山はストイックに登るだけの場所ではありません。季節の変化をカラフルに教えてくれる花々や、ご褒美ともいえるグルメ、山の上の秘湯温泉、その山ならではの歴史まで、盛りだくさんの楽しみが待っています。今回は日本各地の山々の「楽しみ方」とおすすめの場所を、様々な切り口から案内。山だからこそ魅力が倍増する「7つの楽しみ方」の前編では、山の花々、写真撮影の心得、山ごはんについてみていきましょう!
2022.10.16
YAMAP MAGAZINE 編集部
早春のカタクリや福寿草に始まり、春〜初夏には1,000m級の山々の稜線を彩るツツジ類、夏には日本アルプスなど2,000m級の山々でも、高山植物のお花畑が広がります。ここではそれぞれの花に注目。その花を見ることができる山々と見頃を紹介します。
樹皮は和紙、特に紙幣の原料になることで知られるミツマタ。早春の林に咲く黄色い花は、妖精とも表現されます。丹沢山塊の大山(神奈川、1,252m)東麓の不動尻や大出山(ミツバ岳、834m)、茨城・栃木県境の焼森山(421m)は、例年3月中旬〜下旬に可憐なミツマタが大群落となって咲き競います。
春の山で美しいツツジ類。中でも4月下旬〜5月上旬に咲くアカヤシオは、淡いピンクの色彩と新緑の優しい色あいが魅力です。代表的な山域は群馬県・西上州周辺。険しい岩峰となっている山もありますが、四ッ又山(899m)は危険箇所も少ない山です。ロープウェイで山頂直下までアクセスできる鈴鹿山脈の御在所岳(三重、1,212m)もおすすめです。
アカヤシオから少し遅れ、5月上旬〜下旬に見頃を迎えるのが、白い花が清楚なシロヤシオ。奥日光の社山(栃木、1,826m)ではシロヤシオ越しの中禅寺湖と男体山(2,486m)のパノラマを楽しむことが可能。丹沢山塊の檜洞丸(神奈川、1,601m)や鈴鹿山脈の竜ヶ岳(三重/滋賀、1,099m)もシロヤシオの群生が有名です。
大きなピンクの花が目を惹くシャクナゲ。静岡県・伊豆半島の天城山(1,405m)や、長野/埼玉県境・奥秩父山塊の十文字山(2,072m)、鹿児島県・屋久島の宮之浦岳(1,936m)など、全国各地で5月中旬〜6月初旬に大輪の花を見ることができます。長野県・八ヶ岳の硫黄岳(2,760m)では、国の天然記念物に指定されているキバナシャクナゲ自生地が6月下旬〜7月上旬に見頃をむかえます。
鮮やかな真紅の花が草原や新緑の森に映えるヤマツツジ。全国の山々で楽しめますが、5月中旬〜6月上旬に見頃をむかえる宮城の徳仙丈山(710m)の大群落は日本一とも呼ばれる規模。また毒性があり動物に食べられることがないレンゲツツジは、長野の美ヶ原(2,034m)をはじめ、高原の牧草地などで6月中旬〜下旬に見頃となります。
季節が夏を迎えると、標高2,000m級の山々でも高山植物が咲き乱れます。中でもコマクサは火山の砂礫地など痩せた土壌でも生育できることから、単独で群落を形成し7月上旬〜下旬に開花します。
中でも岩手山(岩手、2,038m)には、東北随一とも日本一とも称される大群落が広がります。他にも北アルプス・燕岳(長野、2,762m)や八ヶ岳・根石岳(長野、2,603m)のコマクサ群落も有名です。
高山を象徴する夏の花がコマクサならば、草原の夏を彩る代表的な花がニッコウキスゲ。赤薙山(栃木、2,010m)中腹の霧降高原では7月上〜中旬、車山(長野、1,924m)中腹の霧ヶ峰では7月中旬〜下旬に、山肌が黄色く染まります。この時期は草原だけでなく、尾瀬などの湿原でもニッコウキスゲの花を見ることができます。
8月中旬を過ぎると山には早くも秋の気配。マツムシソウやリンドウは、その代表的な花です。根子岳(長野、2,207m)や入笠山(長野、1,955m)では8月中旬〜下旬、九重連山など九州では、9月中旬〜10月初旬まで楽しめます。
ちなみに標高2,500m級の山では、タカネマツムシソウ・ミヤマリンドウが秋を告げる代表的な高山植物です。
高山植物の中には、その山に特に多く咲いたりその山の固有種であることから山の名前を関した花々も。
6月中旬〜下旬の日光白根山(群馬/栃木、2,577m)に咲くシラネアオイ。7月下旬〜8月上旬の白山(石川/岐阜、2,702m)に咲くハクサンフウロ、8月上旬〜中旬の白馬岳(長野、2,932m)に咲くシロウマアカバナ、9月〜10月初旬の伊吹山(滋賀/岐阜、1,377m)に咲くイブキレイジンソウなどが知られています。
厳しい山の環境下で生育しているこれらの植物は、いったんその植生が破壊されると回復が難しいものばかり。中にはレッドデータ種(絶滅危惧種)となっている植物もあり、枝を折るなどの損傷や盗掘は、計り知れないダメージをもたらします。必要以上に花に近づいたり触ったりしない、立入禁止区域の厳守などは基本中の基本。希少種の花々が咲いている場所をピンポイントでSNSにシェアしないことも、心ない人々から植物を守るためには有効です。
