登山中に鳥の声を聞き、姿かたちを想像したことがある人は少なくないでしょう。若葉生茂る春から初夏にかけては、じつは一年で最も野鳥観察が楽しい季節。里山、低山で見られる代表的な野鳥を12種ご紹介します。選定と解説を担当いただいたのは、野鳥写真家の第一人者、大橋弘一さん。名前の由来、特徴、鳴き声までわかりやすく教えていただきました。読めばあなたも山の鳥博士!?鳥のさえずりがもっと身近に感じられるはずです。
2020.05.18
大橋 弘一
野鳥写真家
標準和名:キビタキ
分類:スズメ目ヒタキ科キビタキ属
漢字表記:黄鶲
英名:Narcissus Flycatcher
学名:Ficedula narcissina
全長:13.5cm
まずは、姿よし・声よしの代表格、キビタキ。4月から5月上旬にかけての新緑の広葉樹林に最もふさわしい鳥です。雄は黄色と黒の目立つ配色で、特に正面から見ると鮮やかな黄色い小鳥といった印象。その華やかな美しさは、俗に、自己陶酔するほどと言われ、「ナルシスト」の語源となった単語(ナルシッソス、ナルシッシーナ)が英名にも学名にも用いられています。
「ナルシスト」という言葉は、ギリシャ神話に登場するナルシスという名の美少年の伝説が元になっていますが、それはナルシスは美しい妖精たちに言い寄られても見向きもせず、水に写った自分の姿に恋い焦がれて死んでしまうというお話。キビタキの美しさを比類ないものとしてこの美少年に例えたものと考えられています。あるいは、キビタキの黄色と、ナルシスが生まれ変わったとされる水仙の花の黄色を重ね合わせた命名かもしれません。スイセンという植物も、学名にナルシッソスの文字が取り入れられています。
さえずりは「ピリリ、ピーチュリ、ピッププリピッププリ」「フィーピーヒ、フィーピーヒ」「クリリ、クリリ」などバリエーション豊富で、これまた新緑の森に溶け込んでいくような錯覚を覚える美声です。
標準和名:オオルリ
分類:スズメ目ヒタキ科オオルリ属
漢字表記:大瑠璃
英名:Blue-and-white Flycatcher
学名:Cyanoptila cyanomelana
全長:16.5cm
続いて、青い宝石「瑠璃」の名を戴いた美鳥、オオルリです。こちらもキビタキに負けず劣らず姿も声も良い森の歌い手です。瑠璃というのは仏
教で”七宝”と言われる宝石のひとつで、紫がかった濃い青色をしています。現代ではラピスラズリの名で知られ、人類が最も古くから宝石として利用してきた鉱物だそうです。古代エジプトでは特に神聖なものとされ、王の装飾品として崇拝されてきた歴史があります。
オオルリの雄の青い色は、まさにこのラピスラズリそのもので、実物を見るとその不思議な青い色に引き込まれてしまいます。本当に神聖な色だと感じます。じつは、オオルリのこの不思議な青色に魅せられてバードウォッチングを始めたという人が多いのです。
さえずりは、ゆったりした調子で「ピーーリーールー、ジジッ」と聞こえ、短く単純な歌声ですが、よく通る声で心にしみ染み入るような美声。平地から山地の森に棲み、渓流沿いなどで見かけることの多い鳥で、一度見るとその青い姿の虜になってしまうかも。
標準和名:コサメビタキ
分類:スズメ目ヒタキ科サメビタキ属
漢字表記:小鮫鶲
英名:Asisn Brown Flycatcher
学名:Muscicapa dauurica
全長:13cm
里山の明るい林を好み、典型的な里山の鳥のひとつと言われるヒタキ類です。北海道から九州まで全国的に広く分布し、平地から山地の広葉樹林に渡来する夏鳥です。雌雄同色で、その色も灰色系の地味な姿。さえずりも「チッチョッ、チチチチョチュチュチュ」などとつぶやくような小声で、目立ちません。でも、目は大きくクリっとしていて可愛い印象の顔立ちをしています。さらに、注意深く見ると下嘴は根元の方がオレンジ色でなかなかオシャレないでたちです。通好みの渋い美しさの小鳥と言えましょう。
