山小屋や麓の売店でよく見かける「山バッジ」。実は、デザインにはいくつかパターンがあり、ほぼ手作りに近いものもあるって知っていますか? ちょっと気にして手にとってみると、きっと山の楽しみが膨らむはず。今回は、ベストセラーとなったコミックエッセイ『山登りはじめました』の著者であり、ご自身も山バッジを大切にしている鈴木ともこさんに、小さな記念品「山バッジ」の魅力について語って頂きました。
2021.08.07
YAMAP MAGAZINE 編集部
ー鈴木ともこさんの著書『山登りはじめました めざせ!富士山編』にも、山バッジを紹介しているページがありました。山バッジはいつ頃から集めるようになったのでしょう?
いまから15年前です。中央アルプス・木曽駒ヶ岳に登ったときが最初です。
山登りを始めたきっかけが木曽駒ヶ岳で、小さい形にその山の思い出がギュッと詰まっているところに惹かれたのと、自分の足でここまで来られたという喜びの記念として山バッジを買うようになりました。
ーいまではたくさんの山バッジをお持ちですね。もともとアイテムを収集することが好きだったのですか?
私はコレクターではなく、モノに執着もしないので、山バッジも「集めるぞ!」というよりは、思い出を自分の中で大切にしたい…そんな気持ちで自然に集まった感じです。
だた、振り返ってみると小学校4年から中学校2年生までイギリスに住んでいたときも、観光地のバッジを集めていたんです。まったくの無意識でしたが、バッジへの愛は私の根っこにあったのかもしれません。
ー間近で見てみると、どれもデザインが素敵ですね。バッジを普段から使うことはあるのでしょうか?
気分やスタイルに応じて普段使いのバッグや山用のバックパックに付けることはあります。
ー日常でも使っているっていいですね。
街にいても山を感じることができるアイテムは、気持ちを上げてくれるので、愛着が増します。山小屋では山バッジだけでなく、山手ぬぐいもよく買うのですが、私はしまい込まずに、日常的にどんどん活用しています。
ー山バッジは山に登ったら絶対に買うと決めているのでしょうか?
初めて訪れた山でバッジを見つけたら、記念に買うことが多いですが、「絶対」と決めているわけではありません。自分の好きなデザインかどうかも基準に、じっくり考えて選びます。山バッジに限らず、山小屋の売店でお気に入りを探すことが好きなので、「素敵なバッジに出会えたらうれしいな」くらいの感覚です。
例えば登山者に人気の槍ヶ岳は、私も大好きな山です。山小屋に置かれているバッジは20種ほどあり、選ぶのが大変でした。特別な思い入れのある山では、バッジもたくさん買ってしまいます。どのバッジも、槍ヶ岳の凜々しさやかっこよさが表現されていてたまりません。
ー種類が豊富なほど、どれを買うか相当迷いますね。
そうなんです。なかなか登れない山だと、なおさらですよね。
しかも、山バッジにデザインされた山の魅力の切り取り方もいろいろあるんです。高山植物があしらわれているもの、岩登り用のハーケンやピッケルなど山道具、山の形を強調したものから、山小屋のランプなど小さなものにフォーカスしたデザインなども。
表現の仕方が全然違うので、同じ山をモチーフにした山バッジでも、自分好みを選ぶ楽しさがあります。
ー去年、ご自身で山バッジをデザインされたと伺いました。
中央アルプスが国定公園に制定された記念品として、木曽駒ヶ岳の山バッジをデザインさせていただきました。イベント限定で配布したものなのですが、いずれ山小屋でも販売できるよう進めています。
ーデザインにはどんな想いを込めましたか?
