米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の活躍が日本を沸かせる中、愛媛県四国中央市に「オオタニサン」と呼ばれ、登山者が増えている山があります。
標高500mちょっとの山ですが、山頂からは愛媛から香川へとつながる瀬戸内海燧灘(ひうちなだ)の海岸線が望める、知る人ぞ知る絶景スポット。
この隠れた名山が脚光を浴びるようになった、地元有志による登山道整備の苦労について、登山愛好家グループ「四国中央登山ムーブメント」メンバーの村上智子さんが寄稿してくれました。
2024.05.11
村上智子
四国中央登山ムーブメント代表
地元で「オオタニサン」と親しまれているのは、大谷山(507m)。愛媛県四国中央市と香川県観音寺市にまたがる県境の山。春を迎えると、赤いツツジが咲き誇ります。
登山口から山頂までの所要時間はわずか30分ほど。初心者でも気軽に登れるのが魅力です。登山口は愛媛県道9号線沿いに位置し、駐車スペースも確保されているため、立ち寄りやすい立地にあります。
コース情報
歩行距離:1.7km
コースタイム:約55分
高低差:141m
アクセス:三島川之江ICから唐谷峠(登山口)まで30分
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いまでこそ近隣の登山者の憩いの山となっていますが、2023年秋までは、さほど登山者が多い山ではありませんでした。
YAMAPの活動日記だけをみても、大谷山の投稿数は2022年1月~2023年10月の月平均で4~5本程度。それが、2024年1〜3月には20本を超え、登山ハイシーズンの4~5月を前に飛躍的に増えています。
その背景には、ふもとにある限界集落で地域の盛り上げに奮闘する人々や、地元の登山ガイドさんの思い、それらに共感した山好きたちの応援がありました。
大谷山の愛媛県側のふもとにある切山集落。源平合戦で敗れた平家一族が、幼い安徳天皇を連れて半年間隠れ住んだとされ、今も平家伝説が語り継がれています。
愛媛県最古の住宅とされる真鍋家住宅があり、わら葺き屋根の古民家に湿気がこもらないよう、囲炉裏で日々火が焚かれるなど、丁寧に管理されています。
かつては小学校もあるほど賑わっていた集落ですが、現在は50人ほどが暮らすのみで、最年少は30代。
地域の住民が産直市や平家伝説の勉強会などを積極的に行っていますが、少子高齢化の波には抗えず、深刻な過疎化が進む地域となっています。
地元で大谷山を見る目が変わったのが、2023年春。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の開催がきっかけでした。
大谷翔平選手の獅子奮迅の活躍をテレビで見ていた切山自治会長の参鍋修一さんが「そういえば、地元にも『大谷』の名前がついた山があるよなあ」と気づいたところから始まります。
地元では「おおたにやま」と呼ぶのが一般的だったそうですが、エンジェルス時代に現地の実況アナウンサーが絶叫して日本人にもなじみがあった「オオタニサン」と呼びはじめたのです。
この話を面白がったのが、切山の人たちと親交があった四国中央市在住の登山ガイド松本智広さんと、地元の登山愛好家グループ「四国中央登山ムーブメント」。
松本さんと同グループのメンバーは、大谷山の認知度を上げようと、地元メディアや切山地区に関わりのある人を招き、2023年4月下旬に最初の登山会を実施しました。
四国中央市在住のベテラン登山ガイドの松本さんは、四国山岳ガイド協会に所属。中国・四国地方の山はもちろん、近畿、関西、北海道中部、北アルプス、南アルプス、中央アルプス、屋久島など、幅広い地域でのガイド経験を誇ります。
ガイド業のかたわら林業も営んでおり、ほぼ毎日山の中にいる、山のプロフェッショナル。
そんな松本さんは、以前から「もっと多くの人に市内の山に登ってほしい」「自分を育ててくれた地域に恩返しをしたい」と思っていました。
松本さんの願いと切山集落の人たちの「たくさんの人に切山を訪れてほしい」という思いが大谷山によって結ばれ、2023年7月に規模を大きくした登山イベントを開催することになります。
ところが、大谷山に登山者を招くにあたって、一つ課題がありました。
それは、本来は愛媛や香川が見渡せる絶景の山頂でありながら、木々が生い茂り、その景観がほとんど楽しめなかったことです。
伐採するにも、保安林が含まれており、許可なくできません。そこで愛媛・香川の両県の担当部署と折衝。
行政との交渉は長引くと思われましたが、5月下旬に伐採の許可を得ることができ、林業を営む松本さん主導のもと、ボランティア有志による大谷山整備が始まりました。
6月にみんなで汗だくで伐採、刈払い作業をすること、丸1日。大谷山の山頂は見違えるように生まれ変わり、眺望が開けました。
