登山地図アプリだけじゃだめ?紙地図のメリットをあらためて考えてみた

年々利用者が増え、今や登山に欠かせなくなりつつある登山地図アプリ。大変便利なツールではありますが、紙地図の存在ももちろん忘れてはいけません。「大丈夫、紙地図も携行しているよ」という人も、もしかしてその紙地図、ただのお守りになってはいませんか? 普段から登山地図アプリと紙地図を併用しているという山岳ライターの森山憲一さんに、これからの時代のベストな地図作法について語っていただきました。

2020.04.17

森山 憲一

山岳ライター/編集者

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登山地図アプリは便利で使いやすいが…

YAMAPなどの登山地図アプリを活用する人が増えていますが、あえて紙の登山地図の重要性をこれから語ってみようと思います。

まずは私の自己紹介を。
私は登山歴でいうと、すでに33年。24年前から登山雑誌の編集に携わり、現在はフリーランスの登山ライターという立場です。

昔から地図は大好きで、読図も大得意なのですが、ここ2年ほどで、登山で使う地図はほとんどスマホアプリに切り替えてしまいました。その使いやすさと有効性にはほぼ満足しており、記事などでも「登山地図アプリを使おう」と強くおすすめしています。

そんな私でも、アプリが完全に紙地図に置き換わっているわけではありません。アプリが紙地図にかなわない部分はまだあるのです。今回はそこを説明します。

紙地図のほうが山行プランを考えやすい

スマホ地図の最大といってもいい欠点。それは、広い範囲を一覧して全体概念を大づかみにすることができないところです。登る山がすでに決まっていて、そこの詳しい状況をピンポイントに知りたいときには地図アプリはとても便利ですが、山域全体の様子を知るには向いていないのです。

このことはビジュアル化してみれば一目瞭然。

上の写真は、「山と高原地図」丹沢エリアの紙地図。そして、右にチョコンと写っているのが、同じく山と高原地図のスマホアプリです。これだけの表示面積の違いがあります。

スマホに表示されている範囲を赤色の線で紙地図上に示してみると、これだけしかありません。計算してみたら、紙地図はスマホ画面(6.4インチ)の約40倍の面積がありました。つまり、一覧できる情報の量も40倍ということになります。

丹沢には、主峰の蛭ヶ岳をはじめとして、上のように多くの山があるわけですが、スマホ画面で表示できるのは、そのうちのごくわずかでしかないということがわかるかと思います。

このことがなにを意味するかというと、それは視野狭窄に陥りやすいということ。スマホ地図ばかり見ていると、どうしたって、表示範囲外に注意が向かなくなるのです。周囲にはどんな山があるのか/どこにどんな登山道が延びているのか/この山とあの山はどんな位置関係にありどれだけ離れているのか、などということがほとんどわかりません。

こういうことがわかっているかどうかは、登山においてかなり決定的に重要です。そしてそれは、スマホ地図ばかり見ていると、なかなかわからないのです。

上の写真は、大倉~塔ノ岳~丹沢山~蛭ヶ岳~檜洞丸~加入道山~畦ヶ丸~西丹沢というコースを地図上に表示してみたものです。丹沢の主要峰を巡るもので、ちょっと長めの1泊2日コースという感じでしょうか。ご覧のとおり、コースはスマホ画面にはおさまりません。

この点をカバーするために、YAMAPやヤマレコMAPはパソコンで地図を見ることもできますが、一般的なパソコンの画面は13~20インチくらい。それに対して紙地図の大きさは約35インチ!(山と高原地図の場合) パソコン画面といえど、一覧性の高さと情報量の多さは紙地図にはかないません。それにそもそもパソコンは山には持っていけないので、山中で見ることはできません。

すなわち、「どこをどう歩こうかな」というコースプランを大まかに考える段階では、紙地図のほうがスマホ地図より圧倒的に使いやすい。これは私の周囲でも多くの人が口をそろえるポイントです。

コース変更にスマホ地図は対応しづらい

これは私が山中でイラつくところです。

思ったより速く歩けたり(逆に遅かったり)、なんらかのアクシデント等があったりして、山中で予定コースを変更したいということはよくありますが、スマホ地図ではこのときのコース検討がやりづらい。本質的には上記した「コースプランを考えるのに向いていない」というのと同じことです。

たとえば先ほどの丹沢のスマホ地図を使って、檜洞丸まで来たときに、アクシデントがあって、予定していたコース(A)を中止してすぐ下山しなければいけなくなったとします。

