依然として終息の見えない世界的なパンデミック。そうした中で急速な社会変化とともに、登山環境も変化を余儀なくされ、さまざまな対応がなされてきました。昨年開催した「山小オーナー座談会」から半年以上経つ今、リターン企画として、山小屋で働く人たちの現状について伺いました。スピーカーとしてお招きしたのは、甲斐駒ヶ岳七丈小屋の花谷泰広さん、槍平小屋の沖田拓未さん、雲ノ平山荘の伊藤二朗さんの3名。コロナ禍でのリアルな山小屋の現状について語っていただきました。
2021.02.04
YAMAP MAGAZINE 編集部
【出演者】
花谷泰広/甲斐駒ヶ岳七丈小屋
沖田拓未/槍平小屋
伊藤二朗/雲ノ平山荘
【司会進行】
春山慶彦/YAMAP代表
ーあらためてこの1年を振り返ってみて、いかがですか?
花谷:何から対策したらよいかわからない中で、徹底したのは、拭き掃除。それと定員は8名から始めて最終的には12名をマックスとしました。
当初、掃除については手間取りましたが、1カ月くらい経つとコツがつかめてきて、とにかく拭き掃除を徹底するようになりました。
七丈小屋は小さいので、それが救いでしたね。床はもちろん、柱や壁に至るまで拭き上げて、おかげさまでびっくりするくらい小屋がきれいになりました(笑)。
定員が少ない分、お客様とゆっくり会話できるようになり、大変ながらも楽しく充実したシーズンを迎えることができました。
その分売上は厳しいですが、今年も引き続きこの状況が続くと思うので、次のシーズンに向けて対策を考えているところです。
ー前回、特に南アルプスはクローズする山小屋が多く、オープンする七丈小屋への期待感が大きい分、万一のことがあるとインパクトが大きいので、やれる対策は徹底的にやると仰っていたのが印象的でした。食事の提供の仕方についてはいかがですか?
花谷:食事の内容は同じですが、食卓にアクリル板を付けました。その異様な光景を逆手にとって、「どうです?新しいでしょう」などとネタにしていましたね(笑)。
もともと予約制だったので大きな変化はなかったものの、小屋の定員を制限すればテント場の利用が増える予想はあったので、そちらも予約制に。
告知期間がほとんどとれず、混乱するかと思いきや、飛び込みでの利用者は皆無で、事前に情報を入手して来る人がほとんどでした。我々の努力というよりはみなさんのご理解が浸透していた感じですね。
沖田:槍平小屋では昨年、宿泊営業をしなかったので、ほかの山小屋の対策やいろんな情報を見聞きしながら、来年宿泊営業を再開するにあたって、対策を講じる時間が必要だなと感じています。
宿泊営業を断念した理由として、ヘリ輸送費高騰の問題もありました。そのためテント利用者には、ゴミは持ち帰りいただくことに。それでも多くの方が事情を察して快く持ち帰ってくださいました。
小屋の中に人が入らない状況でも、コロナ対策についての相互理解をひしひしと感じることができた点は、希望だと感じています。
伊藤:雲ノ平山荘では、経済的にはダメージですが、次世代に繋がる第一歩となる印象深いシーズンとなりました。
定員70名のところを25名にして、密度を下げました。結果、山小屋が快適になったんです。そしてスタッフが山の暮らしを楽しむ余裕を持てたという、目から鱗の状況ができました。
さらにスタッフが仕事に忙殺されず、落ち着いてお客さんと向き合えるようになりました。父が山小屋を開いて以来、もっとも静かな山小屋がそこにあったんじゃないかと思います。僕自身、山小屋が職場と化して忘れていた景色と再び出会えた実感がありましたね。
大きかったのは、山小屋としての今後の持続可能性を考えたときに、膨大な発見があったこと。背景として、混雑している日も全然人がいない日も一律1万円で山小屋を運営してきたシステム自体が限界に達していたこともあります。
山小屋経営の視点で見ると、そもそもここ数年の輸送費、建設費の高騰、人口減少にともなう登山者の減少、労働人口の減少によるスタッフの集めにくさといった課題が深刻化していました。
昭和の時代のように山小屋を開けてさえいれば充分にお客さんが来てくれる時代は終わり、どのみちこれまでの仕組みでは持たないので、あらためて立ち止まって構築し直すまたとない機会だったと思います。
むしろコロナで事業環境が一気に悪化したことで、ゆで蛙にならずに済みました。急激に訪れた危機によってどれだけ効率性が上げられるのか、不利な条件の中でもいかにやっていけるのか、といったことを考えるきっかけになったので、とても勉強になりました。
実は、雲ノ平山荘はヘリ問題で大手の航空会社による物資輸送専用機での輸送ができなくなってしまい、どうにか機内搭載で荷物を運べる中小の企業と契約することになりました。それもあってどちらにせよ、これまで同様のキャパシティに対応できないタイミングだったんです。
ーコロナの影響で人の行き来が減り、インドの都市部でもヒマラヤがよく見えるようになったという話もありますね。今年はそれぞれどのように山を感じられましたか?