キビタキ、オオルリなどとともに代表的なヒタキ類であり、ヒタキ類を意味するフライキャッチャーという英名は、フライ、つまり浮遊昆虫を捕えるものの意味です。コサメビタキも、枝先から飛び出して飛んでいる虫を上手に捕まえます。その様子は、まるで嘴というピンセットを操って虫をはさみ取る早業のようで、見ていて思わず「お見事!」と言いたくなるほど。でも枝に張り付いているような虫を取ることもあり、臨機応変に技を使い分けているようです。
標準和名:クロツグミ
分類:スズメ目ヒタキ科ツグミ属
漢字表記:黒鶫
英名:Japanese Thrush
学名:Turdus cardis
全長:21.5cm
雄は黒いシックな装いが特徴で、国内随一と言われるさえずりの名手でもあります。その歌声は声量豊富で遠くまで聞こえ、複雑なメロディーを延々と歌い続ける歌い手。しかも、いくつものレパートリーを持ち、例えば「キョロン、キョロン、キョコキョコピリー」「キョローン、キーコキーコ、ツィー」「チョッチョッチョッ、チョロイチョロイチョロイ」などといった具合で、じつにバリエーション豊富です。さらに、他の鳥の声を巧みに真似て取り入れて鳴くこともあり、アドリブまでやってのける技術まで持ち合わせているようです。
春から初夏、特に5月頃は、そのさえずりの最盛期であり、登山をしながら聞くクロツグミの声はまさに絶品。ただし、ソングポスト(お気に入りのさえずり場所)は高い梢であることが多く、かなり見上げないと姿をはっきりと見ることは難しいかもしれません。でも、谷筋に生えている高木がソングポストになっている場合は、ある程度登った尾根から、ちょうど視線の高さで姿が見られる場合があります。
標準和名:サンコウチョウ
分類:スズメ目カササギヒタキ科サンコウチョウ属
漢字表記:三光鳥
英名:Japanese Paradise Flycatcher
学名:Terpsiphone atrocaudata
全長:雄44.5cm 雌17.5cm
極端に長い尾羽を持つ小鳥で、特に雄は全長の4分の3が尾羽です。つまり、尾長が頭から胴体までの長さの3倍もあるという珍しいスタイルの鳥です。平地から山地の針広混交林など薄暗い環境の森を好み、長い尾羽をひらひらと揺らめかせながら暗い林内を優雅に飛び回ります。その印象は天女の羽衣にも例えられる優雅さ。英名のパラダイスという言葉もその印象を天国に例えた名だと考えられます。そして、長い尾だけでなく、目の周りの水色のリングや後頭へ飛び出した冠羽など、他の鳥にはない特徴的な姿をしています。
さえずりは「ツキーヒーホシー、ホイホイホイ」等と聞こえ、これを月・日・星が読み込まれた鳴き声と考え、三光鳥と名付けられました。近年は数が減ってきていますが、時には登山道脇の樹木に巣を作ることもあり、観察の機会がないわけではありません。巣に雛がいる時期に当たれば、長い尾をひらひらさせながら雛への給餌をする場面が見られるかもしれません。離れた場所からそっと見守りたいものです。
標準和名:ツツドリ
分類:カッコウ目カッコウ科カッコウ属
漢字表記:筒鳥
英名:Oriental Cuckoo
学名:Cuculus optatus
全長:32cm
カッコウの仲間で、英名はオリエンタル・カッコウ、つまり「東洋のカッコウ」です。確かに姿はカッコウにそっくりですが、しかし、鳴き声は「カッコー、カッコー」というカッコウの声と全く異なり、「ポーポー、ポーポー」という静かな声。この声が、竹筒をたたく時のポンポン、ポンポンという音に似ているということで筒鳥と名付けられました。
