山はストイックに登るだけの場所ではありません。季節の変化をカラフルに教えてくれる花々や、ご褒美ともいえるグルメ、山の上の秘湯温泉、その山ならではの歴史まで、盛りだくさんの楽しみが待っています。今回は日本各地の山々の「楽しみ方」とおすすめの場所を、様々な切り口から案内。山ならではの花々、写真の上手な撮影方法、山ごはんの楽しみ方をご紹介した前編に続き、後編では個性あふれる山小屋グルメや温泉、歴史や地質など、山の魅力が倍増するとっておきの楽しみ方をご紹介しましょう。
2022.10.17
YAMAP MAGAZINE 編集部
自分で調理するのはまだ敷居が高い……という人におすすめなのが、茶屋や山小屋のランチ。夏はキンキンに冷えた生ビールやかき氷、冬は身体の芯から温まる汁物やおでんなど、それぞれが趣向を凝らした四季折々の味覚を楽しめます。奥高尾縦走路の城山(東京/神奈川、670m)・景信山(東京/神奈川、727m)・陣馬山(東京/神奈川、854m)などの茶屋、丹沢山塊・鍋割山(神奈川、1,272m)の鍋割山荘名物である鍋焼きうどんなどは、特に人気があります。
登山で心地よい汗をかいた後に、塩気の効いたラーメンは抜群の相性です。北アルプス・西穂高岳(長野/岐阜、2,908m)の登山基地となる西穂山荘のラーメンは、沸点が低い山では珍しく生麺を使用。最近は通信販売も行っている人気メニューです。また木曽御嶽山(長野/岐阜、3,067m)の二の池ヒュッテで供される坦々麺は京都の名店監修のこだわりメニュー、週末には1時間弱で売り切れることもあります。
ラーメンと並んで人気の山小屋グルメがシチュー・カレーです。北八ヶ岳・天狗岳(長野、2,646m)中腹にある黒百合ヒュッテや入笠山(1,955m)にあるマナスル山荘本館のビーフシチューは、ホロホロに煮込まれた肉の食感が特に寒い時期には嬉しい一品です。
奥秩父山塊の金峰山(山梨/長野、2,599m)・瑞牆山(山梨、2,230m)の登山基地である富士見平小屋の「清里ROCKのビーフカレー」は、清里・萌木の村にあるカレーとビールの名店・ROCKのメニューを再現、同店のブルワリーで製造された地ビールも販売しています。
登山中、登山後のおやつにぴったりなのがパン。北八ヶ岳・丸山(長野、2,329m)に近い高見石小屋は、カラフルな5種類の味のあげパンが大人気の山小屋です。また北アルプス・槍ヶ岳(長野/岐阜、3,180m)の山頂直下にある槍ヶ岳山荘併設の「キッチン槍」では、7月中旬から9月中旬まで焼きたてパンを販売。槍ヶ岳の勇姿を眺めながら頬張る熱々のパンとコーヒーは、まさに絶品です。
ここまで紹介してきたのはランチ営業や売店メニューですが、山小屋に宿泊すればさらにグルメを堪能できます。八ヶ岳・赤岳(長野、2,899m)中腹にある赤岳鉱泉の夕食は何とステーキ。目の前の鉄板で焼けていく肉は、薫りもごちそうになります。同じく八ヶ岳の硫黄岳(2,760m)中腹にあるオーレン小屋名物の桜鍋(馬肉のすき焼き)も、低カロリー・高たんぱくの登山にぴったりの夕食です。
山小屋の魅力はグルメだけではありません。多くの山小屋では手ぬぐいやTシャツなどのオリジナルグッズを販売。どれもかさばらずザックにしまって持ち帰ることができたり、翌日の登山ですぐ使用できたりするアイテムばかり。それぞれの山小屋を訪れた思い出をコレクションするのも楽しみです。
手つかずの自然が残る山も魅力的ですが、古くから山と人の関わりが深かった日本ならではの歴史の遺構を見ることができる山は、文化的側面からも興味を惹く存在です。この章では、日本各地の山に残る歴史の面影をたどります。
