭難発生件数は660件。736人もの人が遭難しました。過去最多となった2023年からは若干減少したものの、依然として多くの遭難事故が発生しています。
地域別で見ると、日本アルプスや八ヶ岳など人気の山域を有する長野県では遭難者数は夏山シーズン(7〜8月)としては過去10年間で最多の125人(前年比+24人)、発生件数は116件(前年比+15件)。
北アルプス北部の山々が連なる富山県も、山岳遭難発生件数64件(前年比+8件)、遭難者数69人(前年比+10人)と、2024年の夏山シーズンは前年よりも増加しています。
年齢別では遭難者の49.0%が60歳以上であり、60代・70代だけでも全体の44.8%にあたる330人となっています。加齢によって低下した体力をはじめとする身体能力と、北アルプスなど長野県・富山県の本格的な山のレベルがマッチしていない可能性が理由の一つとして考えられます。
山岳遭難の態様(原因)として長年トップを占めていたのが「道迷い」ですが、2023年夏期からは「転倒」がもっとも多い原因へと入れ替わりました。2024年夏期も全体の23.0%を占める169人が転倒による遭難者で、遭難原因のトップとなっています。
転倒が多いのは日本アルプスなど本格的な山に限らず、舗装路や階段、木道が整備されているような首都圏で人気の高尾山などの低山でも同様の傾向です。これに大きく関与すると思われるのが、前述した遭難者の多くの割合が60歳以上の登山者であるという事実です。
もちろん高齢でも、頻繁に登山へ出かけて体力を維持している方も多いのですが、加齢とともに特に低下するのが平衡感覚です。平衡感覚の測定方法として、目を閉じたまま両手を広げて片足立ちになる「閉眼片足立ち」の姿勢をどの程度維持できるかがよく利用されますが、一般的に20歳では約38〜40秒なのに対して、30歳では約32秒、そして60歳では約9〜10秒まで低下すると言われています。
平地と異なり、起伏や段差の多い登山道ではバランスを崩しやすくなり、筋力の低下も相まって踏ん張りが効かないことから、転倒へと至ってしまうことが多いと考えられます。
さらにこれらの低山では、高齢の登山者に限らず、観光地感覚で訪れてしまう方も多く、体力・トレーニング不足や、スリップしやすい靴など軽装で歩いてしまうことが、転倒の原因と考えられます。
ヤマップグループの登山保険でも、遭難救助による保険金支払いが発生した事故原因の約3割が「転倒」。登山中に意識が朦朧として転落し滑落したケースや、下山時に骨折し動けなくなってしまったケースなどが報告されています。
もちろん、遭難理由は加齢に起因するものだけではありません。山・コースの体力度や難易度が自身の体力・技量に見合っていなければ、年齢に関わらず山岳遭難のリスクは高まります。
山・コースの体力度や難易度は、2024年現在10県・2山系が発表している登山コースの体力度と難易度を示した「山のグレーディング」や、YAMAPのモデルコースに記載されている必要な体力が数値化された「コース定数」などを参考にすることができます。
これらの基準と、これまで無理なく歩くことができたコースを照らし合わせて、自分のレベルにあった山・コースを選ぶことが大切です。
2024年1月から9月まで発生した山岳遭難者のうち、登山計画書を提出していなかった人の割合は、長野県は32.6%、富山県は38.7%、岐阜県は63.0%であるとの報告がなされています(岐阜・長野・富山 各県(県警)へのヒアリング結果より。未提出率は参考数値)。
山岳遭難が発生した際に警察・消防などの捜索・救助機関にとって重要なのが、提出された登山計画書です。記入された登山コースやエスケープルートから「今どのあたりにいる可能性が高いか」と捜索範囲を絞り込んだり、装備・食糧から「どの程度持ち堪えられるか」を推測して救助体制を整えたりと、必要な情報が満載です。
上記の3県で発生した遭難事故も、仮に提出していれば、効率的で迅速な捜索・救助活動が可能になり、深刻な負傷程度に陥らなかったケースもあるかもしれません。
また、登山計画書は家族や友人などへ共有しておくことも重要です。仮にすれ違う登山者が少ない場所で意識不明になったり、スマートフォンが圏外のエリアで行動不能になった場合は、自力での救助要請は不可能。下山の連絡がなく帰宅しないことを心配した家族や友人が救助を要請するしかないのです。
現在はYAMAPなどの登山地図GPSアプリなどで登山計画を作成し、それを登山計画書としてWEB上で事前に提出することが主流になってきています。スムーズかつスピーディーな捜索・救助活動のためにも、登山計画書の提出は欠かせません。みなさんも、登山計画書の提出を習慣づけるようにしましょう。