朝日が山肌を染めるモルゲンロート、夕日が山肌を照らすアーベントロート、そして満天の星など、山には歩いてその場所に立った人だけの特権ともいえる絶景が待っています。InstagramなどのSNSで発表するも良し、家族や友人にその感動を分かち合うも良し……。この章では、素敵な写真を撮るための基礎知識をチェックしましょう。
朝焼けに染まる山肌(モルゲンロート)を撮るなら、朝日を背に東を向いてスタンバイ。中央アルプス・千畳敷カールからの宝剣岳(長野、2,931m)、北アルプス・涸沢カールからの涸沢岳(長野/岐阜、3,110m)、同じく北アルプス・燕岳(長野、2,762m)近くの燕山荘からの槍ヶ岳(長野/岐阜、3,180m)など、朝日を浴びて赤く染まる絶景を撮影できます。
夕焼けに染まる山肌(アーベントロート)を撮るなら、西日を背に、東を向いてスタンバイ。北アルプス・室堂からの立山(富山、3,015m)、同じく北アルプス・双六岳(長野/岐阜、2,860m)からの槍ヶ岳(長野/岐阜、3,180m)、八ヶ岳連峰・赤岳鉱泉付近からの赤岳(長野/山梨、2,899m)など、夕日に照らされた山々の神々しさが代表的です。
西側が開いていれば同時に夕焼けも撮影可能。モルゲンロート、アーベントロートともに、日の出前・日の入後もシャッターチャンスとなるため、スタンバイする場所か、至近に山小屋かテント場があるポイントが初心者にはおすすめです。
雲海は繊細な気象条件に左右される被写体。行けば絶対に撮れるものではありません。地上の湿度が高く、日の出による放射冷却で気温差が大きいなど、発生しやすい条件を考えると、秋の早朝がおすすめ。越後駒ヶ岳(新潟、2,003m)の登山口・枝折峠から望む奥只見湖から稜線を越えて流れ出す雲海や、朝来山(兵庫、756m)中腹の立雲峡から望む雲海に浮かぶ竹田城は多くのカメラマンでにぎわうスポットです。
静かな湖沼の水面に映る山の姿は、旧五千円札に描かれた本栖湖に映る富士山(山梨/静岡、3,776m)に代表されるモチーフで「逆さ●●山」と呼ばれることも。風がなく水面が波立っていないことはもちろんですが、高い位置からだと映り込んでいる山が見えない場合が多く、なるべく水面の近くまで行くことのできる場所がおすすめです。北アルプス・八方池に映る白馬岳(長野、2,932m)、同じく北アルプス・ミクリガ池に映る立山(富山、3,015m)、尾瀬沼に映る燧ヶ岳(福島、2,356m)などが特に有名です。
雪山はSNSでも人気のモチーフですが、本格的な雪山登山は初心者には危険です。おすすめは下り乗車も可能なゴンドラ・リフトがあるスキー場やロープウェイを利用し、ほとんど歩かずに雪山を見ることができる場所。
富士見パノラマスキー場からの八ヶ岳連峰(長野/山梨)や、天神平スキー場からの谷川岳(群馬/新潟、1,977m)は首都圏からも近く人気です。中央アルプス駒ヶ岳ロープウェイ・千畳敷からの宝剣岳(長野、2,931m)や新穂高ロープウェイ・西穂高口からの西穂高岳(長野/岐阜、2,908m)・槍ヶ岳(長野/岐阜、3,180m)・笠ヶ岳(岐阜、2,898m)なども、本格的な日本アルプスの雪山を撮影できるスポットです。
また八甲田山(青森、1,584m)の八甲田国際スキー場、森吉山(秋田、1,454m)の森吉山阿仁スキー場、蔵王山(山形/宮城、1,841m)の山形蔵王温泉スキー場など東北の日本海側では、例年1〜2月ごろに巨大な樹氷が出現します。
どんなコンディションでも何かしらの被写体に巡り会えるのが森林です。晴れた日であれば、頭上を見上げてみましょう。太陽の光が葉を透かして葉脈まで浮かび上がる「透過光」は、ブナ・ミズナラ・カエデなどの広葉樹を際立たせます。特に春の新緑や秋の紅葉など、葉の色が美しい時期にはおすすめです。
雨や霧の日の森林も幻想的。特に北八ヶ岳(長野)や屋久島(鹿児島)などの原生林は苔むした林床など、足元にも箱庭のようなしっとりと美しい世界が広がります。
たくさん歩いた後のごはんは、山登りの最高のご褒美のひとつ。ジェットボイルやバーナー・クッカーなどでお湯を沸かすだけでも、温かいものを食べることができます。ありふれたカップラーメンですら、山の上で食べると何倍も美味しく感じることでしょう。ただし宝登山(埼玉、497m)など山頂での火器使用が禁止されている山もあるので、事前に確認が必要です。
荷物は増えますが、メスティン(取手が付いたお弁当箱型のアルミ製飯盒)やホットサンドメーカーなどの調理器具と食材にこだわれば、山ごはんの可能性は無限大です。最近はSNSや書籍で様々なレシピが紹介されているので、チャレンジしてみても楽しいでしょう。ゴミはもちろん、残り汁や麺類の茹で汁も捨てないよう、環境への配慮は忘れずに楽しみたいものです。
ここまで、山で出会える花々や、山での写真のとり方のコツ、山ごはんの楽しみなど、山頂を目指す「ピークハント」だけが山の魅力ではないことをお伝えしてきました。7つの山の楽しみ方<後編>では、山小屋の楽しみ方、登山とセットで楽しみたい温泉、歴史や地質についてご紹介していきます。ぜひ続けて御覧ください!
執筆・素材協力=鷲尾 太輔
トップ画像撮影=鷲尾 太輔