下山風呂・・・。それは登山の緊張をほぐし、汗を流し、今日の山行を振り返る至福の時間。そんな登山と温泉の幸福な関係を追い求めてきたイベントプロデューサーの井出辰之助さんによる、ややマニアックな登山&温泉レポートの連載第1回は、福島県にある“究極の温泉”と評される足元自噴泉のレポートです。
2019.11.30
井出 辰之助
イベントプロデューサー
温泉:木賊温泉共同浴場岩風呂
泉質:単純硫黄泉
温度:44.8℃
場所:福島県南会津郡南会津町宮里
値段:200円
時間:24時間
評価:★★★★☆(4.5点) ※5点満点
はじめまして。
井出辰之助と申します。
温泉に心奪われ早15年、野外フェスの仕事で日本各地を飛び回る仕事環境を利用して、これまでに534湯(正確に数えました!)の源泉掛け流しの温泉を存分に堪能してきました。
1つのことにハマってしまうととことんストイックに追及する面倒な性格で、ハマった当初は1日7~8湯くらいはしご湯して、5~6湯目くらいになると湯当たりで頭痛を起こしながら気合いで入ったりしていました(笑)
温泉巡りのおかげでその土地々々の食や文化にも興味が湧き、蕎麦屋を巡り、酒蔵を巡り、祭りに立ち寄り、湧水を汲み、温泉を浸かる、というハイブリットな旅のスタイルへと進化していき、やがて神社巡りに辿り着き、修験道との出会いから山頂の奥宮を目指しているうちに、いつの間か山の魅力にのめり込んでいきました。
20代からの仲間たちが先に登山にドップリのめり込み、自分の身近に山のエキスパートたちがすでにいたという環境も大きく、今回YAMAP MAGAZINEさんから「山と温泉」という今、リアルタイムでドハマっている趣味2つのお題でコラムを連載させていただけるご縁を繋いでくれたのも仲間の1人です。
これからの山&温泉ライフが更に楽しくなりそうでワクワクしております。
どうぞよろしくお願いいたします!
記念すべき第一回目にピックアップした山と温泉は、東北地方最高峰の日本百名山「燧ヶ岳」と、ロケーション(川沿い)、風情(湯小屋の佇まい)、湯質(足元自噴)と3拍子揃った「木賊(とくさ)温泉共同浴場岩風呂」です。
どこの山と温泉にするか悩みに悩みましたが、登山歴5年の自分はまだ燧ヶ岳に登ったことがなかったということと、マニアにも万人にもウケる木賊温泉は、その3拍子揃った個性が誰にでも分かりやすいというのが決め手です。
混浴なうえ半露天で、マニアから観光客、地元の方々まで多くの人が利用するので混浴難易度は高いですが、現在では女性用の脱衣所も開設され、近くの商店にて湯着の貸し出しサービスもあるのでハードルは下がっています。
2000m級の山々で秋の気配が漂い始める、9月初旬の晴れ予報に合わせて、木賊温泉近くに前泊キャンプし、翌日、朝から日帰りで燧ヶ岳へアプローチする計画を立て、いざ出発。
木賊温泉岩風呂は村が管理している共同浴場なので、コラムへの掲載許可を取るため、まず木賊温泉がある南会津の観光協会に問い合わせてみるが管轄外とのこと。
岩風呂の隣に位置する、木賊温泉を代表する名旅館「井筒屋」にダメ元で問い合わせてみると、木賊区長の橘喜久一さんを紹介され、橘区長自ら村を案内してくれることに。
村にもう1つある共同浴場「広瀬の湯」を、人柄を表すような柔らかい口調で温泉や村の歴史を語りながら案内していただいた後、“村の宝”と評される今回の大本命・木賊温泉岩風呂へ!
