冬山には必須の「手袋」ですが、夏山となると「自宅でお留守番…」という方も多いのではないでしょうか? でも実は、夏山にも手袋を持っていくメリットは数多くあるのです。ということで今回は、百戦錬磨の低山トラベラー大内征氏が「夏場の手袋」について、熱く語ります。 めくるめく道具偏愛の世界をお届けする「大内征の旅する道具偏愛論」。第二章に突入し、よりディープに、より実用的に進化した内容をご堪能あれ。
低山トラベラー大内征の旅する道具偏愛論 #07/連載一覧はこちら
2021.07.07
大内 征
低山トラベラー/山旅文筆家
親愛で偏愛なる「旅する道具偏愛論」ファンのみなさま、お待たせしました。連載復活であります。とは言っても、前回の更新がひと月ほど前のことだから、復活というかふつうに更新じゃないかと突っ込まれそうですが……。
さて、これから第二章として、以前の道具偏愛論にほんの少し視点を加えて再始動していく。どういう視点かと言えば、山旅や野外活動に欠かせない“相棒”に焦点を当てて、ぼく自身が愛用しているアイテムとそのエピソードを取り上げていくということ。
いまから登山道具を買い揃える人も、すでに道具が飽和して精査している人も、数ある登山道具の中から選ばれ続ける名品や話題のギアには関心が高いだろう。ということで、今回取り上げる相棒は「手袋」である。しかも“夏場”という条件で。
どうだろう、みなさんは夏場の山行に手袋を持っていくだろうか。題名のように、ついつい「ま、今回の山では使わないかな。暑いし!」などと言って装備から除外している人も、中にはいるだろう。
秋冬シーズンの登山なら必ず持つ手袋も、暖かい季節となると、つい持っていくことをためらってしまうもの。その気持ち、よくわかる。特に登山に慣れてきた頃にうっかりやりがちで、荷物を増やしたくないという理由も手伝ってか、パッキングするアイテムからいつの間にか除外しているのだ。
では、夏場の暖かい季節でも手袋が必要となる状況とは、どういう場面だろうか。これまで踏んできた無数の山行をあらためて思い返してみると、いくつかの場面がぱっと思い浮かぶ。みなさんも考えてみて欲しい。
低山に限ったことではないけれど、訪れる人が限られている“里の霊場”のような山には、かつて修行の舞台だったことを示す鎖場がたくさんあったりする。もちろん素手で登ってもいいけれど、ちょっと鎖が濡れていたり、前に通過した人が踏みつけて泥だらけになっていたりと、意外と手を滑らせたり汚したりするケースがあるものだ。夏とはいえ平地より気温が低くなる山地なら、鎖そのものが冷たくなっていることも考えられる。そんな時こそ、手袋の出番となる。
主に足場の悪い岩場において人工的な補助設備の設置された山岳ルートのことを、海外(特に欧州)ではヴィア・フェラータと呼ぶ。そこでは岩に打ち込まれたワイヤーや鉄梯子、吊り橋などによって、一般登山道では味わうことのできない非日常のスリルと絶景を楽しむことができる。
日本にも同様の補助設備が設置された山岳ルートはあるし、山岳信仰の盛んな山には鎖や固定ロープといったアスレチック要素の強いコースもたくさん見かける。こういう領域に興味のある人こそ、夏場の手袋は必須なのだ。
冬以外の3シーズンの山行において、個人的に常備している3つの手袋がある。ひとつはハーフフィンガータイプのもの。フィンガーレスタイプなんていう呼び方もある、指出し手袋だ。もうひとつはメリノウール素材の薄手のもので、これは厳冬期の雪山でも防水手袋の下に重ねて使っているので、1年を通して大活躍している。そしてもうひとつは、防水素材のもの。
これらを小さなスタッフバッグに入れて、ザックの片隅にしまっておくのだ。全部持っても、大した重さではない。
このように鎖場が連続するような山では、ハーフフィンガータイプの手袋がとても便利。カメラやスマートフォンを頻繁に操作する人にも向いている。指先がむき出しではあるものの、指の腹まで覆われている安心感たるや。それに加えて、意外なことに保温力もなかなかだ。これは持っておいて損はない。
コースに設置されている鎖や固定ロープが細すぎる場合などは、素手では握りにくいものだ。しかし、手のひらの部分に厚手の丈夫な生地が使われている手袋なら掴みやすく、その弱点を補ってくれる。ゴツゴツした岩場をよじ登るときにもグリップが効くし、樹木に手をかける時にも小さなトゲくらいなら問題にならない。それと、万が一転倒した場合、真っ先に地面に着く手のひらもカバーしてくれる。あまり意識していないかもしれないけれど、登山は意外と手を使う。いざという時、まっさきに身体を守ってくれもする。だからこそ、手のことは常に気にかけておきたいのだ。
アルプスや八ヶ岳のような、森林限界より上に登山道のある高山では、岩場に鉄梯子や鎖が設置されているケースが多い。おまけに遮るもののない稜線は陽射しが強く、日焼け対策も怠れないだろう。手の甲を保護しながらも指先を使うことができるハーフフィンガータイプの手袋なら、そんな場面でも本領を発揮してくれるのだ。
一方で、標高2,500mを超えるような山は夏でも風が冷たく夜間の気温が低いため、冷え性の人のみならずメリノウール素材の薄手の手袋を持っておくと安心だろう。小さく丸めてウエストポケットやサコッシュなんかに入れておけば、寒く感じた瞬間にさっと取り出すことができる。
ぼくは標高の高い場所でテント泊する時など、寝ている間にスマートフォンが外気に冷やされてバッテリー消耗の原因にならないように、また、カップに注いだコーヒーをすぐに冷ましてしまわないように、メリノウールの手袋を被せて保温に使うことがある。ナルゲンボトルに熱湯を入れて湯たんぽにする場合は直に触ると熱いので、手袋を被せるとほどよい。
防水タイプの手袋は、夏場でも雨中の山行時に持っていると重宝するアイテムだ。このモンベルの手袋は古いものだけれど、生地が丈夫で野営の作業などに使うこともでき、大活躍している。安くともタフな手袋は、ラフに使えるところが大きな魅力。
ところで、夏場でも分厚い手袋が必要な場面がある。木材と刃物を扱う野外活動、そして焚き火の時だ。そんな予定がある日には、ザックの底にレザーグローブを忍ばせておく。
バトニング(ナイフを使って木を割ること)をしたり、火を育てたり守ったり。ちょっとくらいラフに使ってもへっちゃらなのが、レザーグローブの素晴らしいところ。登山だけの時に持っていくことは少ないけれど、川原や湖畔でキャンプをするような時には欠かすことのできない相棒なのである。
*
そんなわけで、今回は夏場でも常備しておきたい手袋について考察してきた。さまざまなタイプの手袋があるけれど、それらが必要になるのが“寒いときだけに限らない”ことは伝わっただろう。
あると心強いけれど、うっかり忘れてしまうのが夏場の手袋。そんな自覚のある人は、お守りとしてヘッデンと一緒にしておくといいかもしれない。
*
関連記事:日用品の応用、自己分析、道具の手入れ…。明日の登山をより良くする偏愛的山旅論
関連記事:”ミドルレイヤー以上レインウェア未満” 頼れるウィンドシェルを常備せよ!
文・写真
大内征(おおうち・せい) 低山トラベラー/山旅文筆家