下山風呂…。それは登山の緊張をほぐし、汗を流し、今日の山行を振り返る至福の時間。そんな登山と温泉の幸福な関係を追い求めてきたイベントプロデューサーの井出辰之助さんによる、ややマニアックな登山&温泉レポートの連載第3回。
今回は、温泉通なら誰もが知る新潟のマニアックな秘湯2湯と神楽ヶ峰バックカントリーのコラボをご紹介します。
2020.02.28
井出 辰之助
イベントプロデューサー
■五十沢温泉ゆもとかん
温泉:五十沢温泉ゆもとかん
泉質:アルカリ性単純温泉(アルカリ性低張性高温泉)
温度:52℃
場所:新潟県南魚沼市宮17-4
値段:700円
時間:10:00~20:00
評価:★★★★(4.0点) ※5点満点■大沢山温泉幽谷荘
温泉:大沢山温泉幽谷荘
泉質:ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉
温度:27℃ ※加温掛け流し
場所:新潟県南魚沼市大沢1233
値段:500円
時間:要問合せ
評価:★★★★☆(4.5点) ※5点満点
当温泉コラムのサブタイトルになっている“湯口は宇宙”。
それまでお風呂の入浴はあまり好まず、シャワーを浴びるだけで済ませるような生活スタイルを送っていた自分にとって、今までの温泉の概念を根底から覆される運命のライフチェンジングな温泉との出会いがありました。
忘れもしない2005年の夏、仲間たちに導かれ、辿り着いたのは静岡県最北にあった伝説の無料温泉、赤石温泉白樺荘。(現在はリニューアルし場所も泉質も変わる)
昭和の香り漂う建物や浴室のノスタルジックな風情もさることながら、ここの最大の魅力は、肌を優しくコーティングするような、まろやかな温泉の泉質そのもの。
ここまでヌルッヌルでとろみが強い浴感は初体験で、初めて普通のお湯と温泉の明確な違いに気付かされた瞬間でした。
新鮮な温泉が浴槽に流れ込む湯口周辺が特に鮮度良く、透明でゼリー状の湯の花が湯口から湯船に次々と投下され、まるで大量のクリオネがゆらゆらと宇宙を舞っているような光景が異次元で、今でも鮮明に記憶に残っています。
それから数日間も肌にしっとり感が残り、温泉に効能があることを実感したのもこの赤石温泉が初めてでした。
この体験をキッカケに自分の温泉心に火がつき、1日7~8湯をはしごする温泉ヘッズと化し、様々な“湯口は宇宙”を求めて、全国の温泉を巡ることになります。
今回の「下山風呂」は、バックカントリー(BC)の聖地・かぐらスキー場でお馴染みの「神楽ヶ峰」と、南魚沼の一軒宿「五十沢(いかざわ)温泉ゆもとかん」と山間の秘湯「大沢山温泉幽谷荘」をピックアップしました。
冬山といえば最近はめっきりBCスキーにハマっています。野外フェスの企画制作が仕事の自分にとって冬の週末は比較的休みが取りやすく、時間が空けばほぼ毎週どこかの雪山でスキーシールを貼り付け、フレッシュパウダーをおいしくいただいております。
今回の取材山行は、当温泉コラム連載のキッカケを作ってくれた、20年来の友人で、山のエキスパートでもある金田剛仁氏も同行。初日は、かぐらスキー場から神楽ヶ峰を目指し五十沢温泉に1泊。2日目は同じくかぐらスキー場から中尾根ピーク、締めは大沢山温泉で仕上げるという、かぐらBCをメインに知る人ぞ知るマニアックな2湯を攻める1泊2日の行程を組んでみました。
今シーズンは雪が少なく、300cm越えは当たり前の“安定のかぐら”でさえ前日まで例年の半分にも満たない積雪でしたが、運よく昨晩から新たに40cmの積雪アリとのこと。
良質なフレッシュパウダーが久しぶりに味わえそうで出発前からテンションMAX。
早朝4時に東京を出発し、前日からみつまた駐車場で車中泊してスタンバっていた金田氏と7時に合流して、第五ロマンスリフト降り場のBCスタート地点を目指しました。
ところが、第五ロマンスリフトの運行時間を見誤り、1時間近くゲレンデスキーでウォーミングアップがてら時間を潰すことに。
このウォーミングアップが命取りとなり、2本滑ってバテてしまった金田氏は何とここでまさかのリタイヤ(笑)。
明日再度チャレンジすることを約束するも、最近多忙で山に入っていなかった金田氏のあまりのバテように、明日も無理なんじゃないかと不安を抱えながら、仕方なく急遽中尾根ピークにルートを変更し、一人寂しく中尾根を滑ることになりました。
登り慣れたルートを40分程スキーシールで登り、ピークに到着後、いつもの場所からドロップイン。
金田氏離脱で半減したテンションがフレッシュパウダーの感触と共に一気に回復。