国内では九州以北の低山などの森に渡来する鳥で、ウグイスやセンダイムシクイなど自分より小さい鳥の巣に卵を産み付け、その鳥に雛を育てさせる「托卵(たくらん)」という生態がよく知られています。雛は本当の親の顔を知らずに育ち、その”仮親”の本当の雛よりも早く孵化して他の卵を巣から蹴り落としてしまい、仮親の給餌を一身に受けて大きく育ちます。憐れなのは、自分の雛だと思い込んで自分よりも大きな雛に餌を運んでくる仮親です。しかし、托卵はカッコウの仲間に共通する生存戦略であり、この珍しい生態によって代々命をつないできた鳥なのです。
標準和名:ヤマガラ
分類:スズメ目シジュウカラ科コガラ属
漢字表記:山雀
英名:Varied Tit
学名:Poecile varius
全長:14cm
スズメほどの大きさの可愛らしい小鳥です。北海道から九州まで、ほぼ全国の平地や低山の森に通年生息しています。シジュウカラの仲間としては珍しい栗色主体のカラフルな羽色が魅力的です。人をあまり恐れないため近づいてじっくりと観察できることもうれしく、冬なら庭先のバードテーブル(餌台)の常連となります。シジュウカラよりもゆっくりしたテンポで「ツーツーピー、ツーツーピー」とさえずり、鼻にかかったような感じの「ニーニー」という声も出します。
また、興味深い行動として「貯食」が知られており、秋にはドングリなどの木の実をせっせと運んで樹皮の割れ目や地中などに隠します。これは冬の食物が不足する季節に掘り出して食べるためなのですが、冬が過ぎてもまだ食べられるほどの数を蓄えていることもあるようです。派手な姿でも働き者でしっかり者。そんな好感の持てる小鳥です。
標準和名:キセキレイ
分類:スズメ目セキレイ科セキレイ属
漢字表記:黄鶺鴒
英名:Grey Wagtail
学名:Motacilla cinerea
全長:20cm
レモンイエローと灰色の配色の清楚な美しさが感じられるセキレイ類は、「チーヨチーヨチーヨ、ツィツィツィ」と聞こえるさえずりも清々しいイメージです。日本の主なセキレイ類は、本種のほかにハクセキレイとセグロセキレイがいますが、川の上流・中流・下流部それぞれでうまく棲み分けています。河口部など一番下流に多いのがハクセキレイで、中流域にはセグロセキレイが暮らし、そして最も上流側の渓流などをおもな生息域としているのがこのキセキレイです。もちろん、ここからここまでというような厳密なものではありませんが、傾向としてこのような棲み分けが見られますので、登山の際などは、少しずつ標高が上がっていくにつれて見られるセキレイが変わってくることに気づくかもしれません。
キセキレイは、渓流など見当たらない山中の森で見かけることもありますが、周囲をよく探してみると、それほど遠くない場所にささやかな水流があることがほとんどです。セキレイ類は川とのつながりが強い鳥なのです。
標準和名:ミソサザイ
分類:スズメ目ミソサザイ科ミソサザイ属
漢字表記:鷦鷯
英名:Winter Wren
学名:Troglodytes troglodytes
全長:10cm
渓流の鳥と言えば、真っ先に名前が挙がるのがミソサザイでしょう。全国の平地から山地のおもに渓流沿いに、年間を通して暮らす鳥で、全身が焦げ茶色の、普段は目立たない存在です。
ところが、春から夏にかけてのさえずりの季節には、ミソサザイは一躍、声で森の主役に躍り出るのです。渓流沿いの倒木や苔むした岩などにとまって尾をピンと立て、大声で「ピピピピチョイチョイチヨチヨチリリツイー」などと長く複雑にさえずります。その大きな声は渓流の水音にも負けずに遠くまで響き渡り、全長10cmというごくごく小さな体のどこからこんなに大きな声が出てくるのか不思議に思うほどの素晴らしい声量。しかも、繁殖期には毎日毎日、時折休憩をはさむものの、早朝から日没まで、延々とさえずり続けるのです。じつにパワフル。じつにエネルギッシュ。繁殖期という生涯の一大イベントにすべての力を注いでいるかのようなその姿は、感動的でさえあります。