▶︎参考記事:登山計画の立て方 | 山登り基本のキ #01
▶︎参考記事:登山計画書(登山届)の作成でリスクを減らす
近年は気候変動が登山に影響を及ぼすケースも増えてきました。記憶に新しいのが、奥穂高岳(3,190m)や北穂高岳(3,106m)へのベースキャンプとしても人気の涸沢カールで、2023年9月中旬に深刻な水不足に見舞われたこと。登山者に水の持参を呼びかけていたことを覚えている方もいるかもしれません。
2024年もその傾向が続いています。
北アルプス北部の名峰・白馬岳(2,932m)の大雪渓コースは、登山口となる猿倉がJR大糸線・白馬駅から近く、夏でも涼を感じられる人気コースでした。しかし近年の少雪のため、2023年は雪解けが早く進み8月下旬から通行止めに。2024年はさらに拍車がかかりクレバス(亀裂)や雪解けによる崩落が多く、夏山シーズンの全期間が通行止めとなってしまいました。
このため2024年の夏山シーズンは(上級者向けの富山県・欅平からのロングコースを除いて)鉄道駅から登山口へのアクセスが遠く、登りコースタイムも若干長い栂池自然園もしくは蓮華温泉からのコースしか選択肢がなくなってしまいました。
この2コースは小蓮華山(2,766m)を越える森林限界上の稜線を歩くため、複数のアップダウンがあり体力的に厳しい上、特に悪天候時は強風雨による低体温症リスクが高いという側面があります。下山のコースタイムが圧倒的に短い大雪渓コースをエスケープルートとしても選択できないのは、白馬岳をめざす登山者に大きな影響をもたらしたのです。
さらに白馬鑓ヶ岳(しろうまやりがたけ、2,903m)・杓子岳(2,812m)を経て白馬岳をめざす白馬三山縦走コースの起点・鑓温泉への登山道も、9月の豪雨による橋の流失で通行止めとなってしまいました。
冬の降雪が少なく夏〜秋に極端な豪雨に見舞われるという気候変動の影響が、白馬連峰だけでも2024年に複数顕在化したのです。
また2024年は同じく北アルプス南部の名峰・槍ヶ岳(3,180m)へ上高地から登る槍沢ルートが、6月30日から7月1日の豪雨により、7箇所も登山道の崩落や流失が発生。7月11日まで通行止めになる事態が発生しました。
ダメージを受けた箇所には応急的に木橋や桟道が設置されて通行できるようになりましたが、本来であれば槍ヶ岳の登山ルートの中でもっとも歩きやすい槍沢ルートの難易度が上がってしまったのです。
2024年は他の山域でも豪雨による登山道の通行止めが複数発生しました。ゲリラ豪雨とよばれるように突発的に発生して被害を及ぼすため、これまでよりも事前の情報収集をより綿密に行う必要があります。
各自治体が発信している情報に加え、現地の山小屋が発信するSNS、ホームページなども情報源としてチェックしたいところ。最新の登山道状況、気象情報以外にも、登山に役立つ内容が多く掲載されています。また、ライブカメラを設置している山小屋(槍ヶ岳山荘、涸沢ヒュッテなど)もあり、現地の状況が一目でわかります。
さらに、YAMAPでユーザーのみなさんが書き込んだ情報をチェックするのも有益です。直近の同じルートの活動日記のほか、崩落や倒木などの最新情報を地図上に書き込んだフィールドメモなど、より多くの情報を得るのが望ましいといえるでしょう。
ここからは、登山者の方により安全に山を楽しみ無事に帰宅してもらえるようにと、ヤマップが2024年に取り組んだことに触れていきます。
遭難者が意識不明であったり圏外エリアにいて連絡が取れなかったりする事態でも、YAMAPアプリの軌跡や位置情報、登山計画書を頼りに、捜索範囲を絞り込んだり行方不明者を発見できる場合も。ヤマップでは、全国各地の警察・消防などの捜索・救助機関からの問い合わせに応じて無償対応を続けています。
近年ではこの活動の認知が上がったためか、捜索活動への協力件数が右肩上がりで増えています。
土日や祝日もヤマップ社員の有志メンバーが対応。その数は2024年だけでのべ119名にも上ります。ヤマップ社員にとっても、この遭難対応活動を通じてヤマップの存在意義を熟考するきっかけともなっています。
前述の登山計画書の提出率向上のためには、作成・提出の手間を少なくすることも有効です。YAMAPアプリで作成した登山計画書をオンライン上で提出できる協定を結んだ自治体も、2024年には5県増えて合計27府県になりました。
また、YAMAPに提出した登山計画書は、YAMAPアプリのアカウント設定から登録できる緊急連絡先にも自動的に共有されます。登山者がどこを歩いているかがわかる「みまもり機能」の軌跡を家族が警察に共有して、遭難者の素早い発見・救助に至った事例もあります。
▶︎参考記事:登山計画を登山届として提出できる?