私は昔ながらの山バッジが好きなので、王道のモチーフでもあるピッケルとロープをベースに、固有種の花を添え、木曽駒ヶ岳ならではの魅力を込めたいと思いました。
さらに、私が大切にしている「ENJOY」という言葉と、中央アルプスだけで見られる固有種「ヒメウスユキソウ」、絶滅危惧種で会えるとうれしいライチョウも添えました。
ー細かい造形が綺麗で、花だけでなく「ENJOY」などの文字にも色が塗られていますね。ディティールからこだわりを感じます。
これは鋳造品で、山バッジの老舗メーカー高崎金属工芸さんに製作をお願いしました。
私のデザイン画をもとに、東京の町工場の職人さんが鋳型を作り、最終的な仕上げと着色を高崎金属工芸さんが手がけてくださいました。
一連の技術は今やとても貴重だそうで、町工場もどんどん減っているそうです。そうした背景を知ったうえであらためて山バッジを眺めると、小さなバッジの重みを感じます。着色部分はなんとすべて手塗りで、高崎金属工芸の社長が一個一個、細い筆で塗ってくださっているんですよ。
ー手塗りとは驚き! ほぼ手作りに近いのですね。
私も実際に工場にお邪魔して知ったので、驚きました。山バッジの単価は500円前後と、手頃なものが多いですが、こうした技術と手間をかけた行程を知ると、その価値を改めて見直す必要があるとも感じます。
こういった人の手でしか生み出せない伝統工芸や技術は、きちんと価値をとらえて、大切にする人たちが増えて、次世代に残る形で引き継がれてほしいと思います。
ーこれまで山バッジの魅力を教えて頂きました。その山バッジに関わる思い出深いエピソードや山行があったら聞かせて頂きたいです。
夏の常念岳で、小学生の男の子とお父さんがいたのですが、男の子のバックパックに山バッジがいくつもつけられていました。これまで歩いてきた山で買ったのだと、うれしそうに教えてくれたときの笑顔が忘れられません。男の子にとったら、山バッジは歩いてきた自信にもなっているのだと思いました。
山バッジを手に取ると、「この山ではあの人との出会いがうれしかったな」とか、「山小屋のご主人にまた会いに行きたいな」とか、「山小屋で飲んだ生ビールが最高だったな」とか。本当にいろんな思い出や気持ちが蘇ってきます。忘れていたことが、山バッジを手にすると浮かび上がってきたり。人ぞれぞれの思い出が重なり「私だけの山バッジ」になるのだと感じます。
山は、さまざまな想いが交差する場所です。長年憧れた山にようやく登頂できた方、何度目かのトライで夢がかなった方、大切な人と登る方、ひとりで自分と向き合って登る方、その山への想いも登り方も千差万別で、だからこそ「人それぞれの思い出」は、どれも本当に尊いと思います。
そういった山での様々なの想いや思い出を重ねられる、手のひらに乗るいちばん小さいものが、山バッジなのかなとも思います。
ーいまのコメントに山バッジの魅力がすべて凝縮されている気がします。これを機会に山バッジに興味を持った方へ、買い方や集め方で何かアドバイスできることはありますか?
アドバイスは……ありません! どうぞお好きに、ご自由にお願いします(笑)。
私が山でも日常でもいちばん大事にしている想いは、「ENJOY」という言葉に集約されています。誰もがその人らしく、自由にのびのびと楽しんでほしい。「楽しもう!」という願いです。
山の楽しみ方は人それぞれです。山頂を目指してもいいし、山頂には行かず、のんびり過ごしてもいい。山小屋ごはんを目的にしてもいいし、食料を担いで料理したっていい。山で「どう楽しむか」は、優劣も正解もないと考えています。
人それぞれの楽しみ方を誰もが堂々と行なえる。自分と異なる、誰かの「楽しみ方」を尊重できる。そういう人たちが山に増えていくのが素敵だなと感じています。
なので、山バッジも山を楽しむひとつの方法として捉えて、それぞれの方の大切な思い出を重ねていっていただけたらいいなと思います。
取材・文:吉澤英晃
編集:YAMAP MAGAZINE編集部
鈴木ともこ(すずき・ともこ)
漫画家・松本市観光大使
山好きが高じて、東京から松本に移住して11年目。コミックエッセイ『山登りはじめました』シリーズ(KADOKAWA)など著書多数。来春新潮社より新刊(上下巻)を上梓予定。NHK「にっぽん百名山」などのテレビ番組や雑誌、イベント等で、山と信州の魅力を発信している。
公式サイト
https://suzutomo1101.com/
YAMAPでは、狩猟後に廃棄される野生のシカの皮を使って、山バッジ専用のタペストリーを作りました。
丈夫で軽く、高級感のある野生の鹿革は、実は山バッジを飾るのにも適した素材。野生の鹿革なので、一つひとつ、柄やシミの個体差や風合いも楽しめます。
どんなインテリアにもなじみ、主役の山バッジを引き立たててくれるシンプルなデザイン。ちょっとしたスペースに気軽に飾れるほどよいサイズ感。山バッジタペストリーを壁にかけるだけで、そこはたちまち山の気配に包まれます。
飾られた山バッジをきっかけに、思い出の山に再び登る。欲しい山バッジをきっかけに新しい山に出会う。あるいは、鹿革製品を日常生活に取り入れることで、獣害問題や自然のことを考えはじめるー。
この山バッジタペストリーが、そんな出会いにつながれば嬉しいです。