沖田:年に何往復も登山道を歩いていると、いつもと違う変化に気づきやすいのですが、今年は野うさぎなどの野生動物を目にする機会が増えました。それから上高地側ではクマの目撃証言も多かったですね。それも人が少ないからということを実感しました。
花谷:甲斐駒ヶ岳ではあまり変わらなかったですね。小屋の人数は制限したものの、テントの利用は結果的に例年の倍に増えて、首都圏からアクセスのいい黒戸尾根は非常ににぎやかでした。
ー雲ノ平山荘では、山を表現活動の場としてアーティストを迎え入れて、アートを発信する「アーティスト・イン・レジデンス」の試みをされていました。実際やってみて得た気づきはありますか?
伊藤:コロナとは関係なく考えていた企画ですが、本当に楽しかったですね。シーズン中は切れ目なく山小屋にアーティストがいる状況を作り、最終的に7名のアーティストが来ました。
企画の動機は、今は山を自然保護の文脈での学びや社会デザインに繋がるクリエーションの場として生かせていない状況があるので、文化を新しいかたちに変換していきたいと考えたからです。
日本の登山文化(国立公園)のあり方は、「アクティビティ」や「観光」、「利用」と「消費」に傾きすぎている嫌いがあります。自然保護的な思想が手薄なため、サイエンスの分野も下火になってしまっています。
そこで、山から表現活動を発信したり、自然から得た学びをデザインや先端技術の実験の場として生かしたり、クリエーションの基地にしていくべきだと考えました。
それによって結果的に、登山文化や国立公園が抱えるいろんな社会課題にコミットしていけると思うんです。
ーコロナ禍というイレギュラーな機会が新しいチャレンジにつながったわけですね。それぞれの今後の山小屋運営の展望や課題について教えてください。
沖田:槍平小屋では例年通り、7月頭から今年は宿泊営業も始める予定です。特にコロナ禍では登山や旅行の価値が高まっているので、エリア情報なども含め、もう少し広く山小屋の魅力を発信していきたいです。
宿泊に頼った業界である山小屋として何ができるかを考えたときに、山をもっと掘り下げて魅力を感じられるアイテムを発信することにも注力したいですね。
伊藤さんからアーティスト・イン・レジデンンスの話もありましたが、僕はリハビリの仕事をしていたキャリアを生かして、「山小屋」と「健康」をかけ合わせた情報発信ができたら面白いなと思っています。
山に来るのは久しぶりだという方はきっと多いでしょう。山で久しぶりに味わう身体性に価値を置き、満喫していただけるような山小屋を運営していけたらと考えています。
花谷:うちでは昨年の知見を生かしながら淡々とやっていくつもりです。これまでもずっとスペシャルな体験として甲斐駒ヶ岳と黒戸尾根のPRをしてきました。
コロナを機にますますリアルの価値が高くなったと僕も感じています。それをオンラインでPRできたらと考えて、最近YouTubeも始めました。甲斐駒ヶ岳のすばらしさと、僕の持つ登山技術のすべてを惜しみなく発信して楽しんでいただけたらと思っています。
前回も座談会で「グッズを充実させます」と宣言した翌日に動き始めましたからね(笑)。今年も有言実行で行きたいと思います。
ー確かにリアルの価値は高まっていますよね。山を歩ける喜びをこれほど感じたこともなかと思います。花谷さんは昨年の物販の反響はいかがでしたか?