日本の城は水城・平城・平山城・山城に分類されますが、軍事的に重要な要塞の役割を果たしたのが山城です。八王子城山(東京、446m)は戦国武将・北条早雲を祖とする後北条氏の山城で、現在も山中の至るところに石段や出丸(砦)・本丸・天守跡などが残っています。
安土山(滋賀、193m)は、織田信長が壮麗な天守閣を築いた安土城の跡。賤ヶ岳(滋賀、421m)はその信長亡き後の覇権を羽柴秀吉と柴田勝家が争った古戦場跡となっており、血なまぐさいながらも肌で歴史を感じられます。
先の信長の死後の勢力争いに巻き込まれたのが、越中国(富山)を統一した佐々成政です。賤ヶ岳の戦いで敗れた柴田勝家側についたこともあり、居城である富山城を秀吉側の軍勢に包囲されてしまいます。そんな成政がわずかな兵と共に獅子岳(富山、2,714m)の南にあるザラ峠で立山連峰を、次いで針ノ木岳(富山、2,821m)の東にある針ノ木峠で後立山連峰を越えて厳冬期の北アルプスを横断し、信濃国(長野)へ脱出したとされるのが「さらさら越え」の伝説です。
県境(かつての国境)が山で隔てられることが多かった日本では、峠は隣国との重要な通行路でもありました。越後国(新潟)の上杉謙信が関東攻めの際に上野国(群馬)への行軍で通った清水峠は、七ッ小屋山(新潟/群馬、1,674m)と朝日岳(群馬、1,945m)の間に位置。現在も谷川連峰馬蹄形縦走に挑む登山者でにぎわいます。
近代では、岐阜・飛騨地方の貧しい農家の娘たちが長野・諏訪地方の製糸工場で働くために越えた野麦峠が文学作品にもなり広く知られています。
もちろん、道自体にも歴史の面影を感じ取ることができる場所があります。日本最古の道と呼ばれる山の辺の道(奈良)や世界文化遺産に登録された熊野古道(和歌山)、東海道五十三次有数の難所であった箱根旧街道(神奈川)などは、石畳や石仏などが点在。往時をしのびながら歩くことができるロマンあふれる道です。
古くから神々が宿ると信じられていた日本の山々。北アルプス最高峰・奥穂高岳(長野/岐阜、3,190m)の山頂には穂髙神社・峯宮が鎮座しており、JR大糸線の穂高駅近くにある穂髙神社・本宮、上高地の明神池にある穂髙神社・奥宮と順番に参拝するのもおすすめ。同じく北アルプス・立山連峰の雄山(富山、3,003m)は山頂全体が雄山神社の神域になっている他、三輪山(奈良、466m)のように山自体が山麓の大神神社の御神体となっているケースもあります。
日本の山には神社だけでなく多数の寺院もあり、広大な伽藍が広がる山も。楊柳山(和歌山、1,008m)を最高峰とする高野山は、真言宗の総本山・金剛峯寺を筆頭に117もの塔頭(たっちゅう・子院)が点在する「一山境内地」であり、全山が寺院となっています。
身延山(山梨、1,153m)の山麓には日蓮宗の総本山・久遠寺の大伽藍が広がり、同じく日蓮宗の霊場である妙見山(大阪/兵庫、660m)は北極星信仰の聖地としてこちらも山全体が信仰の対象となっています。
外国人旅行客も楽しみにしている、世界に誇る日本の魅力のひとつが温泉。日本ならではの火山活動によってもたらされた山の恩恵です。その楽しみは、実は山の上でも楽しめる場所が多くあります。
山小屋というと「お風呂に入れない」という印象を抱きがちですが、温泉誘出地にある山小屋では、天然の温泉に浸ることが可能。八ヶ岳連峰・天狗岳(長野、2,646m)中腹の湯本 本沢温泉は野趣あふれる手掘りの野天風呂が魅力。
北アルプス・立山(富山県、3,015m)に抱かれたみくりが池温泉は100%源泉かけ流しが自慢の宿です。同じく北アルプスの白馬鑓ヶ岳(長野/富山、2,903m)中腹の白馬鑓温泉小屋や、水晶岳(富山、2,986m)中腹の高天原山荘にある高天原温泉の野天風呂も、登山者憧れの秘湯。安達太良山(福島、1,699m)に抱かれたくろがね小屋、中岳(大分、1,791m)を主峰とする九重連山に抱かれた法華院温泉山荘も、温泉入浴可能な山小屋として人気です。