2023年7月には小学生から80代までの約30人が、大谷山を登山。うだるような暑さの中、ガイドの松本さんは、大谷選手の誕生日や背番号などのクイズを出題し、参加者を盛り上げてくれます。
この様子は地元の新聞社やケーブルテレビで紹介され、大谷山は地域の話題に。2023年11月にも「親子登山」を開催。こちらは約20人が参加し、秋の大谷山を親子で楽しみました。
すると今度は、NHK松山放送局など2社のテレビ取材が入り、翌週に県内で放送。年明けにはNHKの全国番組「おはよう日本」で放送され、大谷山は全国デビューを果たしました。
このタイミングで、大谷選手が全国の小学校へグローブを寄贈するというニュースが全国を駆け巡ります。
これを受け、「オオタニサングローブありがとう登山」を企画すると、市内外から50人もの申し込みがあり、反響の大きさに驚きました。
ところが、当日は天気予報通りの雨で、前日から当日にかけて相次ぐキャンセルの連絡……。
「全員が登山初心者だし、こんな雨の中、来てくれる人はいるのだろうか」と不安に駆られていたのですが、30人で大谷山に登ることができました。
参加した保護者に雨でも参加してくれた理由を尋ねると、「子どもがどうしても行きたいと言うので」とのこと。天気に関わらず大谷山登山を楽しみにしてくれていたことを、とてもうれしく思いました。
実はこのイベントも、テレビ局2社、新聞社2社、フリーペーパー1社の取材を受け、翌週は放送や掲載が重なり、一時的に大谷山が愛媛のメディアジャック状態に。
それからも、大谷山登山イベントの事務局を担った四国中央登山ムーブメントの筆者の携帯電話には、大谷山や登山に関する問い合わせが次々と入り、知らない人からも「大谷山見たよ」と声をかけられるようになりました。
大谷山が脚光を浴びるようになったのは、大谷選手にあやかった山名だけでなく、もともと多くの魅力があったことも忘れてはいけません。
その代表格が、「夢を叶えるやまびこスポット」。
以前から「やまびこが帰ってくる山を探しよるんよ」と言っていた松本さん。探し求めていたやまびこスポットが、なんと大谷山にあったのです。
松本さんもこれにはびっくりで、大谷山登山イベントの際は、道に迷ったふりをしてここに立ち寄り、子供たちと夢や希望をみんなで叫んでいます。
最初は恥ずかしがっていた子どもたちも、友達の夢を聞いて「自分も!」と次々に叫び始めます。パン屋さん、宇宙で暮らすこと、お兄ちゃんとずっと仲良しでいること。みんなそれぞれの夢を、はるか向こうに見える天狗森(535m)に向かって叫び、やまびこを楽しんでいました。
①初心者コース:大谷山往復コース
唐谷峠~天空の広場~大谷山~迂回路~カンカン石~唐谷峠(約1時間20分)
②中級コース:大谷山往復から、「金」の名の付く縁起のいい金見山へ
唐谷峠~大谷山~龍王山~大谷山~唐谷峠~唐谷山~天狗森~木峰~金見山~木峰~天狗森~唐谷山~唐谷峠( 約3時間30分)
③上級コース:海抜ゼロのSeeTO Summit
余木崎~大谷山~龍王山~大谷山~唐谷峠~唐谷山~天狗森~木峰~金見山~木峰~天狗森~唐谷山~唐谷峠~大谷山~余木崎(約7時間)
④エキスパートクラス:愛媛・香川・徳島、三県境の山へ
上級コース:余木崎~大谷山~唐谷峠~唐谷山~天狗森~木峰~金見山~五郎丸~雲辺寺~雲辺寺山~ロープウエイ乗車~雲辺寺ロープウェイ山麓駅(約10時間)
cafe KIRIAKE(カフェキリアケ)
切山自治会長の参鍋さんが営むカフェ。
・住所:愛媛県四国中央市金生町山田井乙486-1 ※唐谷峠(登山口)から車で6分
・詳細はこちら:紹介サイトを見る
真鍋家住宅
江戸時代中期に建てられた愛媛県最古とされる住宅。国指定重要文化財。
・住所:愛媛県四国中央市金生町山田井2030-2 ※唐谷峠(登山口)から車で6分
・詳細はこちら:紹介サイトを見る
にこにこ市
毎月第2日曜の朝8時~11時に切山集落で開催される産直市。地元の農産物や加工品を生産者が直接販売している。
・住所:愛媛県四国中央市金生町山田井乙261-4 ※唐谷峠(登山口)から車で5分
・詳細はこちら:情報サイトを見る
豊稔池堰堤(豊稔池ダム)
中世ヨーロッパ古城のような風格のあるマルチプル・アーチダム。
・住所:香川県観音寺市大野原町田野々 ※唐谷峠(登山口)から車で13分
・詳細はこちら:公式サイトを見る
萩の湯
薬湯を始め、塩サウナ、遠赤外線サウナ、露天風呂、ボディシャワー、電気風呂、水風呂、ジェット湯など。
・住所:香川県観音寺市大野原町大野原1509 ※唐谷峠(登山口)から車で26分
・詳細はこちら:公式サイトを見る
大谷山は、地域に人が訪れてほしいという私たちの願いを叶えてくれました。
そしてこれからも、メジャーリーガーという大きな夢を叶えた大谷選手にどこまでもあやかって、訪れた人たちの夢を叶えてくれる山になったらいいなと思います。
オオタニサン、ありがとーーーーー、ありがとーーー、ありがとー!