楽しいはずの山登りで、油断するとやってくる「道迷い」。年間の山岳遭難者数3,000人前後のうち、半数近くは「道迷い」となっています。ヤマップは、このリスクをゼロにすべく、登山地図GPSアプリ「YAMAP」ユーザーの軌跡データを分析。「日本一、道迷いしやすい登山道2022」としてまとめました。「ちゃんと下調べをしているから大丈夫」「迷うのは初心者」と思い込むのは厳禁。データから見えてきたのは、山歩きの経験に関係なく陥る、ある意外なワナでした。
2022.07.01
石田礼
YAMAP MAGAZINE編集部
安全登山を推進するヤマップは2022年7月、「日本一道迷いしやすい登山道2022」を発表。YAMAPユーザーが歩いた軌跡データから、道迷いリスクの高い5地点を特定しました。結果は、登山道を管理する自治体などと共有し、標識の設置や安全対策を呼びかけ、道迷い遭難ゼロを目指す取り組みの一つとして活用します。
YAMAPアプリには、登山中の危険な場所やおすすめスポットなどを投稿できる「フィールドメモ」機能があり、直近の登山道の状況を確認できます。
メモを書く際には「迷いやすい」というタグを付けられ、次に歩く人の安全に役立つ「伝言」として地図上に記録を残せます。今回の調査には、約16万件(2022年4月末時点)のメモを活用し、「迷いやすい」タグが付いたものを抽出。さらに他のユーザーから「参考になった」という評価が多い投稿から、「道迷いしやすい登山道2022」として、全国から5地点を選定しました。
同時に、YAMAPユーザーが投稿した約1700万件の活動日記から、道迷い地点の軌跡データを詳細に分析。「道迷いのパターン」をそれぞれの山域で突き止めました。
今回抽出した5地点には、標高2,000〜3,000m級の高山はなく、標高1,000m以下が中心。手軽に行ける低山こそ、道迷いのリスクが高いことがあらためて浮き彫りになりました。
岐阜といえば北アルプスというイメージを持たれがちですが、運動靴と普段着で気軽に登れる山として親しまれているのが各務原アルプス。初心者でも登りやすい標高300m前後の山々が連なり、場所によっては名古屋市街まで見渡せる展望の良さが人気です。
そんな身近な山でも、軌跡データからは道迷いが多く起きていることが分かりました。
写真で太く見える「左」の道。実はクライミングスポットに続く岩場へのルートで、「右」が一般の登山道です。白い標識が地面に見えますが、とても小さいので見落とされていたと考えられます。
上の左側の地図は「正しいルート」。右側は道迷いした軌跡データ(赤枠内)です。いったん上(北)に進み、行けないと分かって、下(南)に引き返しているのが分かります。
実際、YAMAPの活動日記では「道間違えました。右に行きましょう。左は行き止まりです」(ある登山者)と情報共有されています。登山の前に、直近のフィールドメモのチェックが重要なことが分かる一例です。
道迷いをメモに残すことを躊躇してしまうかもしれませんが、それは後に続く道迷いを防ぐ「登山者同士の助け合い」。ヤマップは間違いやすい地点ほど、できるだけメモを残してほしいと考えています。ヒヤリ・ハットした場合には、積極的にメモを残しましょう。
今回のポイントを通るモデルコースを見る:各務原アルプス縦走コース
埼玉県南西部の飯能(はんのう)市。山と川に恵まれた同市の東西にまたがるのが「飯能アルプス」です。入り口の天覧山(197m)から、奥武蔵の名峰・伊豆ヶ岳(851m)まで、山登りのレベルに応じて、縦走が楽しめる山域。フィールドメモの評価数が2番目に高かったのは、その中央部にある天覚山(445m)の周辺でした。
天覚山は西武池袋・秩父線の駅からアクセスが良く、首都圏のハイカーに人気の山。最近では女子高生たちの山登りをテーマにした人気漫画「ヤマノススメ」に登場する巡礼地として注目を集めています。そんな東京・池袋から約1時間でアプローチできる山にも、道迷いのワナはひそんでいました。
登山道が左右に見え、尾根伝いの太い道がまっすぐ続いているように見えます。しかし、正しいルートは「右」。
右ルートには、登山道を示すとみられるピンクテープが控えめに巻いてあるだけ。一人で鼻歌交じりに気持ちよく歩いていたら、気づくのは相当難しいとみられます。
フィールドメモを残してくれた千葉県在住のEZさん(50代、男性)は、次のように当時を振り返ってくれました。
「道の真ん中に木の枝が積まれ、何だろうと思いつつも、“あまりにも登山道っぽい道”だったので、そのまま進んでしまいました。50mほど進むと細い獣道ぽくなり、『ちょっとおかしいな?』とYAMAPで確認すると、ルートを少し外れていて引き返しました」