もちろん、下山後に楽しむ山麓の温泉も登山の汗と疲れをさっぱりと洗い流してくれる嬉しい存在です。ニセコアンヌプリ(北海道、1,307m)山麓の五色温泉、八甲田山(青森、1,584m)山麓の酸ヶ湯温泉、北八ヶ岳の天狗岳(長野、2,646m)山麓の渋御殿湯、北アルプスの白馬岳(長野、2,932m)・雪倉岳(新潟/富山・2,610m)・朝日岳(新潟/富山、2,417m)の登山・下山口にある白馬岳蓮華温泉ロッジなどは、レトロな建物と湯船で温泉愛好家や湯治客にも人気の秘湯となっています。
プレート同士の衝突による隆起や火山活動など、長い年月の風化や浸食が、その山特有の景観を創り出しています。この地質の世界まで知れば、山を歩くたびに地球のダイナミズムを感じ、山の感動が倍増します。
火山活動によってできた白っぽくザラザラした手触りの花崗岩。北アルプス・燕岳(長野、2,762m)にあるイルカ岩、南アルプス・鳳凰三山の地蔵岳(山梨、2,764m)にあるオベリスク、奥秩父山塊・瑞牆山にある大ヤスリ岩、鈴鹿山脈・御在所岳(1,212m)にある地蔵岩など、その山のシンボルとも言える奇岩も花崗岩です。
花崗岩が風化すると白い砂状になり、前述の燕岳や鳳凰三山の稜線は緑のハイマツも相まって、白砂青松の庭園のような景観が広がります。屋久島は島そのものが花崗岩から成り立っており、太忠岳(1,493m)は山頂自体が巨大な花崗岩となっています。
セメントの原材料としても使用される石灰岩。武甲山(埼玉、1,304m)のように、採掘によって山自体が削られてしまうこともあります。かつては海底にあったサンゴ礁からできているためカルシウムが多く、地中の二酸化炭素を含んだ酸性の水に溶けやすいのが特徴で、鍾乳洞もこうして形成されます。
鈴鹿山脈・御池岳(三重/滋賀、1,247m)や霊仙山(滋賀、1,094m)では、草原にカレンフェルトという石灰岩の岩柱が点在し、鍾乳洞の天井部分が陥没したドリーネという凹地を見ることができます。
地表に噴出したマグマが急速に冷えて固まった安山岩。柱状節理と呼ばれる柱状の岩が連なる景観が多く、大雪山・黒岳(北海道、1,984m)山麓の層雲峡が代表的です。海岸にも多く見られ、北山崎(岩手)や東尋坊(福井)は観光地としてもにぎわいます。
硬く摩擦が効きやすい岩質のため、ロッククライミングのゲレンデとなることが多いのも特徴。赤岩山(北海道、370m)では、積丹ブルーと呼ばれる石狩湾の大海原を背景に多くのクライマーが岩壁を登攀します。
火山灰など火山活動による噴出物が堆積してできた凝灰岩。その成因から軽く柔らかい地質であるため、建築材料として古くから利用されてきました。アメリカにある建築作品群が世界文化遺産にも認定された建築家フランク・ロイド・ライトが手がけた旧帝国ホテル本館は、栃木で産出される凝灰岩・大谷石を中心に設計されたことでも有名です。
鋸山(千葉、329m)も凝灰岩の産地、地獄のぞきや百尺観音など江戸時代の石切場(採石場)の名残りを巡りながら登山を楽しめます。
今回紹介したお楽しみは、すべて“山頂まで行かなくても堪能できる”ものばかり。そして、立派な登山と呼べるものです。無理して山頂をめざすばかりに、時間や心のゆとりがなくなってしまうよりも、豊かな時間が過ごせるのではないでしょうか。
花を愛でながら高原を散策、樹木が発する芳香(フィトンチッド)の薫りを求めて森で深呼吸、美味しいごはんを食べるためだけに山小屋まで登ってのんびり……。登る達成感はもちろん、自分にあった山の楽しみを見つけるのも、山登りの醍醐味です。
執筆・素材協力=鷲尾 太輔
トップ画像:みーたんさんの活動日記より