花谷:おかげさまで年末に山小屋のグッズとしては超越した「甲斐駒ヶ岳ロックグラス」をリリースしたら、増産するほど好評となりました。
もともと僕は山小屋の人間としてはニューカマーで、山小屋の常識がない分、攻めたチャレンジをしていきたいと思います。
ーぜひみなさま、こちらをチェックしてみてください(笑)。伊藤さんの今年の舵取りはいかがですか?
伊藤:コロナの状況が延長線上なのは確実なので、去年発見した良い点を可能なかぎりクリエイティブなかたちで伸ばしていくのが課題です。
たとえば、キャンプ場のオーバーユース対策として、混雑時だけ予約制にしたら、一気に解決したほか、自然環境の負荷の軽減にもつながりました。
持続可能性を考えた上で、経営面でも情緒的なことだけでなく、戦略的にしていかなければと思っています。まずは人口減少時代に合わせて量から質にシフトして行くこと。
今の登山ブームは相対的に見るとキャンプブームなんですよ。山小屋が利用料金を上げたら若い世代が来てくれるかといえば、実質厳しいでしょう。山小屋がそれでも求められるには、ここでしかできない体験や空間を提供しながら経済効率性を上げていくしかありません。
質がそのままの値上げなら自滅の道を歩むので、想像力を働かせて求められているものを見極めていく必要があります。
ー値上げの話は方々の山小屋でも話に上がっていますよね。
花谷:七丈小屋は公共の施設を民間が運営していて、料金を値上げするにしても上限がありました。それが去年の春に改正し、今年から施行できるようになりました。
そもそも民間が運営するには料金が安すぎたこともあって、コロナ前の北アルプスくらいには調整したいと考えています。ただし、料金を上げればいろんな課題が解決するとは思っていません。山小屋の公共性を考えると、山小屋だけに依存するべきではなく、そこを担保するために値上げするなら別の道を考えた方がいいと思っています。
それから山小屋の繁忙期は連休や週末などと大体決まっているので、そこに合わせずに、平均的に定員を調整したいですね。持続可能性を見据えて、オーバーユースの問題も含めて考えていきたいです。
欧州を例にとると、モンブランに登るにはグーテという小屋を予約できなければ登れません。その意味では山小屋が登山者の人数調整を担っているところがあります。その点は今後もっと考えていく必要があるのではないでしょうか。
ー山小屋がオーバーユースの調整役になりながらも、山小屋の自助努力だけでは難しいし、入山料の話も出ては消えていますよね。
花谷:去年1年間、山小屋の定員を減らしても入山人数は変わらないという実態が甲斐駒ヶ岳ではありました。人数制限があまり機能しなかったわけです。だからこそ山小屋だけで解決できる問題ではなく、自治体や国との連携が不可欠です。
うちが民間企業として山小屋の運営に手を挙げたのは、自治体と手を取り合ってさまざまな課題を解決するためでもあります。とはいえ、やはりすぐには公の機関は動かせないので、粘り強くやるしかないと思っています。
沖田:うちでも国立公園の維持の仕組みとして自治体や国と手を組むことを想定しているものの、動くのを待っているだけでは首が絞まるので、値上げは必至ですね。もちろん、値上げに見合うサービスや仕組み作りは必要だと思っています。
ー最後にみなさんからYAMAP読者へメッセージをお願いします。
沖田:冬場は八ヶ岳の赤岳鉱泉でも働いていて、2月7日に赤岳鉱泉で「バーチャル・アイスキャンディフェスティバル」を開催します。
山小屋発信でさまざまなゲストをお招きし、花谷さんにもご登場いただく企画もあります。クラウドファンディングでプロジェクトを進めていたのですが、お陰様で無事に目標を達成し、2月5日(金)からの録画配信と2月7日(日)のLIVE配信の本番を迎える運びとなりました。
伊藤:山を訪れる人は、広い意味で夢を獲得しに来ていると思うので、今後はもっと山小屋ならではの夢を提供する必要があると考えています。山小屋の面白みを倍増しながら、さまざまな人とのコミュニケーションを通じて新しいチャレンジをしていきますので、よろしくお願いします。
花谷:七丈小屋は通年営業なので、ささやかながら営業中です。いつでも来ていただける準備は整えておりますので、雪山を楽しみに来ていただけたらと思います。
それから甲斐駒ヶ岳の麓にもうひとつベースができます。山のことだけでなく、麓や里の魅力について遊び心を持って発信できたらと思います。
トップ画像:提供PIXTA
編集協力/EDIT for FUTURE
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