木の枝が積まれていたあたりまで戻り、周りをよく確認すると、別ルートにピンクの目印を発見。正しいルートに戻れたとのこと。山積みされた木の枝は、「こっちじゃない!」のサイン。「✕印の看板があれば、もっと分かりやすいですね」と要望しています。
EZさんは今回の道迷いについて、「ちょっと変わった状況に遭遇したら、一度足を止め、周囲の状況をよく確認するぐらいの余裕をもって登るのがいいですね!」と語ってくれました。
天覚山のピークから左(西)に進むルート。写真の太い道はまっすぐ進んでいるように見えますが、軌跡データでは左下(南西)に向かう道として表示されています。
正しいルートに引き返した登山者の記録には、周囲をさまよった軌跡も。「迷ったときは来た道をそのまま戻る」という鉄則が、体力の余計な消耗を防ぐことにつながります。
天覚山を通るモデルコースを見る:吾野駅-大高山-吾野ノ頭-天覚山-東吾野駅 縦走コース
子ノ権現(640m)〜六ツ石ノ頭(540m)は、天覚山よりさらに西に位置する飯能アルプスのルートの一部。子ノ権現もヤマノススメ巡礼地の一つで、冬場の晴れた日には、展望台からスカイツリーまで見通せます。
足腰守護の神様がまつられていることでも知られ、健脚を願う登山者が多く立ち寄って参拝。境内には、重さで日本一を誇る2トンの巨大な鉄のワラジも飾られています。
しかし、六ツ石ノ頭から行く場合に、人気スポットで頭がいっぱいになっていると、道迷いのワナにひっかかってしまいます。
地図の赤枠内で、正しいルートと、道迷いした軌跡を比較します。左が正しいルートで、中央と右の地図が道迷いの軌跡データ。写真でまっすぐに見えた間違ったルートが、右上(北東)に伸びる尾根にあることが分かります。
中央の地図では、序盤で異変に気づいて戻っていますが、右は約50mもさらに下ってしまっています。この間違って歩いた尾根の両側は等高線が密になっており、急斜面。
迷って下り続けることが、いかに危険なのかもわかる軌跡です。登る前のルートの予習はもちろんですが、違和感に気づいたら、まずアプリで現在地を確認するクセをつけましょう。
フィールドメモを投稿してくれた埼玉在住で、登山を再開して2年のしげきさん(40代、男性)は「写真を見返してみると、前に歩いた人が、支尾根に入らないように、木の枝で道を遮るように置いてくれています。当時は登山経験も浅く、このサインに気づけませんでした」と教えてくれました。
しげきさんはこの反省を活かし、基本的には紙と携帯GPS(YAMAPアプリ)の地図を用意。「紙地図で周囲の地形を見比べながら歩き、進むべき方向に違和感を感じたとき、GPSで確実に現在地を特定するようにしています」とのこと。
子ノ権現を通るモデルコースを見る:正丸駅〜吾野駅|伊豆ヶ岳+主要6座縦走コース
順位こそ4番目ですが、危険度だけで言えば5地点の中で1番かもしれない道迷いポイント。それが鈴鹿山脈にあります。鈴鹿山脈を代表する御在所岳(1,212m)は、三重と滋賀の県境にあり、鈴鹿国定公園内に鎮座。日本二百名山や関西百名山、鈴鹿セブンマウンテンに選定され、関西のハイカーに愛されている山です。
道迷い地点のそばにある武平峠(877m)は、御在所岳に向かうルート上の経由地。これまで紹介してきた尾根筋の3地点とは異なり、明確な登り道になっています。「左」はひらけていて正しいルートに見えますが、右へ行くのが正しい登山道です。
間違った登山道に進んでしまった人のコメントには、「途中滑落を覚悟しました。なんとか上まで登れました。奇跡。どんどん斜面が急になり、下って引き返せない地獄でした」とあり、この地点で道に迷う深刻度がうかがえます。
正しいルートは、地図の左(西)から武平峠を通り、十字路で上(北)に直角的にルートをとるのが正解。しかし、赤枠内の間違った登りルートでは、武平峠に行かず、ショートカットしてしまったことがわかります。
やはり違和感を感じたら、すぐに進むのをやめるのが鉄則。分岐のときは迷う前に、YAMAPアプリで現在地を確認する習慣をつけましょう。
御在所岳のルート情報を見る:武平峠-御在所岳 往復コース
全国5地点の中で、埼玉県からは3地点が選定されました。しかも、そのすべてが飯能アルプスという結果に。首都圏からアクセスが良く、登山者が多いことから、フィールドメモの評価も高い傾向にあるようです。