▶︎参考記事:みまもり機能の設定方法とご利用の流れ
前述の通りYAMAPユーザーの方が万が一山岳遭難の当事者になってしまった場合、警察・消防などの捜索・救助機関への捜索活動協力がより迅速に行えるよう、ヤマップでは電話番号の認証登録をお願いする活動も2024年は積極的に行ってきました。
事前にYAMAPアカウントと正しい電話番号を登録しておくことで、山岳遭難事故が発生した場合に、遭難者のYAMAPアカウントを素早く特定するための手がかりとなります。まだYAMAPアプリに電話番号の認証登録をしていない方は、ぜひお早めに登録を行っていただければと思います。
登山者の安全だけでなく安心も担保するため、ヤマップは2024年5月に損害保険会社・株式会社ヤマップネイチャランス損害保険をグループ会社として設立。保険事業をスタートしました。
道迷いなどの遭難防止をサポートするYAMAPアプリと、万が一の遭難救助費用・ケガ等を補償する登山保険によって、安全・安心の両輪が強固になりました。
ヤマップグループの登山保険は、2024年12月11日に販売を開始した「山歩(さんぽ)保険」を含め、現在2つの商品があります。
「外あそびレジャー保険」は、登山はもちろん、日常生活やレジャー、スポーツも補償対象なのに対して、「山歩保険」はYAMAPアプリを使って活動した登山中の補償に特化した登山保険。保険料が歩いた距離に応じて変動するのが特徴です。
いずれも、登山保険としては欠かせない、以下のような補償が備わっています。
・遭難救助費用を最大300万円まで補償
・骨折などのケガを補償
・雪山、クライミングなどアイゼン・ピッケルを使用する登山も対象
※山歩保険は弁護士への法律相談費用も補償
これらに加え、ヤマップグループならではの仕組みが「目撃情報収集」という付帯サービスです。両保険とも付帯されています。
両保険に付帯されている「目撃情報収集」は、保険の補償対象者が万が一遭難した際に、同じ日・同じ山に登っていたYAMAPアプリのユーザーを検索して連絡、補償対象者(遭難者)の目撃情報を募って捜索・救助機関に情報提供を行うというサービスです。
ダウンロード数470万(2024年11月時点)を誇る利用者数No.1(※)の登山地図GPSアプリであるYAMAPだからこそできる、ヤマップグループならではの強みを保険分野にも活かしたデジタルサービスといえます。
※2024年10月 登山アプリ利用者数調査 (App Ape調べ)
2024年12月に発売を開始した「山歩保険」は、世界初(※)の歩行距離連動型保険。YAMAPアプリで「活動開始」のボタンを押してから「活動終了」のボタンを押すまでの登山中を補償し、歩いた距離データに基づいて保険料が変わるユニークな保険です。
※ヤマップネイチャランス損害保険調べ
ヤマップグループでは、遭難事故やYAMAPのデータを活用することで、今後さらに保険を進化させていきたいと考えています。「山歩保険」は、この「インシュアテック(保険事業にテクノロジーを活用して新たなサービス開発などを行うこと)」に踏み出す第一歩となる保険商品です。
加入者が安全な行動をとるほど保険料が安くなり、保険の加入者が増えるほど安全登山のためのデータが蓄積されて遭難事故が減る、そんな世界を目指していきたいと考えています。
大いなる自然を五感で享受できる登山は、さまざまなストレスや不安に囲まれた現代社会において、かけがえのないアクティビティ。しかし同時に、悪天候・気象変動などによる外的リスク、体力・体調・技量の不足や不良などによる内的リスクがあることも事実です。
目標とする山やコースに自身の体力・技術レベルが合致する登山計画の作成はもちろん、登山計画書の提出と共有や、万が一の山岳遭難に備えた登山保険への加入など、安全・安心をきちんと担保することが、登山を心おきなく満喫するための鍵にもなります。
2025年も安全に、安心して、心ゆくまで登山を楽しんでください!
執筆・素材協力=鷲尾 太輔(登山ガイド・山岳ライター)
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承認番号 YN24-231(2024年12月19日 追認)
山歩保険(正式名称:歩行距離連動型保険料適用特約付き傷害保険)
外あそびレジャー保険(正式名称:遭難捜索費用拡張補償特約付き傷害保険)
※「YAMAPアウトドア保険」はヤマップグループが提供する保険の総称です。
取扱代理店 株式会社ヤマップ
引受保険会社 株式会社ヤマップネイチャランス損害保険