久しぶりの山へのお出かけ、太陽のもとでのびのびと歩くことを楽しみにしていた親子も多いはず。大人だけで歩く山と違い、子どもも一緒だからこそ気を付けたい「これからの親子登山とファーストエイド」について考えてみたいと思います。
2020.06.05
栗田 朋恵
登山ガイド(長野県信州登山案内人)
山でのケガ、思わぬアクシデントを防ぐためには、出発前の準備が大切です。親子登山のリスクマネジメント、ファーストエイドの第一歩として、まずは3つのチェックポイントをお伝えします。
子どもの身体はあっという間に大きくなっています。出かける前に、山用品のサイズをチェックしてみましょう。特に靴は小さいと歩けません。事前に履いてみて、小さいようなら買い替えを。つま先すれすれでなく、ややつま先に余裕があるサイズが正解です。また、靴の裏がつるつるに削れている場合も買い替えを検討しましょう。靴とセットで靴下も確認しておくと◎です!
例年学校へ通っていると、通学や体育の授業を通して子どもも体力がついてます。しかし本年は活動自粛期間も長く、いつものように体力がついていない、またはいつもより体力が落ちていることを理解しておきたいと思います。子どもはいつも元気だからと過信せず、登山へ行く前の段階でピクニックで外気に慣れたり、軽いハイキングで体力を取り戻していくなど、段階的に登山にむけて活動することをお勧めします。
例年はだんだん上がる気温のなかで、身体の機能も徐々に順応するわけですが、本年は急に高温多湿の環境に対応しなくてはなりません。そのため身体が環境についていかず、バテやすかったり、熱中症になりやすいリスクがあります。登山計画は以前より難易度を下げた山を選択し、短いコースで時間の余裕が十分とれるように考えたいですね。
ここからはいよいよ実践編です。まず”山では子どもと離れないこと”、これだけは念を押したいと思います。子どもは身軽で、時には大人が追いつけないほど早く歩くことがあります。下り坂なんかは特に早いものです。子どもは興奮していると、大人の注意もそこそこに勝手に動いてしまうことがありますが、山では”万一”ということがあり得るのです。子どもには決して「先に行って良いよ」などと言わず、一緒に行動することを約束しておきましょう。私の場合は、せっかく家族できた山なので「お母さんを置いていかないで」「私は○○(子どもの名前)と一緒に歩きたいんだよ」と伝えています。
また、先に行って離ればなれになってしまった場合、もう二度と会えなくなる可能性があることを丁寧に伝えます。たとえ子どもに不注意な点があったとしても、感情のまま喧嘩するのではなく、丁寧に何がどうしてだめなのかを伝えることが大切です。そして、その感情の裏側ある「あなた(子ども)にケガをさせたくない」「失いたくない(遭難させたくない)」という想いを伝える機会でもあると思います。
登山は、安全に歩き、自力で家まで帰って来ることが前提です。しかし、予期しない理由でケガを負ってしまうこともあります。ケガの応急手当に必要なものを備えておきましょう。
山でのケガや体調不良に備えて持参するファーストエイドキット。思い浮かべる内容や、市販されているキットは大人に使用することが前提となっていますが、親子登山の場合には子どものファーストエイドを意識しておくことが大切です。特に子どもは転倒する頻度も多く、すり傷などのケガのリスクはつきものです。外傷に限らず、乗り物酔いや下痢、発熱なども想定して準備することが大事でしょう。大人の医薬品は子どもには使用できないことが多くあります。万一のために、起きやすい体調不良に備えた医薬品は子ども専用のものを持参しましょう。(例:処方薬、酔い止め、頭痛薬、胃腸薬、エピペンなど。)
また、日常の中でもケガをしたひとに立ち会うのは稀ですから、山などの非日常空間でケガを見ると驚いてしまうかもしれません。そういったとき、一度も使ったことがない包帯をいざ巻こうとしても上手くいかないものです。私がおすすめしているのは、日常で手に触れたことがあるものを活用することです。例えば、包帯の代わりにストッキングやバンダナ、手ぬぐいを持って行きます。日常で手慣れたものの方が気を落ち着かせてくれ、使い勝手も良いと考えているからです。小さい子どもの場合、バンダナではなくハンカチで代用します。
手当をする大人が気を付けること、それは自身が気持ちを落ち着けて冷静になることです。転んだ子どもに向けて「だから危ないっていったでしょ」と怒りたくなる気持ちは抑え、子どもの痛みに寄り添い、「痛かったね、大丈夫だよ」と気持ちを落ち着かせることを優先しましょう。手当をする時には「傷のバイキン洗おうね、お水をかけるよ」と声にだしながら接することでお互いに安心しますよ。
また、子どもはケガによって集中力や緊張の線が途切れてしまうことがよくあります。水を飲むなどして、ケガをした子どもの様子をみながら、休憩時間をとることもを意識しましょう。(ただし、天候の急変や日暮れなど危険が迫っている場合には、冷静に状況を考えて行動をとりましょう。)