標準和名:キジ
分類:キジ目キジ科キジ属
漢字表記:雉
英名:Common Pheasant
学名:Phasianus colchicus
全長:雄81cm 雌58cm
日本の国鳥、キジ。雄の色鮮やかなきらびやかな姿が印象的で、特に横向きのハートのような形の真っ赤な顔は一度見たら忘れられません。本州から九州にかけて分布し、里山の農耕地や河川敷などで年間を通して普通に見られる鳥ですが、その存在感が増すのはやはり、春から夏にかけての繁殖期。雄が「ケー、ケー」と大きな声で鳴き、その後立ち上がった状態で胸を張り、翼を激しく羽ばたかせて「ブルルルーッ」と大きな音を出します。これが「雉のホロ打ち」で、とても見応えある示威行動です。
一方、雌は雄とは全く異なる地味な姿で目立ちませんが、昔から、雛を守る母性本能がひときわ強い鳥だと考えられてきました。そのことを端的に表すことわざが「焼野のきぎす」です。キギスとはキジの古名ですが、母キジは巣のある野原が火事になっても巣から離れず、自分が焼け死んでも最後まで雛や卵を守り続けるという言い伝えによるものです。非科学的と思われがちですが、これはあながち間違いではなく、現代でも、雌キジが巣を守って草刈り機の犠牲になることがあると言われています。
標準和名:チュウサギ
分類:ペリカン目サギ科コサギ属
漢字表記:中鷺
英名:Intermediate Egret
学名:Egretta intermedia
全長:69cm
春に日本へ渡って来て、子育てをした後、秋には南方へ渡去する白いサギ類です。西南日本では冬にも居残る個体もいます。草地、水田、湿地などに生息し、各地の里山環境でも山麓の水田などでは必ずと言っていいほど姿を見かけ、じっと水面を見つめてカエルや小魚などを狙っています。
白いサギ類には、他に体の大きなダイサギや小型のコサギなどがいますが、本種はその中間の大きさなので「中鷺」。嘴や首、足の長さも中庸です。3種は一見よく似ていますが、大きさが明らかに違うことと、嘴や足の色の違いで識別できます。チュウサギは春から夏に見かける「夏羽」では足は黒く、嘴は黒ですが根本は黄色です。さらに初夏など繁殖期には目(虹彩)が赤橙色、目と嘴の間の部分は黄緑色になり、顔の色彩が派手になります。また、行動としてはダイサギやコサギよりも乾燥した草地に出る機会が多く、バッタなどの昆虫を捕食することもあります。
標準和名:サシバ
分類:タカ目タカ科サシバ属
漢字表記:差羽
英名:Grey-faced Buzzard
学名:Butastur indicus
全長:雄47cm 雌51cm
平地から山地の林縁や谷津田で繁殖するカラスほどの大きさのタカ類で、”里山を象徴する鳥”と言われています。
本州、四国、九州に渡来する夏鳥で、春から夏にかけての時期は、低山と水田など農耕地が隣接する場所や、丘陵地に食い込むような地形の谷津田に好んで生息し、おもにトカゲやカエル、ヘビおよび大型の昆虫を主食とします。時には鳥類を捕食することもあります。里山はこうしたサシバの獲物となる動物が多いため、絶好の生息地となるのです。
一方、秋の渡りの時期には、タカ渡りのメインメンバーとなり、多くのタカが渡る名所(愛知県の伊良湖岬、長野県の白樺峠など)では多数のサシバが南へ渡って行く様子が見られますし、沖縄県の宮古諸島では秋に渡来する多数のサシバが古くから季節の風物詩になっています。
越冬地は台湾やフィリピンなどですが、南西諸島でも越冬個体が少数見られます。
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