川沿いを下る小道を2~3分行き、透き通った水が流れる川のほとりに野趣あふれる湯小屋が見えてくるアプローチがこれまた絶品。
1年ぶりの岩風呂は、出会った当初から変わらない秘湯感満載の風情で、硫黄臭漂う少し緑がかった透明の単純硫黄泉が2つの浴槽に分かれ、絶え間なく掛け流されています。
源泉が湧き出す真上に作られた岩風呂は、岩風呂の底から空気に一切触れることなく湧出したばかりの新鮮でピュアな源泉そのままが堪能できる足元自噴。
多くの温泉はボーリング機械(掘削機械)で地下を掘り起し、湯脈を見つけては電動ポンプで地上に人工的に汲み上げるタイプで、地下から自然の力で湧き出る足元自噴は、全国約2万以上ある温泉施設の中でも約30箇所しかないと言われる奇跡みたいな温泉で、我々マニアの間では最も贅沢で、“究極の温泉”と評されています。
しかし、立地条件が川のほとりということで、台風や大雨による川の氾濫でよく湯小屋が流され、土砂で浴槽が埋まってしまうそうです。
約1,000年前の平安時代に発見されたこの歴史ある岩風呂を維持するための苦難を橘区長に語っていただき、継続、伝承することの大変さが身に沁みて伝わってきました。
*2019年10月の台風19号で湯小屋が流され現在休業中です。
無事撮影も終わり、橘区長ともお別れし、いよいよ入浴タイム。
足元自噴なのでどのくらいの量の源泉が岩風呂に注がれているか判断できませんが、浴槽の外へ流されている湯量を見るとかなりの源泉が足元からボコボコと自噴していると思われます。
ピリっと体の芯まで温まるような熱めお湯は当然鮮度が良く、体に気泡がまとわり付き、肌がより滑々します。
奥側にある浴槽の底から湧き出る足元自噴にポイントを移動し、程良く香る硫黄臭に包まれながら、この生まれたての地球の液体を五感で堪能。
最高の一時!
入っては出てを繰り返すこと40分、下山後の疲れを癒しにまたここに戻ることを心に誓い、明日に備えていつもより早めに上がり、テン場に戻り早めに消灯。
ポッカポカに温まった体のせいで、寝袋に入って即爆睡。
翌朝5時に目覚めるまで全く起きることなく体調万全で気持ち良く朝を迎えるが、肝心の天気が予想に反してよろしくない。
東京に戻って溜まっている仕事を片付けなきゃいけないこともあり、今回の燧ヶ岳(ひうちがたけ)登山では最もポピュラーで簡単な、7時間で日帰りピストンできる御池登山口ルートを選択。
登り始めは山の上部が分厚い雲に覆われ、時々小雨がパラつく微妙な天気。
道中で広沢田代と熊沢田代という尾瀬らしい2つの美しい湿原を通過するも、天気のせいでイマイチ映えない。
遠くに青空が見え隠れしていたので諦めず、テンション切らずに登っていくと、見る見るうちに山々のガスが取れ、頂上に着く頃には太陽が顔を出し、遠くの山々まで見える登山日和となりました。
山頂からは素晴らしい絶景が360度広がり、尾瀬ヶ原や尾瀬沼を見下ろし、その向こうには至仏山も眺めることが出来ました。
尾瀬の絶景に後ろ髪引かれつつ、燧ヶ岳神社の奥ノ院、燧大権現(カツラギヒトコヌシ神)の祠を参拝してから下山開始。
暑くもなく、寒くもなく、雲と青空がまだらに広がる穏やかな気候での下山が最高に気持ち良く、燧ヶ岳でのベストモーメントでした。
下山後は言うまでもなく木賊温泉岩風呂へ直行。
肩まで浸かると「あ~~~」とか「ふ~~~」とか勝手に声が出てしまうように、疲れが体から抜けていくような脱力感が体も脳もリセットさせてくれます。
登頂した達成感とこの脱力感が合わさるこの瞬間、たまりませんね。
入浴後、山での疲れが半分取れたと思えるくらい体が軽くなり、脚の張りは完全に無くなりました。
山登り後の温泉は格別の一言です。
木賊温泉の近くには燧ヶ岳以外にも至仏山や平ヶ岳、会津駒ケ岳など百名山の山々が点在しています。
是非、登山とセットでこの至福の極みを体感してみてください。
取材日:2019年10月
*木賊温泉共同浴場岩風呂は台風被害を受け現在利用できません。2020年春以降に復旧の予定です。
詳しい状況は南会津町観光物産協会(0241–64−5611)にお問い合わせ下さい。
https://www.kanko-aizu.com