では、ここからは実際にすり傷などをしてしまった場合や心身の不調時の基本を覚えましょう。覚えておくと、山に限らず日常や災害時にも安心です。
① 登山道の山側や少し広く平らな場所など、安全な場所へ移動します。
② 冷静に傷の具合を見て、きれいな水で傷を洗い流します。
③ 傷の汚れが取れたらガーゼや絆創膏などで覆います。
※ 傷から血が出ていなくても、絆創膏を貼ってあげることで子どもの気持ちが落ち着くこともあります。
傷を心臓より高い位置に上げると出血しにくくなります。深い傷の場合はガーゼなどの上からぎゅっと傷口を圧迫して止血します。ガーゼや絆創膏に血液がにじんでしまう場合は、上から2枚目を重ねましょう。
軽い症状のうちに対処することが大事です。ケーブルカーで酔ってしまった、トイレを我慢して腹痛になった、緊張で吐いてしまった、という事例があります。不調が見られたら、無理せず休憩をゆっくりとる、予定を臨機応変に変更するなどして対応していきましょう。また、子どもの荷物を持ってあげると、子どもはとても楽になります。
ポイント①
トイレがある場所では、行きたいかどうかにかかわらず排泄しておくのがお勧めです。子どもは直前までトイレに行きたいと言い出しません。大人が誘ってあげましょう。トイレに子どもを行かせる際は、何があるかわからないので一緒にいましょう。
ポイント②
衣類の調整も夢中に歩いているうちに忘れてしまうことがあります。気にして声をかけ、促してあげましょう。
ポイント③
子どもの体は大人ほど水分を蓄えられません。水を欲しがるのも個人差があります。大人が意識して水分補給を促してあげましょう。歩きながら飲まず、安全な山側に立ち止まって飲むこと。こまめに水分補給することで熱中症を予防しましょう。
ポイント④
高い場所を怖がっていないか、極度に緊張している様子はないかなど、子どもをよく観察しましょう。恐怖や緊張は年齢にかかわらずあるものです。「○歳なんだから、これぐらい頑張るべき」という大人の理想論を押し付け、子どもに無理強いをすることは好ましくありません。子どもの個性も尊重しましょう。無理を強いることはリスクを高め、子どもにとっても良い想い出にはなりません。
これからの季節はハチの活動も活発になってきます。今年は登山道への人の出入りがなかったため、ハチや虫が登山道付近に出てくることが予想されます。
第一には刺されないように予防をすること。特に衣類の柔軟剤や化粧品の香料にハチが反応するため、アウトドアへ出掛ける際は使用を避けましょう。近くにハチがいたらサッと通り過ぎます。怯えて手を振りかざしたり、ドタバタと大きな動きでハチを刺激しないこと。子どもにも、ハチがいたらどう行動するかをあらかじめ話しておきましょう。子どもも正しく行動しようと努めてくれるはずです。
もし刺されてしまったら、すぐに十分な水で毒を洗い流します。ポイズンリムーバーがあれば、何度か吸い上げます。(アナフィラキシーショックの症状がある場合は直ちに救助要請を。)
子どもの心身の不調にあたっては大人が対処できますが、親子登山で大人が不調をきたしてしまったらどうしたら良いのでしょうか? 子どもが元気でも大人の具合が悪くなったり、ケガを負うリスクはゼロではありません。そんな時にはどう対処すべきか万一に備えて考えておくことが大切です。
● 周囲に助けを求められる環境か、救助要請できる電波はあるかなど確認しておくこと
● 子どもには一人で行動してはいけないと伝えておくこと
● 食料と飲料は親子で互いに持っておくこと
● 住所や連絡先のメモを子どもにも持たせておくこと
など、考えつくことを挙げてできることはやっておきましょう。また、親1人+子1人の登山ではなく、大人は2人以上一緒に行くこともリスクマネジメントです。
この春に全国で実施されたコロナウィルスの対策により、家族単位で過ごす時間が増え、親子でお散歩に出かける習慣ができたという方も少なくないと思います。
これを機に家族単位で休日をすごす家庭も多くなり、身近なハイキングやアウトドアを楽しむ親子が増えていきそうな予感がしています。
自然は、大人にも子どもにもみんなに平等です。お日様は平等にあたたかく、風も平等にさわやかです。親と子という構造が、日常のなかではつい互いを向き合わせます。だからこそ、自然のなかで親と子が同じ方向をむいて過ごす時間が大切だと感じています。ともに等しく美しさを感じたり、癒され、感性に共感する体験をするということです。
子育ての不安が全くない親御さんはいないのではないでしょうか。山を歩くしんどさ、風の温度、お弁当の美味しさは、同じことを体験することによって共感しあえるものです。子育ての方法が正しいとか間違っているかではなく、そうやって、言葉では言い表せない体験の共有を親子で重ねていきながら、家族の仲がより深まればいいなと願っています。
しかしこれらは、安心で安全な体験であってこそ言えるものです。親子登山のリスクマネジメントとは、大切な家族を想うことです。ファーストエイドについて知っておくことで、大事なお子さんを守り、よりよい体験の基盤になると考えています。