地図を見ると、下山道の選択肢は1、2、3の3つがあるように見える。このとき、どれを選べばベストなのか。それはこの画面からだけでは判断できない。

ところが、紙地図では下山地までの範囲が楽勝で一覧できるので、正解は、最短距離・最短時間で下山できる1であるということが瞬時に判断できます。この臨機応変な判断の速さは、スマホアプリではなかなか得られないところです。

【おまけのルート解説】

A)上の檜洞丸の地図では2のルートも正解といえます。所要時間は1とそれほど変わりません。尾根伝いのルートなので、悪天候時はこちらのほうが正解ともいえます(1のルートは途中で沢を渡るので増水時などは注意が必要)。

B)3のルートも悪くはなさそうに見えますが、じつはこのルートは最悪です。下り立った「ユーシンロッジ」(長期休業中)がある林道は一般車乗り入れ禁止で、バス停のある車道までさらに3時間も歩かなければ下山できないのです。しかも上の地図では見切れていますが、「2022年春まで通行禁止」と書いてあります。こういう情報が瞬時に目に入ってくるのも、表示範囲が広い紙地図ならではの利点です。

紙とスマホの併用がベスト

ほかにも紙地図の利点はないだろうかと考えたときに思い浮かんだのが山座同定。周囲に見えている山がなんという山なのか知りたいときは、広範囲が表示されている紙地図が必須――と思ったのですが、山座同定アプリを使えばスマホでもそれは可能かと思い直しました。

山座同定アプリは7~8年前にちょっと使ったことがあるくらいでイマイチだった記憶しかないのですが、いまはもうちょっと進化しているだろうし、そもそも紙地図とコンパスを使った山座同定もそれほど高精度にわかるわけではないので、アプリで置き換えは可能でしょう。

あとは軽さ。これは間違いなく紙のほうが軽いです。私が使っている紙地図とコンパスのセットの重さを量ってみたら77グラムでした。それに対して、スマホとモバイルバッテリーのセットは426グラム! これはかなりの差です。しかも紙地図にはバッテリー切れの心配はなし。しかし、重いぶん利便性も高いので、この重量差は割り切っています。

それよりも重要かつ本質的な紙とスマホ地図の違いは、上に書いてきたような「表示範囲の差」でしょう。これは、今後テクノロジーが進化しても埋まらない差だと思われます。なにしろ物理的な大きさの問題なので、紙地図と同様な機能を発揮しようとすると、35インチ画面のスマホが必要になってしまうのだから。

狩猟のときに高倍率スコープで獲物をとらえると、獲物の一挙手一投足が非常によくわかります。しかしスコープで見ている限り、その獲物が広い森のなかでどういう場所に位置しているのかはほとんどわかりません。獲物をスコープからいったん外してしまうと、再びとらえ直すのもひと苦労です。

スマホ地図と紙地図もこれに似ているような気がします。山の全体像を知りたいときは紙地図、ピンポイントの情報を知りたいときはスマホ地図、そうやって、互いの得意な部分を組み合わせて利用するのが、これからの時代のベストな地図作法かと考えています。

トップ画像:こーきちさんの活動日記から

森山 憲一

山岳ライター/編集者

森山 憲一

山岳ライター/編集者

1967年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学教育学部(地理歴史専修)卒。大学時代に探検部に在籍し、在学中4回計10カ月アフリカに通う。大学卒業後、山と溪谷社に入社。2年間スキー・スノーボードビデオの制作に携わった後、1996年から雑誌編集部へ。「山と渓谷」編集部、「ROCK&SNOW」編集部を経て、2008年に枻出版社へ移籍。雑誌『PEAKS』の創刊に携わる。2013年からフリーランスとなり、登山と ...(続きを読む

1967年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学教育学部(地理歴史専修)卒。大学時代に探検部に在籍し、在学中4回計10カ月アフリカに通う。大学卒業後、山と溪谷社に入社。2年間スキー・スノーボードビデオの制作に携わった後、1996年から雑誌編集部へ。「山と渓谷」編集部、「ROCK&SNOW」編集部を経て、2008年に枻出版社へ移籍。雑誌『PEAKS』の創刊に携わる。2013年からフリーランスとなり、登山とクライミングをメインテーマに様々なアウトドア系雑誌などに寄稿し、写真撮影も手がける。ブログ「森山編集所」(moriyamakenichi.com)には根強い読者がいる。