飯能アルプスの最高峰、伊豆ヶ岳(851m)と一緒に登られることが多い高畑山(695m)。そこから中ノ沢ノ頭(622m)に向かうルートにある道迷い地点は、これまでの4地点と異なり、登山道らしきルートが並列してあるパターン。今回は「右」が正しいルートです。
左(西)の高畑山方面から、622.7mと表示されている中ノ沢ノ頭方面に向かうルート。中央と右の地図では、道迷いして別の尾根に入り込み、引き返している様子がわかります。右の地図では、林道を突っ切り、地図に表示されている登山道からずれ、中ノ沢ノ頭を踏まずに進んでいる人も見られました。
子ノ権現を通るルートを見る:正丸駅〜吾野駅|伊豆ヶ岳+主要6座縦走コース
昨年に発表した「日本一道迷いしやすい登山道2021」では、神奈川県・西丹沢の大界木山〜浦安峠がランクイン。この結果を受け、登山道の管理者が「道迷い」多発地点に道案内の標識1本を設置し、その後の登山者の軌跡データで道迷いがゼロになったことが分かりました。
道に迷ったフィールドメモを投稿したのが、東京都のかっちんさん(50代、男性)。YAMAPアプリ内で日常のつぶやきを投稿できる「モーメント機能」でこのときに取り上げられたことを紹介すると、ほかのユーザーから「まさにメモにお世話になりました」「私もわかりやすいメモを心がけます」などの反応があり、自分のフィールドメモが役に立っていることを実感。
YAMAP MAGAZINEの取材に「看板の設置により、アプリを利用していなかった方も含め、道迷いのリスクが大きく軽減され、大変うれしく思っています」とコメントしてくれました。
気になる場所はフィールドメモに残し、登山者同士で助け合いながらリスクを減らし、山登りを多くの人が楽しめるようにしましょう。
看板設置の詳細はこちら:ヤマッププレスリリースを見る
全国の道迷い5地点から見えてきた回避策は、「違和感を感じたら立ち止まり、来た道を引き返す」という鉄則。さらに、「低山では太い登山道が正しいと思い込まないこと」です。これらに加え、窪田さんはそもそも、道迷いをしないための計画の重要性を強調します。
窪田さん:日暮れぎりぎりに下山する計画は避け、その1〜2時間前には下山している、ゆとりをもった行動が必要です。特に夏の時期は、雷や夕立などで、道迷い以外のリスクも出てきます。日帰りでも不測の事態に備え、暗闇でも行動できるヘッドランプと予備の電池、予備の水と食料、体温の低下を防ぐエマージェンシーシートは必ず持ちましょう。
とはいえ、どんなに気をつけていても、迷ってしまうこともあります。その場合には、どのように行動するのがいいのでしょうか。窪田さんは続けて次のように語ってくれました。
窪田さん:遭難して本当に救助を呼ばなくてはいけないときでも、119番をするのはそれなりに勇気がいるので、体力の限界まで頑張ってしまうケースがあります。しかし、日暮れ近くなって救助を要請しても、すぐに暗くなって、その日の救助が打ち切られてしまうことがほとんどなので、判断が早いにこしたことはありません。
窪田さんは最後に、万が一遭難したときに生死を分ける、登山前の重要な行動を指摘します。
窪田さん:そもそものところでは、どの山に行くのかを家族や親しい友人、知人に伝えていきましょう。そうでないと、「駐車場に車がずっととめっぱなし」などの通報や、「職場に来ていない」などしか、端緒がつかめません。遭難が判明するまで何日もかかってしまうので、助かる命も助からなくなってしまいます。誰かに行く山を教えるのは、登山届とともに、忘れてはいけない登山前のマナーです。
警察庁の統計によると、2021年の全国の山岳遭難者数は、前年比378人増の3,075人。原因のうち、「道迷い」は約41.5%で、転倒16.6%、 滑落16.1%を大きく上回っています。コロナ禍で富士山や北アルプスなどの3,000m級の遭難が減りましたが、首都圏近郊を中心に身近な山での遭難が増えました。
ヤマップが2022年4月に行った調査によると、YAMAPアプリを活用することで84%が「道迷いを防げた体験がある」と回答しています。安全に楽しく山歩きを楽しみ続けるためにも、YAMAPをどんどん活用してください。
遭難は他人事ではありません。どんなときでも万全の備えを忘れずに。
YAMAPグループの「外あそびレジャー保険」に付帯する目撃情報収集サービスと、アプリの「みまもり機能」を併せて活用することで、行方不明になってしまうリスクを大きく減らします。
外あそびレジャー保険は、ソロでもグループでも、スマホで簡単に加入でき、いざとなれば遭難救助費用や、ご家族が駆けつけるときの交通費や宿泊費も補償(最大300万円)。あなたの帰りを待つ大切な人のご負担を軽減します。