「フォーゥ!フォーゥ!」と叫びながらコンディション良好の激パウを欲張り、入魂の1本を大満足で滑り終え、金田氏と再合流し明日に延期となった神楽ヶ峰BCに備え早上がり。
早々に今夜の宿、もはや冬の定宿と言っていい程お世話になっている五十沢温泉ゆもとかんへ向かいました。
“新潟の米どころ“南魚沼の田園地帯に佇む五十沢温泉ゆもとかん。宿の敷地内から湧き出す自家源泉100%の甘いたまご臭香る無色透明のアルカリ性単純泉(アル単)が堪能できる、知る人ぞ知る中型規模の温泉旅館です。
内湯と露天が合体した混浴大露天風呂が有名ですが、お湯のクオリティも高く、湯量も圧倒的に豊富。館内にある8カ所全てのお風呂に惜しみなく掛け流されているだけでは物足りず、全てのシャワーやカランにも温泉が使用され、なんとロビーにある金魚が泳ぐ池にまで温泉が掛け流されています。
湯口に金魚たちが集まっている不思議な光景はまさに“湯口は宇宙”でした(笑)。
“温泉は鮮度が命”と誰が言ったか分かりませんが、本当にそう思います。
湯量が豊富=鮮度の良い良質な温泉が堪能できる=湯口が一番鮮度が良い、この温泉方程式、よく覚えておいてください(笑)。
宿に到着するやいなや、まずは男性専用の内湯に直行。
アル単特有のツルツル感がある、さっぱりとした熱めの湯が掛け流されている浴槽にじっくり浸かり、芯まで温まるお湯がスキーの疲れを癒してくれました。
続いて混浴大露天風呂に移動し、小雪が舞う中、雪見風呂を堪能。
外気でぬるくなった露天風呂は永遠に入っていられるくらいの湯加減で、その極上の湯をじっくり味わうことが出来ました。。
翌朝は日の出に合わせ、温泉宿に泊まる時は欠かせない朝風呂に雪見をしながら浸かる。
朝風呂と雪見風呂の合わせ技「さいこーっ!」。
夜明けと共に雪に覆われた山々が顔を出す風景に包まれながら体感する五十沢の湯は、この上ない贅沢の極みでした。
一晩で4回も温泉に浸かった金田氏も無事復活(笑)
二人で元気に昨日のリベンジを果たすべく、登山届を提出し、ビーコンチェックを受けてから神楽ヶ峰を目指しBCスタート地点を出発。
今回のカメラ撮影はフォトライターでもある金田氏が担当してくれるということで楽しみにしていましたが、あいにくこの日は濃いガスが掛かって視界が悪く、所々でホワイトアウトの状態になる場面があったので、予定を変更し、頂上より少し手前のニセ神楽でドロップするプランに切り替えました。
30分くらいペタペタとスキーシールで登ると、拍子抜けするくらいあっという間にニセ神楽に到着。
ホワイトアウトで展望が全くないのですぐにドロップインし、中尾根方面にトラバース気味にパウダーをいただきながら、昨日も行った中尾根ピークを目指しました。
途中に何箇所かのフワフワパウダーを堪能できましたが、コンディションが前日より悪く、全体的に雪が重め。
中尾根ピークをドロップ後も食われていないフレッシュパウダーはあるものの普段より重めな雪質で、いつも滑っててテンションMAX時に自然と出てくる「フォーゥ!」が最後まで出ませんでした…(笑)。
これはまた次の機会に二人でリベンジ決定ですね。
とはいえ、雪不足の中フレッシュパウダーを味わえた充実感もあり、十分楽しめた2日間のかぐらBCでした。
仕上げには、魚沼丘陵の山間に静かに湧く大沢山温泉幽谷荘をチョイス。
男女別のシンプルな内湯が1つずつあり、無色透明のお湯には細かな灰白色の湯の花が大量に舞い、特徴のあるアブラ臭が香る、オイリーでトロミが強い27℃の低温泉を加温掛け流しで堪能することができます。
アブラ臭とは、石油の香りがする温泉臭の種類の1つで、特に石油の成分が温泉に混ざっているわけではなく、自然現象として存在するれっきとした温泉の匂いなのです。
温泉マニアの中でも“アブラ臭派”とジャンル分けされるくらいコアファンが付いていて、絶大な人気を誇ります。
幽谷荘がすごいのはそのアブラ臭の香る湯の扱い方(湯使い)。
加熱された源泉が投下される湯口の隣にカランがあり、このカランから27℃のピュアな非加熱源泉が自由に投入でき、鮮度の良い源泉+加温源泉という贅沢な湯使いで掛け流しの湯が味わえるのです。
初めて幽谷荘を訪れた金田氏も、この個性溢れる温泉を気に入った様子で、今回の1泊2日の行程をいい形で締めることができました。
越後湯沢や南魚沼周辺には他にも魅力的な山やスキー場がたくさんあるので、今回ご紹介した南魚沼のマニアック2湯をベースに、皆さんもそれぞれの山行計画を立ててみてはいかがでしょうか?